※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
51 / 84
第二章 アストライア大陸

第五十話 準精霊

しおりを挟む
 正直に言うと、コイツに手を出したのは間違いだったのではないかと、今更ながらに後悔している。アストライア大陸に上陸してから快勝続きだったせいか、どうにも俺は調子に乗ってしまっていたらしい。これは反省するべきだな。

 幼体を攻撃しているボンスタたちだが、その近くに潜伏している親個体の存在には全く気付いていなかった。どういうわけか、子どもを助けようという気持ちはないらしい。だが、彼らが危険であることには変わりなかった。

 獣龍ズェストル。それは、このアストライア大陸を代表する最強種の一角。ロンジェグイダさんやウチェリトさんのように純粋な精霊ではないが、その力は普通の魔獣とは比べ物にならないほど強い。

 同じ準精霊としてプロツィリャントが挙げられるが、体格差や魔力量など、あらゆるステータスにおいてズェストルの方が格上と言える。
 海の指標で言うならば、メルビレイとウスカリーニェのような関係性だ。少なくとも一対一の場面では、プロツィリャントがズェストルに勝利することはありえない。

「ニー、本当にアタシは手出ししなくていいの? スターダティルと二人で倒すって、ニーの身体は今人間なんだよ? ちょっと危ないんじゃないかな……」

「俺も若干後悔しているよ。でも、やっぱり強者の実力というものは知っておかなきゃいけない。それも、ただ見ているだけじゃダメだ。直接戦わないと。だからウチョニーはそこで見ていてくれよ。本当に危なくなった時だけ、力を貸してくれたらいいから」

 ボンスタにあんなことを言った手前、ここで引き下がるわけにはいかない。
 それに、これは挑戦でもあるのだ。そもそものこの旅の目的。更なる力を得るため、俺は進んで強敵に挑戦する必要がある。

 父を超えるのならば、命大事になんて甘っちょろいことは言っていられない。タイタンロブスターはその性質上、年長者を追い越すのは非常に難しいのだ。年月が経てば経つほど、父はドンドン強くなってしまう。タイタンロブスターが衰えることはない。

 だからこそ、多少の危険を冒してでも挑戦を辞めるわけにはいかない。
 俺と父との間には千年もの開きがあるのだから、これを埋めるには、常識や安全などと言った概念は捨て去らなければ、話にもならないのだ。

「スターダティル、覚悟は出来ているか? お前と共闘するのはこれが初めてだが、出来るだけ上手くやってくれよ」

 俺の言葉に答え、スターダティルが鳴き声を上げる。イヌやネコとはまた異なる、独特な鳴き声をしていた。しかし、彼がやる気になっているということだけは伝わる。ならば充分だ。

 俺とスターダティルは、幼体を攻撃しているボンスタらを避けるように迂回し、少し先の木々へ潜伏している成体に近づく。足音は音系魔法で完全に遮断し、身体を気にこすりつけてにおいもカムフラージュした。

 獣龍ズェストルの成体は、興味津々と言った様子で幼体がいたぶられるのを眺めていた。
 本当に、訳が分からない。アレはコイツの子どもや同胞ではないのだろうか。奴からは、幼体を助けようという雰囲気が全く見られなかった。

 ただまあ、ボンスタたちに手を出さないというのなら都合がいい。俺の主目的はあくまでもズェストルの標本の回収であって、戦闘行為は必要事項に過ぎなかった。それがないのであれば、無理にこちらから手を出すこともない。

 俺は高い木の枝葉に隠れ、様子を窺っている成体を観察し始めた。
 奴はいったい何をしようとしているのか。幼体に興味がないのであれば、ここから立ち去ればいいのではないか。それとも、幼体ではなくボンスタたちに何か……。

「!」

 ちょうど、ボンスタらが幼体を撃破しその死体に近づいた瞬間、成体のズェストルが動き出した。それはまるで、死んだ幼体を罠にしているかのような振る舞い。

 俺は咄嗟に木から飛び出し、今にもボンスタに食らいつこうとしていた成体の上あごを叩きつける。
 不意打ちは完璧に決まり、獣龍ズェストルは混乱した様子で後退した。

「幼体を相手に、魔力を使い果たした人間を襲うのが主目的だったのか! 同胞の危機になんという奴だ! しかし、奴が驚くべき知能を持っているのも事実。言語を介すことは出来ないはずだが、油断ならない相手だな」

 幼体を危機にさらしたのは俺だが、それを黙ってみていただけでなく、殺された幼体を囮に自分は食事とは、とんでもない野郎だ。恐らくこれも生存競争で身に着けた習性なのだろうが、あまりにも冷酷すぎる。およそ群れを作る動物のすることとは思えない。

 ……しかし改めて対峙すると、その大きさが良くわかるな。
 ズェストルの幼体も人間より二回りほど大きいが、成体ともなると凄まじい。家屋ほどもある巨体をこれでもかというほど見せつけている。

 雄々しく広げた羽は容易く木々をなぎ倒し、興奮した尾は大地を砕いた。コイツの力強さが垣間見える。

 準精霊という点ではプロツィリャントと同じだが、獣龍ズェストルは本物の竜種だ。骨格を変形させることで翼を獲得したプロツィリャントとは異なり、背中から新しい肢をはやすことで翼を獲得した。竜種とはつまり、六肢を持つ生物のことである。

 当然ながら、四足歩行の動物としての形態は維持しており、地上での機動力も相当高い。プロツィリャントは前後二本の足で立っているが、コイツは四本の足で立てるのだ。その分安定感もある。

 強い。魔力や精霊としての格だけでなく、生物として理想的な身体を持っている。
 巨大な肉体に高い機動力。その顎はあらゆる生物を殺し、その爪は如何な防御も突破しうる。これ以上ないほど戦闘に特化した生物だ。

「これを相手に、人間の姿でやり切れるのか。そもそも、タイタンロブスターの姿になっても勝てるか怪しい部類の精霊じゃないのか、ズェストルって。まぁ、売っちまった喧嘩は取り消せねぇ。やるぞスターダティル!」

 未だ混乱しているズェストルに向かって、まずは魔法攻撃を仕掛ける。
 俺の得意分野は近接戦闘ではなく、あくまでも魔法での打ち合い。水中ならいざ知らず、機動力の下がる地上では下手に近づくのは危険だ。

 取り敢えずは、一番得意な水系魔法を使うことにする。流石に最強種のズェストルと言えど、海で生きてきたタイタンロブスターの水魔法を打ち消せるほどの対抗魔法は持っていないに違いない。それができたら、コイツは今頃沿岸部の覇権を握っている。

 しかし現実、コイツは山に引きこもる世間知らずだ。水系魔法なんて、河に住んでるまがい物連中のものしか見たことがないだろう。本物の水系魔法、海の魔法を見せつけてやる。

「水刃・地上エディション!」

 奴が何か仕掛けてくる前に、俺は水刃を放った。地上で扱えるようしっかりと調整したそれは、水中の抵抗がない分まっすぐ、かつ高速で直進していく。その回転数は、精霊であろうと絶命させられる威力を秘めていた。

 ……しかし、奴の首を切断すべく放った水刃は、奴の鼻先で不自然に軌道を捻じ曲げられ、遥か後方に受け流されてしまう。まるで、そこに見えない壁でもあるかのように。

「……魔法障壁か。それも、俺が最も得意とする水刃でも突破できない密度の。厄介な」

 魔法障壁は、魔力で構成された物質・攻撃の一切を拒む防御魔法だ。水から何から全て魔力で構成された地上エディションの水刃では、アレを突破できない。
 逆に言えば、直接突っ込んでぶん殴る分には、何の防御力も持たないのだ。

「だがこれほどの魔法障壁、俺が苦手な近距離戦を強いるつもりか。体格差から考えて魔力量は向こうの方が圧倒的に多いし、多少分が悪くとも龍断刃でぶった切るのが……」

 現状、俺には水刃よりも高威力の魔法が存在しない。それが封じられたのであれば、やはり定石通り近接戦をすべきなのだろうが……、俺の近接戦闘は驚くほど弱い。多分、スターダティルにも敵わないほどだ。どうすべきか……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

溺愛兄様との死亡ルート回避録

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...