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第二章 アストライア大陸
第五十七話 人外魔境
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「なるほど、俺が思っていたよりもずっと良い国のようだな、ここは。海も近いし、料理も上手いと聞く。定住地としてはこれ以上ないくらいだ。どうだいウチョニー、この国は気に入ったかな」
正直、これ以上この男と話していても、更なる情報を引き出すのは難しいだろう。
俺から言うことはもう何もない。であれば、ここはウチョニーの意見を聞くべきだ。彼女は案外察しが良い。俺では気付いていないような違和感に、気付いているかもしれない。
「じゃあ質問。お兄さんは普段どんな仕事をしてるの? こんな天気のいい日、この時間に出歩いてるってことは、農家さんとかじゃないんでしょ? アタシたち仕事も探さなきゃいけないからさ、いい仕事に心当たりがあるなら紹介して欲しいかな~」
なるほど、中々鋭い質問だ。俺はヴァダパーダ=ドゥフに気を取られ過ぎていて気付かなかったが、確かにこの男、普段は何をしているのだろう。
この国では、定期的に休日を取る文化とかあるんだろうか。
「……ニー、この人ちょっと怪しいよ。一応気を付けて」
? ウチョニーが、すぐ隣にいる俺にしか聞こえないような声で警告してきた。
きっと相手に聞かれたらマズいのだろうと思い、さりげなく音系魔法で俺以外に聞こえなくしておいたから、彼には何も分からないはず。
しかし、いったいどういうことだろうか。今のところ、この男性から怪しい印象は受けない。ごく普通の、休日を楽しむ青年というところだ。もしくは、日中から働きもせず遊び歩いているロクでなし、という解釈もできるが。
「あ~仕事、仕事ね。……難しい質問が来たな。ゴホン、実は俺、普段は衛兵をやっているんだ。あただ、戦争のあった国だからって、衛兵の扱いは悪くないぜ。現にこうして、たまに丸一日休みをもらえるんだ。農家は毎日仕事をするけど、俺たち衛兵は数日ガッツリ働いて、その後ガッツリ休むのさ」
ふむ、この国の勤労観というものはある程度発達しているみたいだな。まだ全ての国民に行き渡っているわけじゃないが、毎日働く必要はない、という考えが存在する。
その点から見ると、アストライア族よりも少し進んでいると言えるだろう。何分体力が有り余っているゆえに、アストライア族では休日という概念がない。何もせず出歩いている奴は、つまり暇人と言うことだ。
……以前のウチョニーのことだが。まあ、本職が守り人である彼女が暇なのは良いことだ。
「なぁ、良かったらお二人、軍隊に入らないか? 徴兵からだと訓練は短期間でキツイけど、最初っから軍で教育を受ければそんなにしんどくないぜ。待遇も良いし、腕っぷしに自信がなくても、ウチで訓練を受ければ、それなりに戦えるようになるぜ! ヴァダパーダ様にも認めてもらえるようになる!」
提案として悪くはない。いや、むしろ自然な部類だろう。
しかし何だこの違和感は。ウチョニーに言われたせいか? この男からは、何やら良からぬものを感じる。正当なものではない。もしや……。
「……失礼だが、貴殿は純粋な『人間』だろうか。まさかとは思うが……」
コイツ、恐らく人間ではない。俺たちと同じく、人間に化けたナニかだ。正体までは分からないが、間違いなく悪の部類の者だろう。コイツの口からは、人を狂わす魔力がかすかに出ているのだ。言われなければ俺も気付かないほどのものだが。
「……タイタンロブスターってのはホントに頭が良いんだな。聞いていた以上だぜ。ボロは出してなかったはずだが、まさかこんな早くに看破されるとはな」
そういった瞬間、青年の身体は水のように崩れ去り、代わりに2m強はあろうかという大男に変貌していく。さながら、前世で出会ったパラレルさんのようだ。
