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第二章 アストライア大陸
第二十七話 森林調査
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ひとまず村の防衛問題は片付いた。村の中で賊に襲われる心配はもうないだろう。
海辺は漁港の関係もあり解放されている場所もあったが、沖までは壁を拡張しておいた。
賊の得意とするのは、彼らが育てている大型の草食獣を用いた戦闘。しかし、あそこまで沖に出てしまえば、草食獣を引きつれることはできない。
ここは漁師の村だし、海の上では彼らの独壇場のはずだ。
村人の信頼を勝ち取るという目的なら、これだけでも充分達成できた。しかしだからと言って、本来頼まれたことをおろそかにはできない。
俺の行動が、タイタンロブスターという種族全ての印象を形作ってしまうことを、決して忘れてはいけない。ムドラストの功績を汚してはいけない。
といっても、俺は地上の魔獣に詳しくないぞ。確かに知識量で言えばこの村の人間よりも多いし、魔法の手数もずっと上だ。けど、これに関しては俺より知恵の回るやつもいるだろうに。
「まあ何はともあれ、山に入ってみないことには分からないか。相手がどんな奴か分からないことには、対策の立てようもない。ウチョニーは村で一仕事頼むよ。一応、相手をイノシシと想定して罠を作って欲しい」
そう言って、俺はひとつの罠をウチョニーに渡す。
彼女は人間ではないが、人間よりもずっと器用だ。対向性を持った節足をいくつも持っているのだから当然だろう。
「むーっ、分かってるけどね。アタシが人間の身体じゃないから森に連れて行ってくれないんでしょ。ニーは人間の方が好きだもんね。人間って柔らかそうだし、ニーは硬い女の子が好きじゃないんだ」
「そう拗ねないでくれよ。今は我慢してくれ。それに、俺はウチョニーの外骨格、大好きだぞ。頼もしくて、硬くて、それから……。ちょっとこれは言わないでおこうか」
魅力的だ、という言葉は、まだ口に出せなかった。
俺もまだまだ未熟だと感じる。父なら、惚れている女には素直に好きだと伝えるんだろうか。あいや、父が惚れているのは、未だ知能を薄っすらとしか獲得していない俺の母だが。
とにかく、彼女の仕事を頼んで俺は森に入っていく。森と村の境目ギリギリまで畑は広がっていて、より森に近い部分は荒らされた跡が見えた。
やはり根菜類か。畑の柔らかい土を掘り返して野菜を盗んでいるようだな。
しかしその割には、水田の方にも被害が出ている。季節は秋で、早い農家は既に収穫が始まっているが、森付近の水田の穂が明らかに少ない。
これは厄介だな。畑の土を掘り返しているのは恐らくイノシシの類か、もしくはサル系か。とにかく哺乳類の何かだろう。
しかし水田を荒らしているのは多分別だ。それがこんな風に田んぼを荒らす魔獣がどんな奴かは分からないが、相当危険なことは確かである。
森に入ると一気に別世界になり、村とはまったく異なる雰囲気を見せる。
大量の虫が乱舞しているし、何処からか鳥の鳴き声も聞こえてきていた。
ウチョニーはこんな鬱蒼とした森の中でも大木をなぎ倒して進めるが、彼女がいたら生態調査は不可能だったろうな。
見渡してみても特に魔獣はいない、か。
だが俺の情報収集は目だけじゃない。
音系魔法で聴覚を限界まで拡張。より遠くの音を捉え、微細な音は拡大してよく聞き取れるようにする。さらに分かりづらい音を模倣、再び聞き直せるように覚えこんだ。
これだけで森の中の情報源は格段に増える。レーダーのように生物を発見することは出来ないが、およそ視力にも近しいほどの感覚を手に入れた。
そしてすぐに気付く。この森、異様に昆虫が多い。山鳥や海鳥の多さを考えると、こんなに大量に虫がいるのはどう考えてもおかしいのだ。本来なら鳥がもっと勢力を拡大しているはず。
確定だな、少なくとも村の水田を襲っていたのはこの昆虫だ。
それも、恐らくは蛾の仲間だろう。翅をたたんで木の皮の隙間に隠れ、鳥に襲われるのを防いでいるんだ。
