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第二章 アストライア大陸
第二十九話 人間と甲殻類
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「わ、わかった! なんでも話そう! だから俺だけは助けてくれ。五人と言わず、俺一人でいい! この中で一番情報を持っているのは俺だ」
先程の統率のとれた動きからは想像もできない、驚くほどの手のひら返しだった。あまりの発言に、周囲の仲間も彼を罵倒している。
未だ纏焔を解除せず、奴の首を掴んだ状態である。しかしそれでもなお、彼は喉が焼けるのもいとわずに懇願してきた。既に戦意は一ミリも残されていない。
なんてことだ、件の賊はこんなにも弱い集団なのか。
集団というよりも、これでは群れだな。ある程度力のある者のもとへ集まり、略奪行為を繰り返すだけのクズの集まり。
本来俺は、近接戦闘では一対一でなければ分が悪い。かなり長距離から戦闘を始め、一方的に魔法で敵を倒すのが、地上での戦闘スタイルだ。
だから彼らは、その気になれば俺を負かすことも、まあ不可能ではないのだ。纏焔を解除した隙に一度トライしてみれば、チャンスがあるかもしれない。
しかしそうはならなかった。纏焔を解除しても彼らが攻めてくる気配はない。軟弱な連中だ。だが、今はそれでもいいか。むしろ変に抵抗されるよりも都合が良い。人間との戦闘経験としては不完全燃焼だが。
「よろしい、一度全員村まで連れていく。当然ながら、下手な動きを見せたら即刻殺す。村人を過度に煽るような言動をしても殺す。生かす人間はこちらで厳選し判断する。それが分かったらついてこい」
全員賊集団のことなどどうでも良いのか、自分が助かりたいがために言うことを聞いてくれた。彼らには忠誠心などというものはないようだ。それだけ、優秀な指揮官もいないといことでもある。
全員に手枷を付け、足には重たい石の輪を付けさせた。最初に襲ってきた男は気絶しているため、俺が肩に担いでいる。
これで走って逃げることは出来なくなるし、村に着くころにはヘトヘトになって、歩けもしないはずだ。
皆暗い表情で森の中を歩く。背が低く葉の多いこの森では、より一層暗い雰囲気に見えた。もしかして、反省しているというポーズでもとっているのだろうか。それで情がわいてしまうのは、きっと人間だけだ。
俺たちタイタンロブスターは、表情筋がない。だから顔を見て心情を察するというのは土台無理な話なのだ。
代わりに、もっと別の場所を見て雰囲気を察することはできる。具体的にどこを見ているのかは分からないが。生命の不思議という奴だ。
にしても、彼らを見ていると自分が相当強くなったのだと実感する。
何せ合計十四人、これを相手して難なく返り討ちにできたのだ。なんというか、言いえない爽快感がある。
俺は今まで、初見の相手にまともに戦えたことはない。俺は地力で勝利を掴んだことはなく、この頭で考えて戦ってきたのだ。
初めてウスカリーニェと対峙したとき、何も出来ずにボコボコにされ、危うく食われるところだった。
思い返せば、罠もナシにウスカリーニェに立ち向かうなど、自殺行為でしかない。
初めてペアーと戦った時俺は生まれたばかりで、奴の何気ない仕草一つに大ダメージを負っていた。
今ならば何十体いようとも勝てるが、魔法を身に着けるまでは負け続けていた。
初めてメルビレイに立ち向かった時には手痛い反撃を受け、全身の節足を失った。
初めて巨大貝類と戦闘したとき、罠に嵌められ死ぬ危険もあった。
俺は初見の相手と戦うとき決まって敗北するかピンチに陥り、それをどうにかこうにか考え抜いて勝利に変えてきたのだ。地力だけで勝ち抜いてきたことは一度だってない。
しかし今回はどうだ。人間と戦うシミュレーションは幾度となく行ってきたが、これほどまでに順調な初見は初めてだった。
