※異世界ロブスター※

Egimon

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第二章 アストライア大陸

第五十六話 ヴァダパーダ=ドゥフ

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 内側に入ってみると、意外と普通なもんだった。
 時刻は昼時。秋も終盤に差し掛かろうというのに、この場所はまだ熱さが際立っていて、民衆は皆薄着で外を歩いている。

 立ち並ぶのは一般的な木造の住宅で、背は高くないが横に広い家屋だ。恐らくだが、ある程度大きな規模の家族が密集して暮らしているのだろう。世間話に勤しむ町人は、ご近所付き合いという雰囲気ではなく、もっと親しげな様子だ。

 町のどこを見回しても、支配に苦しんでいるという様子はない。皆穏やかな表情を浮かべ、日々の仕事に精を出している。

 しかし、同時に決定的な違和感も見つけた。井戸がまったくない。この付近の家屋には、井戸がひとつも見当たらないのだ。これはおかしい。
 確かに、海が近いという理由で井戸が使い物にならないというのも考えられるが、かと言って飲み水にできるような河川も付近にはない。

 そういう場合、水を山へ汲みに行くのも仕事のひとつだ。しかして、この町には大きな樽や桶を持って水を汲みに行こうという人間はいない。つまり、彼らに飲み水や生活用水の確保など必要ないのだ。

「ここにいる人間、ほとんどが山向こうの住人というわけか。沿岸部に住んでいる人間は適正魔法が炎系統だが、山向こうに住んでいる連中は水系統だ。つまり、こいつ等は遊牧民族。侵略してきた側の人間だな」

 危なかった。これに気付かなければ、平和な町を築いているのだと勘違いするところだった。確かに、遊牧民族は現在とても良い暮らしをしている。だが、そこに現地人との共存がないのであれば、それはれっきとした悪だ。

 というか、遊牧民族は戦士階級でない市民もある程度魔法が使えるのか。
 いや、考えてみれば当然だ。徹底的な実力主義を掲げるヴァダパーダ=ドゥフが従えているのだから、ほとんど全ての国民が戦士階級と思った方が自然だろう。

 これは危険だぞ。俺が以前助けた村では、誰一人魔法を使える者がいなかった。教えた途端凄まじい魔法を習得できたが、あのクラスの魔術師が町単位で存在していると考えると、俺でもゾッとするものがある。

「沿岸部の現地人を見分けるには、どうするのが正解なのかな。正直、アタシぱっと見で人間の区別なんか付かないんだよね。ボンスタさん達ぐらい仲良くなれば別なんだけど」

「難しいな。適正属性を判別しようにも、実際魔法を使っている場所を見るか、もしくは体液の一部を採取する必要がある。現実的じゃない。沿岸部の人間と山向こうの人間で、特に身体的特徴に差があるとも思えないしな」

 こう、肌の色が決定的に違うとか、骨格に少し差異があるとか、何かしら異なる部分があればすぐに判別できるんだが。困ったことに、沿岸部の人間も山向こうの人間も皆肌の色は同じで、目や髪、体形に至るまで、差異と呼べるほどのものはない。

「強いて言うなら、この暑さの中、飲み水を携帯していない人間は、遊牧民族の可能性が高いかな。だだ、そもそも魔力の消耗を抑えるために飲み水を持ち歩いている可能性もあるし、確証はない」

 魔法っていうのは電気や熱と同じで、点ける瞬間が一番エネルギーを使うんだ。
 だから水を出す場合、巨大な桶に大量に水を出してそこから掬う方が、必要な時に小出しにするよりもずっと効率がいいのだ。

「難しいねぇ。アタシたちが知りたいのは、ここの現地人が今どんな扱いを受けてるのかってことなのに」

「取り敢えずは、遊牧民族の視点からヴァダパーダ=ドゥフという男がどんな人物か探っていこう。そもそもの人柄も分からないし、彼らにとっては最高の王かもしれない」

 恐らく、遊牧民族からすれば、ドゥフは英雄のような存在だろう。
 旱魃で困窮していたところに颯爽と現れ、多くの人を導いて隣国を攻め落とし、今はとてつもなく栄えた都市国家を従えている。

 戦争がまだ国土拡張の手段として一般的なこの大陸では、勝てば莫大な富と繁栄を生み出し、負ければ搾取と隷属を強制される。それを、国は容認しているのだ。ともすれば、国民も一部それを認めている。特に戦勝国は。

