※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
71 / 84
第二章 アストライア大陸

第七十話 海の支配者

しおりを挟む
 ウチョニーの巨大な鋏によって弾かれたドゥフは、そのまま海域の深くまで移動する。
 下半身は未だ彼の身体を離れ、上半身と首の皮一枚繋がった頭部だけの状態であった。あれでは、今すぐ全身を再生させるのは不可能だろう。

「ナイスタイミングだ、ウチョニー! アーキダハラ、いったん離れてお前は体力を回復させろ。その間は、俺とウチョニーが奴の相手をする。お前は奴を絶命させられる貴重な人材だからな。出し惜しみして悪いことはない」

 ウチョニーの乱入とともにアーキダハラを後退させる。彼の持つ吸魔魔法でなければ、ドゥフを真の意味で殺すことが出来ないからである。奴の肉体は魔力で構成されており、表面上の物体を壊すだけでは意味がない。

 しかしこの吸魔の魔法というのは、全ての魔力を吸い尽くすのにかなりの時間が掛かる。ドゥフほど強力な精霊ならば、丸一日掛かってしまうかもしれない。
 だからまずは、俺たちの体力が続く限り奴と戦闘する。そして魔力を充分に使わせてから、動きを完全に拘束した状態で殺すのだ。

 ドゥフが下半身のもとへ向かって移動するのに対し、ウチョニーはそれを阻害するように攻撃を仕掛ける。アーキダハラのように空間転移ができるわけではないが、それに等しいほどの移動能力を彼女は持っていた。

「まったく、本当にウチョニーの魔力量には驚かされるよ。さっきスターダティルにほとんど渡してきたはずなのに、まだあんな動きができるほど余裕がある。師匠と同等程度の魔力を持ってるってのは、あながち間違いじゃないな」

 アストライア族最強の魔術師ムドラスト。彼女は、本人談によると7日間全力で戦闘を続けられるほどの魔力を持っているらしい。軽く計算したが、彼女の体積からしてまあ不可能な量の魔力を持っていることになる。

 しかし、ウチョニーを見ているとそれも現実味を帯びてくるのだ。何せ、彼女が魔力不足に陥っているところを見たことがない。今も、無属性魔力爆発を使ったにもかかわらず、あれほどドゥフを翻弄できる。

 ドゥフも超人的な反応速度で反撃しようと試みているが、その拳はウチョニーには届かない。彼女はアーキダハラのように停止しているのではなく、常に移動し続けているのだ。ドゥフの拳など届くはずもなかった。

 また、ドゥフが遠距離攻撃魔法を放つが、ウチョニーが少し後ろに回避すれば、俺の乗っ取りが間に合ってしまう。ドゥフが生み出した淡水の魔法など、俺の支配領域では通用しない。制御権はずっと格下になる。

 ウチョニーの鋭い鋏が奴の身体を切断し、また鬼のように器用な節足が奴の全身を細かくバラバラにしていく。その間、ドゥフの攻撃は一発りとも当たりはしない。圧倒的で一方的な戦闘。充分に作戦を練りそれに見合った実力があれば、水の精霊などこの程度だ。

 ただ、ひとつ問題点を言うとするのならば、ウチョニーと違って俺の魔力は無限ではない。彼女のように何も考えず振り回すことが出来ないのだ。
 しかし、その部分も既に解決済みである。まあ、メルビレイの死体を有効活用しただけのことではあるが。

「く、クソが。三対一など卑怯だとは思わないのか! 誇り高き海の支配者が聞いてあきれるぞ! それに、森の精霊がどうして水中でこんなにも戦えるのだ。貴様ら小細工をしおって。正々堂々真正面から戦え!」

「誇り高き海の支配者? おいおい、水の精霊ともあろう者が、俺たちタイタンロブスターの口上を知らないのか? 『我、汝を災害と認定する。ゆえに、総力を持って排除せん!』。俺たちタイタンロブスターは元々弱い生物だからな、徒党組んで強い奴をぶっ殺すのさ。卑怯? 生き抜くために手に入れた力だ。これこそ誇りに思っているとも」

 口上は年月が経ち変形しつつあるが、本来はこれが正解だ。災害級の魔獣や外敵相手に、タイタンロブスターの総力をもって排除する。集団でなければ敵わないからこそ、俺たちタイタンロブスターは群れを大切にし、集団戦闘を磨くのだ。

 メルビレイの群れが現れたときもそう。族長ムドラストと英雄アグロムニーの一声で、近辺の別の部族までもが駆けつけてくれた。超広大な領地を持つアストライア族内外のあらゆる戦士が、たった一日のために集結したのだ。これこそ、タイタンロブスターの誇りある戦い方である。

