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回生
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呼び戻された乳母はただの子爵令嬢が指示をする「ルエナ様に飲ませる物は白湯のみ。紅茶もハーブティーも飲ませてはいけない」という命令に近い要請に怪訝な顔をしていたが、ルエナの顔色や目付きがゆっくりと戻るにつれ、シーナの言った通りにただの白湯だけをルエナに飲ませ続けた。
お茶の効果が切れた頃はシーナ嬢だけではなく、東館を回る侍女に対してもかなり攻撃的になっていたのである。
しかし母専属の侍女や、彼女の下で動く侍女たちが部屋を訪れるとそんな異常さは取り繕われてまったく表に出てこない──そんな報告をもらい、公爵夫妻はアルベールとシーナ嬢がルエナのためにと動くことに関して一切の口出しをしなくなった。
「……ようやく、ね」
「ああ……ようやく……」
食堂に繋がるベランダで、ふたりはそれぞれひとり掛けのソファに座ってルエナと同じ白湯を飲んでいた。
長い休みがあるとはいえ、それはもうすぐ終わってしまう。
その前に何とかルエナが低位貴族や平民を見下すどころではない異常な選民思想を持つに至った原因を取り除きたいというのが、このふたりとリオン王太子が動いた発端だった。
これはゲームや小説の中でも描かれない『行間』
「アルには話したけど、卒業式でルエナ様が断罪されるシーンで自分の冤罪を訴えるんだけど、周りが証言することによってどんどん発狂していくの。その結果、死刑か一生出られない修道院に入れられてすぐに命を落とすか……それはヒロインが選ぶルートによって変わっちゃうんだけどね」
「発狂……」
「おかしいのよ。確かに子爵令嬢が都合よく王子様の目に留まって、婚約者を排除するに至るなんてね……誰かが何かしているのじゃないかと思っていたけど、凛音が王太子なら、ルエナ様に対して絶対陥れることなんかしない」
「……それが今でもよくわからない。殿下の婚約者候補として、選定茶会に連れられて行った時のルエナは三歳だった。その時はまだ殿下自身、ご自分の『前世』というものを自覚されていらっしゃらなかったと……それに、けっきょく取り纏めたのは国王陛下ご夫妻だろう?父上はまあその場で決まるとは思っていなかったし、『どうせならあまり厳しい貴族観を持たず、ルエナのことを好きだと言って幸せにしてくれる人がいれば』程度で、幼いルエナは絶対候補から外されるはずだと決めつけていた」
「あはは……アルのお父様らしい。良くも悪くも娘の幸せの方を優先していらっしゃったのね。プラチナブロンドはこの国ではあまり好まれないから……綺麗なのに」
チラリと離れているアルベールに視線をやったが、それはたまたまだったというようにまた違う方へ顔を向ける。
「たぶん……記憶が戻らなくても、リオン王太子殿下にとってルエナ様はとても好ましい女性だったの。髪色もあったかもしれないけど、何より『ルエナ・リル・ディーファン』というひとりの女性として」
「それなのに……」
「たぶん、正反対だったから。慎み深くて、孤高で、たとえ王が倒れたとしてひとりで立っていられるような公爵令嬢。でもシーナ・ティア・オインは、誰よりも柔らかく、親しみ深く、愛情があふれているように見えた……博愛主義なだけの少女だったのに」
「そうか……愛情を向けたのは殿下だけではなかった」
「まあ……作り物の方は単に『男にだらしない』っていうのを上品にまとめただけよ。ルエナ様が本当は愛情深くて、それはただひとりに向けられただけだったっていうのを『行間』の中に沈めたの」
お茶の効果が切れた頃はシーナ嬢だけではなく、東館を回る侍女に対してもかなり攻撃的になっていたのである。
しかし母専属の侍女や、彼女の下で動く侍女たちが部屋を訪れるとそんな異常さは取り繕われてまったく表に出てこない──そんな報告をもらい、公爵夫妻はアルベールとシーナ嬢がルエナのためにと動くことに関して一切の口出しをしなくなった。
「……ようやく、ね」
「ああ……ようやく……」
食堂に繋がるベランダで、ふたりはそれぞれひとり掛けのソファに座ってルエナと同じ白湯を飲んでいた。
長い休みがあるとはいえ、それはもうすぐ終わってしまう。
その前に何とかルエナが低位貴族や平民を見下すどころではない異常な選民思想を持つに至った原因を取り除きたいというのが、このふたりとリオン王太子が動いた発端だった。
これはゲームや小説の中でも描かれない『行間』
「アルには話したけど、卒業式でルエナ様が断罪されるシーンで自分の冤罪を訴えるんだけど、周りが証言することによってどんどん発狂していくの。その結果、死刑か一生出られない修道院に入れられてすぐに命を落とすか……それはヒロインが選ぶルートによって変わっちゃうんだけどね」
「発狂……」
「おかしいのよ。確かに子爵令嬢が都合よく王子様の目に留まって、婚約者を排除するに至るなんてね……誰かが何かしているのじゃないかと思っていたけど、凛音が王太子なら、ルエナ様に対して絶対陥れることなんかしない」
「……それが今でもよくわからない。殿下の婚約者候補として、選定茶会に連れられて行った時のルエナは三歳だった。その時はまだ殿下自身、ご自分の『前世』というものを自覚されていらっしゃらなかったと……それに、けっきょく取り纏めたのは国王陛下ご夫妻だろう?父上はまあその場で決まるとは思っていなかったし、『どうせならあまり厳しい貴族観を持たず、ルエナのことを好きだと言って幸せにしてくれる人がいれば』程度で、幼いルエナは絶対候補から外されるはずだと決めつけていた」
「あはは……アルのお父様らしい。良くも悪くも娘の幸せの方を優先していらっしゃったのね。プラチナブロンドはこの国ではあまり好まれないから……綺麗なのに」
チラリと離れているアルベールに視線をやったが、それはたまたまだったというようにまた違う方へ顔を向ける。
「たぶん……記憶が戻らなくても、リオン王太子殿下にとってルエナ様はとても好ましい女性だったの。髪色もあったかもしれないけど、何より『ルエナ・リル・ディーファン』というひとりの女性として」
「それなのに……」
「たぶん、正反対だったから。慎み深くて、孤高で、たとえ王が倒れたとしてひとりで立っていられるような公爵令嬢。でもシーナ・ティア・オインは、誰よりも柔らかく、親しみ深く、愛情があふれているように見えた……博愛主義なだけの少女だったのに」
「そうか……愛情を向けたのは殿下だけではなかった」
「まあ……作り物の方は単に『男にだらしない』っていうのを上品にまとめただけよ。ルエナ様が本当は愛情深くて、それはただひとりに向けられただけだったっていうのを『行間』の中に沈めたの」
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