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第二章 アストライア大陸
第六十七話 ジョルトニー
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~SIDE ボンスタ~
陰からひっそりと。それが俺のやり方だ。人を殺すのに、わざわざ姿を見せてやる必要はない。何より、俺はそうあるべきだと教えられて育ったのだ。これ以外のやり方を、俺は何も知らない。白兵戦など、俺が勝手に生み出したモノに過ぎない。
狙うは、兵士副団長。名前も覚えていないような雑魚だが、まあコイツに軍隊を持たせると少々厄介だ。何せ、この遊牧民族をここまで成長させた功労者の一人であるからな。スターダティルが大暴れしているうちに、ひっそり殺すのが良い。
幸いなことに、指揮を分担するため兵士団長ジョルトニーとは多少距離がある。ジョルトニーは大立ち回りをするスターダティルに夢中で、背後など気にも掛けていない様子だ。いや、この副団長のことも最初から眼中にないのだろう。
ならばこれ幸いにと、俺は物陰から一瞬だけ飛び出し、副団長の首に指を突き刺す。
龍断刃を纏った指は容易く彼の背骨を貫通し、喉元から突き出した。これで絶命しない人間はいない。
一応バレないように副団長を直立させ、壁にもたれさせた。その後俺は素早くその場から立ち退き、再び物陰に隠れる。
人間というのはバカな生き物で、一人殺すと安心してしまうのだ。連続でやろうとすると、必ずミスが発生する。だから、一回一回仕切り直しをするべきだ。
「副団長、生きているか! 死んでいるのなら報告をしろ、『死んだ』とな! ……どうやら本当に死んでいるらしい。だが、俺の目にも止まらないほどの早業であったな。この魔獣に気を取られていたと言え、まさか……」
……マズいな、ジョルトニーに感づかれた。奴はあれで勘の鋭い男だ。ただの推測で、真実を導き出せてしまう男なのだ。
俺が慌ててその場からさらに移動しようとすると、崩れた城の建材が俺めがけて飛んでくる。それは猛烈なスピードで。
間一髪、俺はそれを回避することに成功したが、気付いた時には既に終わっていた。俺は表へ姿を出してしまっていたのだ。
まったく、こんなのは卑怯だろう。あんな攻撃は防ぎようがない。避けたが最後、奴に見つかるのは必至だったわけだな。
「やはり貴様だったか、ボンスタ! 一ヶ月も音沙汰がないと聞いたからまさかと思っていたが、本当に裏切っていたとは。貴様がそんなクズだとは思っていなかったぞ。一度忠誠を誓ったのなら、死ぬまで従え! それが武士というものだろう!」
「ジョルトニー、お前の言っていることは間違っている。いや、ヴァダパーダ=ドゥフに従うのは間違っている! 彼は異常者だ。俺もこの旅の中で気付くことができた。それを、俺がお前にも教えてやる!」
ジョルトニーは俺の兄だ。しかし、もうアイツを兄と呼んでやることはない。
兄は付き従うことに酔っている。主人を信じて疑うことがない。それはある種の忠誠とも言えるのだろうが、危険極まりないものだ。
特にヴァダパーダ=ドゥフはダメだ。あれは人間の感覚というものを分かっていない。人間はいくら使い潰しても良いと思っている。あんなものを野放しにして、まして助長するのは、本当に人類にとって害悪でしかないのだ。
「俺は暗殺者だ。主人を転々とする職業だ。だからこそ、主人に対して抗議もする。しかし奴に対しては、いっさい口を出さない。アレは救いようがないんだ。だからニーズベステニー殿が殺すのだ。慈悲などをくれてやることはない!」
兄ジョルトニーに対し、俺はまっすぐ敵対の姿勢を向ける。ドゥフに協力しそれを疑問に思わないのならば、俺はコイツを倒さなければならない。そしてドゥフは、ニーズベステニー殿らが倒してくれるのを願うばかりだ。
