※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
36 / 84
第二章 アストライア大陸

第三十五話 プロツィリャントの生態

しおりを挟む
「いたぞニーズベステニー、あそこだ。あの木の上を見ろ」

 ロンジェグイダが何かを見つけたらしく、一本の木を指さしている。
 彼の示す方向を辿っていくと、一匹の魔獣に行きついた。どうやら今は寝ているようだな。

 想像通りというか想像以上というか、俺のまったく見たことのない生物が、そこにはいた。
 恐らく、地球上にはあんな生物存在していないだろう。あんなのが普通にいたら、鳥類は大変な被害を被る。

 ロンジェグイダの言うように、確かに飛行能力を感じさせる翼。今は一般的な鳥類のように折りたたまれ、身体に密着する形で収納されている。

 顔はイヌか? ネコにも近い、どちらとも言えない顔つきをしていた。
 少し平ったくて、目は正面に二つ。少なくとも、鳥類とは全く異なる格好をしている。

 そして最も特徴的なのは、その足だろう。
 普通の動物は横軸に足が二つある。しかしアレの場合はそうではない。縦軸に足があるのだ。いったいどういうわけか、前後に足が一本ずつ存在する。

 驚きだ、こんな生物が存在するなんて。だがこれでこそ、異世界という感じがする。まったくの未知の生物が普通に存在している。それは、地球ではありえないことだった。そしてこれこそ、俺が異世界に来た理由でもある。

 そうだ、俺はパラレルという男性に、これを望んだのだ。
 地球ではありえなかった未知の探求。魔法に代表されるように、この世界には俺の知らないことが数多く存在していた。しかし、これほどまでに明確な未知は初めてだった。

 何故翼を獲得できたのか。最初に出現した個体は? どうしてあのような奇怪な姿に進化できたんだ。普段は何を食べて生活しているんだ?
 疑問は尽きない。俺の中に溢れだす好奇心が、あれを研究したいと疼きだしていた。

「そんなに息を荒げるなニーズベステニー。どうしたんだ? あれがさっき話していた、プロツィリャントだ。雑食性が強く、好奇心旺盛。夜行性で、若干ながら精霊種に近い魔力を有している。だから夜盗蛾のバリアを無視できるわけだ。どうだ、村の畑を荒らしている犯人としてはかなり有力であろ?」

「ええ、そうですねロンジェグイダさん。今すぐとっ捕まえて、徹底的に調べましょう! 身体の隅から隅まで! 生態魔法、ハエ」

 俺は生態魔法でハエの姿に変幻し奴に近づく。
 今のところ、俺は人間からハエのどちらかにしか変幻できない。人間は対話用、ハエは隠密行動用だ。どちらもタイタンロブスターに比べて大分劣るが、用途によってはかなり使い勝手がいい。特に今のような状況は。

 森に生活する魔獣は、ハエ一匹など目にも止まらないのだ。そんなものわざわざ気にしていては、感覚が過敏になりすぎていけない。時にまったく反応を見せないことも重要なのだ。

 しかし今回の場合はそれがあだとなる。プロツィリャントは俺の接近に全く気付かず、起きるそぶりはつゆほども見せない。俺の魔法が完璧すぎるとは言え、ちょろいなコイツ。

 そのまま宙を飛んで枝まで到達した俺は、突如として人間の姿に再び変幻する。
 流石の相手もこれには飛び起きたが、もう遅い。俺は即座に翼を両手で拘束し、奴の牙が俺に触れないよう持ち上げた。

 この状態で土系魔法、拘束具を生成すれば、こいつはもう俺から逃げることは叶わない。翼をまるっと覆う拘束に、文字通り手も足も出ない様子だ。

「捕まえましたロンジェグイダさん! 早速コイツを調べ上げましょう!」

 俺は木から飛び降り、ロンジェグイダの前までプロツィリャントを持っていく。
 足取りは非常に軽い。コイツがどんな生態をしているか研究するのが、今から楽しみで仕方がないのだ。

「まったく、急に飛び出してしまうとはな。この森にはそいつみたいな魔獣は多くいる。だからそんな珍獣を発見したときのようなテンションは必要ない。それに、ハエなどの小さな虫を主食とするトカゲの類もいるぞ。其方、あれらから逃げ切る自身があってのことか?」

 そう言って、ロンジェグイダは先程のように木を指さす。
 彼の示した先には、今度は小型のイモリがいた。まさに今、奴の目の前に降りてきたコグモを捕食している。

 瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。他人事だとは思えなかったのだ。
 ハエの状態の俺はあまりにも弱い。それこそ、このプロツィリャントが身じろぎしただけで殺されてしまうような、まさに吹けば飛ぶ存在なのだ。

