35 / 84
第二章 アストライア大陸
第三十四話 ロンジェグイダとプロツィリャント
しおりを挟む
朝、窓から差し込む日差しを受けて、俺は目を覚ました。ウチョニーは隣でまだ寝ている。昨日は夜遅くまで俺の話に付き合ってくれたからな、まだ起こさずにそっとしておこう。
未だ寝ている彼女の外骨格に手を置く。やはりたくましい身体だ。俺なんかよりもずっと。彼女の硬い身体に触れているだけで、なんだか俺にも力が湧いてくるような気がした。
「本当に仲がいいのですね、お二人は。若い番いで新婚旅行、ですかな?」
「いずれは、そうなりたいと思っている。だが、俺はまだ彼女にふさわしい男になれていない。もっと強く、たくましく。時がたったら、俺の思いを全て伝えようと思っているよ」
村長が隣の部屋から出てきて、話しかけてきた。朝の静かな空気に、彼の言葉が透き通る。
いつもは遅くまで寝ているのに、今日は調子が良いのか早起きだ。しわくちゃの顔には笑顔が浮かんでいた。
「お二人を見ていると、妻との生活を思い出します。それも、こんな老いぼれではなく、もっと若かったころの思い出。種族はまったく違うのに、不思議なものですね」
彼の妻か。考えてみれば、俺とウチョニーの関係は随分人間らしいものだ。一般的なロブスターとはかけ離れている。しかしそれを、おかしいと感じたことは一度もなかった。俺は彼女のことを真に愛しているから。
朝から村長とも話をする。彼に朝食の準備を手伝ってもらいつつ、お互いのことを話すのだ。
そして気付いた。俺は今まで、人間とあまり会話してこなかったんだ。避けていたとすら思える。
だが、それではダメだよな。いくら俺が人間でなくなったとはいえ、元が人間であること自体は変わらないのだ。彼らと対話しないわけにはいかない。自分の頭の中にあることは、どんな種族であろうと言葉にしなければ伝わらないのだ。
朝食を完成させしばらく談笑していると、ウチョニーが自然に起きてきた。ぐっすり眠れたようで何より。
今度は彼女も交え、朝食をとりながら再び談笑する。朝日が差し込むリビングで、年長組の朝は早かった。
「それじゃあ、俺はまた森に行くよ。今日で害獣の特定まで済ませる。そしたら皆にも仕事を頼むことになるから。それと、昨日捕らえた賊から目を離さないこと。ウチョニー、村長のこともよろしく頼んだぞ」
朝食を済ませた俺は、二人に見送られながら森に踏み入る。
周囲を見渡せば、やはり水田を襲っているだろう蛾の気配を感じた。魔力を隠すのは得意でないらしい。かなり村に近いところに潜伏しているが、霊王ならば上手くやってくれるだろう。
森の木々を眺めつつしばらく歩く。虫の鳴く音や鳥のさえずる声はそこかしこから聞こえるのに、何故かこの森からは静寂という印象を強く受ける。耳に入る音全てが、俺の心を落ち着かせていくのだ。
「やあ、よく来たな。ウチェリトはもう、若い衆を集めて行動し始めるそうだ。吾輩たちも、調査を進めようではないか」
気付くと、俺の真正面にはロンジェグイダが立っていた。ついさっきまでは、俺の正面に誰もいなかったはずなのに。
やはり森の長は格が違う。あんなにも濃密な魔力を秘めているのに、感知することも出来ないとは。
しかしだからこそ頼もしい。彼に付いて行けば、必ず事態を解決できるという確信がある。それほどまでに、彼の存在は大きいのだ。
「害獣の正体に当たりを付けているという話でしたけど、具体的にどんな魔獣の可能性がありますか? 俺の知っている魔獣なら、こっちでも対策を用意できそうなんですが」
「うむ、魔獣は畑を掘り返しているという話だったな。単純にイノシシ系統の可能性が高い。冬眠をする種類のものが、この森には沢山いるからな。食料の確保だ。生息域も比較的森の境界線に近い」
なるほど、やはりイノシシか。日本でもかなり問題になっている害獣だ。
奴らは頭が良く、明確な罠が通用しない。畑を執拗に荒らし、作物をダメにするのだ。
「しかし一方で、夜盗蛾の魔力を無視しているというのが気にかかる。あれらは集団で行動し、天敵から身を護るために強い魔力のバリアを張るのだ。ウチェリトの眷属には通用しないが、イノシシは嫌がるはず。積極的に近づこうとはしないのだ」
あの害虫どもにそんな力があったのか。魔力を隠していなかったのではなく、その逆。魔力を放つことで、外敵を寄せ付けないようにしていたんだ。俺にはあまり効果がなかったようだが。