俺が強くなったというのももちろんあるが、人間種はあまりにも弱い。徒党を組んでも若輩のタイタンロブスターにすら勝てないのだ。
そしてだからこそ、この度の目的を早く果たさなければならない。
もしも父がいたずらに地上を攻めると言い出せば、人間種は簡単に滅びてしまうだろう。何よりアストライア族の誰もが、父を止めることは出来ない。
いったいどうすればより強い力を得られるのか。旅をして知識を深めるだけでなく、自分自身でも改めて考えなければならない。
そうこうしているうちに、森の終点が見えてきた。
全員足枷をしているために進行は遅かったが、どうやら相当深く考え事をしてしまっていたらしい。時間の感覚がおかしくなっている。
俺は村の壁の外に簡易的な牢獄を作り、彼らを全員そこに押し込んだ。
窓は一切ない。出口も存在しない。当然だ、俺が土系魔法で穴を開ければいいのだから。光の射さない牢にしばらくいてもらおう。
「あれ、ニーがもう帰ってきた。まだ昼過ぎだけど、森の調査は良いの?」
村の壁を抜けると、すぐにウチョニーが声をかけてくれた。
最近は日が長くなってきたが、昼過ぎというには少々遅くないか。彼女も相当集中して作業してくれていたらしい。
「あ~それが、調査の途中で例の賊と遭遇してな、捕まえてきたんだ。これから情報を引き出そうと思うが、俺は今日中に森の探索を終わらせてしまいたい。もう少し進んだら何か分かりそうなんだよ。だから……」
「アタシにそいつらのことを押し付けにきた、ってことね? 大丈夫だよ、ちょうど作業終わって暇してたところだし、そういうの得意分野だもん。あただ、村の人が怖がっちゃうから、賊は村の中には入れないよ」
ウチョニーは村で完全に受け入れられているが、タイタンロブスターの姿であることを忘れてはいけない。家屋と見紛うほどの大きさを誇る彼女は、親しくない人間目線には恐怖意外の何者でもないだろう。
そして彼女はアレでも、アストライアの研究者だった。魔法の才能はないが、決して頭が悪いわけではない。むしろ良い方だ。彼女の人付き合いの良さも、きっと地頭の良さから来ているんだろう。
それにしても、あの量の仕事をもう終わらせたのか? 俺もかなり長い時間森に入っていたが、ウチョニーは仕事が早い。人間よりもずっと器用なんだ。
「いつも悪いな、面倒ごとを押し付けて。それに、俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。迷惑をかける。この礼は近いうちに必ず返す」
正直、賊を捕らえられた時点でこの村に留まる意味はなくなった。村人からではなく賊本人から情報を引き出せるのだから、当然だろう。
そもそもこの村で仕事を請け負ったのは、彼らの信頼を獲得し、賊の情報を得るためだ。
しかしそれでも、俺はこの村を救いたい。約束は守りたい。
賊を倒すという、言葉にはしていないが、いつの間にか二人の間に出来ていた目的。それを果たすために必要のない工程だが、それでも俺はこの村を守りたいのだ。
「迷惑だなんて思ってないよ、アタシも好きでやってるんだし。それに、アタシもこの村を助けて上げたいしね。それができるのはアタシじゃなくてニーなんだから、もっと胸張って良い。あでも! お返ししてくれるって言うなら、アタシももっと頑張るよ。フフ、すごいコトお願いしちゃおっかな~」
「す、すごいコトとはいったい!? ちょ、何をいうつもりなんだ!?」
人間には分からないだろうが、妖艶な笑みを見せるウチョニー。それが俺の目にはとても魅力的に見えた。
本当に何をお願いするつもりなんだ。もしかして、もしかするのか……!?
「さ~て、なんだろ~ね!」
俺の質問には返答せず去って行くウチョニー。
くそう、遊ばれているのか? だが、このまま良いようにされたままとは思うまい。森に入って、さらなる力を得て見せよう。そして村も救う。
当面の目標は魔獣用トラップの開発と蝗害対策。これを完璧にこなし、ウチョニーに俺が強くてカッコいい雄だということを見せつけてやるのだ!
