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慢心

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同時代、同家系からまったく別の恋物語が生まれた。

片や王太子の婚約破棄をもたらした悪の侯爵令嬢、リュシエンヌ・リュー・ディーファン。
片や異国の姫を望まぬ婚姻から救った純愛の公爵、クリストファー・トゥーラ・ディーファン。

実際はまったく違う。
姉のリュシエンヌがデビュタントした後も王都の家に滞在していたのは、その美しさに気前のいい援助をしてくれそうな貴族の目に留まることを期待した弟の懇願によるもので、本人は弟が成人を迎えて正式にその屋敷を譲られたら自領に戻って未婚のまま両親を支えるつもりだった。
弟のクリストファーは配偶者を得ることでその女に気を遣うことなど無駄と思っており、後継ぎが必要ならば姉が産む子供をもらえばいいと勝手に決めていた。
異国の姫との婚姻話が持ち上がった時も、当初は断っていたくらいである。
ただし姫との婚姻が成立しない場合は、彼の国との交易どころか同盟すら結ばれず、ディーファン侯爵家を盛り上げあるのも難しいと言われ、渋々顔合わせだけを承知したに過ぎない。
しかしその場に現れたのは、我が国にはいないプラチナブロンドの美しい少女で、昼食会の形をとったその見合いの席には自分の父と同じ年代の男性と、少女よりもはるかに幼い少年が父親同伴で同じテーブルに着くという異常さ。
しかも自己紹介で年配の男はティアム公爵家次男で特に家から独立することもなくそのまま王立軍将軍を拝命していたが、つい最近引退したため、時間だけはたっぷりあるという。
少年はカダムス家の末っ子で、その当時は男子しか通えなかった王立貴族学園にすら入れる年齢ではなかった。
しかしそのことを逆手に取り、少年の父は「だからこそ、これから王女のために教育することが可能」と説得しようとしたが、異国の姫がダンガフ語で穏やかに尋ねた言葉で場が凍った。
「では十歳の公子と婚約したとして、彼の者と婚姻が可能となるのは八年後……では、わたくしの婚姻する年齢はいくつになりましょうや?」
先に王女の情報は各家に送られている──十五歳になったばかりだと。
老年に差し掛かるというのに、兵役に従事していたとはいえいっさい浮いた話のない四十歳も上の男に嫁がせるのも、現在十歳の婚約者が婚姻可能になるまで八年間も放置することも、どちらも『誠実』というには程遠いだろう。
しかも年配者は敬うべき王族ではなく、幼い少女をどう躾けてやろうかというような見下す目でジロジロと値踏みする様を見ては、さすがのクリストファーも適任者は自分だろうといやでも気付いた。
実際同席した二人はほぼ咬ませ犬的な存在で、姫はクリストファー以外の男であれば、よほどのことがない限り婚姻の申し込みは受け付けないつもりだったと、公爵家に陞爵されてから挙げられた婚姻式の後で打ち明けたのである。
むろんその場合も国に帰るつもりはなく、ダンガフ国で橋渡しとして何かしら役目を負うつもりだったというその心意気にクリストファーは感銘を受け、婚姻後からゆっくり絆を深めていった。

それ故か王女自身は元・王族としての矜持を失わなかったが、クリストファー自身は『公爵』という肩書はただの便利な道具くらいの意識しかなく、自領に留まった家族もまったく陞爵の意味するところを理解せず、ずっと『侯爵家として領地を守る』という緩さを持ち続けてしまった。
たった三代であまり王家の覚えを良くしようとか、公爵家として五家の中で筆頭になろうという野心を持つ者も現れなかったのも現状を招いたと言えるだろう。


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