「まあ、群れでの戦闘という意味だとメルビレイも相当強かったけどな。アイツらから学ぶべきことは多かった。そして利用するべき技術も。……例えばこれとかな。遺魂の導き、verメルビレイ」

 瞬間、尽きる寸前であった俺の魔力が再び流動性を増していくのを感じた。
 この海域には、実は俺以外の魔力も充満している。それが、俺の体内に流れ込んでくるのだ。

 まあ、俺以外の魔力と言ってもひとつしかないだろう。そう、メルビレイの魔力だ。
 メルビレイ襲来時に海龍クーイクが倒したメルビレイの血液は、巨大な結晶となってアストライア族に置いてあったのだ。それを、一応族長の許可を得て持ち出し、その一部から魔力を取り出してこの海域に巻いておいた。

 昨日のうちにウチョニーから魂臓手術を受けた俺とスターダティルは、メルビレイなどが持つ特殊な魔法、群体魔法を扱えるようになっている。それを用いれば、水系の魔力だけはほぼ無尽蔵に扱うことが出来る。

 この魔力がメルビレイから発生している以上、この群体魔法を使わずに利用することはできない。魂臓が外部からの魔力を受け付けないからだ。基本的に、異なる生物から発生した魔力を魂臓は制御しない。

 ではスターダティルが利用しているのはどういう理屈かと言うと、簡単な話だ。彼にはウチョニーの魂臓の一部を移植している。彼は今、プロツィリャント、メルビレイ、タイタンロブスターの三種類の魔力を受け付けることができるのだ。裏切者の名に相応しい。

「な、なんだその魔法は!? 当たりに漂う不快な魔力が、全て奴に集結している。まさか、この水から奴は魔力を補充することが出来るのか! なんと理不尽な魔法を持っているものだ。だが、そうであるならば俺にも考えがあるぞ!」

 ドゥフは聡い男だ。パワータイプに見えて、意外にも知的に立ち回ることが出来る。
 今だってそうだ。奴はすぐにこの魔法の正体を看破して見せた。群体魔法を持っている魔獣は地上になどほとんどいないというのに。

 しかし、いったい何をするつもりなんだ。奴の魔法では俺に通用しない。メルビレイ数百匹の魔力が続く限り、水系魔法であれば俺は無尽蔵に放つことが出来るのだ。
 それに対し、どうやって対抗するつもりなのか。まさか、水の精霊と言えどメルビレイの群れに匹敵する量の魔力を持っているはずがない。

「理不尽には、こちらも理不尽をぶつけなければならない。闘争というのは、相手の模倣から始まるのだ。濁流魔法、廃滅の嵐アボリションストーム!」

 濁流魔法というのは、水系魔法の分岐だ。大量の水を一度に放つことに長けている。奴の攻撃魔法マディストリームもまた、淡水系最強格の濁流魔法である。
 しかし、廃滅の嵐アボリションストームというのは聞いたことがない。ムドラストからは教わっていない魔法であった。

 ドゥフの身体から、まさに湖をそこに出現させたかのような量の水が放出される。
 地上であれば家屋をなぎ倒し、人間も魔獣もすべからく巻き込んで消滅させているだろう。ともすれば、一文明を崩壊させかねない物量の暴力。

 それは、この海域を充満していた俺の魔力と、メルビレイの無尽蔵の魔力すらも塗り替えていく。海水もほとんどが淡水に薄められ、水の制御権は移り変わってしまった。

「ハハハ、これならばどうしようもないだろう。これが、精霊の力だ! お前が一日かけて準備したものは、魔法の一撃で覆せてしまうのだ! 圧倒的魔力量の前にひれ伏せ!」

 状況は最悪の方向へシフトしてしまった。これから先考えていた作戦も、一時ストップである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

私のアレに値が付いた!?

ネコヅキ
ファンタジー
 もしも、金のタマゴを産み落としたなら――  鮎沢佳奈は二十歳の大学生。ある日突然死んでしまった彼女は、神様の代行者を名乗る青年に異世界へと転生。という形で異世界への移住を提案され、移住を快諾した佳奈は喫茶店の看板娘である人物に助けてもらって新たな生活を始めた。  しかしその一週間後。借りたアパートの一室で、白磁の器を揺るがす事件が勃発する。振り返って見てみれば器の中で灰色の物体が鎮座し、その物体の正体を知るべく質屋に持ち込んだ事から彼女の順風満帆の歯車が狂い始める。  自身を金のタマゴを産むガチョウになぞらえ、絶対に知られてはならない秘密を一人抱え込む佳奈の運命はいかに―― ・産むのはタマゴではありません! お食事中の方はご注意下さいませ。 ・小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 ・小説家になろう様にて三十七万PVを突破。

処理中です...