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第四章 ルウアの決断
サダじい
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ルウアは、うなづいた。いつもの彼なら、面白半分に聞いて、それを人に話すことも厭わなかったが、今日はそれはしようと、思わなかった。
オババの真剣な表情は、嫌でも、大事な話だということがわかった。
それを茶化して、大事な話が聞けなってしまうことになるほど、ルウアはお馬鹿ではなかった。
山のこと、禁のこと、それらをどうしても知りたい。額がうずいた。
オババは、布を手元から話して、ルウアを真正面から見据えた。
最後の決断を見据えているようだった。
「これから話すことは、誰にも話してはいけない。お前の姉にも、母にも、もちろん山にいる父にもだ。そして、これを聞いて、お前がなぜ山に気がそそられるのかをわかることにもなるだろう。
さだじいは、わしの異母兄弟じゃ」
ルウアは、驚いた。さだじいとオババが血がつながっていたなんて、想像もできなかった。お互い話している場面すらみたことがない。
オババは、その気持ちを汲み取ってか、
「まあ、仲がいい兄弟というわけでもなかったが、大事なときにも少しばかり話しをするし、お互いの家族や事情にも口出しはしない。わしらはそんな姉弟じゃ。一緒に暮らしたこともないもんだから。他人よりは、ちっとばかし血が濃いという程度かもしれんな」
というと、笑った。前歯の隣の歯がないオババの笑い顔は、ルウアはめったにみたことがない。印象的にうつった。
「サダは、お前さんくらいの頃は、悪さばかりする不良でな。村のものたちも手を焼いていた。サダの母親は、わしの母親と、仲がよかった。しかしわしらを生んだ後、お互い行き来がなくなってしまった。気まずかったのかもしれんな。わしらの父となったのは、山の神に仕える長だったからな。同じ男を愛した女たちというのは、自分の子供が大きくなればなるほど、どちらが男にとって優位になるかを考えるもんなのさ。群れで刈りをする動物と同じじゃな」
オババの話は、ルウアには衝撃だった。幼い頃のことなど聞いたことが無い。ましてや身の上など。
同じ父親をもって、母が二人いたなんて、ルウアのような普通の家庭では考えられない事態だった。
「お前は驚いているだろうが、そうでもない。昔はよくあることだった。
男が山に入った後に、違う男を好きになる女もいたもんさ。男も山から帰ってみると、女をみる目が変わる。長だった父は、二人の女に愛されただけなんじゃ。しかし、誤算だったのは、二人とも子をなしてしまったことじゃ。わしはサダより4つ年上の姉だったが、母が泣いている姿をよくみておった。サダの母のことも大事だったから、なおさらかわいそうだったろうな。わしの母は、オオゼのツムギをしておった人だった。山の神に仕える父と出会って、オオゼを降りた。ツムギをやめてまで父のそばにいて、女として愛されたかったのだろう。父も母を愛していた。しかし、父には、もう一人愛すべき女性がいた。サダの母は、わしの母の妹じゃった。
姉妹に手を出した男なんて、今じゃ酷い話に聞こえるかもしれないが、昔は、力のある者が、女を必要とし、その女がたとえ姉妹で選ばれたとしても不思議ではなかったんじゃ。だが、わしの母はそれが耐えられなかったのだろう。ツムギから普通の女性になり力を使えなくなったが、女としては半人前のような気がしておったのだろうな。
ある日、母は山に入ってしまった。その時、気が触れていたのかもしれない。
そして、その山に入ったときに、母を捜しにいったのが、サダだった。
もちろん、村人総出で、母を探したが、どこにもいない。サダも若かったから、山に入ったんじゃないかという声を聞いて、自分も入ってみたかったのだろうな。
その晩、サダがいないようになってしまった。」
ルウアは、あまりの話にごくりと唾を飲み込んだ。
「母は、そのうちに救出された。山の東の方を歩いているところを発見されたのだった。母はそのときのことを、よくおぼえておらんようじゃったが、何か声を聞いたと話していた。
村人は、母が昔に、ツムギをしていた女性だったもんだから、声を聞くくらいあるかもしれないと、それ以上取り正さなかった。
事情も事情だと、みな分かっておったのじゃ。
しかし、今度は、西の方から、サダの声を聞いたようだという話が持ち上がった。
みると、一緒についてきていたサダが、山の門の前で待っているはずが