 彼らにとって戦争は大切な仕事のひとつで、戦争を仕掛けることを主目的とした職業も存在する。確かに多くの人が悲しむ戦争だが、同時に多くの人を助けてもいるのだ。今回のような事態では。

 だから、戦争を仕掛けた側を単に悪と断じて討伐するのは、あまりに浅慮だ。それでは、残された国民は指導者を失い、また略奪と争いの繰り返し。耕作も発展せず、状況は悪化の一途を辿るのだろう。戦争にも、終わらせ方というものがある。

 当然だが、俺は戦争を終わらせたことなどない。メルビレイ戦では、実質父の実力を見せつけただけで戦いが終わった。敢えて言えば侵略戦争であったが、あんなものは戦争とは呼べない。ただ一個人の力で叩き潰したのだから。

 しかし、だからこそ、俺は知恵を絞らなければならない。俺には父のように、力で全てを解決できてしまうような能力などないのだから。俺にできることは、ただただ考えることだけだ。

「ちょっとそこの人。俺たちはこの国に定住を考えている旅人なんだが、少しこの国のことについて教えていただきたい。今時間は大丈夫だろうか」

 ひとまず、俺は近場にいた男性に声をかけた。働き盛りと思われる青年だが、特に仕事道具を持っているわけでもないし、急いでいる様子もない。

 何故かそれまで注意深く辺りを見回していたスターダティルが、俺の真後ろに隠れる。
 珍しく、人見知りでも起こしたのだろうか。

「ん? この辺じゃ見ない顔だな。困りごとなら何でも聞いてくれ! 俺に答えられることならな!」

 ふむ、国民性はとても良い。声をかけた青年は、明るい笑顔でそう答えてくれた。
 遊牧民族の人間とは言え、全員が略奪行為を行う蛮族というわけではないらしいな。

「じゃあまず、この国は平和か? つい最近大きな戦争があったと聞いたが、俺がこの国に定住したとき、戦争に駆り出されることはあるだろうか」

「あー、それな。結構みんな心配してるよ。多分近いうちに、この周辺にある都市には攻めに行くんじゃないかな。アンタは男だし、若いが体格もいい。多分徴兵の大将になるだろうさ。だが安心しろよ、ウチの大将ヴァダパーダ=ドゥフ様は、どんな戦にも負けなし。兵の損失もほとんど出さない豪傑なんだぜ!」

 ……予想通り、元々の国民には相当信頼されているらしい。この青年は、ドゥフが負けるなんて微塵も考えちゃいない。そして、彼は必ず自分たちに利益をもたらしてくれるのだと信じている。

 略奪や侵略は悪だが、ドゥフ自身の性格や国政方針に怪しい部分はないということか?
 考えてみれば、捕鯨なんて近代までどの国もやっていた。アレを悪と断定するのは、俺たち海の出身だけだろう。

「どうした兄ちゃん、難しい顔して。……もしかして、腕っぷしに自信がないのか? それなら、この国じゃちょっと生きずらいかもしれないな。ヴァダパーダ様は実力至上主義だから」

「そう! それを次に聞きたかったんだ。一定以上の実力がない者は徹底的に排除すると聞いたが、具体的に何をされるんだ? 排除と言ったら、やはり処刑とかだろうか」

 まさか、向こうからその話をしてくれるとは。ちょうど聞こうと思っていたのだ。

「ハハハ! そいつぁ流石に考えが飛躍しすぎだぜ。確かにヴァダパーダ様は冷酷なお方だが、そうバッサバッサと人を殺すような人間じゃない。排除っつうのはつまり、まだ農耕が回復してない内陸部に屯田兵として駆り出されるってことだな。ま、そっちも特別きついわけじゃねーよ。ここの農家よりはしんどいだろうけど」

 なるほど。流石の愚将も、そこまで残忍ではなかったか。
 これがもし、実力のない人間を処刑だの奴隷化だのしているんだったら、悪だと断罪できたものを。

 ……思ったより、ヴァダパーダ=ドゥフという男が悪である要素がない。
 客観的に見れば悪だが、やはり当事者の意見を聞くと、彼の行い全てが間違いだとは判断できないな。

 良かった。やはり現地人の話を聞くべきだったのだ。あのまま直接殴りこみに行っていたら、判断を誤るところだった。
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