「やるというのならこのジョルトニー、兵士団長の名において、弟であろうとも容赦はせんぞ。悪いが俺に姿を見せた以上、暗殺者としてではなく武士として戦ってもらう。隠れて育てられた貴様に、果たしてこの俺が倒せるか?」
兵士団長ジョルトニーは、左手を前に突き出し盾とし、右手に石槍を持ってこちらに向ける。これが、彼ら兵士団の基本的な構えだ。俺たちの故郷や遊牧民族の間では、騎乗せず戦う場合このような堂々とした態度が重んじられる。
何故左手は素手なのかと言えば、当然木材や石などよりも素手の方が硬いからである。
ともすれば、石槍の攻撃など弾き返して余りあるほど、身体強化に卓越した兵士は強力である。頑丈な素手は武器の一撃を防ぎ、同時に反撃を可能にする。
……まあそれも、今の俺からすれば前時代的な話だが。
俺に矛先を向けるジョルトニー。彼に対し、俺は剣を見せつけた。
金属の武器というのは、未だ登場していなかったのだ。これは、ニーズベステニー殿がもちこんだ魔獣の武器であるから。
そして背からは、金属の円盾を取り出す。これも当然、ジョルトニーは見たことがない。
盾というのは臆病者の防具で、つまり身体強化で拳を固められない弱者が身に着けるものだ。彼の目には、きっと俺が軟弱になったと映っているだろう。
だがその実、この盾は従来の盾よりも遥かに強い。従来の盾とはつまり、木材や石を固めたような盾だ。そんなものが、一流の戦士の槍を防げるほどの強度を発揮するはずがない。
しかし金属ならばどうだ。それも鉄という物質は、およそ人間が破壊できるような素材ではない。柔軟性に優れ、しかも硬く重い。ニーズベステニー殿から教わったあらゆる金属において、間違いなく最強格の金属だと言える。
「……俺は悲しいぞボンスタ。貴様がそんな臆病者だとは、まったく知らなかった。まさか俺の攻撃を受け切れないからと言って、そんなものを取り出すとはな。貧弱で軟弱で、そして脆弱。貴様が俺の血縁だということが、今になって恥ずかしいぞ」
「お前に対抗するためというのなら、その言葉否定はしない。だがな、叡智というものは、ときとして幾年という歳月を掛け積み重ねた技術をも突破するのだ。それも、たった一夜にして。お前が磨いたモノなど、そんなちっぽけなモノでしかないんだ!」
右手に剣を、左手に盾を構え奴に走り出す。利き手である右手に剣を持つのは、防御ではなく攻撃に重点を置いた戦い方をするためである。コイツ相手に攻撃性を妥協すれば、勝てるはずはない。
ジョルトニーという男は、遊牧民族では知らないものなどいない。それこそ、赤子であろうとも知っているような人物だ。彼の伝説は非常に多い。
中でも一番有名なのが、『不死身のジョルトニー』。彼は幾多の戦場の中で、通常ならば致命傷であるはずの攻撃を何度もその身に受け、その上で常に完全勝利を手に掴んでいる。彼の頑丈さは、もはや人間の領域を逸脱しているのだ。
たとえ矢が胸に刺さろうとも、馬に引き潰されようとも、まして剣で切り付けられようとも、ジョルトニーは決して死なない。戦場においては、ジョルトニーは無敵なのだ。
民族の赤子は、皆寝る前に彼の逸話を聞かされ育つ。彼のようになれと。
実際のジョルトニーは、百人中百人の赤子が幻滅する最低のクズだ。
主人の命令に盲目的に従い、主人のためなら罪のない人間も躊躇なく殺す。まして、主人の一言で小国に戦争を仕掛けたこともあった。そんな男だ。
彼を殺すのに、なんのためらいもない。シミュレーションも幾度となく行ってきた。勝てるビジョン以外何も見えない。最後に懸念点があるとすれば、この戦いが終わった時、俺が生きているかどうかということ。