誰もおらん。
男たちは、サダが山に入ってしまったのだとわかった。
お前も知ってのとおり、15の年の開山の前に山に入ることは禁忌だった。
男たちも手分けして、西の方の声がしたというあたりを探し回ったが、とうとうサダを見つけることはできなかった。
やがて夜が開けるころに、夜明けとともに、オオゼからツムギがよこされて、サダと山への祈祷が始まろうとした。
そんな折、山の門から少し離れた場所で、サダが発見された。
何度も男たちが探した場所だったが、サダはそこにうずくまるように膝をかかえて横たわっていたそうだ。
はじめに発見した男の話は、当時見間違いだろうといわれたのだが、真っ白な狼がサダを見下ろすようにしてたっていたという。
その後に駆けつけたものたちは、誰も狼の姿をみていないし、獣の足跡もなかった。
オオゼから朝早くやってきたツムギたちは、サダが無事に見つかったことと山への感謝の祈祷をしようと、山の門の前までやってきたが、やがて何もせずに戻っていってしまった」
「なぜ?」
「火がつかなかったんだそうじゃ」
「火がつかない?」
「ああ。祈祷には必ず火を燃して精霊たちとこちらの世界をつなぐ橋渡しをする。しかし、火がつかないということは、そのときやるべきではないと記しじゃ」
「なぜ、火がつかないとやるべきじゃないんだ?」
「お前は、ただ火がつかないと思っているかもしれないが、かまどに火を起こすようなことと同じに考えてはいけない。
精霊たちの世界で、五行の火・水・木・金・土のうちのどれかでも障りがあるときは、異変があるということなんだ。
すなわち、精霊たちとの間にひずみがでているということを知らせているんじゃ。
祈祷は、火を必要とするが、木は火に弱い。山で火を使わせてもらうときは、山の神の許しがあってこそのこと。
その火が起こせないということは、山の神が、許していないという標しだとわかったんだな」
ルウアは、話をきくうちに、ただ単に今まで遊び半分であこがれていた山の仕事に、恐れ多いことがあることを知った。
オババの話は、自分にわかりやすく説明しているだろうから、ずいぶん優しく話されているのかもしれないけれど、山の禁忌を冒すとどういうことがあるかなど、教えてくれるものはいなかった。
だれもが、山を畏れて、入山を許されたもの以外は近づかない。
だが、どうしてそこまで山の神を畏れることがあるのかが、まだはっきりとは見えてこなかった。
オババの真剣な表情は、嫌でも、大事な話だということがわかった。
それを茶化して、大事な話が聞けなってしまうことになるほど、ルウアはお馬鹿ではなかった。
山のこと、禁のこと、それらをどうしても知りたい。額がうずいた。
オババは、布を手元から話して、ルウアを真正面から見据えた。
最後の決断を見据えているようだった。
「これから話すことは、誰にも話してはいけない。お前の姉にも、母にも、もちろん山にいる父にもだ。そして、これを聞いて、お前がなぜ山に気がそそられるのかをわかることにもなるだろう。
さだじいは、わしの異母兄弟じゃ」
ルウアは、驚いた。さだじいとオババが血がつながっていたなんて、想像もできなかった。お互い話している場面すらみたことがない。
オババは、その気持ちを汲み取ってか、
「まあ、仲がいい兄弟というわけでもなかったが、大事なときにも少しばかり話しをするし、お互いの家族や事情にも口出しはしない。わしらはそんな姉弟じゃ。一緒に暮らしたこともないもんだから。他人よりは、ちっとばかし血が濃いという程度かもしれんな」
というと、笑った。前歯の隣の歯がないオババの笑い顔は、ルウアはめったにみたことがない。印象的にうつった。
「サダは、お前さんくらいの頃は、悪さばかりする不良でな。村のものたちも手を焼いていた。サダの母親は、わしの母親と、仲がよかった。しかしわしらを生んだ後、お互い行き来がなくなってしまった。気まずかったのかもしれんな。わしらの父となったのは、山の神に仕える長だったからな。同じ男を愛した女たちというのは、自分の子供が大きくなればなるほど、どちらが男にとって優位になるかを考えるもんなのさ。群れで刈りをする動物と同じじゃな」
オババの話は、ルウアには衝撃だった。幼い頃のことなど聞いたことが無い。ましてや身の上など。
同じ父親をもって、母が二人いたなんて、ルウアのような普通の家庭では考えられない事態だった。
「お前は驚いているだろうが、そうでもない。昔はよくあることだった。