日本にも、夜盗蛾という蛾がいる。名前の通り夜中になると突如として大量に現れ、作物を一晩のうちに食い荒してしまうのだ。
彼らはその日のうちに100km近く移動し、次の畑まで逃げおおせる。
しかし彼らが一晩にして作物を消滅させられるのは、ひとえに幼虫の協力あってこそだ。
卵が孵化する時期になると一部を荒らされた畑から幼虫がうじゃうじゃと湧き始め、次の日には若い作物がなくなっているという。
ただし夜盗蛾の幼虫は顎がそう強くなく、本来なら成熟した稲を食べるのは難儀なはず。
この大陸の夜盗蛾は秋に産卵するようだが、何故新芽が柔らかい芽吹く春ではないのか。
まあいい、それは後でまた考察するとしよう。まずは敵が一種類分かってよかった。畑の方は対策を立てられるし、こちらの方が大問題である。
にしても、この森は夜盗蛾にとって最高の立地だな。
恐らくだが夜行性の鳥は少なく、昼間は隠れる場所が豊富にある。そして産卵と食事をいっぺんに行える水田が目の前。奴らには理想的な場所だ。
これは、早急に対処しなければ。ただでさえ旱魃の影響で作物が減少しているのだ。夜盗蛾が本気で作物を荒らしに来たら、この村は再び食糧危機に陥る。
あくまでも幼虫が稲を食べられないだけで、成虫は別問題だからな。数こそ幼虫よりも少ないが、その行動範囲は驚くべきものがある。
それに、俺が相手するのが日本の夜盗蛾と似た種類なら、少々面倒だ。
奴らは冬眠期間が凄まじく短い上に、寒さへの耐性も高い。元々冬でもそこまで気温の下がらないこの地域では、彼らの活性も相当高いだろう。
だから冬まで耐えてイージーウィンという戦法は使えない。食料を節約する方法を提案してこの事態を解決する線も見えていたが、今回は無理そうだな。
しかし蝗害か。殺虫剤もない今、どうやってこれを解決するべきか。
昔実家に夜盗蛾が出たときは、幼虫をぶっ殺す殺虫剤を撒き散らしていた。作物は多少打撃を受けたが、本来の夜盗蛾の被害を考えれば微々たるものだった。
だが今この状況で、どうやって奴らを相手にするのか。俺だけでは不可能だな。森を燃やすわけにもいかないし、一匹ずつ処理していては時間が掛かりすぎる。
何より夜盗蛾の成虫は足が早い。村人に捕まえさせるのは難しいだろうな。
とにかく、これは後でウチョニーや村長にも相談するとして、俺はもう少し森の調査を続けよう。もしかしたら、魔獣や夜盗蛾以外の敵も見つかるかもしれない。俺を逆恨みしている連中だ。
再び聴覚補正をかけると、意外にも哺乳類の生活音が少ないことに気が付いた。
畑を荒らしている方の犯人はイノシシに当たりを付けていたが、そのような雰囲気はどうにも感じない。
山の奥から長距離を移動してくるタイプの動物か?
少なくとも、あの荒らし方は夜盗蛾では不可能だった。もっと大きい動物が、必ずこの森に潜んでいるはずなのだ。
イノシシかクマか、はたまたサルか。穴を掘るという観点から見ると、モグラや大型のネズミの可能性も考えられる。
もしくは、もっと大きな動物。まだ俺の知らない、異世界の魔獣の線も……。
「!」
瞬間、俺の聴覚に枝が大きく揺れる音が入った。距離はかなり近い。大木を三つ挟んで向こう側だ。
別の音を捉えるのに集中していたとはいえ、こんな距離まで接近を許してしまうとは。やはり地上は勝手が違う。
飛び出してきたのは一人の男だった。身長はそう高くないが筋肉質で、特に足腰の強さが窺える。
森に溶け込む緑と茶色の服の内側には、恐らく大量の暗器を仕込んでいるのだろう。動きの重さが見て取れた。
男は無言で俺に急接近し、細い棒状の石杭を俺に叩きつける。
俺は身体を大きくずらし、これをすんでのところで回避した。
マズいな、もう仕掛けてきたか。正直、直接戦闘になると俺は結構弱いんだよな。メルビレイには一度真正面からやり合ってボロ負けしたし。
何よりここは地上だ。水中とは違い、立体的な動きがかなり制限されている。この肉体にもまだ慣れていない。
予想はしていたが、やはりウチョニーを連れてくるべきだったか?