「もし俺もジョルトニーも死んだのなら、そうだな。スターダティル、お前に後の全てを託す。お前は賢い。俺の部下を全員引きつれて、ニーズベステニー殿とともに楽しく過ごしてくれ」
陰からひっそりと。それが俺のやり方だ。人を殺すのに、わざわざ姿を見せてやる必要はない。何より、俺はそうあるべきだと教えられて育ったのだ。これ以外のやり方を、俺は何も知らない。白兵戦など、俺が勝手に生み出したモノに過ぎない。
狙うは、兵士副団長。名前も覚えていないような雑魚だが、まあコイツに軍隊を持たせると少々厄介だ。何せ、この遊牧民族をここまで成長させた功労者の一人であるからな。スターダティルが大暴れしているうちに、ひっそり殺すのが良い。
幸いなことに、指揮を分担するため兵士団長ジョルトニーとは多少距離がある。ジョルトニーは大立ち回りをするスターダティルに夢中で、背後など気にも掛けていない様子だ。いや、この副団長のことも最初から眼中にないのだろう。
ならばこれ幸いにと、俺は物陰から一瞬だけ飛び出し、副団長の首に指を突き刺す。
龍断刃を纏った指は容易く彼の背骨を貫通し、喉元から突き出した。これで絶命しない人間はいない。
一応バレないように副団長を直立させ、壁にもたれさせた。その後俺は素早くその場から立ち退き、再び物陰に隠れる。
人間というのはバカな生き物で、一人殺すと安心してしまうのだ。連続でやろうとすると、必ずミスが発生する。だから、一回一回仕切り直しをするべきだ。
「副団長、生きているか! 死んでいるのなら報告をしろ、『死んだ』とな! ……どうやら本当に死んでいるらしい。だが、俺の目にも止まらないほどの早業であったな。この魔獣に気を取られていたと言え、まさか……」
……マズいな、ジョルトニーに感づかれた。奴はあれで勘の鋭い男だ。ただの推測で、真実を導き出せてしまう男なのだ。
俺が慌ててその場からさらに移動しようとすると、崩れた城の建材が俺めがけて飛んでくる。それは猛烈なスピードで。
間一髪、俺はそれを回避することに成功したが、気付いた時には既に終わっていた。俺は表へ姿を出してしまっていたのだ。
まったく、こんなのは卑怯だろう。あんな攻撃は防ぎようがない。避けたが最後、奴に見つかるのは必至だったわけだな。
「やはり貴様だったか、ボンスタ! 一ヶ月も音沙汰がないと聞いたからまさかと思っていたが、本当に裏切っていたとは。貴様がそんなクズだとは思っていなかったぞ。一度忠誠を誓ったのなら、死ぬまで従え! それが武士というものだろう!」
「ジョルトニー、お前の言っていることは間違っている。いや、ヴァダパーダ=ドゥフに従うのは間違っている! 彼は異常者だ。俺もこの旅の中で気付くことができた。それを、俺がお前にも教えてやる!」
ジョルトニーは俺の兄だ。しかし、もうアイツを兄と呼んでやることはない。
兄は付き従うことに酔っている。主人を信じて疑うことがない。それはある種の忠誠とも言えるのだろうが、危険極まりないものだ。
特にヴァダパーダ=ドゥフはダメだ。あれは人間の感覚というものを分かっていない。人間はいくら使い潰しても良いと思っている。あんなものを野放しにして、まして助長するのは、本当に人類にとって害悪でしかないのだ。
「俺は暗殺者だ。主人を転々とする職業だ。だからこそ、主人に対して抗議もする。しかし奴に対しては、いっさい口を出さない。アレは救いようがないんだ。だからニーズベステニー殿が殺すのだ。慈悲などをくれてやることはない!」
兄ジョルトニーに対し、俺はまっすぐ敵対の姿勢を向ける。ドゥフに協力しそれを疑問に思わないのならば、俺はコイツを倒さなければならない。そしてドゥフは、ニーズベステニー殿らが倒してくれるのを願うばかりだ。
