※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
70 / 84
第二章 アストライア大陸

第六十九話 水中最強

しおりを挟む
 ドゥフは強い、異常なほどに。ドゥフは頑丈だ、並び立つものがいないほどに。
 しかしそれは、得意な盤面を用意している場合に限る。この水中では、俺たちタイタンロブスターは奴相手に圧倒的有利に立ち回ることが可能だ。

 素早い水の刃を放つドゥフだが、その攻撃の悉くをアーキダハラが消滅させていく。
 当たれば即死もあり得る魔法に、彼は勇気と信念でもって突撃し、そして真正面から受け止め続けているのだ。あれほど格好のいい男を、俺は知らない。

 対して俺は、奴に何かダメージを与えられないかと魔法を練る。殺傷を目的とするのならばやはり吸魔の魔法が一番良いだろうが、それ以外にも奴を警戒させる何かが必要だ。現状、ドゥフに対して有効な攻撃を持っているのはアーキダハラだけであり、それゆえ奴は俺になど見向きもせずアーキダハラに攻撃を続けている。

 だが、俺が持つ魔法の中に、魔法で構成された生物にダメージを与えられるものは存在しない。特にドゥフのような、決まった形の存在しない精霊に対しては、俺の魔法は致命的に相性が悪かった。

 ならばどうやって奴に俺を警戒させるべきか。ひとつ単純なことを言うのならば、奴の攻撃を阻害するのが良いだろう。ダメージを与えられずとも、攻撃を邪魔されれば奴も俺を見るはずだ。

 幸いにも、俺の最も得意とする魔法は奴と同じ水系魔法だ。それも、この海域にはあらかじめちょっとした細工を仕込んでいる。

「アーキダハラ、作戦通り今から10秒間魔法攻撃にチェンジだ。その間は俺が持つ!」

 アーキダハラは俺にアイコンタクトを送り、言葉の通り攻撃に転向する。
 空間系魔法で一瞬にしてドゥフの背後に回り、得意の空間切断を喰らわせようというのだ。ダメージにはならないが、奴の形を崩すことができる。

 しかしアーキダハラの情報にもあったように、ドゥフはやはり達人だ。
 目線なのか、身体の動きなのか、いったいどこからそれを感知したのかは分からないが、ドゥフはアーキダハラが転移するよりも先に拳を振っていた。

 アーキダハラの空間転移は、言わずもがな目に見えるはずはない。超スピードなどではなく、真にゼロ秒で移動が可能なのだ。ゆえに、未来予知でもできなければこれに対抗することはできない。速度の限界を突破しているのだ。

 だが、どうやらドゥフにはそれに近しいことが出来るようだ。その理屈はまったくわからない。だが、事実ドゥフはアーキダハラの動きに反応できている。

 このままではアーキダハラの顔面が潰される。そんなところまで奴の拳が接近した瞬間、不自然にドゥフの右腕が切断された。まだアーキダハラの空間切断は届いていない。けれどドゥフの拳は、もうアーキダハラを貫くことは出来なかった。

 そして即座に、アーキダハラは無防備の背中に向けて空間切断を放つ。
 ドゥフの上体と下体が真っ二つに分かれ、そのまま海を漂ったのだ。さしものドゥフも、これには驚愕の表情を隠せていない。

「いったい、どういうことだ! 何故俺の腕が切断されたのだ!」

 あまりに予想外の事態だったのか、ドゥフは激昂しやたらめったらに魔法を放つ。
 精霊というのは理不尽なもので、全身の何処からでも魔法を行使することが可能なのだ。身の危険を感じると、全身から一斉に魔法を放ち外敵を排除する。

 しかし、この水系魔法の悉くさえも、ドゥフの腕と同じように消滅していく。
 今度もまた、アーキダハラの魔法ではない。彼は再度攻撃を狙い、少し離れたところからドゥフの攻撃が止むのを待っていた。

「この魔力、この気配……。まさか、貴様ニーズベステニー、何かやっているな!? この海域に何をしたのだ! 精霊同士の戦いに魔獣ごときが水をさしおって、絶対に許さんぞ! 貴様はアーキダハラを殺してからにと思っていたが、それは止めだ! 貴様から殺してくれる!」