「これからは、勝手な行動は避けてくれ。吾輩に任せれば索敵など簡単なことなのだから、そのひと手間くらいはな」

「はい、すいませんでした」

 彼の怒られたことよりも、自分の考えの至らなさがとても悔しく、そして恥ずかしい。思わず、下を向いてしまった。

 俺は今まで、何をやって来たんだ。この世界で、ただ研究だけをしていたのか? 違う。命を賭けた戦いを幾度も乗り越えてきた。実際に、仲間が殺されるのを見ていたこともある。

 それがなんだ、このざまは。一時の興奮に負けて、未知の存在がいると分かっている場所に安全確認もせず突撃。仲間たちが繋いでくれたこの命を、今まで得た経験の全てを、なかったことにするつもりなのか。

 二度とこのような失態は犯さない。たとえロンジェグイダが一緒にいようとも、決して安心しきってしまうことのないようにする。何よりこんな無様な姿は、ウチョニーには見せられない。

「まあそう落ち込むな。反省も大事だが、気持ちの切り替えも同じように大切なことよ。結果良ければ全て良し、という奴だ。ムドラストの受け入りだがね。それより、プロツィリャントの生態調査を始めよう。それを捕まえられたのは、間違いなく君の功績なのだからな」

 俺が落ち込んでいるのを見て、ロンジェグイダがすぐにフォローしてくれた。
 流石、年長者は違うな。こういう時に気まずくならず、かける言葉を考えている。それも、明るい調子でだ。これほど助かることもない。だが、決してこれに甘えてしまわぬよう、己の心に再度釘をさす。

「そうですね、お気遣いありがとうございます。ではまず、コイツが村の作物を本当に襲っているのか確かめましょう。実は人参を用意しています。人参は一番被害が多かったですから、きっと大好物なのでしょう。これを躊躇なく食べればビンゴです。一応この個体が村を襲っていない可能性もあるので、八匹ほど試すつもりですが」

 なんか昔、実験をするときは最低八回試すのが良いと、何かのテレビで観た。個人的にもそんなに実験の回数を増やしたくはないし、取り敢えずそれに倣うこととする。

「用意が良いな、其方は。何、数の方は心配するな。吾輩にかかれば、コレを見つけることなど造作もない。夜行性ゆえ日中は枝葉の生い茂ったところに上手く身を隠しているが、吾輩は森の長。木々から出でた微精霊が全て教えてくれよう」

 やはり、ロンジェグイダが付いてきてくれて良かった。この個体は比較的簡単に見つけられたが、逆に言えば、これだけ森を歩いてまだ一匹しか見つけられてしないのだ。俺一人では用意には行かなかっただろう。

 俺は彼に感謝の言葉を伝え、すぐ実験に移る。
 まずは空間収納から人参を取り出した。この時点ではまだ反応はない。これを地面に少し突き刺しておく。半分以上地表に出た状態だ。

 そして今度はプロツィリャントの方。
 ひっつき爆弾を応用した追跡用の魔法を貼り付け、コイツの拘束具を外す。意外にも、すぐに逃げ出す様子はない。念のため、ロンジェグイダに結界魔法もお願いした。

 目線があると普段通りの行動はしないだろうから、俺たち二人は茂みに隠れ音系魔法で完全に存在感を消す。そしてプロツィリャントと人参を観察するのだ。

 それまで人参に視線すら合わせなかったプロツィリャントだったが、しかし俺たちが隠れた途端に勢いよく食いついた。
 バリボリ、ムシャムシャ、水分の混じった音を立てて気持ち良く食べている。

「当たりですかね。一応追跡魔法はこのままにしておいて、別個体を探しに行きましょう」

「うむ、吾輩もこんな風に彼奴等を観察したのは初めてだ。何やら、面白くなってきたな」

 こうして俺たちは、村に被害を加える獣の正体を探るべく、森の中を探索するのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

私のアレに値が付いた!?

ネコヅキ
ファンタジー
 もしも、金のタマゴを産み落としたなら――  鮎沢佳奈は二十歳の大学生。ある日突然死んでしまった彼女は、神様の代行者を名乗る青年に異世界へと転生。という形で異世界への移住を提案され、移住を快諾した佳奈は喫茶店の看板娘である人物に助けてもらって新たな生活を始めた。  しかしその一週間後。借りたアパートの一室で、白磁の器を揺るがす事件が勃発する。振り返って見てみれば器の中で灰色の物体が鎮座し、その物体の正体を知るべく質屋に持ち込んだ事から彼女の順風満帆の歯車が狂い始める。  自身を金のタマゴを産むガチョウになぞらえ、絶対に知られてはならない秘密を一人抱え込む佳奈の運命はいかに―― ・産むのはタマゴではありません! お食事中の方はご注意下さいませ。 ・小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 ・小説家になろう様にて三十七万PVを突破。

処理中です...