筋肉質、野蛮、豪快。そんな印象を受けるそいつは、ニヤリと笑いこちらを見下ろしてくる。
「マズいな、水の精霊だ。師匠から聞いたことがある。水系魔法に突出した能力を持つ俺たちと、唯一まともに戦える水系の使い手。地上最強の水属性を操る者。ヴァダパーダ=ドゥフはこんな化け物まで従えているのか」
精霊種というのは、相手の本質を見抜く力が強い。俺やウチョニーがどのような姿かたちをしていようとも、奴の目線、俺たちはタイタンロブスターにしか見えないのだろう。全てを知ったうえで、俺たちと会話していたのだ。
奴から放たれる魔力は、その全てが高純度で生成された水系の魔力。精霊にしては珍しく、ひとつの属性に特化した種ではあるが、水系に関してだけはピカイチだ。水中戦では分からないが、地上で水系のバトルをしても勝ち目はない。
「ひとつ、間違いを正してやろう。……俺が、俺こそが、この都市国家の王にして誇り高き遊牧民族の指導者、ヴァダパーダ=ドゥフその人である! タイタンロブスターは重要な戦力だ。今すぐ頭を垂れて平伏するというのならば、手荒な真似はしないぞ」
……ウチョニー、こんなに早くフラグを回収しなくても良いんだぞ。まさか、町に入って最初に話しかけた男性が敵の大将だったとは。
しかし、奴の提案に乗る気はサラサラない。つばでも吐いてやる。
「ッぺ! まっぴらだなクソ野郎。だが、やっとお前を殺す理由を見つけたぞ。稀代の愚将ヴァダパーダ=ドゥフ、お前の非道、この俺が叩き潰してやる!」
俺が魔法を放つよりも先に、隣のウチョニーが動き出していた。
たった一歩、大地を踏み抜く。それだけで、地上では最強を誇る精霊種の懐に潜り込んだ。俺の目にも、彼女は瞬間移動したようにしか見えなかったほどだ。
深く沈みこんだ体勢から、ウチョニーはドゥフの腹めがけて拳を振り抜く。
体格差はある。身長はドゥフの方が圧倒的に高い。しかし、あの見た目でウチョニーはフルサイズのタイタンロブスターだ。その体重は竜種にも匹敵する。
もろに不意打ちを喰らったドゥフは天高く撃ち上がり、表情を歪ませていた。
恐らく、ウチョニーの戦闘力を見誤っていたのだろう。精霊は魔力の練度は見抜けるものの、基礎身体能力までは看破できない。
しかし、これで終わりではない。ウチョニーの攻撃が炸裂したら、次は俺が合わせる番だ。
ちょうどドゥフが最高高度に達したタイミングで魔法を放つ。
撃ちだしたるは、俺が対竜種用に開発した新魔法、熱線魔法だ。『熱』という部分に注力して切り取った、飛行する敵や耐熱性を持たない敵にこれでもかというほど刺さる。
指から射出された熱線魔法は、超高速で奴まで到達し、その脳天に巨大な穴を空ける。
俺は熱戦をそのまま振り抜き、頭部から股下までを切断した。大抵の生物は、これで絶命させることが可能だ。……大抵の生物は。
「……本当に強いなぁタイタンロブスターは。特にそこの嬢ちゃん。まったく魔力を感じないのに、いったいその華奢な身体のどこからそんなパワーが出てるのか。それに、兄ちゃんが放った魔法も初めてみたなぁ。炎系統にそんな魔法はなかったはずだが。いったいどうやって身に着けたんだ? それも、タイタンロブスターの権能という奴か?」
地面に強く叩きつけられたヴァダパーダ=ドゥフは、しかし何でもないという風に立ち上がり話しかけてきた。
左右でサヨナラしてしまった身体も、次の瞬間には元通りになっている。プラナリアかコイツは。
「さてね、自分で調べたらどうだ。得意だろう? むしろ教えてくれよ。お前がずっと口から放っているその魔法。どう考えても水系統じゃないだろう? それは何の魔法だ? どうやって生み出した?」
「ハハハ! 教えるわけねーだろ。俺は無理やり答えさせるのは好きだが、質問に答えさせられるのは大嫌いなんだ。だから、お前らはそこで大人しく眠っとけ。ウォーターフォールッ!!」
初めて奴から放たれる魔法。それは、ウォーターフォールとは名ばかりで、まったく別の魔法だった。