海辺は漁港の関係もあり解放されている場所もあったが、沖までは壁を拡張しておいた。
賊の得意とするのは、彼らが育てている大型の草食獣を用いた戦闘。しかし、あそこまで沖に出てしまえば、草食獣を引きつれることはできない。
ここは漁師の村だし、海の上では彼らの独壇場のはずだ。
村人の信頼を勝ち取るという目的なら、これだけでも充分達成できた。しかしだからと言って、本来頼まれたことをおろそかにはできない。
俺の行動が、タイタンロブスターという種族全ての印象を形作ってしまうことを、決して忘れてはいけない。ムドラストの功績を汚してはいけない。
といっても、俺は地上の魔獣に詳しくないぞ。確かに知識量で言えばこの村の人間よりも多いし、魔法の手数もずっと上だ。けど、これに関しては俺より知恵の回るやつもいるだろうに。
「まあ何はともあれ、山に入ってみないことには分からないか。相手がどんな奴か分からないことには、対策の立てようもない。ウチョニーは村で一仕事頼むよ。一応、相手をイノシシと想定して罠を作って欲しい」
そう言って、俺はひとつの罠をウチョニーに渡す。
彼女は人間ではないが、人間よりもずっと器用だ。対向性を持った節足をいくつも持っているのだから当然だろう。
「むーっ、分かってるけどね。アタシが人間の身体じゃないから森に連れて行ってくれないんでしょ。ニーは人間の方が好きだもんね。人間って柔らかそうだし、ニーは硬い女の子が好きじゃないんだ」
「そう拗ねないでくれよ。今は我慢してくれ。それに、俺はウチョニーの外骨格、大好きだぞ。頼もしくて、硬くて、それから……。ちょっとこれは言わないでおこうか」
魅力的だ、という言葉は、まだ口に出せなかった。
俺もまだまだ未熟だと感じる。父なら、惚れている女には素直に好きだと伝えるんだろうか。あいや、父が惚れているのは、未だ知能を薄っすらとしか獲得していない俺の母だが。
とにかく、彼女の仕事を頼んで俺は森に入っていく。森と村の境目ギリギリまで畑は広がっていて、より森に近い部分は荒らされた跡が見えた。
やはり根菜類か。畑の柔らかい土を掘り返して野菜を盗んでいるようだな。
しかしその割には、水田の方にも被害が出ている。季節は秋で、早い農家は既に収穫が始まっているが、森付近の水田の穂が明らかに少ない。
これは厄介だな。畑の土を掘り返しているのは恐らくイノシシの類か、もしくはサル系か。とにかく哺乳類の何かだろう。
しかし水田を荒らしているのは多分別だ。それがこんな風に田んぼを荒らす魔獣がどんな奴かは分からないが、相当危険なことは確かである。
森に入ると一気に別世界になり、村とはまったく異なる雰囲気を見せる。
大量の虫が乱舞しているし、何処からか鳥の鳴き声も聞こえてきていた。
ウチョニーはこんな鬱蒼とした森の中でも大木をなぎ倒して進めるが、彼女がいたら生態調査は不可能だったろうな。
見渡してみても特に魔獣はいない、か。
だが俺の情報収集は目だけじゃない。
音系魔法で聴覚を限界まで拡張。より遠くの音を捉え、微細な音は拡大してよく聞き取れるようにする。さらに分かりづらい音を模倣、再び聞き直せるように覚えこんだ。
これだけで森の中の情報源は格段に増える。レーダーのように生物を発見することは出来ないが、およそ視力にも近しいほどの感覚を手に入れた。
そしてすぐに気付く。この森、異様に昆虫が多い。山鳥や海鳥の多さを考えると、こんなに大量に虫がいるのはどう考えてもおかしいのだ。本来なら鳥がもっと勢力を拡大しているはず。
確定だな、少なくとも村の水田を襲っていたのはこの昆虫だ。
それも、恐らくは蛾の仲間だろう。翅をたたんで木の皮の隙間に隠れ、鳥に襲われるのを防いでいるんだ。
日本にも、夜盗蛾という蛾がいる。名前の通り夜中になると突如として大量に現れ、作物を一晩のうちに食い荒してしまうのだ。