しかしとなると、イノシシの可能性は若干低くなるか。
彼らはどちらも夜行性。夜盗蛾が活動するタイミングは、特に魔力のバリアが濃いはずだ。そのタイミングで畑荒らしをする余裕があるだろうか。
「しかしイノシシのテリトリーが一番村と近い。とうわけでもう一つの可能性は、村から遠い森の中から大移動して、畑の作物を奪いに来ている害獣だな」
「一日の移動距離が長いクマか、もしくは鳥類ですか? クマが人里まで降りてくるほど、この森が痩せているとは思えませんが」
近年、日本ではクマが発見されることが増えた。森の中のどんぐりが枯渇して、彼らの食料がなくなったためだ。冬眠の前には沢山食事をする必要があるクマは、仕方なく人里まで降りてきてしまうのだ。逆に言えば、森が恵みに満ちているなら、クマは人里まで降りてはこない。
「いや、クマのテリトリーはもっと山の中だ。そこには木の実が豊富にあって、彼らが食料に困ることはない。鳥類も、ウチェリトが管理してくれているから問題はないはずだ。もっと別の生物であろうな」
ではいったいなんだ? 森が肥沃ならば、わざわざ人間のテリトリーまで出てきて、畑を荒らすような動物は思い当たらない。
シカやサルも場合によっては畑を掘り返すだろうが、人里まで来るよりも森にいる方が安全で勝手が良いはず。
「アレは霊王も吾輩も手を焼いているからな。一応は精霊種に当たるが、森の内外で好き勝手やっている。プロツィリャント、それが奴らの名だ。鳥類ではないが飛行能力を持ち、雑食性の強い哺乳類。恐らくはまた、奴らが悪さをしているのだろう」
俺の全く知らない生物だ。飛行能力を持つ哺乳類? 生態的に、そんなものが実現可能なのだろうか。ぜひともこの目で見てみたい。未知の存在に、胸が躍る。
未だ寝ている彼女の外骨格に手を置く。やはりたくましい身体だ。俺なんかよりもずっと。彼女の硬い身体に触れているだけで、なんだか俺にも力が湧いてくるような気がした。
「本当に仲がいいのですね、お二人は。若い番いで新婚旅行、ですかな?」
「いずれは、そうなりたいと思っている。だが、俺はまだ彼女にふさわしい男になれていない。もっと強く、たくましく。時がたったら、俺の思いを全て伝えようと思っているよ」
村長が隣の部屋から出てきて、話しかけてきた。朝の静かな空気に、彼の言葉が透き通る。
いつもは遅くまで寝ているのに、今日は調子が良いのか早起きだ。しわくちゃの顔には笑顔が浮かんでいた。
「お二人を見ていると、妻との生活を思い出します。それも、こんな老いぼれではなく、もっと若かったころの思い出。種族はまったく違うのに、不思議なものですね」
彼の妻か。考えてみれば、俺とウチョニーの関係は随分人間らしいものだ。一般的なロブスターとはかけ離れている。しかしそれを、おかしいと感じたことは一度もなかった。俺は彼女のことを真に愛しているから。
朝から村長とも話をする。彼に朝食の準備を手伝ってもらいつつ、お互いのことを話すのだ。
そして気付いた。俺は今まで、人間とあまり会話してこなかったんだ。避けていたとすら思える。
だが、それではダメだよな。いくら俺が人間でなくなったとはいえ、元が人間であること自体は変わらないのだ。彼らと対話しないわけにはいかない。自分の頭の中にあることは、どんな種族であろうと言葉にしなければ伝わらないのだ。
朝食を完成させしばらく談笑していると、ウチョニーが自然に起きてきた。ぐっすり眠れたようで何より。
今度は彼女も交え、朝食をとりながら再び談笑する。朝日が差し込むリビングで、年長組の朝は早かった。
「それじゃあ、俺はまた森に行くよ。今日で害獣の特定まで済ませる。そしたら皆にも仕事を頼むことになるから。それと、昨日捕らえた賊から目を離さないこと。ウチョニー、村長のこともよろしく頼んだぞ」
朝食を済ませた俺は、二人に見送られながら森に踏み入る。
周囲を見渡せば、やはり水田を襲っているだろう蛾の気配を感じた。魔力を隠すのは得意でないらしい。かなり村に近いところに潜伏しているが、霊王ならば上手くやってくれるだろう。
森の木々を眺めつつしばらく歩く。虫の鳴く音や鳥のさえずる声はそこかしこから聞こえるのに、何故かこの森からは静寂という印象を強く受ける。耳に入る音全てが、俺の心を落ち着かせていくのだ。
