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第二章 アストライア大陸
第七十一話 勝負師ニーズベステニー
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「ハハハ! 何を恐れることがあったのか、何を臆することがあったのか! そうだ、俺は強い。浅い小細工など弾き飛ばして余りあるほど、俺は強いのだ! 淡水海水の別? 圧倒的魔力量? そんなもの、俺の濁流魔法で全て流しとってくれる! ハハハ!」
凄まじい物量の猛攻。濁流魔法廃滅の嵐は、長い年月を海中で過ごした俺たちすらも吹き飛ばし、この海域を支配していた俺の魔力と、それを支えていたメルビレイの残滓の悉くを洗い流してしまった。
さらに厄介なことに、奴の操る濁流魔法はその多くが淡水系の魔法だ。淡水域では、俺が奴から制御権を奪うことは難しくなる。そもそも、奴が魔法で生み出したこの淡水の制御権は、奴が持っているのだ。それも、自然の水などとは比べ物にならないほど強固な。
「マズいな。この海域における水の制御権をほとんど奪われてしまった。そもそもの魔力量で大きく劣る俺は、この盤面では奴の下位互換でしかない。少々予定より早いが、もう次の作戦に移行するべきか?」
もうこうなっては、メルビレイの魔力を利用した持久戦は続けられない。アーキダハラにトドメを刺してもらう前に少しでも奴の魔力を削っておこうと思ったが、どうやらそんな悠長なことは言っていられないらしいぞ。
メルビレイ数百匹分の魔力を、まさかこんな単純な一手で覆してしまうなど、誰が想像できようものか。
いや、誰もできはしない。この海域にある海水を全て自分の淡水に塗り替えようなど、普通であれば魔力が絶対的に足りないのだ。そんな戦術が実行できるはずはない。ならば、その可能性を考慮しなくて当然だろう。まさか、俺がドゥフの実力を見誤っていたとは。
「フハハ、何故俺は貴様らなどに押されていたのだ。このヴァダパーダ=ドゥフ、数百年の時を生きてなお、俺に勝利した者など片手ほどもいないわ! ただの木っ端ロブスターなど、水中において真に最強であるこの俺に敵うはずがない! 貴様らは若すぎる!」
やはりか、やはりここに来てもまだ、成長の度合いが足りていないのか。
タイタンロブスターに限らず、長い時を生きる生物は皆、年長者の方が強いものなのだ。それは、覆しようのない事実である。
特にタイタンロブスターにおいては、半年に一度脱皮を行い力を手に入れる性質上、若輩者が年長者に敵う道理はない。如何に精強な戦士であっても、隠居暮らしの老人に負けるのが、タイタンロブスターという生き物なのだ。
「もし俺が、父のように1000年の時を生きるタイタンロブスターであったのなら。または、魔法の才能を脱皮ではなく努力で手に入れる精霊種であったのなら……! いや、考えても仕方がない。今は、自分にできることをやるのみだ」
この世界は、とりわけ魔獣や精霊の社会は、年長者が支配するものだ。いつ死ぬのかも定まらない年長者が、いつも人間やそれら弱い生物から搾取して生きている。支配者たろうとするのならば、時を待つ以外に術はないのだ。
しかし、俺にそれはできない。未だなお人間としての感覚を捨てきれない俺には、百年千年という時はあまりに長い。しかし、その時を無視して、俺は絶対の支配者である大英雄アグロムニーを超えようというのだ。ならば、普通になどしていられない!