滝などというチャチなもんじゃない。隕石と見紛うほどの大質量、超威力。都市国家を消し飛ばすのではないかというほどの魔法が、俺たちに迫った。
正直、これ以上この男と話していても、更なる情報を引き出すのは難しいだろう。
俺から言うことはもう何もない。であれば、ここはウチョニーの意見を聞くべきだ。彼女は案外察しが良い。俺では気付いていないような違和感に、気付いているかもしれない。
「じゃあ質問。お兄さんは普段どんな仕事をしてるの? こんな天気のいい日、この時間に出歩いてるってことは、農家さんとかじゃないんでしょ? アタシたち仕事も探さなきゃいけないからさ、いい仕事に心当たりがあるなら紹介して欲しいかな~」
なるほど、中々鋭い質問だ。俺はヴァダパーダ=ドゥフに気を取られ過ぎていて気付かなかったが、確かにこの男、普段は何をしているのだろう。
この国では、定期的に休日を取る文化とかあるんだろうか。
「……ニー、この人ちょっと怪しいよ。一応気を付けて」
? ウチョニーが、すぐ隣にいる俺にしか聞こえないような声で警告してきた。
きっと相手に聞かれたらマズいのだろうと思い、さりげなく音系魔法で俺以外に聞こえなくしておいたから、彼には何も分からないはず。
しかし、いったいどういうことだろうか。今のところ、この男性から怪しい印象は受けない。ごく普通の、休日を楽しむ青年というところだ。もしくは、日中から働きもせず遊び歩いているロクでなし、という解釈もできるが。
「あ~仕事、仕事ね。……難しい質問が来たな。ゴホン、実は俺、普段は衛兵をやっているんだ。あただ、戦争のあった国だからって、衛兵の扱いは悪くないぜ。現にこうして、たまに丸一日休みをもらえるんだ。農家は毎日仕事をするけど、俺たち衛兵は数日ガッツリ働いて、その後ガッツリ休むのさ」
ふむ、この国の勤労観というものはある程度発達しているみたいだな。まだ全ての国民に行き渡っているわけじゃないが、毎日働く必要はない、という考えが存在する。
その点から見ると、アストライア族よりも少し進んでいると言えるだろう。何分体力が有り余っているゆえに、アストライア族では休日という概念がない。何もせず出歩いている奴は、つまり暇人と言うことだ。
……以前のウチョニーのことだが。まあ、本職が守り人である彼女が暇なのは良いことだ。
「なぁ、良かったらお二人、軍隊に入らないか? 徴兵からだと訓練は短期間でキツイけど、最初っから軍で教育を受ければそんなにしんどくないぜ。待遇も良いし、腕っぷしに自信がなくても、ウチで訓練を受ければ、それなりに戦えるようになるぜ! ヴァダパーダ様にも認めてもらえるようになる!」
提案として悪くはない。いや、むしろ自然な部類だろう。
しかし何だこの違和感は。ウチョニーに言われたせいか? この男からは、何やら良からぬものを感じる。正当なものではない。もしや……。
「……失礼だが、貴殿は純粋な『人間』だろうか。まさかとは思うが……」
コイツ、恐らく人間ではない。俺たちと同じく、人間に化けたナニかだ。正体までは分からないが、間違いなく悪の部類の者だろう。コイツの口からは、人を狂わす魔力がかすかに出ているのだ。言われなければ俺も気付かないほどのものだが。
「……タイタンロブスターってのはホントに頭が良いんだな。聞いていた以上だぜ。ボロは出してなかったはずだが、まさかこんな早くに看破されるとはな」
そういった瞬間、青年の身体は水のように崩れ去り、代わりに2m強はあろうかという大男に変貌していく。さながら、前世で出会ったパラレルさんのようだ。
筋肉質、野蛮、豪快。そんな印象を受けるそいつは、ニヤリと笑いこちらを見下ろしてくる。
「マズいな、水の精霊だ。師匠から聞いたことがある。水系魔法に突出した能力を持つ俺たちと、唯一まともに戦える水系の使い手。地上最強の水属性を操る者。ヴァダパーダ=ドゥフはこんな化け物まで従えているのか」