 ……思った以上に、ドゥフは激昂してくれていた。よほど、精霊同士の戦いを神聖視していたのだろう。彼にとって、アーキダハラとの闘争は他にないものだったのだ。

 だが、その感覚は俺には分からない。奴はまだ、自分が個人であるとでも思っているんだろう。実際はまったく違う。奴は一国の主であり、この戦いは小規模ではあるが、戦争の一部なのだ。その中に、決闘のような形式は必要ない。ただ敵を殺すのみだ。

 ドゥフは次々に魔法を放ってくる。水の刃、弾丸、圧力の壁など実に多彩な魔法を用いているが、そのどれもが俺に近づくことさえできなかった。ドゥフの肉体から離れた瞬間、その魔法は消滅していくのだ。

 そしてその隙に、アーキダハラが再び転移し今度は頭部を切断する。
 魔法に集中していて身体を戻すことすら億劫にしていたドゥフは、もう上半身から頭さえも外れてしまった。生首から魔法を放つその姿は、異様そのものである。

「……ちょっとかわいそうだから、答え合わせをしてやるよ。俺の体液さ。この海域には、一日掛けて俺の体液を充満させておいた。その全てに、俺が所有権を持つ魔力が含まれている。流石のお前も、これを覆すことはできないだろう」

 魔力というのはもちろん筋肉や内臓に蓄積されていくが、体液にも当然含まれているのだ。そして、体液は筋肉などとは違い治癒魔法で作り出すことが容易である。ゆえに、たった一日でこの海域を操るのに充分な割合を分泌することができた。

 これを手伝ってもらいたいがために、わざわざ逸れたメルビレイを探しに行ったのだ。メルビレイの圧力砲は、効率よく体液を出すことができる。今の俺にとってメルビレイとは、単体ならばその程度の存在である。

「前の戦闘ではお前から水の制御権を完全に奪うことはできなかったが、この海域なら俺の方が制御権が上だ。お前が操れる海水は、この場には一ミリリットルだって存在しないのさ! そして、淡水の魔法的比重は海水に劣る!」

 そう、海の魔獣が大河や湖の魔獣よりも強いのは、まさにこのためである。
 魔法で生み出す淡水は、魔法で生み出す海水に貫かれる。生息域が違えば当然魔法の性質も変わるものだが、これがあるために海の魔獣は強いのだ。

 そして、水の精霊ヴァダパーダ=ドゥフは淡水を操る。海で、それも俺の魔力が充満するこの海域でならば、奴の魔法も目に見えて弱体化するのだ。

「周囲にある水を利用するのと、魔法で水を作り出しそれを利用するのとでは訳が違う。なるほど、俺は貴様ら相手に魔力を節約しようとしていたから、逆にそこを突かれて辛酸をなめたのか。ならば、もう出し惜しみなどせんぞ!」

 状況の不利など無視して、ドゥフは魔法を練る。一から魔法で水を作り出し、それを撃ちだそうというのだ。

「喰らえタイタンロブスター。水の精霊が水中系最強ということを見せつけてやる。マディストリームッ!!」

 ドゥフから放たれる超強力な水圧の嵐。それは俺の魔法で弱体化していようとも、なお無類の強さを発揮するものであった。水中で見ると、メルビレイの圧力砲などとは比べ物にならない重圧である。

「ゲートッ!」

 俺は即座にゲートを生み出し、奴の攻撃を別の場所へと移動させていく。この魔法はどれほど強力な魔法であっても関係なく防げるため、非常に重宝している。しかしその分、消耗はすさまじく多い。元々俺は空間系の魔力の割合が少ないが、それが既に尽きようとしていた。アーキダハラも、連続では転移できない様子である。

「……おっまたせ~ッ! 一仕事終わらせてきたよ~!」

 突如、ドゥフから放たれていた水流の嵐が消滅する。瞬間移動と見紛うほどのスピードでドゥフの顔面を殴り飛ばした、ウチョニーの乱入によって。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

溺愛兄様との死亡ルート回避録

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...