彼らはその日のうちに100km近く移動し、次の畑まで逃げおおせる。
しかし彼らが一晩にして作物を消滅させられるのは、ひとえに幼虫の協力あってこそだ。
卵が孵化する時期になると一部を荒らされた畑から幼虫がうじゃうじゃと湧き始め、次の日には若い作物がなくなっているという。
ただし夜盗蛾の幼虫は顎がそう強くなく、本来なら成熟した稲を食べるのは難儀なはず。
この大陸の夜盗蛾は秋に産卵するようだが、何故新芽が柔らかい芽吹く春ではないのか。
まあいい、それは後でまた考察するとしよう。まずは敵が一種類分かってよかった。畑の方は対策を立てられるし、こちらの方が大問題である。
にしても、この森は夜盗蛾にとって最高の立地だな。
恐らくだが夜行性の鳥は少なく、昼間は隠れる場所が豊富にある。そして産卵と食事をいっぺんに行える水田が目の前。奴らには理想的な場所だ。
これは、早急に対処しなければ。ただでさえ旱魃の影響で作物が減少しているのだ。夜盗蛾が本気で作物を荒らしに来たら、この村は再び食糧危機に陥る。
あくまでも幼虫が稲を食べられないだけで、成虫は別問題だからな。数こそ幼虫よりも少ないが、その行動範囲は驚くべきものがある。
それに、俺が相手するのが日本の夜盗蛾と似た種類なら、少々面倒だ。
奴らは冬眠期間が凄まじく短い上に、寒さへの耐性も高い。元々冬でもそこまで気温の下がらないこの地域では、彼らの活性も相当高いだろう。
だから冬まで耐えてイージーウィンという戦法は使えない。食料を節約する方法を提案してこの事態を解決する線も見えていたが、今回は無理そうだな。
しかし蝗害か。殺虫剤もない今、どうやってこれを解決するべきか。
昔実家に夜盗蛾が出たときは、幼虫をぶっ殺す殺虫剤を撒き散らしていた。作物は多少打撃を受けたが、本来の夜盗蛾の被害を考えれば微々たるものだった。
だが今この状況で、どうやって奴らを相手にするのか。俺だけでは不可能だな。森を燃やすわけにもいかないし、一匹ずつ処理していては時間が掛かりすぎる。
何より夜盗蛾の成虫は足が早い。村人に捕まえさせるのは難しいだろうな。
とにかく、これは後でウチョニーや村長にも相談するとして、俺はもう少し森の調査を続けよう。もしかしたら、魔獣や夜盗蛾以外の敵も見つかるかもしれない。俺を逆恨みしている連中だ。
再び聴覚補正をかけると、意外にも哺乳類の生活音が少ないことに気が付いた。
畑を荒らしている方の犯人はイノシシに当たりを付けていたが、そのような雰囲気はどうにも感じない。
山の奥から長距離を移動してくるタイプの動物か?
少なくとも、あの荒らし方は夜盗蛾では不可能だった。もっと大きい動物が、必ずこの森に潜んでいるはずなのだ。
イノシシかクマか、はたまたサルか。穴を掘るという観点から見ると、モグラや大型のネズミの可能性も考えられる。
もしくは、もっと大きな動物。まだ俺の知らない、異世界の魔獣の線も……。
「!」
瞬間、俺の聴覚に枝が大きく揺れる音が入った。距離はかなり近い。大木を三つ挟んで向こう側だ。
別の音を捉えるのに集中していたとはいえ、こんな距離まで接近を許してしまうとは。やはり地上は勝手が違う。
飛び出してきたのは一人の男だった。身長はそう高くないが筋肉質で、特に足腰の強さが窺える。
森に溶け込む緑と茶色の服の内側には、恐らく大量の暗器を仕込んでいるのだろう。動きの重さが見て取れた。
男は無言で俺に急接近し、細い棒状の石杭を俺に叩きつける。
俺は身体を大きくずらし、これをすんでのところで回避した。
マズいな、もう仕掛けてきたか。正直、直接戦闘になると俺は結構弱いんだよな。メルビレイには一度真正面からやり合ってボロ負けしたし。
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