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第八章 神殿へ
山の神の遣い
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ルウアたちが、湿った岩の裂け目をくぐっていくとき、先頭を歩いていた男が、はじめて後ろを振り返った。
それまで男は、一度も振り返らずに、山道を歩き続けてきたが、ここで初めて声を発した。
ちょうど最後の男も岩壁を通り抜けており、岩壁にそって人一人が通れる道を抜けたあたりだった。
それまで屈まなければならないような狭い場所を通っていたが、ふっと天井が高い場所に出た。
先頭の男は、8人全員がその場へやってくるのを待ち、こういった。
「これより、中へ入る。お前たちがみたことがない世界が待っているだろう。山ノ神のことは、口外してはならない。そして、俺たちが先祖がおこなってきたように、彼女にお仕えしていくのが、俺たちの仕事だ」
一同が、緊張感があふれていた。これより先は、禁域であり、成人の儀のときにしか入れないという山ノ神の神殿なのだ。
男であるがゆえに、この神殿にはいることを許される。しかし、もし山ノ神を怒らせたらどうなるのだろうか。
山ノ神はいったいどういうものなのだろうか。
そんな問いと怖れが、若者たちをしめあげていた。
その中に、ルウアだけが、黙って闇を見つめていた。俺はやっとここまでやってきた。一人前の男として山に入ることを許されたのだ。
遠く岩陰に、ポツンと見えていた光が、今目の前に大きな光となって立ちはだかっているのを確認した。
俺の運命とやらは、周りにいるものたちのそれとは、違えるだろう。
けれど、山への羨望や、想いの源となっている俺の心の真ん中に居座っている気持ちは、それすらも超えていくほどの熱いものだった。
幼少の頃から、山をみて育ち、それが自分にとって当たり前となったものたちのそれとは、違う。
俺の熱い想いだった、心の中枢をいつも駆け抜けていた風は、山に一度はいるごとに、全身の血潮からこだまする古代からの魂の絶対的な刻印のようなものだった。
抗うことができない、血がそれを許さないような、支配に似ていた。
ルウアがそう感じていたことは、姉のフレアにも同じような支配によって、憧れや導きを与えていた。彼女も彼女の中での支配に長年耐えていたのだった。女であるが故に、山に入れないものが耐えねばならない山への思慕を男の俺は想像できない。そして、その思慕が果たして成就できるときがくるのかさえ、俺には理解できない。
ダレンやキレアと山まで飛んだりして遊んだときのことを思い出す。彼らは俺と同じように禁域の山へ飛ぶことで、大人の目を盗んで自分が一枚上手となって、賢くなったような気がしていた。
俺も、はじめは、大人たちのしきたりを自分たちが破ったらどうなるのだろうと考え足元をすくってやりたいようなイタズラ心が先行していた。
しかし、山が近づくにつれて、迫りくる大きな衝動にかられた。
まるで、山へ入ることは、自分が大きな運命へたちむかっていく姿のようであったのだ。
二人には話さなかったが、その思いを持ったときから、自分でも覚悟をしていたように思う。
俺は、他の人たちのように山の男となって里の生活をしながら一生を終えるようにはならないだろう。
薄暗い中で自分の手のひらをみた。
今ようやく一つの大きな扉をあけようとしている。しかし、この手の前に、あといくつの扉が待っているのだろうか。
俺は、あといくつまで、俺のままでいられるのだろうか。
ルウアが、こぶしを握り締めたとき、かすかに歩いてくる足音が聞こえた。自分たち8人と男たち以外に、近づいてくるものがいる。
その場にいた全員の若者が総毛だった。
やってきたものは、真白い衣をきている小柄なものだった。
「ようこそ、満月の夜においでくださいました。さあ、どうぞこちらへ」
そういうと、そのものがどういう表情をしているかはわからなかったが、声は洞窟にこだまして、男か女かもわからない声色だった。
全員が、そのものの後に続いた。
皆が緊張感で一様に、口を閉ざしている中、ダレンが急にキレアに、
「しょんべんがチビリそうだ」
と言っているのが、後ろ手に聞こえた。ルウアは、どうするこもできないと思ったが、キレアが、優しく、
「ここは神殿だからさすがに中ではマズイよ。外に出て用を足していいかきいてみたら」
とこたえた。ダレンからの返事はしばらく黙った後、「我慢する」とだけつぶやいた。
ルウアは、まっすぐ進んでいく行列の先頭に、大きな岩の扉がでてきたのが見えた。中からは光が扉の形に薄く漏れている。
先頭にいる使者が、扉を時計回りに回転させた。すると、大きな音をたてて扉がゆっくりと回りだし、中からの光が大きく広がった。
扉が口をあけて、自分たちを招いていた。
山の門から案内してきた男たちも、ここまでくると、緊張している様子が伝わってきた。男たちですら緊張する、この中の部屋はきっと、山ノ神の部屋に違いない。
ルウアは、扉の前で気持ちが高ぶるのを感じた。
室内から漏れる光の前に、いままで向こうを向いていた使者がゆっくりと、こちらを振り向いた。
光に照らされたその顔をみた、とたんにルウアは肝がつぶれそうになるのを感じた。
