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第四章 ルウアの決断
オババ
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オババの家では、イリという枯れ草を囲炉裏で炊いて、家の中を蒸しあがらせていた。
古くからの方法で、これをすると家に災いする虫がやってこないという魔よけの法でもあった。
だからオババの服はいつもイリが蒸された匂いがし、オババの家にいくたびに自分もその匂いになれていった。
戸をあけると、オババが電球明かりの中、家で結い仕事をしていた。
古布の切れをつないで木材に巻いていき、それを一度蝋で布を固めたのちに、もう一度布を巻いていく。木材は、手先から肘くらいまでの長さだが、その先に撒いてある布に、藍という植物からとった原料の液をぬらし、またその上から布を巻いていく。
何度もそれを繰り返すうちに、端切れから木材へ藍の原液がしみこんでいき、その木材の深部まで通ると端切れ布をゆっくり取っていく。
染みこんだ藍の原液で濃い藍色や紫色となった古布の糸は、陰干しされると、足や腕や頭に巻いて使う。
そうやって木材にしみこませるやり方は、その木が今年の春に伐採された桜の木や、樫の木であること、神聖な木の神様の力を布に宿して、自分の身代わりに身につけるから、災いを転じられると考えられてきた。
オババは、それを頼まれるとやっていた。村の若い衆や、若い家族などのために、頼まれて作っているのだった。
ルウアは、小さい頃からオババによく預けられていた。
親戚でもなんでもないルウアに対して、両親があまりにやんちゃをする息子を心配してオババにみてもらっていたのだった。
オババはただ、ルウアのすること話すことに耳を傾け、息子にもしたような、自分の意見を押し付けたり、叱るということはしなかった。
ただ、ルウアの話すことを、うんうんと聞いているだけだった。
しかし、それでルウアの心は、落ち着いて家でも悪さをしなくなっていったのだった。
大きくなっても、よくオババのところにやってきた。もう両親は息子に手を焼いてということはなかったが、ルウアが個人的に来たくなるところだったからだ。
「オババ、またそんなに頼まれてやって。俺がちょっと手伝おうか?」
ルウアが話しかけると、オババは、めがねを掛けた目をひょいと上に見上げて、それからまたうつむいて古布を巻く手に目をやった。
ルウアは、よくこうしてオババの隣で、古布を巻く姿をみながらいろんなことを話す子だった。
オババもそれは承知していて、また何か考えているんだなとわかった目を細めた。
「なあ、オババ、俺さ何だか自分でもわかんないんだけどさ、最近変なんだよ」
そういうと、オババは手元をみながら、大笑いした。
「お前が変なのは、最近に始まったことじゃないじゃないか!何が変なんだい?」
ん~とルウアは考えこむと、一つ一つ言葉を考えているように、
「山に何か異変を感じるんだよ。それが何なのかわかんないんだが」
そういうと、オババは、ちょっと眉をひそめた。
「山にまた、入ったんか?」
「いいや、この間は、途中までいって入れなかった。なんとなく怖くなってしまって。でもそんなことはどうでもいいんだ。変だっていうのは」
そこで、ルウアは止まってしまった。オババは、手元から目を上げると幼さの残る浅黒く丹精な少年の顔を覗き込んだ。
「俺の中から、どうしても山に行きたくて仕方ないという衝動みたいなのが消えていかないんだ。いつもは、ダレンたちと山まで飛んで競争してみたり、山の男をこっそりみにいこうってイタズラな気持ちだったんだけど。最近は、山のことが気になって仕方ないんだ。気が騒ぐんだ」
ルウアをみていたオババが、古布をもつ手を置いた。
「お前、今年いくつだ?」
「今年は、12だよ。なあ、山へ入る前には、皆こんな気持ちになるものなんだろうか?何か気になって仕方ないんだよ」
オババは、ん~と眉をひそめた。
「15の開山の年まではまだ、ちょっと早いなあ。最近お前さんの周りで変わったことはあったかい?」
「いいや、親父は、この間も山の勤からかえってきたし、また一昨日に入っていった。お袋もいたって普通だ。フレアも変わってない」
オババは、さらにうなり、
「じゃ、家族以外で、何か変わったことをみたかい?障りがあったかい?」
「障り?」
そんなことを思い出していると、一つ覚えていることがあった。
「そういえば、この間サダじいがこんなことを言っていた。
自分は、いくつ魂があったとしても、結局同じことをしてしまうんだろうよと」
「さだじい、それはどういう意味だい?」
と聞いたら、
「わしにも、お前さんくらいの年の頃があってよ。そんとき、わしも無茶をしたもんだ。後悔なんてしてやいない。お前さんくらいの年に戻ったって、結局同じ鉄を踏んだことだろうよって。
けど、さだじいの顔は、いい顔してた。
なんていうか、満足してるような顔だった。
俺の年になったとしても、同じことしてるっていうのは、やっぱり山の禁を犯して山に入ったのは、さだじいだったのかい?」
ルウアがたずねると、オババは苦々しい顔つきをした。
今まで、布切れをみていた優しい目つきではない。囲炉裏の火を黙ってみまもると、オババは、決心したようにこう話した。
