※異世界ロブスター※

Egimon

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第一章 海域

第三話 はじめてのおつかい

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 あれから俺はアストライア族族長ムドラストに魔法を教わった。
 毎日毎日彼女の家に通い、魔法の修業をする日々。実に充実している。

 魔法は前世では絶対に味わうことができなかった未知の学問。それも非常に感覚的で実戦的なもの。机に向かってお勉強するだけではない。

 彼女と生活しているうちに、この部族の規模の大きさというものが大分わかってきた。
 父ほどの大きさでも、部族の端まで行くのには二日以上かかる。一般的なタイタンロブスターならもっと。
 浅いところは地上すれすれまで、深いところは太陽の光がほぼ届かないところまで。

 アストライア族は部族を名乗っているが、全ての領地が繋がっているわけではない。あくまでも支配領域を部族としてまとめているのだ。
 部族内には人口100~200人程度の集落があり、それぞれ代表を決めてその地域を管理、防衛している。

 もはや国といっても良いほどの面積を、このアストライア族は収めている。彼らの支配領域の中では、他の魚たちは食われるしかない。
 また、アストライア族は積極的に穴を掘る性質もあるため地下にも巨大な空間があり、インフラのメインはそこにある。

 しかしひとたび部族の外に出ると、そこは魔境である。父のように巨大な身体や、族長のような強力な魔法を持っていなければ危険とされている。
 俺たちの天敵、巨大イカの『ペアー』や、この海域最速のサメ『ウスカリーニェ』などが生息している。

 じゃあなんでマイマザーはわざわざ海域の外で産卵していたのかと思うが。

 ただ部族の中だからといって安全ではない。半年に一回命の危機を侵さなければならないのだ。

 そう、脱皮である。脱皮の抜け殻がうまく剥がせずに足などに残ってしまうとその部分が圧迫され、最悪からだの機能を失うことになる。
 そもそも染色体をリセットするほどの効力を持つ、この脱皮という行為は非常に体力を使う。小さい子どもや、体力の弱っているものは脱皮の際に死んでしまうことが多い。

 ゆえにこのタイタンロブスターという生物は非常に平和的で、知能を持っているにもかかわらず特に争いごとが起きているなどは聞かない。
 族長も知能ありし大人たちが推薦して選ばれたそうだ。
 民主主義という概念を知っているわけではないだろうが、この種族の思考はとても近代的といえる。

 そして俺はというと、あれから40度の脱皮を終えた。つまり今は23歳。前世の年齢を追い越してしまった。
 脱皮のたびに獲得する能力は全て魔法系を望んだ。この世界の魔法はかなり難しく、頭で理解するのは時間がかかる。
 だから魔法をより感覚的に扱うために、脱皮で無理やり力を獲得するのだ。実際俺の師匠である族長もそうやって魔法の実力を高めたらしい。

 俺の魔法はかなりのものになっている。炎、水、土、音、空間系の魔法は大体使えるようになった。
 しかし戦闘において使い勝手がいいのはやはり水だな。水流操作で泳ぎを加速させることができるし、水中では水の動きなんて目に見えないから、避けられる心配は薄い。
 水中では水圧があるから結構な威力を出さないと飛んでいかないが、他の魔法に比べると十分な性能だ。

 音系の魔法はかなり難儀した。なんせ聴覚なんてほぼないようなものだからな。族長が『音系の魔法は存在する。聞こえなくてもちゃんと使えるのだ。ほら、音魔法で耳を作るところから始めなさい』とか言ってきたときにはこいつ頭大丈夫か? と思った。

 でも、脱皮を二回終えるころには使えるようになっていた。音魔法で疑似的な耳を作成すると、周囲から得られる情報は飛躍的に増えた。なんせ水の動きが音でわかるのだ。水が振動するのを確実にキャッチすることができる。

