※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第三十五話 プロツィリャントの生態

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「いたぞニーズベステニー、あそこだ。あの木の上を見ろ」

 ロンジェグイダが何かを見つけたらしく、一本の木を指さしている。
 彼の示す方向を辿っていくと、一匹の魔獣に行きついた。どうやら今は寝ているようだな。

 想像通りというか想像以上というか、俺のまったく見たことのない生物が、そこにはいた。
 恐らく、地球上にはあんな生物存在していないだろう。あんなのが普通にいたら、鳥類は大変な被害を被る。

 ロンジェグイダの言うように、確かに飛行能力を感じさせる翼。今は一般的な鳥類のように折りたたまれ、身体に密着する形で収納されている。

 顔はイヌか? ネコにも近い、どちらとも言えない顔つきをしていた。
 少し平ったくて、目は正面に二つ。少なくとも、鳥類とは全く異なる格好をしている。

 そして最も特徴的なのは、その足だろう。
 普通の動物は横軸に足が二つある。しかしアレの場合はそうではない。縦軸に足があるのだ。いったいどういうわけか、前後に足が一本ずつ存在する。

 驚きだ、こんな生物が存在するなんて。だがこれでこそ、異世界という感じがする。まったくの未知の生物が普通に存在している。それは、地球ではありえないことだった。そしてこれこそ、俺が異世界に来た理由でもある。

 そうだ、俺はパラレルという男性に、これを望んだのだ。
 地球ではありえなかった未知の探求。魔法に代表されるように、この世界には俺の知らないことが数多く存在していた。しかし、これほどまでに明確な未知は初めてだった。

 何故翼を獲得できたのか。最初に出現した個体は? どうしてあのような奇怪な姿に進化できたんだ。普段は何を食べて生活しているんだ?
 疑問は尽きない。俺の中に溢れだす好奇心が、あれを研究したいと疼きだしていた。

「そんなに息を荒げるなニーズベステニー。どうしたんだ? あれがさっき話していた、プロツィリャントだ。雑食性が強く、好奇心旺盛。夜行性で、若干ながら精霊種に近い魔力を有している。だから夜盗蛾のバリアを無視できるわけだ。どうだ、村の畑を荒らしている犯人としてはかなり有力であろ?」

「ええ、そうですねロンジェグイダさん。今すぐとっ捕まえて、徹底的に調べましょう! 身体の隅から隅まで! 生態魔法、ハエ」

 俺は生態魔法でハエの姿に変幻し奴に近づく。
 今のところ、俺は人間からハエのどちらかにしか変幻できない。人間は対話用、ハエは隠密行動用だ。どちらもタイタンロブスターに比べて大分劣るが、用途によってはかなり使い勝手がいい。特に今のような状況は。

 森に生活する魔獣は、ハエ一匹など目にも止まらないのだ。そんなものわざわざ気にしていては、感覚が過敏になりすぎていけない。時にまったく反応を見せないことも重要なのだ。

 しかし今回の場合はそれがあだとなる。プロツィリャントは俺の接近に全く気付かず、起きるそぶりはつゆほども見せない。俺の魔法が完璧すぎるとは言え、ちょろいなコイツ。

 そのまま宙を飛んで枝まで到達した俺は、突如として人間の姿に再び変幻する。
 流石の相手もこれには飛び起きたが、もう遅い。俺は即座に翼を両手で拘束し、奴の牙が俺に触れないよう持ち上げた。

 この状態で土系魔法、拘束具を生成すれば、こいつはもう俺から逃げることは叶わない。翼をまるっと覆う拘束に、文字通り手も足も出ない様子だ。

「捕まえましたロンジェグイダさん! 早速コイツを調べ上げましょう!」

 俺は木から飛び降り、ロンジェグイダの前までプロツィリャントを持っていく。
 足取りは非常に軽い。コイツがどんな生態をしているか研究するのが、今から楽しみで仕方がないのだ。

「まったく、急に飛び出してしまうとはな。この森にはそいつみたいな魔獣は多くいる。だからそんな珍獣を発見したときのようなテンションは必要ない。それに、ハエなどの小さな虫を主食とするトカゲの類もいるぞ。其方、あれらから逃げ切る自身があってのことか?」