先程の統率のとれた動きからは想像もできない、驚くほどの手のひら返しだった。あまりの発言に、周囲の仲間も彼を罵倒している。
未だ纏焔を解除せず、奴の首を掴んだ状態である。しかしそれでもなお、彼は喉が焼けるのもいとわずに懇願してきた。既に戦意は一ミリも残されていない。
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本来俺は、近接戦闘では一対一でなければ分が悪い。かなり長距離から戦闘を始め、一方的に魔法で敵を倒すのが、地上での戦闘スタイルだ。
だから彼らは、その気になれば俺を負かすことも、まあ不可能ではないのだ。纏焔を解除した隙に一度トライしてみれば、チャンスがあるかもしれない。
しかしそうはならなかった。纏焔を解除しても彼らが攻めてくる気配はない。軟弱な連中だ。だが、今はそれでもいいか。むしろ変に抵抗されるよりも都合が良い。人間との戦闘経験としては不完全燃焼だが。
「よろしい、一度全員村まで連れていく。当然ながら、下手な動きを見せたら即刻殺す。村人を過度に煽るような言動をしても殺す。生かす人間はこちらで厳選し判断する。それが分かったらついてこい」
全員賊集団のことなどどうでも良いのか、自分が助かりたいがために言うことを聞いてくれた。彼らには忠誠心などというものはないようだ。それだけ、優秀な指揮官もいないといことでもある。
全員に手枷を付け、足には重たい石の輪を付けさせた。最初に襲ってきた男は気絶しているため、俺が肩に担いでいる。
これで走って逃げることは出来なくなるし、村に着くころにはヘトヘトになって、歩けもしないはずだ。
皆暗い表情で森の中を歩く。背が低く葉の多いこの森では、より一層暗い雰囲気に見えた。もしかして、反省しているというポーズでもとっているのだろうか。それで情がわいてしまうのは、きっと人間だけだ。
俺たちタイタンロブスターは、表情筋がない。だから顔を見て心情を察するというのは土台無理な話なのだ。
代わりに、もっと別の場所を見て雰囲気を察することはできる。具体的にどこを見ているのかは分からないが。生命の不思議という奴だ。
にしても、彼らを見ていると自分が相当強くなったのだと実感する。
何せ合計十四人、これを相手して難なく返り討ちにできたのだ。なんというか、言いえない爽快感がある。
俺は今まで、初見の相手にまともに戦えたことはない。俺は地力で勝利を掴んだことはなく、この頭で考えて戦ってきたのだ。
初めてウスカリーニェと対峙したとき、何も出来ずにボコボコにされ、危うく食われるところだった。
思い返せば、罠もナシにウスカリーニェに立ち向かうなど、自殺行為でしかない。
初めてペアーと戦った時俺は生まれたばかりで、奴の何気ない仕草一つに大ダメージを負っていた。
今ならば何十体いようとも勝てるが、魔法を身に着けるまでは負け続けていた。
初めてメルビレイに立ち向かった時には手痛い反撃を受け、全身の節足を失った。
初めて巨大貝類と戦闘したとき、罠に嵌められ死ぬ危険もあった。
俺は初見の相手と戦うとき決まって敗北するかピンチに陥り、それをどうにかこうにか考え抜いて勝利に変えてきたのだ。地力だけで勝ち抜いてきたことは一度だってない。
しかし今回はどうだ。人間と戦うシミュレーションは幾度となく行ってきたが、これほどまでに順調な初見は初めてだった。
俺が強くなったというのももちろんあるが、人間種はあまりにも弱い。徒党を組んでも若輩のタイタンロブスターにすら勝てないのだ。
そしてだからこそ、この度の目的を早く果たさなければならない。
もしも父がいたずらに地上を攻めると言い出せば、人間種は簡単に滅びてしまうだろう。何よりアストライア族の誰もが、父を止めることは出来ない。
いったいどうすればより強い力を得られるのか。旅をして知識を深めるだけでなく、自分自身でも改めて考えなければならない。
そうこうしているうちに、森の終点が見えてきた。
全員足枷をしているために進行は遅かったが、どうやら相当深く考え事をしてしまっていたらしい。時間の感覚がおかしくなっている。
俺は村の壁の外に簡易的な牢獄を作り、彼らを全員そこに押し込んだ。
窓は一切ない。出口も存在しない。当然だ、俺が土系魔法で穴を開ければいいのだから。光の射さない牢にしばらくいてもらおう。
「あれ、ニーがもう帰ってきた。まだ昼過ぎだけど、森の調査は良いの?」
村の壁を抜けると、すぐにウチョニーが声をかけてくれた。
最近は日が長くなってきたが、昼過ぎというには少々遅くないか。彼女も相当集中して作業してくれていたらしい。
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ウチョニーは村で完全に受け入れられているが、タイタンロブスターの姿であることを忘れてはいけない。家屋と見紛うほどの大きさを誇る彼女は、親しくない人間目線には恐怖意外の何者でもないだろう。
そして彼女はアレでも、アストライアの研究者だった。魔法の才能はないが、決して頭が悪いわけではない。むしろ良い方だ。彼女の人付き合いの良さも、きっと地頭の良さから来ているんだろう。
それにしても、あの量の仕事をもう終わらせたのか? 俺もかなり長い時間森に入っていたが、ウチョニーは仕事が早い。人間よりもずっと器用なんだ。
「いつも悪いな、面倒ごとを押し付けて。それに、俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。迷惑をかける。この礼は近いうちに必ず返す」
正直、賊を捕らえられた時点でこの村に留まる意味はなくなった。村人からではなく賊本人から情報を引き出せるのだから、当然だろう。
そもそもこの村で仕事を請け負ったのは、彼らの信頼を獲得し、賊の情報を得るためだ。
しかしそれでも、俺はこの村を救いたい。約束は守りたい。
賊を倒すという、言葉にはしていないが、いつの間にか二人の間に出来ていた目的。それを果たすために必要のない工程だが、それでも俺はこの村を守りたいのだ。
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