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爽快

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ふぅ…と溜息をついて、シーナはそれぞれの前に緑色のお茶を出す。
といってもそれは緑茶よりもずっと薄く、水にほんの少し緑色の絵の具を溶かした色水のようだ。
「これ…は……む、虫除け……?」
そう言われても仕方ないだろう。
先ほどルエナを正気づかせるものとは少し違い、スペアミントやアップルミントなど甘みを感じたりペパーミントほど香りの強烈ではない葉をブレンドしたスペシャルハーブティーだが、やはりミントはミントだから。
「これだけで飲む人もいるけど……」
「い、いるんだ……虫除けなんか飲む人……」
リュシアンが呆然と呟くが、シーナが言ったのはこの世界の人ではなく、もちろん前世での世界での話である。
「ま、まあ……このままではやっぱりなんだから、蜂蜜も入れて……」
トロリとした蜜を入れても色が変わらないのが紅茶と違うところで、ふわりと蜂蜜の甘い香りが混ざると、ルエナの顔つきがやや変わった。
異世界転生物としてはありがちな中世ヨーロッパ風の世界ではやはりまだ甘味料も女性の好みも限られていて、『甘いは正義』が通じるところがありがたい。
逆に言えば『男が甘いものを好むなんて』という偏見もあるため、紛うことなく『スウィーツ男子』のリオンとしては蜂蜜たっぷりのミントティーは望むところであった。
「やった!ハニーミントティー!お城では作ってもらえないんだよね……腹下すって……ウゥンッ、ゴホッ……」
「そりゃそうでしょうよ……」
さすがに『防虫剤』を王子様に飲ませる不届き者はいないし、飲んだところで刺激物に慣れていない身体が拒否反応を示して不調をもたらすことは想像に難くない。
加減の問題だとしても、食用にしても大丈夫と知らなければ、それは誰も与えてはくれないだろう。
「んじゃ、いっただきまーす!」
「は?え?な、なんですの……?」
本来なら毒味役がひと口先に飲んでから口をつけるべき立場の王太子がカップを持ち上げながら大きな声で聞き慣れない言葉を発するのに呆気を取られ、シーナは元々止めるつもりもなく、そして他の同席者が止める暇もなく、リオンはグイッとカップを煽った。
「ぷっはぁ~~~……おかわりっ!」
清涼なミントティーに気を良くし、リオンが性急にシーナに向かってカップを差し出すのを、ルエナは呆然と見る。
「まったく……情緒がないわね。せめて上品に一口飲んで『味見してあげたから、あなたも飲んでごらん?』ぐらい言えないのかしら……だからモテないのよ、凛音は」
「グッ……い、いいじゃないか!今はルエナ嬢にだけモテてればいいんだ、俺はっ!!」
「あー、はいはい。百年の恋もいっぺんに覚めるようないい飲みっぷりしておいて、説得力が無さすぎよ。まぁ、いいわ……ルエナ様?」
「はっ、ひゃ、ひゃいっ!」
突然呼びかけられたルエナがビクッと怯え、噛み気味に返事をした。
「ご覧の通り、リオン王太子殿下が身を以て毒など入っていないことを証明いたしました。安心してお飲みくださいませ?」
「ひゃ…は、は…い……」
まるで蛇に睨まれた蛙のようにカチコチに固まりながら、ルエナはシーナに言われた通りにカップを持ち上げる。
だが強張る顔が蜂蜜とミントの香りに少し緩み、そっと色付きの湯にしか見えないハーブティーを恐る恐る口に含んだ。
「………す……」
「す?」
「……何でしょう……その……む、胸が……いえ喉が……何だか透くような……甘くて……でも、あぁ……」
『スッキリ』とか爽快とか爽涼という言葉は使ったことがないのだろう──ルエナは自分の体内に感じるその涼やかさを表現できずにもどかしそうにしている。
そんな妹の様子を見ながらアルベールもカップに口をつけ、遅れじとイストフやクールファニー男爵令息兄弟もそれぞれミントティーをゴクリと飲んだ。


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