精霊種というのは、相手の本質を見抜く力が強い。俺やウチョニーがどのような姿かたちをしていようとも、奴の目線、俺たちはタイタンロブスターにしか見えないのだろう。全てを知ったうえで、俺たちと会話していたのだ。
奴から放たれる魔力は、その全てが高純度で生成された水系の魔力。精霊にしては珍しく、ひとつの属性に特化した種ではあるが、水系に関してだけはピカイチだ。水中戦では分からないが、地上で水系のバトルをしても勝ち目はない。
「ひとつ、間違いを正してやろう。……俺が、俺こそが、この都市国家の王にして誇り高き遊牧民族の指導者、ヴァダパーダ=ドゥフその人である! タイタンロブスターは重要な戦力だ。今すぐ頭を垂れて平伏するというのならば、手荒な真似はしないぞ」
……ウチョニー、こんなに早くフラグを回収しなくても良いんだぞ。まさか、町に入って最初に話しかけた男性が敵の大将だったとは。
しかし、奴の提案に乗る気はサラサラない。つばでも吐いてやる。
「ッぺ! まっぴらだなクソ野郎。だが、やっとお前を殺す理由を見つけたぞ。稀代の愚将ヴァダパーダ=ドゥフ、お前の非道、この俺が叩き潰してやる!」
俺が魔法を放つよりも先に、隣のウチョニーが動き出していた。
たった一歩、大地を踏み抜く。それだけで、地上では最強を誇る精霊種の懐に潜り込んだ。俺の目にも、彼女は瞬間移動したようにしか見えなかったほどだ。
深く沈みこんだ体勢から、ウチョニーはドゥフの腹めがけて拳を振り抜く。
体格差はある。身長はドゥフの方が圧倒的に高い。しかし、あの見た目でウチョニーはフルサイズのタイタンロブスターだ。その体重は竜種にも匹敵する。
もろに不意打ちを喰らったドゥフは天高く撃ち上がり、表情を歪ませていた。
恐らく、ウチョニーの戦闘力を見誤っていたのだろう。精霊は魔力の練度は見抜けるものの、基礎身体能力までは看破できない。
しかし、これで終わりではない。ウチョニーの攻撃が炸裂したら、次は俺が合わせる番だ。
ちょうどドゥフが最高高度に達したタイミングで魔法を放つ。
撃ちだしたるは、俺が対竜種用に開発した新魔法、熱線魔法だ。『熱』という部分に注力して切り取った、飛行する敵や耐熱性を持たない敵にこれでもかというほど刺さる。
指から射出された熱線魔法は、超高速で奴まで到達し、その脳天に巨大な穴を空ける。
俺は熱戦をそのまま振り抜き、頭部から股下までを切断した。大抵の生物は、これで絶命させることが可能だ。……大抵の生物は。
「……本当に強いなぁタイタンロブスターは。特にそこの嬢ちゃん。まったく魔力を感じないのに、いったいその華奢な身体のどこからそんなパワーが出てるのか。それに、兄ちゃんが放った魔法も初めてみたなぁ。炎系統にそんな魔法はなかったはずだが。いったいどうやって身に着けたんだ? それも、タイタンロブスターの権能という奴か?」
地面に強く叩きつけられたヴァダパーダ=ドゥフは、しかし何でもないという風に立ち上がり話しかけてきた。
左右でサヨナラしてしまった身体も、次の瞬間には元通りになっている。プラナリアかコイツは。
「さてね、自分で調べたらどうだ。得意だろう? むしろ教えてくれよ。お前がずっと口から放っているその魔法。どう考えても水系統じゃないだろう? それは何の魔法だ? どうやって生み出した?」
「ハハハ! 教えるわけねーだろ。俺は無理やり答えさせるのは好きだが、質問に答えさせられるのは大嫌いなんだ。だから、お前らはそこで大人しく眠っとけ。ウォーターフォールッ!!」
初めて奴から放たれる魔法。それは、ウォーターフォールとは名ばかりで、まったく別の魔法だった。
滝などというチャチなもんじゃない。隕石と見紛うほどの大質量、超威力。都市国家を消し飛ばすのではないかというほどの魔法が、俺たちに迫った。
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