「ルウアよ。お前はこれから話すことを誰にも話しちゃいけないよ。それを守れるかい?」
古くからの方法で、これをすると家に災いする虫がやってこないという魔よけの法でもあった。
だからオババの服はいつもイリが蒸された匂いがし、オババの家にいくたびに自分もその匂いになれていった。
戸をあけると、オババが電球明かりの中、家で結い仕事をしていた。
古布の切れをつないで木材に巻いていき、それを一度蝋で布を固めたのちに、もう一度布を巻いていく。木材は、手先から肘くらいまでの長さだが、その先に撒いてある布に、藍という植物からとった原料の液をぬらし、またその上から布を巻いていく。
何度もそれを繰り返すうちに、端切れから木材へ藍の原液がしみこんでいき、その木材の深部まで通ると端切れ布をゆっくり取っていく。
染みこんだ藍の原液で濃い藍色や紫色となった古布の糸は、陰干しされると、足や腕や頭に巻いて使う。
そうやって木材にしみこませるやり方は、その木が今年の春に伐採された桜の木や、樫の木であること、神聖な木の神様の力を布に宿して、自分の身代わりに身につけるから、災いを転じられると考えられてきた。
オババは、それを頼まれるとやっていた。村の若い衆や、若い家族などのために、頼まれて作っているのだった。
ルウアは、小さい頃からオババによく預けられていた。
親戚でもなんでもないルウアに対して、両親があまりにやんちゃをする息子を心配してオババにみてもらっていたのだった。
オババはただ、ルウアのすること話すことに耳を傾け、息子にもしたような、自分の意見を押し付けたり、叱るということはしなかった。
ただ、ルウアの話すことを、うんうんと聞いているだけだった。
しかし、それでルウアの心は、落ち着いて家でも悪さをしなくなっていったのだった。
大きくなっても、よくオババのところにやってきた。もう両親は息子に手を焼いてということはなかったが、ルウアが個人的に来たくなるところだったからだ。
「オババ、またそんなに頼まれてやって。俺がちょっと手伝おうか?」
ルウアが話しかけると、オババは、めがねを掛けた目をひょいと上に見上げて、それからまたうつむいて古布を巻く手に目をやった。
ルウアは、よくこうしてオババの隣で、古布を巻く姿をみながらいろんなことを話す子だった。
オババもそれは承知していて、また何か考えているんだなとわかった目を細めた。
「なあ、オババ、俺さ何だか自分でもわかんないんだけどさ、最近変なんだよ」
そういうと、オババは手元をみながら、大笑いした。
「お前が変なのは、最近に始まったことじゃないじゃないか!何が変なんだい?」
ん~とルウアは考えこむと、一つ一つ言葉を考えているように、
「山に何か異変を感じるんだよ。それが何なのかわかんないんだが」
そういうと、オババは、ちょっと眉をひそめた。
「山にまた、入ったんか?」
「いいや、この間は、途中までいって入れなかった。なんとなく怖くなってしまって。でもそんなことはどうでもいいんだ。変だっていうのは」
そこで、ルウアは止まってしまった。オババは、手元から目を上げると幼さの残る浅黒く丹精な少年の顔を覗き込んだ。
「俺の中から、どうしても山に行きたくて仕方ないという衝動みたいなのが消えていかないんだ。いつもは、ダレンたちと山まで飛んで競争してみたり、山の男をこっそりみにいこうってイタズラな気持ちだったんだけど。最近は、山のことが気になって仕方ないんだ。気が騒ぐんだ」
ルウアをみていたオババが、古布をもつ手を置いた。
「お前、今年いくつだ?」
「今年は、12だよ。なあ、山へ入る前には、皆こんな気持ちになるものなんだろうか?何か気になって仕方ないんだよ」
オババは、ん~と眉をひそめた。
「15の開山の年まではまだ、ちょっと早いなあ。最近お前さんの周りで変わったことはあったかい?」
「いいや、親父は、この間も山の勤からかえってきたし、また一昨日に入っていった。お袋もいたって普通だ。フレアも変わってない」
オババは、さらにうなり、
「じゃ、家族以外で、何か変わったことをみたかい?障りがあったかい?」
「障り?」
そんなことを思い出していると、一つ覚えていることがあった。
「そういえば、この間サダじいがこんなことを言っていた。
自分は、いくつ魂があったとしても、結局同じことをしてしまうんだろうよと」
「さだじい、それはどういう意味だい?」
と聞いたら、
「わしにも、お前さんくらいの年の頃があってよ。そんとき、わしも無茶をしたもんだ。後悔なんてしてやいない。お前さんくらいの年に戻ったって、結局同じ鉄を踏んだことだろうよって。
けど、さだじいの顔は、いい顔してた。
なんていうか、満足してるような顔だった。
俺の年になったとしても、同じことしてるっていうのは、やっぱり山の禁を犯して山に入ったのは、さだじいだったのかい?」
ルウアがたずねると、オババは苦々しい顔つきをした。
今まで、布切れをみていた優しい目つきではない。囲炉裏の火を黙ってみまもると、オババは、決心したようにこう話した。
「ルウアよ。お前はこれから話すことを誰にも話しちゃいけないよ。それを守れるかい?」
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