そこには、フレアにそっくりの顔をした銀色の長い髪のものが立っていたからであった。
それまで男は、一度も振り返らずに、山道を歩き続けてきたが、ここで初めて声を発した。
ちょうど最後の男も岩壁を通り抜けており、岩壁にそって人一人が通れる道を抜けたあたりだった。
それまで屈まなければならないような狭い場所を通っていたが、ふっと天井が高い場所に出た。
先頭の男は、8人全員がその場へやってくるのを待ち、こういった。
「これより、中へ入る。お前たちがみたことがない世界が待っているだろう。山ノ神のことは、口外してはならない。そして、俺たちが先祖がおこなってきたように、彼女にお仕えしていくのが、俺たちの仕事だ」
一同が、緊張感があふれていた。これより先は、禁域であり、成人の儀のときにしか入れないという山ノ神の神殿なのだ。
男であるがゆえに、この神殿にはいることを許される。しかし、もし山ノ神を怒らせたらどうなるのだろうか。
山ノ神はいったいどういうものなのだろうか。
そんな問いと怖れが、若者たちをしめあげていた。
その中に、ルウアだけが、黙って闇を見つめていた。俺はやっとここまでやってきた。一人前の男として山に入ることを許されたのだ。
遠く岩陰に、ポツンと見えていた光が、今目の前に大きな光となって立ちはだかっているのを確認した。
俺の運命とやらは、周りにいるものたちのそれとは、違えるだろう。
けれど、山への羨望や、想いの源となっている俺の心の真ん中に居座っている気持ちは、それすらも超えていくほどの熱いものだった。
幼少の頃から、山をみて育ち、それが自分にとって当たり前となったものたちのそれとは、違う。
俺の熱い想いだった、心の中枢をいつも駆け抜けていた風は、山に一度はいるごとに、全身の血潮からこだまする古代からの魂の絶対的な刻印のようなものだった。
抗うことができない、血がそれを許さないような、支配に似ていた。
ルウアがそう感じていたことは、姉のフレアにも同じような支配によって、憧れや導きを与えていた。彼女も彼女の中での支配に長年耐えていたのだった。女であるが故に、山に入れないものが耐えねばならない山への思慕を男の俺は想像できない。そして、その思慕が果たして成就できるときがくるのかさえ、俺には理解できない。
ダレンやキレアと山まで飛んだりして遊んだときのことを思い出す。彼らは俺と同じように禁域の山へ飛ぶことで、大人の目を盗んで自分が一枚上手となって、賢くなったような気がしていた。
俺も、はじめは、大人たちのしきたりを自分たちが破ったらどうなるのだろうと考え足元をすくってやりたいようなイタズラ心が先行していた。
しかし、山が近づくにつれて、迫りくる大きな衝動にかられた。
まるで、山へ入ることは、自分が大きな運命へたちむかっていく姿のようであったのだ。
二人には話さなかったが、その思いを持ったときから、自分でも覚悟をしていたように思う。
俺は、他の人たちのように山の男となって里の生活をしながら一生を終えるようにはならないだろう。
薄暗い中で自分の手のひらをみた。
今ようやく一つの大きな扉をあけようとしている。しかし、この手の前に、あといくつの扉が待っているのだろうか。
俺は、あといくつまで、俺のままでいられるのだろうか。
ルウアが、こぶしを握り締めたとき、かすかに歩いてくる足音が聞こえた。自分たち8人と男たち以外に、近づいてくるものがいる。
その場にいた全員の若者が総毛だった。
やってきたものは、真白い衣をきている小柄なものだった。
「ようこそ、満月の夜においでくださいました。さあ、どうぞこちらへ」
そういうと、そのものがどういう表情をしているかはわからなかったが、声は洞窟にこだまして、男か女かもわからない声色だった。
全員が、そのものの後に続いた。
皆が緊張感で一様に、口を閉ざしている中、ダレンが急にキレアに、
「しょんべんがチビリそうだ」
と言っているのが、後ろ手に聞こえた。ルウアは、どうするこもできないと思ったが、キレアが、優しく、
「ここは神殿だからさすがに中ではマズイよ。外に出て用を足していいかきいてみたら」
とこたえた。ダレンからの返事はしばらく黙った後、「我慢する」とだけつぶやいた。
ルウアは、まっすぐ進んでいく行列の先頭に、大きな岩の扉がでてきたのが見えた。中からは光が扉の形に薄く漏れている。
先頭にいる使者が、扉を時計回りに回転させた。すると、大きな音をたてて扉がゆっくりと回りだし、中からの光が大きく広がった。
扉が口をあけて、自分たちを招いていた。
山の門から案内してきた男たちも、ここまでくると、緊張している様子が伝わってきた。男たちですら緊張する、この中の部屋はきっと、山ノ神の部屋に違いない。
ルウアは、扉の前で気持ちが高ぶるのを感じた。
室内から漏れる光の前に、いままで向こうを向いていた使者がゆっくりと、こちらを振り向いた。
光に照らされたその顔をみた、とたんにルウアは肝がつぶれそうになるのを感じた。
そこには、フレアにそっくりの顔をした銀色の長い髪のものが立っていたからであった。
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