男が山に入った後に、違う男を好きになる女もいたもんさ。男も山から帰ってみると、女をみる目が変わる。長だった父は、二人の女に愛されただけなんじゃ。しかし、誤算だったのは、二人とも子をなしてしまったことじゃ。わしはサダより4つ年上の姉だったが、母が泣いている姿をよくみておった。サダの母のことも大事だったから、なおさらかわいそうだったろうな。わしの母は、オオゼのツムギをしておった人だった。山の神に仕える父と出会って、オオゼを降りた。ツムギをやめてまで父のそばにいて、女として愛されたかったのだろう。父も母を愛していた。しかし、父には、もう一人愛すべき女性がいた。サダの母は、わしの母の妹じゃった。
姉妹に手を出した男なんて、今じゃ酷い話に聞こえるかもしれないが、昔は、力のある者が、女を必要とし、その女がたとえ姉妹で選ばれたとしても不思議ではなかったんじゃ。だが、わしの母はそれが耐えられなかったのだろう。ツムギから普通の女性になり力を使えなくなったが、女としては半人前のような気がしておったのだろうな。
ある日、母は山に入ってしまった。その時、気が触れていたのかもしれない。
そして、その山に入ったときに、母を捜しにいったのが、サダだった。
もちろん、村人総出で、母を探したが、どこにもいない。サダも若かったから、山に入ったんじゃないかという声を聞いて、自分も入ってみたかったのだろうな。
その晩、サダがいないようになってしまった。」
ルウアは、あまりの話にごくりと唾を飲み込んだ。
「母は、そのうちに救出された。山の東の方を歩いているところを発見されたのだった。母はそのときのことを、よくおぼえておらんようじゃったが、何か声を聞いたと話していた。
村人は、母が昔に、ツムギをしていた女性だったもんだから、声を聞くくらいあるかもしれないと、それ以上取り正さなかった。
事情も事情だと、みな分かっておったのじゃ。
しかし、今度は、西の方から、サダの声を聞いたようだという話が持ち上がった。
みると、一緒についてきていたサダが、山の門の前で待っているはずが
誰もおらん。
男たちは、サダが山に入ってしまったのだとわかった。
お前も知ってのとおり、15の年の開山の前に山に入ることは禁忌だった。
男たちも手分けして、西の方の声がしたというあたりを探し回ったが、とうとうサダを見つけることはできなかった。
やがて夜が開けるころに、夜明けとともに、オオゼからツムギがよこされて、サダと山への祈祷が始まろうとした。
そんな折、山の門から少し離れた場所で、サダが発見された。
何度も男たちが探した場所だったが、サダはそこにうずくまるように膝をかかえて横たわっていたそうだ。
はじめに発見した男の話は、当時見間違いだろうといわれたのだが、真っ白な狼がサダを見下ろすようにしてたっていたという。
その後に駆けつけたものたちは、誰も狼の姿をみていないし、獣の足跡もなかった。
オオゼから朝早くやってきたツムギたちは、サダが無事に見つかったことと山への感謝の祈祷をしようと、山の門の前までやってきたが、やがて何もせずに戻っていってしまった」
「なぜ?」
「火がつかなかったんだそうじゃ」
「火がつかない?」
「ああ。祈祷には必ず火を燃して精霊たちとこちらの世界をつなぐ橋渡しをする。しかし、火がつかないということは、そのときやるべきではないと記しじゃ」
「なぜ、火がつかないとやるべきじゃないんだ?」
「お前は、ただ火がつかないと思っているかもしれないが、かまどに火を起こすようなことと同じに考えてはいけない。
精霊たちの世界で、五行の火・水・木・金・土のうちのどれかでも障りがあるときは、異変があるということなんだ。
すなわち、精霊たちとの間にひずみがでているということを知らせているんじゃ。
祈祷は、火を必要とするが、木は火に弱い。山で火を使わせてもらうときは、山の神の許しがあってこそのこと。
その火が起こせないということは、山の神が、許していないという標しだとわかったんだな」
ルウアは、話をきくうちに、ただ単に今まで遊び半分であこがれていた山の仕事に、恐れ多いことがあることを知った。
オババの話は、自分にわかりやすく説明しているだろうから、ずいぶん優しく話されているのかもしれないけれど、山の禁忌を冒すとどういうことがあるかなど、教えてくれるものはいなかった。
だれもが、山を畏れて、入山を許されたもの以外は近づかない。
だが、どうしてそこまで山の神を畏れることがあるのかが、まだはっきりとは見えてこなかった。
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