 それに比べて空間系の魔法は、時間こそかかったが難しくはなかった。なんせ、これこそ理解できなさ過ぎて、脱皮による効果で無理やり獲得したんだからな。

 こいつを習得するために20回分の脱皮を消費した。
 だがその価値はあった。物を空間収納に入れて持ち運べるのだ。こんなの四次〇ポケットだろ。便利すぎる。

 炎系の魔法は料理に使えるし、土系の魔法は土木作業に使える。土魔法の修業に地下インフラの整備をさせられたり、集落を守る壁の建設をさせられたりもした。

 それら全てが楽しくて仕方がない。だって俺の身体からショベルカー並みの馬力が出てるんだぞ。俺の身体から焼却炉並みの火力を出せるかもしれない。
 そう考えるだけでワクワクしてくるじゃないか。

 今日も今日とてそんなことを考えながら魔法の訓練をしていると、不意にムドラストが話しかけてきた。
 最近は魔力総量を高める訓練とか言ってほぼ手を出してこなかったが……。

「なあニー。お前に頼まれてほしいことがあるんだ。聴いてくれるかい?」

「もちろんですよお師匠。それで、頼みって何ですか?」

 俺は用件も聞かずに頼みを了承した。
 彼女には大きすぎる恩がある。たとえどんな頼みだとしても引き受けよう。

「うむ、お前は素直で本当に助かる。頼みというのは、深海からやってきた脅威についてだ……」

 ムドラストの話をじっくり聞いていく。
 彼女は身体が大きく、脳細胞も多い。その分記憶力も尋常でないのだ。

 だから彼女は、一度言ったことは二度言わない。彼女は知能を獲得したそのときからそうやって過ごしてきたのだ。

 対して今の俺の知能はそれほど高くなく、彼女の言葉を聞き逃さないよう必死である。

 彼女の言葉を復唱しよう。

 最近、アストライア族領地の最深部、深海付近に驚異的な生物が現れた。
 あそこには水圧耐性を獲得した強力なタイタンロブスターが多く暮らしている。体格が大きく、しかし知能を獲得した者は少ない。

 それはそうだろう、あそこで生活するには高い水圧耐性を獲得する必要がある。幼い子どもたちでさえ、脱皮によって獲得する能力を全て水圧耐性に回すほどだ。

 というか、あそこの子どもたちはどうやって生活してるんだ?
 生まれたばかりのころは水圧耐性もないはず。もしかして、獲得した能力はある程度継承されるのだろうか。

 ま、とにかくそんな彼らが手に負えない案件なのだ。

 超小型の軟体動物、貝類の仲間。
 彼らは恐ろしいことに、貝を一瞬だけ開いて針状の触手を高速で突き出し、幼いタイタンロブスターを殺して食べてしまうそうだ。

 奴らは小型ながらに知恵があり、基本的に集団で行動している。
 深海で固められた硬い岩盤を掘削する能力を持ち、魔法を持たないタイタンロブスターでは辿り着けない場所まで潜り込めるそうだ。

 あそこは地下インフラがかなり複雑にできている。
 ムドラストらほどの大きさだと、奴らを殲滅するのに大きな穴を開ける必要があるが、そんなことをすればインフラが崩壊する。

 だからこそ俺が選ばれたわけだ。
 必要最小限の掘削で奴らの住処までたどり着き、そしてこれを殲滅する。

 なるほど確かに俺にしかできない仕事だ。何せ、この小ささで魔法を獲得しているのは俺だけなのだから。

 奴らはあそこに住む子ども達を積極的に襲い、生息域を広げてしまう。
 そうなる前に、俺が片付けなければいけないのだ。

「お前なら出来ると確信している。ニーの魔法適正は近年見ないほどのものだからな。だが気を付けろ。奴らは元々もっと深海に住んでいる。あそこには我々よりも小さく弱い甲殻類がいる。住みやすい場所をわざわざ離れてここまで来た理由があるはずだ。もしかしたら、もっと強力な生物が存在しているかもしれない。一応大型の大人たちを近くに付けておくが」

「大丈夫ですよ、俺なら地中深くまで簡単に逃げられます。どんな敵が来ようとも平気ですよ」

「うむ、期待しているぞ」
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