※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
57 / 84
第二章 アストライア大陸

第五十六話 ヴァダパーダ=ドゥフ

しおりを挟む
 内側に入ってみると、意外と普通なもんだった。
 時刻は昼時。秋も終盤に差し掛かろうというのに、この場所はまだ熱さが際立っていて、民衆は皆薄着で外を歩いている。

 立ち並ぶのは一般的な木造の住宅で、背は高くないが横に広い家屋だ。恐らくだが、ある程度大きな規模の家族が密集して暮らしているのだろう。世間話に勤しむ町人は、ご近所付き合いという雰囲気ではなく、もっと親しげな様子だ。

 町のどこを見回しても、支配に苦しんでいるという様子はない。皆穏やかな表情を浮かべ、日々の仕事に精を出している。

 しかし、同時に決定的な違和感も見つけた。井戸がまったくない。この付近の家屋には、井戸がひとつも見当たらないのだ。これはおかしい。
 確かに、海が近いという理由で井戸が使い物にならないというのも考えられるが、かと言って飲み水にできるような河川も付近にはない。

 そういう場合、水を山へ汲みに行くのも仕事のひとつだ。しかして、この町には大きな樽や桶を持って水を汲みに行こうという人間はいない。つまり、彼らに飲み水や生活用水の確保など必要ないのだ。

「ここにいる人間、ほとんどが山向こうの住人というわけか。沿岸部に住んでいる人間は適正魔法が炎系統だが、山向こうに住んでいる連中は水系統だ。つまり、こいつ等は遊牧民族。侵略してきた側の人間だな」

 危なかった。これに気付かなければ、平和な町を築いているのだと勘違いするところだった。確かに、遊牧民族は現在とても良い暮らしをしている。だが、そこに現地人との共存がないのであれば、それはれっきとした悪だ。

 というか、遊牧民族は戦士階級でない市民もある程度魔法が使えるのか。
 いや、考えてみれば当然だ。徹底的な実力主義を掲げるヴァダパーダ=ドゥフが従えているのだから、ほとんど全ての国民が戦士階級と思った方が自然だろう。

 これは危険だぞ。俺が以前助けた村では、誰一人魔法を使える者がいなかった。教えた途端凄まじい魔法を習得できたが、あのクラスの魔術師が町単位で存在していると考えると、俺でもゾッとするものがある。

「沿岸部の現地人を見分けるには、どうするのが正解なのかな。正直、アタシぱっと見で人間の区別なんか付かないんだよね。ボンスタさん達ぐらい仲良くなれば別なんだけど」

「難しいな。適正属性を判別しようにも、実際魔法を使っている場所を見るか、もしくは体液の一部を採取する必要がある。現実的じゃない。沿岸部の人間と山向こうの人間で、特に身体的特徴に差があるとも思えないしな」

 こう、肌の色が決定的に違うとか、骨格に少し差異があるとか、何かしら異なる部分があればすぐに判別できるんだが。困ったことに、沿岸部の人間も山向こうの人間も皆肌の色は同じで、目や髪、体形に至るまで、差異と呼べるほどのものはない。

「強いて言うなら、この暑さの中、飲み水を携帯していない人間は、遊牧民族の可能性が高いかな。だだ、そもそも魔力の消耗を抑えるために飲み水を持ち歩いている可能性もあるし、確証はない」

 魔法っていうのは電気や熱と同じで、点ける瞬間が一番エネルギーを使うんだ。
 だから水を出す場合、巨大な桶に大量に水を出してそこから掬う方が、必要な時に小出しにするよりもずっと効率がいいのだ。

「難しいねぇ。アタシたちが知りたいのは、ここの現地人が今どんな扱いを受けてるのかってことなのに」

「取り敢えずは、遊牧民族の視点からヴァダパーダ=ドゥフという男がどんな人物か探っていこう。そもそもの人柄も分からないし、彼らにとっては最高の王かもしれない」

 恐らく、遊牧民族からすれば、ドゥフは英雄のような存在だろう。
 旱魃で困窮していたところに颯爽と現れ、多くの人を導いて隣国を攻め落とし、今はとてつもなく栄えた都市国家を従えている。

 戦争がまだ国土拡張の手段として一般的なこの大陸では、勝てば莫大な富と繁栄を生み出し、負ければ搾取と隷属を強制される。それを、国は容認しているのだ。ともすれば、国民も一部それを認めている。特に戦勝国は。

