死んだ俺は、神に頼まれて世界を救うことになった

藤井 サトル

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冒険者にはあこがれる

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「……改めて、本当にごめんなさい」

 申し訳なさそうな声とともに深く頭を下げ、猫耳の女性――先ほどまで大男を軽々と放り投げていた張本人は、気まずそうに顔を上げた。

 ギルドの一角へと案内されて空とシエルがテーブルについた直後のことだった。向かいに腰を下ろした彼女は改めて二人へと向き直りこうして頭を下げたのだ。

 卓は厚みのある木製で長年使われてきたのだろう。表面には無数の傷が刻まれ、荒事が日常茶飯事であるこの場所の空気を雄弁に物語っている。椅子の脚もわずかに歪んでおり、それが妙にこのギルドらしかった。

 周囲では冒険者たちがちらり、ちらりと視線だけを向けてはそれぞれの会話や酒へと戻っていく。完全に静まり返ったわけではないが、先ほどまで張り詰めていた空気は嘘のように和らいでいた。

「ま、まぁ無事だったからいいよ」

 空はそう言ってぎこちなく肩をすくめた。
 言葉とは裏腹に、胸の奥にはまだ少しだけ動悸が残っている。だが、それを表に出すほど大人でもなければ気まずさを引きずるほど器用でもない。とりあえずこの場を収めるための一言だった。

 空の隣に座っているシエルは背筋を伸ばし膝の上で両手を揃えている。彼女は相変わらず落ち着いた佇まいだ。柔らかな表情の奥には空を気遣う視線があり、時折ちらりとこちらを窺ってくる。

 そして向かいの席には、猫耳の女性。
 獣人という存在そのものは空にとってまったく未知というわけではなかった。元の世界ではゲームや小説の中で何度も目にしてきた種族だ。人の姿を基にしながら、獣の特徴を併せ持つ――そんな設定は知識としては十分すぎるほど頭に入っている。

 だが、実際に目の前に座っているとなると話は別だった。
 人と変わらない体つきや表情のまま、頭の上にはふさふさとした三角の猫耳が生え、椅子の背後では長い尻尾が生き物らしくゆっくりと揺れている。その一つ一つが画面や文字の中で見てきた『設定』ではなく、紛れもない現実として存在している。

「私はリィナ。ハンターギルド所属の冒険者よ」

 そう名乗ると、彼女――リィナは軽く手を挙げた。
 その仕草はどこか慣れたもので初対面の相手にも臆さない自信が感じられる。つい先ほどまで見せていた慌ただしさや切迫した空気は影を潜め、今は穏やかな笑みが口元に浮かんでいた。

 奇妙な取り合わせだとは思う。
 異世界から来た少年と天使、そして獣人の冒険者。冷静に考えれば首を傾げたくなる構図だが少なくとも今は争いも混乱もなく、腰を落ち着けて話ができる状況だった。

 俺は一度小さく息を整え視線を上げてから口を開いた。

「俺は高峰 空です。えっと……今日、この街に来たばかりで」

 自分でも少し歯切れの悪い言い方だとは思ったが事実を並べる以上の言葉がうまく出てこなかった。
 そんな俺の横でシエルが静かに姿勢を正す。

 腰まで伸びる淡い金色の髪はギルドの照明を受けて柔らかく光り、透き通るような白い肌と相まって周囲の荒っぽい雰囲気から浮いているようにも見える。澄んだ青い瞳を穏やかに細め彼女は柔らかな声で続けた。

「シエルです。空さんの……同行者、みたいなものです」

 言葉を選ぶように一瞬だけ間を置きそれ以上は踏み込まない。
 純白の衣の袖口を軽く揃えながら、にこやかに微笑むその仕草は余計な詮索を自然と遠ざけるものだった。

「空に、シエル……ね」

 リィナはそんな二人を見比べると俺たちの名前を確かめるように小さく頷き、どこか照れ隠しのような笑みを浮かべる。

「今日はほんとにごめん。中の喧嘩が思ったより激しくてさ」

 猫耳がぴくりと揺れ、困ったように笑うその様子から、さっきまでの緊迫した空気がまだ完全には抜けきっていないことが伝わってきた。


 だが、そんな彼女の言い訳めいた謝罪を耳に入れながらも空の意識は別のところに引き寄せられていた。

 ――獣人。

 言葉としては知っている。
 けれど、こうして真正面から見るのはこれが初めてだった。

 リィナの頭上にはぴんと張りのある猫耳が二つ。薄く生え揃った毛並みは柔らかそうで、彼女の感情に呼応するようにほんのわずかに揺れたり、角度を変えたりする。その動きが妙に生々しくて作り物ではないことを否応なく実感させてくる。
 話しながら困ったように笑った瞬間。耳が小さく後ろに倒れ、次の瞬間には照れ隠しのようにぴくりと立ち直る。