 そう言って、ロンジェグイダは先程のように木を指さす。
 彼の示した先には、今度は小型のイモリがいた。まさに今、奴の目の前に降りてきたコグモを捕食している。

 瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。他人事だとは思えなかったのだ。
 ハエの状態の俺はあまりにも弱い。それこそ、このプロツィリャントが身じろぎしただけで殺されてしまうような、まさに吹けば飛ぶ存在なのだ。

「これからは、勝手な行動は避けてくれ。吾輩に任せれば索敵など簡単なことなのだから、そのひと手間くらいはな」

「はい、すいませんでした」

 彼の怒られたことよりも、自分の考えの至らなさがとても悔しく、そして恥ずかしい。思わず、下を向いてしまった。

 俺は今まで、何をやって来たんだ。この世界で、ただ研究だけをしていたのか? 違う。命を賭けた戦いを幾度も乗り越えてきた。実際に、仲間が殺されるのを見ていたこともある。

 それがなんだ、このざまは。一時の興奮に負けて、未知の存在がいると分かっている場所に安全確認もせず突撃。仲間たちが繋いでくれたこの命を、今まで得た経験の全てを、なかったことにするつもりなのか。

 二度とこのような失態は犯さない。たとえロンジェグイダが一緒にいようとも、決して安心しきってしまうことのないようにする。何よりこんな無様な姿は、ウチョニーには見せられない。

「まあそう落ち込むな。反省も大事だが、気持ちの切り替えも同じように大切なことよ。結果良ければ全て良し、という奴だ。ムドラストの受け入りだがね。それより、プロツィリャントの生態調査を始めよう。それを捕まえられたのは、間違いなく君の功績なのだからな」

 俺が落ち込んでいるのを見て、ロンジェグイダがすぐにフォローしてくれた。
 流石、年長者は違うな。こういう時に気まずくならず、かける言葉を考えている。それも、明るい調子でだ。これほど助かることもない。だが、決してこれに甘えてしまわぬよう、己の心に再度釘をさす。

「そうですね、お気遣いありがとうございます。ではまず、コイツが村の作物を本当に襲っているのか確かめましょう。実は人参を用意しています。人参は一番被害が多かったですから、きっと大好物なのでしょう。これを躊躇なく食べればビンゴです。一応この個体が村を襲っていない可能性もあるので、八匹ほど試すつもりですが」

 なんか昔、実験をするときは最低八回試すのが良いと、何かのテレビで観た。個人的にもそんなに実験の回数を増やしたくはないし、取り敢えずそれに倣うこととする。

「用意が良いな、其方は。何、数の方は心配するな。吾輩にかかれば、コレを見つけることなど造作もない。夜行性ゆえ日中は枝葉の生い茂ったところに上手く身を隠しているが、吾輩は森の長。木々から出でた微精霊が全て教えてくれよう」

 やはり、ロンジェグイダが付いてきてくれて良かった。この個体は比較的簡単に見つけられたが、逆に言えば、これだけ森を歩いてまだ一匹しか見つけられてしないのだ。俺一人では用意には行かなかっただろう。

 俺は彼に感謝の言葉を伝え、すぐ実験に移る。
 まずは空間収納から人参を取り出した。この時点ではまだ反応はない。これを地面に少し突き刺しておく。半分以上地表に出た状態だ。

 そして今度はプロツィリャントの方。
 ひっつき爆弾を応用した追跡用の魔法を貼り付け、コイツの拘束具を外す。意外にも、すぐに逃げ出す様子はない。念のため、ロンジェグイダに結界魔法もお願いした。

 目線があると普段通りの行動はしないだろうから、俺たち二人は茂みに隠れ音系魔法で完全に存在感を消す。そしてプロツィリャントと人参を観察するのだ。

 それまで人参に視線すら合わせなかったプロツィリャントだったが、しかし俺たちが隠れた途端に勢いよく食いついた。
 バリボリ、ムシャムシャ、水分の混じった音を立てて気持ち良く食べている。

「当たりですかね。一応追跡魔法はこのままにしておいて、別個体を探しに行きましょう」

「うむ、吾輩もこんな風に彼奴等を観察したのは初めてだ。何やら、面白くなってきたな」

 こうして俺たちは、村に被害を加える獣の正体を探るべく、森の中を探索するのであった。
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