 彼らにとって戦争は大切な仕事のひとつで、戦争を仕掛けることを主目的とした職業も存在する。確かに多くの人が悲しむ戦争だが、同時に多くの人を助けてもいるのだ。今回のような事態では。

 だから、戦争を仕掛けた側を単に悪と断じて討伐するのは、あまりに浅慮だ。それでは、残された国民は指導者を失い、また略奪と争いの繰り返し。耕作も発展せず、状況は悪化の一途を辿るのだろう。戦争にも、終わらせ方というものがある。

 当然だが、俺は戦争を終わらせたことなどない。メルビレイ戦では、実質父の実力を見せつけただけで戦いが終わった。敢えて言えば侵略戦争であったが、あんなものは戦争とは呼べない。ただ一個人の力で叩き潰したのだから。

 しかし、だからこそ、俺は知恵を絞らなければならない。俺には父のように、力で全てを解決できてしまうような能力などないのだから。俺にできることは、ただただ考えることだけだ。

「ちょっとそこの人。俺たちはこの国に定住を考えている旅人なんだが、少しこの国のことについて教えていただきたい。今時間は大丈夫だろうか」

 ひとまず、俺は近場にいた男性に声をかけた。働き盛りと思われる青年だが、特に仕事道具を持っているわけでもないし、急いでいる様子もない。

 何故かそれまで注意深く辺りを見回していたスターダティルが、俺の真後ろに隠れる。
 珍しく、人見知りでも起こしたのだろうか。

「ん? この辺じゃ見ない顔だな。困りごとなら何でも聞いてくれ! 俺に答えられることならな!」

 ふむ、国民性はとても良い。声をかけた青年は、明るい笑顔でそう答えてくれた。
 遊牧民族の人間とは言え、全員が略奪行為を行う蛮族というわけではないらしいな。

「じゃあまず、この国は平和か? つい最近大きな戦争があったと聞いたが、俺がこの国に定住したとき、戦争に駆り出されることはあるだろうか」

「あー、それな。結構みんな心配してるよ。多分近いうちに、この周辺にある都市には攻めに行くんじゃないかな。アンタは男だし、若いが体格もいい。多分徴兵の大将になるだろうさ。だが安心しろよ、ウチの大将ヴァダパーダ=ドゥフ様は、どんな戦にも負けなし。兵の損失もほとんど出さない豪傑なんだぜ!」

 ……予想通り、元々の国民には相当信頼されているらしい。この青年は、ドゥフが負けるなんて微塵も考えちゃいない。そして、彼は必ず自分たちに利益をもたらしてくれるのだと信じている。

 略奪や侵略は悪だが、ドゥフ自身の性格や国政方針に怪しい部分はないということか?
 考えてみれば、捕鯨なんて近代までどの国もやっていた。アレを悪と断定するのは、俺たち海の出身だけだろう。

「どうした兄ちゃん、難しい顔して。……もしかして、腕っぷしに自信がないのか? それなら、この国じゃちょっと生きずらいかもしれないな。ヴァダパーダ様は実力至上主義だから」

「そう! それを次に聞きたかったんだ。一定以上の実力がない者は徹底的に排除すると聞いたが、具体的に何をされるんだ? 排除と言ったら、やはり処刑とかだろうか」

 まさか、向こうからその話をしてくれるとは。ちょうど聞こうと思っていたのだ。

「ハハハ! そいつぁ流石に考えが飛躍しすぎだぜ。確かにヴァダパーダ様は冷酷なお方だが、そうバッサバッサと人を殺すような人間じゃない。排除っつうのはつまり、まだ農耕が回復してない内陸部に屯田兵として駆り出されるってことだな。ま、そっちも特別きついわけじゃねーよ。ここの農家よりはしんどいだろうけど」

 なるほど。流石の愚将も、そこまで残忍ではなかったか。
 これがもし、実力のない人間を処刑だの奴隷化だのしているんだったら、悪だと断罪できたものを。

 ……思ったより、ヴァダパーダ=ドゥフという男が悪である要素がない。
 客観的に見れば悪だが、やはり当事者の意見を聞くと、彼の行い全てが間違いだとは判断できないな。

 良かった。やはり現地人の話を聞くべきだったのだ。あのまま直接殴りこみに行っていたら、判断を誤るところだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...