「やあ、よく来たな。ウチェリトはもう、若い衆を集めて行動し始めるそうだ。吾輩たちも、調査を進めようではないか」
気付くと、俺の真正面にはロンジェグイダが立っていた。ついさっきまでは、俺の正面に誰もいなかったはずなのに。
やはり森の長は格が違う。あんなにも濃密な魔力を秘めているのに、感知することも出来ないとは。
しかしだからこそ頼もしい。彼に付いて行けば、必ず事態を解決できるという確信がある。それほどまでに、彼の存在は大きいのだ。
「害獣の正体に当たりを付けているという話でしたけど、具体的にどんな魔獣の可能性がありますか? 俺の知っている魔獣なら、こっちでも対策を用意できそうなんですが」
「うむ、魔獣は畑を掘り返しているという話だったな。単純にイノシシ系統の可能性が高い。冬眠をする種類のものが、この森には沢山いるからな。食料の確保だ。生息域も比較的森の境界線に近い」
なるほど、やはりイノシシか。日本でもかなり問題になっている害獣だ。
奴らは頭が良く、明確な罠が通用しない。畑を執拗に荒らし、作物をダメにするのだ。
「しかし一方で、夜盗蛾の魔力を無視しているというのが気にかかる。あれらは集団で行動し、天敵から身を護るために強い魔力のバリアを張るのだ。ウチェリトの眷属には通用しないが、イノシシは嫌がるはず。積極的に近づこうとはしないのだ」
あの害虫どもにそんな力があったのか。魔力を隠していなかったのではなく、その逆。魔力を放つことで、外敵を寄せ付けないようにしていたんだ。俺にはあまり効果がなかったようだが。
しかしとなると、イノシシの可能性は若干低くなるか。
彼らはどちらも夜行性。夜盗蛾が活動するタイミングは、特に魔力のバリアが濃いはずだ。そのタイミングで畑荒らしをする余裕があるだろうか。
「しかしイノシシのテリトリーが一番村と近い。とうわけでもう一つの可能性は、村から遠い森の中から大移動して、畑の作物を奪いに来ている害獣だな」
「一日の移動距離が長いクマか、もしくは鳥類ですか? クマが人里まで降りてくるほど、この森が痩せているとは思えませんが」
近年、日本ではクマが発見されることが増えた。森の中のどんぐりが枯渇して、彼らの食料がなくなったためだ。冬眠の前には沢山食事をする必要があるクマは、仕方なく人里まで降りてきてしまうのだ。逆に言えば、森が恵みに満ちているなら、クマは人里まで降りてはこない。
「いや、クマのテリトリーはもっと山の中だ。そこには木の実が豊富にあって、彼らが食料に困ることはない。鳥類も、ウチェリトが管理してくれているから問題はないはずだ。もっと別の生物であろうな」
ではいったいなんだ? 森が肥沃ならば、わざわざ人間のテリトリーまで出てきて、畑を荒らすような動物は思い当たらない。
シカやサルも場合によっては畑を掘り返すだろうが、人里まで来るよりも森にいる方が安全で勝手が良いはず。
「アレは霊王も吾輩も手を焼いているからな。一応は精霊種に当たるが、森の内外で好き勝手やっている。プロツィリャント、それが奴らの名だ。鳥類ではないが飛行能力を持ち、雑食性の強い哺乳類。恐らくはまた、奴らが悪さをしているのだろう」
俺の全く知らない生物だ。飛行能力を持つ哺乳類? 生態的に、そんなものが実現可能なのだろうか。ぜひともこの目で見てみたい。未知の存在に、胸が躍る。
0
あなたにおすすめの小説
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
とある中年男性の転生冒険記
うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
スーパーのビニール袋で竜を保護した
チー牛Y
ファンタジー
竜は、災害指定生物。
見つけ次第、討伐――のはずだった。
だが俺の前に現れたのは、
震える子竜と、役立たず扱いされたスキル――
「スーパーのビニール袋」。
剣でも炎でもない。
シャカシャカ鳴る、ただの袋。
なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。
討伐か、保護か。
世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。
これは――
ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる