※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第五十八話 水の精霊

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 まさに隕石のごとく降り注ぐ特大の水。それはもはや、水の滝などとは呼べないものだった。明らかに常軌を逸脱した極大の魔法は、このまま炸裂すればこの都市国家ごと粉砕してもおかしくはないだろうと思える。

 ここまでの威力になると、ボンスタたちの時みたく制御権を奪って停止させる余裕などない。この質量全てに魔法を行き渡らせる前に、俺たちが殺されて終わりだ。であれば……。

「水系魔法は何も、対抗魔法を使わなきゃ止められないわけじゃねぇ! 空間収納!」

 俺は瞬時に、面状に広がる巨大な空間収納の穴を展開した。これならば、奴のウォーターフォールをすべてカバーできる。しかし、俺の空間収納はあまり体積が大きくないのだ。獣龍ズェストル二頭分程度のスペースしかない。そのため、少し工夫が必要である。

「なるほど、この一瞬で良く考えがまとまるものだ。空間収納で水を防ぎ、すぐさま海に向かって放出しているのか。空間系魔法をそのように使うとはな。ククク、本当に面白い。タイタンロブスターよ、俺にもっと、お前の魔法を見せてくれ!」

 危なかった。移動中に獣龍ズェストルの肉を全て処分していなければ、容量不足で死ぬところだった。一部の武器や小道具などは海に放棄してしまったが、それでもまだ戦える範囲のものは残っている。

 ウォーターフォールを防ぎ切った俺に対し、ドゥフはすぐさま近接攻撃で仕掛けてきた。
 恐らく、遠距離攻撃では意味がないと察したのだろう。この空間収納の防御があれば、如何な攻撃も止めることができる。

 しかし近接攻撃ならば? より高速かつ精度の要求される近距離戦では、この盾は少々扱いづらい。空間系魔法は、発動後横にずらすのが非常に難しいのだ。空間と魔法の接続が乱れてしまう。だから近距離で奴の攻撃を防ぐには、瞬時に発動と消滅を繰り返さなければならない。

 一足で俺に接近し拳を突き出すドゥフ。身体強化もさることながら、その拳に宿る水系魔法は、タイタンロブスターが扱う龍断刃に非常に良く似たものだ。触れれば無傷では済まない。

 であれば、近接戦が不得意な俺がわざわざ相手をする必要はないだろう。適材適所だ。俺にはドゥフの相手など到底出来ない。

 俺の腹に迫る拳を、間一髪横から弾き飛ばす別の拳。当然、ウチョニーのものだ。
 重心が大きく逸れたドゥフに対し、すぐさま彼女は追撃を仕掛ける。体重の乗っていない方の足を払い、体勢を崩したのだ。

 すぐさま、それまで傍観を決め込んでいたスターダティルが逆の足に噛みつき固定した。
 プロツィリャントというのは賢い生き物で、コイツと接触したそのときから、ずっと俺の真後ろに隠れ潜んでいたのだ。

 そこに、俺は渾身の一撃を叩きつける。当然、狙う場所は顔面一択だ。
 龍断刃を纏わせた拳は奴の脳髄を切断し、赤い脳漿を撒き散らす。さしもの精霊も、龍の頭を切断できるこの魔法には耐えられなかったようだ。

 だが、これで終わりなどとは思っていない。頭を切断されるなど、不定形の精霊であるヴァダパーダ=ドゥフにとって何の意味もなさないのだ。

 予想通り、ドゥフはそのままの姿勢から回し蹴りを放ってきた。頭部を再生されるよりも先に、俺を攻撃することを選んだのだ。
 しかし、予想が付いていれば対応は容易い。熱線魔法で足を切断するだけだ。

 その隙にウチョニーは腹を貫き、スターダティルは頭部が再生しないよう爪で攻撃を仕掛ける。二人とも、追撃に余念がない。容赦もない。あるのはただ、コイツを殺そうという戦いの意識だけだ。

「お前はどうすりゃ死ぬんだ? 頭を破壊しても、身体を左右に分断しても死なない。お前の動力源はいったいなんだ。何をもって思考を制御している」

「ハハハ、研究者気質なタイタンロブスターらしい質問だな。だが、そんなもん俺も知ってるわけねーだろ。動力源? 思考の制御? んなもん気にして戦ってる奴が、この世のどこにいるってんだ~!?」

 ッチ、何かしら弱点を暴きだそうと思ったが、話にならん。本当に、どうすれば良いんだ。いっそのこと、体内に手をぶち込んで魂臓を摘出すれば死ぬか? いや、さっきの熱線魔法で魂臓も破壊したはずだ。なら、コイツに内臓という概念は存在しない。せめてもの人間の形をとるため、体液が赤いというだけだ。

 取り敢えず俺は、足が一本なくなり無抵抗のうちに、熱線魔法で他の足と腕も切断する。精霊は身体のどこからでも魔法を放てるが、これで近接戦闘は出来なくなったはずだ。手足が再生するまでの間は何もできない。

「水の精霊というのなら、凍らせてみるというのはどうだろうか。もしくは、身体を構成する水分を全て蒸発させるとか。電流を流して水素と酸素に分解するのは?」

「フハハ、何でも試してみると良い。どうせ意味はないのだ。精霊とは、魔獣とは異なる。より魔法に近しい存在、根源的な魔法を体現する存在なのだ。お前たちのように短い尺度では、絶対に計り切れなどしない」

 言われた通り全ての魔法を試してみる。しかし、奴の言葉にウソ偽りはなく、俺の魔法は悉く無為に消費された。

 凍結魔法はまったくの無意味だ。摂氏-100度を下回った段階ですら、ヴァダパーダ=ドゥフの肉体が凍結することはなかった。この男は、それほどまでに高い凍結耐性を持っている。保有するエネルギーが規格外に大きいのだろう。

 火炎魔法も、結果は変わらない。摂氏2000度を超えようとも、水分が蒸発し絶命することはなかった。逐一身体を再生しているのか、はたまた元々の熱耐性が驚くほど高いのか。とにかく、この精霊に炎は無意味だった。

 形を変形させることはできる。それは、熱線魔法でも分かっていた。しかし、何故か蒸発には至らない。熱線魔法は、金属を柔らかくして切断したのと似ているのだろう。

 電撃魔法は一番可能性があったが、それでもコイツを殺すことはできなかった。
 まず、コイツの肉体はほとんど電流を通さない。恐らく、ゴムやガラスよりも電流を通さないのだろう。身体の全てが純水で構成されている。そしてやっとこさ電流を流せる電圧まで到達しようとも、コイツの肉体が電離されることはなかった。

「おかしい。お前の肉体は確かに水の性質を持つ。いくら魔法の水と言えど、基本は自然界のそれと同じだ。であれば、0度を下回れば凍結するし、100度を上回れば蒸発する。電流を流せば電離するはずなのだ」

「教えてやろうタイタンロブスター。俺は、水という概念そのものだ。いくら形が変わろうとも、俺が水であることに変わりはない。つまり水そのものが消滅しない限り、俺の肉体は不滅なのだ!」

 なるほど。氷も水も水蒸気も、すべて水を構成するH₂Oであることに変わりはない。その場合、奴の肉体は生存するということか。

 だが、それでは電撃魔法を耐え切ったことに説明がつかない。電流を流せばH₂OはH₂とO₂に分解される。これは化学変化であり、状態変化ではない。
 酸素も水素も、それだけで水と呼ぶことはできない。これが結合して初めて、水という体裁を成すのだ。

「次は俺の番だな。お前たちの実力を確かめるのはここまでだ。精霊の本気ってのはこんなもんじゃあない。お前たちの実力は合格点だが、どうやろうとも俺に届きはしないのさ。濁流魔法、マディストリーム!」

 今度は、先程のウォーターフォールとは違う。自ら水を生成するのではなく、海から水を利用しているのだ。先程よりもさらに体積は大きい。

 まさに濁流。せり上がるように迫りくる大質量の海水は、間にある家屋や舟を容易く飲み込み、その腹で粉砕する。果ては、通りがかった国民までも巻き込んでいた。

 しかしマズい。今回は横幅が大きすぎる。俺の空間収納ではとてもカバーしきれない。それに、海の方に注力しては、ヴァダパーダ=ドゥフに背を向けることになる。それは非常に危険だ。

 その時、俺たち三人を魔力が包んでいく。属性は俺もよく知っているものだ。その効果も良くわかっている。

「……抵抗するな、死ぬぞ!」

 どこからか聞こえたその言葉に従い、俺たちはその魔法に身を預けた。
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