 ――あ、今動いた。

 そんなことを考えながら、空は無意識のうちに視線を追っていた。

「……」

 自分が黙り込んでいることにもじっと見つめていることにも本人は気づいていない。ただ純粋に未知の存在を前にした好奇心が視線を縫い止めていただけだった。

 だが、その分――傍から見れば相当に失礼だったかもしれない。
 リィナは一瞬、きょとんとしたように瞬きをする。
 次いで空の視線の先を察したのか猫耳をぴくりと揺らしながらくすっと口角を上げた。

「……もしかして、獣人が珍しいの?」

 からかうような、それでいて悪意のない声音。彼女は肩をすくめるようにして付け足す。

「今じゃ都会にも普通に居ると思うけど」

 その言葉と同時に猫耳がまた小さく動いた。それを見て空はようやく――自分が何をしていたのかを自覚することになる。

「え、いや、その……」

 喉まで出かかった言葉が形にならず、空は思わず視線を泳がせた。
 じっと見ていた自覚がなかった分、指摘されると一気に気まずさが込み上げてくる。

 そんな空の反応を見てリィナは気にした様子もなく軽く肩をすくめた。そして自分の頭に手を伸ばすと、ぴんと立った猫耳を指先で――ちょん、と示す。

「この街にもいるし、他の国ならもっと居るよ?」

 耳は指で触れられた拍子にくすぐったそうに小さく揺れた。まるで『特別なものじゃない』と言外に示すような、あっさりとした口調だった。

「そ、そうなんだ」

 空は短くそう返しながら、ようやく自分の行動をはっきりと自覚する。
 失礼なことをしていた――その事実に気づいた途端、顔に熱が集まり頬がわずかに赤くなった。

 慌てて視線を外し、小さく頷いて誤魔化すように息を吐く。

 そんな様子をリィナはじっと観察するように見つめていたが、やがて少しだけ首を傾げた。
 猫耳もそれに合わせて、くい、と同じ角度に傾く。

「う~ん……獣人が珍しいみたいだし」

 一瞬考えるように視線を宙に向けてから、再び空たちに目を戻す。

「もしかして二人はかなり遠くから来た?たとえば、獣人がほとんどいない田舎とか?」

 探るようでいてどこか他愛のない問いかけ。
 リィナの声は柔らかく、そこには疑うよりも興味の色が強く滲んでいた。

 悪意のない問いだった。
 それは分かっている。だが――核心を突かれたような感覚に空とシエルは同時に言葉を失った。

 一瞬だけ思考が止まる。

 どう誤魔化すべきか。
 いや、それ以前に――何と答えるのが正解なのか分からなかった。

 本当のことを話したところで信じてもらえるはずがない。
 自分たちは異世界から来た存在でこの世界は今、滅びに向かっている――そんな話を真顔でされて、まともに受け取る人間がどれほどいるだろうか。かといって、もし仮に信じられてしまった場合も厄介だ。
 危機を煽られた結果、街が混乱したり、無謀な行動に出る者が現れたりすれば、それこそ取り返しがつかない。

 空は小さく喉を鳴らし横目でシエルを見る。シエルもまた困ったように視線を伏せ、答えを探すように唇をきゅっと結んでいた。どうやら考えていることは同じらしい。

 そうして――三人の間にほんの短い沈黙が落ちた。

 ギルドの喧騒がやけに遠く感じられる。木製のテーブルに置かれたカップの縁に空の指が無意識に触れ、かすかな音を立てた。その沈黙を破ったのは、ほかならぬリィナだった。

「ま、詮索してもしょうがないよね」

 あっさりとした口調でそう言うと彼女は片目を細め、肩の力を抜いた笑みを浮かべる。

「ギルドに用があって来たんでしょ?依頼でもしに来たの?」

 そこで一度言葉を切り猫耳をぴくりと揺らしながら続ける。

「それとも、田舎から来たって言うなら……冒険者になりに来たの?」

 ――冒険者。

 その言葉が耳に入った瞬間、空の胸がわずかに跳ねた。剣を振るい、依頼を受け、世界を巡る存在。この世界で行動するための最も自然で最も都合のいい立場。考えるよりも先に口が動いてしまう。

「そ、そうなんだ!冒険者になりに来たんだ」

 言い切ってから空ははっとする。だが時すでに遅く、言葉はもう空気に溶けて消えていた。
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