※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第四十一話 怪獣VS村人

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 あれから一ヶ月が過ぎた。秋も後半に差し掛かり、冬を連想させる冷たい風が、アストライア大陸の霊峰ブルターニャから吹いてくる。

 いよいよ獣たちは冬眠の準備に入る時期ということで、当然村付近のイノシシたちも活動が活発化していた。森の中で大層暴れまわっているそうだ。このままでは、村にも侵入してくる恐れがある。

 そこで霊王ウチェリトに頼み、夜盗蛾の殲滅を一時中断してもらっていた。
 彼らの活躍により夜盗蛾はその数を激減させ、穀物の被害は落ち着いている。既に村では収穫が始まり、冬への備えを蓄えているころだ。

 だが、だからと言って夜盗蛾を見逃すわけではない。彼らにはこの村から退場してもらう。そして畑を荒らすプロツィリャントも、これ以上この村に居座らせるわけには行かない。一日でまとめて叩き潰すのだ。

 作戦の結構は今夜。既に事前準備は終わっており、あとは夜になるのを待つだけだ。
 プロツィリャントが行動を始める時間は、分単位で確認済みだからな。

「ん、今日はいつにも増して人通りが多いな。何か祭りでもあるのか? 秋の収穫祭……にしては、まだ収穫の終わり切っていない作物もあるが。あ、村長! 今日は人が多いな、何かあるのか?」

 俺が壁の上に登り森の方を眺めていると、通りを歩く人間の数が多いことに気付いた。皆忙しそうにしている。しかしその表情はとても明るく、何かの祭りごとを連想させた。

「おや、これはニーズベステニー殿。いやはや、皆気が早いもので、若い連中が今日の作戦の成功を祝い、酒を飲んで宴会をしようと言っているのですよ。それが村中に広まり、皆あのように家から食料を持ち寄って準備しているというわけですな」

「ハハハ、なんだよそれ。作戦が始まる前から成功祝いの準備? やっぱりこの村の連中は面白い。もう一ヶ月ここに滞在しているが、まだまだ分からんな!」

「それだけ、村人はあなた方を信頼しているということですよ。この作戦は必ず成功する者と、誰もが信じています。当然、私もそのうちです。あなた方が失敗することはありえないと、心の底からそう思えますよ」

 思わず笑ってしまったが、そうか。村人たちは俺たちを信頼してくれているのか。
 最初は、精霊種の長ロンジェグイダだけが村人の信頼されていた。もちろん村人は俺たちを受け入れてくれていたが、信頼とは別のものだったように感じる。

 それが今では、作戦が始まる前に宴会の準備をするほど信頼してくれているとは。一ヶ月、この村で仕事をしてきた甲斐があったというものだ。

「その子、可愛がっているみたいだな。随分村長に懐いている。名前はなんと言うんだったか」

「ヴィラローです。思えば、この子とこんなにも仲良くなれたのも、ニーズベステニー殿のおかげです。以前までの私にとって、プロツィリャントは恐ろしいだけの獣でしかなかった。それが今では、生活をともにするパートナーですから」

 俺のスターダティルとは別に、この村には新しく数匹のプロツィリャントを迎え入れた。この一ヶ月でしっかりと友好関係を築き、お互いの気持ちを推し測るほどの関係になっている。

 流石に何もしないわけには行かず、今は俺が作った風属性の対抗魔法を付与した首輪とリードを付けさせている。任意のタイミングで発動でき、彼らが人間を襲うのを抑制できるのだ。村では既に、プロツィリャントと協力した山入りが始まっている。

「この時計だって、暦だって、そして魔法だって、すべてはニーズベステニー殿のおかげです。あなたがこの村に来てくださったおかげで、この村は飛躍的に成長した。本当に、感謝のしようもありません」

 村長は首から下げた懐中時計を見てそう呟く。俺が作って与えたものだ。
 そんな属性の魔力を用いても動き、魔力を補充すればいつまでも動き続ける針時計。アストライア族にいたころには、ついぞ完成させられなかったものだ。

 俺の知恵は、この村で数多く利用されている。
 あ、まあ暦に関しては反則だが。あれは、この世界にくる時にパラレルに質問し、一日が約24時間。一年が365.25日と知っていたからこそ出来たのだ。シリウスの代替となる恒星が見当たらないこの大陸では、俺が暦を完成させることは出来なかった。

「作戦開始は深夜だ。今晩は宴会もするんだろ? 老体にはよろしくない。少し休んでいたらどうだ?」

「ではお言葉に甘えて。ニーズベステニー殿も、根を詰め過ぎぬよう」

 それだけ言って、村長は去って行った。
 正直、こうも真正面から褒められると恥ずかしい。思わず話を逸らし、村長を行かせてしまった。こんなのは俺らしくもない。作戦の決行まで、もう少し考えてみるとしよう。