「やるというのならこのジョルトニー、兵士団長の名において、弟であろうとも容赦はせんぞ。悪いが俺に姿を見せた以上、暗殺者としてではなく武士として戦ってもらう。隠れて育てられた貴様に、果たしてこの俺が倒せるか?」
兵士団長ジョルトニーは、左手を前に突き出し盾とし、右手に石槍を持ってこちらに向ける。これが、彼ら兵士団の基本的な構えだ。俺たちの故郷や遊牧民族の間では、騎乗せず戦う場合このような堂々とした態度が重んじられる。
何故左手は素手なのかと言えば、当然木材や石などよりも素手の方が硬いからである。
ともすれば、石槍の攻撃など弾き返して余りあるほど、身体強化に卓越した兵士は強力である。頑丈な素手は武器の一撃を防ぎ、同時に反撃を可能にする。
……まあそれも、今の俺からすれば前時代的な話だが。
俺に矛先を向けるジョルトニー。彼に対し、俺は剣を見せつけた。
金属の武器というのは、未だ登場していなかったのだ。これは、ニーズベステニー殿がもちこんだ魔獣の武器であるから。
そして背からは、金属の円盾を取り出す。これも当然、ジョルトニーは見たことがない。
盾というのは臆病者の防具で、つまり身体強化で拳を固められない弱者が身に着けるものだ。彼の目には、きっと俺が軟弱になったと映っているだろう。
だがその実、この盾は従来の盾よりも遥かに強い。従来の盾とはつまり、木材や石を固めたような盾だ。そんなものが、一流の戦士の槍を防げるほどの強度を発揮するはずがない。
しかし金属ならばどうだ。それも鉄という物質は、およそ人間が破壊できるような素材ではない。柔軟性に優れ、しかも硬く重い。ニーズベステニー殿から教わったあらゆる金属において、間違いなく最強格の金属だと言える。
「……俺は悲しいぞボンスタ。貴様がそんな臆病者だとは、まったく知らなかった。まさか俺の攻撃を受け切れないからと言って、そんなものを取り出すとはな。貧弱で軟弱で、そして脆弱。貴様が俺の血縁だということが、今になって恥ずかしいぞ」
「お前に対抗するためというのなら、その言葉否定はしない。だがな、叡智というものは、ときとして幾年という歳月を掛け積み重ねた技術をも突破するのだ。それも、たった一夜にして。お前が磨いたモノなど、そんなちっぽけなモノでしかないんだ!」
右手に剣を、左手に盾を構え奴に走り出す。利き手である右手に剣を持つのは、防御ではなく攻撃に重点を置いた戦い方をするためである。コイツ相手に攻撃性を妥協すれば、勝てるはずはない。
ジョルトニーという男は、遊牧民族では知らないものなどいない。それこそ、赤子であろうとも知っているような人物だ。彼の伝説は非常に多い。
中でも一番有名なのが、『不死身のジョルトニー』。彼は幾多の戦場の中で、通常ならば致命傷であるはずの攻撃を何度もその身に受け、その上で常に完全勝利を手に掴んでいる。彼の頑丈さは、もはや人間の領域を逸脱しているのだ。
たとえ矢が胸に刺さろうとも、馬に引き潰されようとも、まして剣で切り付けられようとも、ジョルトニーは決して死なない。戦場においては、ジョルトニーは無敵なのだ。
民族の赤子は、皆寝る前に彼の逸話を聞かされ育つ。彼のようになれと。
実際のジョルトニーは、百人中百人の赤子が幻滅する最低のクズだ。
主人の命令に盲目的に従い、主人のためなら罪のない人間も躊躇なく殺す。まして、主人の一言で小国に戦争を仕掛けたこともあった。そんな男だ。
彼を殺すのに、なんのためらいもない。シミュレーションも幾度となく行ってきた。勝てるビジョン以外何も見えない。最後に懸念点があるとすれば、この戦いが終わった時、俺が生きているかどうかということ。
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