 夜、プロツィリャントが動き出す30分ほど前。そろそろ彼らが一点に集合する時刻だ。
 夜盗蛾は既に飛び立ち始めている。収穫された後の何もない稲ガラを、むなしくもついばんでいた。

 彼らは警戒心が強く、事前に集合ポイントへ罠を仕掛けていたのでは感づかれてしまう。特に、今回使うような魔法系の罠は、精霊の近縁種である彼らには筒抜けだ。チャンスは一度、彼らが集合し始める直前に罠を仕掛ける。

 ポイントは全部で五か所。村長のヴィラローを始めとする村のプロツィリャントにそこまで案内してもらい、それぞれの付き人である魔術師の老人方に罠を設置してもらう。

 つまり今回、俺は特になにもしないのだ。これは村人たちの問題だ。俺が一人で解決することも出来るが、今後同じような事態になった時、対応できなくなる。
 そして何より、元から村長にもそう頼まれていた。対価は技術の提供であって、問題の解決ではない。

 五人のプロツィリャント使いは時計を確認し、それぞれのメンバーに声をかけて行動を始める。ここからは時間との勝負だ。プロツィリャントが腹を空かせていて、かつまだ集合しないという絶妙な時間の隙間を縫う必要がある。

 走り出した村人たちは、もう止まることはない。そのまま森に侵入し、次に戻ってくるのはプロツィリャントに「この村ヤベーッ!」と恐怖を植え付けた後だ。

 それぞれ護衛の魔術師二人、罠を設置する魔術師一人、プロツィリャント使いが一人、山歩きに慣れた者が一人という編成で行っている。多分大丈夫だとは思うが、相手はプロツィリャントだ。やはり心配だ。

「大丈夫だよ。村人さんたちは、ニーが思ってるよりもずっと強い。もうアタシたちが守ってないといけない存在じゃないんだよ。ニーがやるべきなのは心配じゃなくて、作戦を成功させた村長さんたちを出迎えてあげることでしょ?」

「そう、だな。ありがとうウチョニー。俺が心配してても仕方がない。よし、アイツらなら絶対大丈夫だ。しくじるなよ! 俺はここで待ってるぞ!」

 ウチョニーに言われ大きな声を出すと、不思議と安心できた。彼等なら無事に帰ってくる。そしてこれからも、この村を自分たちの手で守りぬいて見せる。

 瞬間、森の中五か所で高い火が上がる。魔法の炎だ。森を燃やす心配が薄く、かつ精霊に良く効くよう俺が改良した。どうやら罠はちゃんと起動したみたいだな。

 プロツィリャントは非常に警戒心が強い。ただ罠を設置しただけでは、簡単に踏み抜いてくれるはずがないのだ。かと言って、精霊の近縁種である奴らと、村人が真正面からやり合うというのは論外だ。

 そこで考えた。手順はこう。
 まず奴らが普段集合している位置に罠を仕掛ける。そしたら一度村人は退散して、村のプロツィリャントだけをその場に残す。プロツィリャントはその場で鳴き声を上げ、村人とともに猛ダッシュで逃げるのだ。

 腹を空かせているが、まだ集合していなかった野生のプロツィリャントは、その鳴き声に応えて集まり始める。その場に罠があるとも知らないで。

 プロツィリャントは元来魔法の感知に優れていて、最初に鳴き声を上げた者が罠を見落とすなどありえないのだ。だからこそ、その場所は安全だと全員が勘違いする。おそらくそこにある魔法の気配を、味方のものと思ってしまったのだろう。
 そして見事、村人はプロツィリャントを罠に嵌めることに成功した、という訳だ。

「ではウチェリトさん、お願いします!」

「任せろ!」

 傍に控えてもらっていた霊王ウチェリトが、鳥たちへ指示を出す。
 夜盗蛾の殲滅へ王手を掛けるのだ。魔法バリアがなくなってしまうが、その対策ももうしてある。

 次々と狩られていく夜盗蛾。ごく作業的で、戦闘というよりは捕食。
 しかしそんなもの、俺の眼中にはなかった。俺が警戒しているのはただ一点。森の奥。冬眠を控えたイノシシたちだ。

 魔法バリアが薄まっていくのを感じる。夜盗蛾が放っていたそれは、村を害してはいたが、同時に村を守ってもいたのだ。だが、もう必要ない。村は村人たちだけで守れる。

「来ました! イノシシです!」

 目のいい若者が報告してくれる。しかしその直後には、畑と森の境界面から炎が立ち上っていた。プロツィリャントの罠と同じ、森を焼いてしまわない炎の魔法だ。

 周囲の村人から歓声が上がる。次々と侵入して来ようとするイノシシだが、その悉くが炎に阻まれ畑まで進めないでいた。

「作戦……成功! 宴の準備だ、お前たち!」
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