頭を使え。俺にはそれしかできないのだ。単純に強くなろうなど、そんな時間は残されていない。
強さに近道などないと良く言うけれど、ならば地球に住む人類はどうして支配者たりえるのか。彼らが知恵を磨き、強さに近道という正解を導き出したからだ。
「では行こう。近道はもう、この場所に用意してある。覚悟は決めた!」
判断は早かった。俺は即座に、自らの右腕を切り落としたのだ。
タイタンロブスターにおける右腕とはすなわち、我々の象徴とも呼べるこの大鋏のことである。最大の武器でありながら、また最強の囮でもあるのだ。
俺の大鋏には、他のタイタンロブスターよりも遥かに大量の魔力が含まれている。また、魔法細胞も規格外に多い。切り取った大鋏からは、体液とともに膨大な魔力が溢れだしていた。
「なあ、知ってるか? 恒温動物であるメルビレイの血は、そのにおいでウスカリーニェって最速のサメを呼び寄せるんだ。それも、軍団レベルでな。……ところでこの海にはもう一種類、軍団を作り出す生き物がいるんだぜ? ……ペアーっつうイカなんだけどな」
高笑いを続けるドゥフに向かって俺が言い放つと、ちょうど良いタイミングで上方が輝きだした。ペアーというイカは強力ながら、天敵も多い生き物だ。だから、日中は身体を薄く発光させ、太陽に擬態している。目の悪いウスカリーニェに、これは見破れない。
「ちょっと迷ってたんだぜ、コイツら呼び出すのはさぁ。なんたって、メルビレイの時と違って今度は明確な敵がいない。奴らにとってはな。確実にお前を狙い撃ちしてくれる保証なんてどこにもないんだ。だけど、このままお前に一人勝ちされるよりはいい」
ペアーという生き物を呼び寄せるのは、ウスカリーニェよりもずっと難しい。
彼らは強大な魔力に惹かれて集まるものだが、これが淡水であってはならないし、海水であっても既に魔法として変換されたものには興味を示さない。
彼らが魔力に集まるという性質は、あくまでも体内に保持している状態に尽きるのだ。
しかし俺は、体内にある魔力を隠すすべを身に着けた。一度これを使ってしまうと、存外元に戻すのは難しいものなのだ。だから、より簡単な方法を選択した。簡単な方法というのはそう、大鋏を切り落とすことだな。
それに、この時期ペアーの群れは、本来ならばもっと遠方に行って産卵の準備をする。コイツらが未だにこんな場所で留まっているのは、前に俺が掃討したとき巣に帰っていった分と、メルビレイ襲撃で警戒していた分だ。ここまでの好条件が組み合わさっていなければ、ペアーの群れなど呼び出せはしない。
「貴様ァ! まさかこの土壇場で、共倒れを狙うつもりか!? 絶対に許さんぞ。貴様はこの俺が殺してやる。ただのイカなど、俺の敵ではないわ! いくら数がいようとも、我が濁流魔法の物量に敵うものか!」
ドゥフはそう言い放ち、ペアーの大群に向けて水圧の砲弾を放つ。
濁流魔法を水系でも物量に長けた魔法で、ペアーの大群を容易く押しのけて見せる。しかし先程までと違い四方八方上方下方から迫る攻撃に、無駄な消費も多い。
「ニーズベステニー、俺は充分に休むことができた。集中力も復活している。また奴を直接戦闘ができるぞ。このイカたちに乗じて、こちらも反撃に出よう」
「いんや、もうちょい待ってくれ。まだ下準備が終わってないんだ。このペアーたちは戦力としてじゃなく、殺すために呼び込んだのさ。まあ、分かるだろ? さっきのと同じさ。それに、もう使わない魔力はさっさと消費しないともったいない。電流魔法を使う」
俺の言葉の意味を瞬時に理解したのだろう。アーキダハラは自分の身体を空間魔法の盾で覆う。この水中で電流魔法を使うというのは、つまり全体攻撃を意味するのだ。
ちなみにウチョニーは何もしていない。彼女には電流など意味がないのだ。強力な水生魔獣は、皆独自に電流を無効化する術を持っている。
「何をするかと思えば、今更電流魔法とはな! 完全な純水を作り出せる俺に、電流魔法など無意味だ。そんなものが通用するか!」
「ああ、地上なら意味ないだろうな。だけどよ、海中で電流を放つと面白いことが起こるんだぜ。……水酸化ナトリウム。純水に溶けだし電離を促進する物質だ。コイツ自体もかなりの危険性があるが……お前にとっては前者の方が危険か?」
バタバタと黒焦げになり死んでいくペアーの大群。海水の電離は進み、酸素と水素が泡を立てている。そして発生した水酸化ナトリウムは、電離が進んでいない淡水の方へ。つまり、ドゥフの方へと流れていく。
ドゥフは次々と純水を作り出して対応しているが、はて、俺の電流魔法はかなり強力だ。水中では絶対的威力を発揮する魔法だからな。ムドラストに徹底的に仕込まれた。
その甲斐あって、早くもドゥフを追い詰めている。奴には電流など通用しないはずなのに。
「おっといけない。電気系の魔力は今後使う用事がないが、さて、炎系と土系も使う用事がないな。消費しておかないと、もったいないぞ」
充分に電離が進んだところで俺は岩の天井を作り出し、さらに炎系魔法をがむしゃらに放つ。炎によって酸素と水素が急激な反応を生み出し、その圧力は岩の天井によって跳ね返った。
辺りから、再び海水が消滅する。
凄まじい物量の猛攻。濁流魔法廃滅の嵐は、長い年月を海中で過ごした俺たちすらも吹き飛ばし、この海域を支配していた俺の魔力と、それを支えていたメルビレイの残滓の悉くを洗い流してしまった。
さらに厄介なことに、奴の操る濁流魔法はその多くが淡水系の魔法だ。淡水域では、俺が奴から制御権を奪うことは難しくなる。そもそも、奴が魔法で生み出したこの淡水の制御権は、奴が持っているのだ。それも、自然の水などとは比べ物にならないほど強固な。
「マズいな。この海域における水の制御権をほとんど奪われてしまった。そもそもの魔力量で大きく劣る俺は、この盤面では奴の下位互換でしかない。少々予定より早いが、もう次の作戦に移行するべきか?」
もうこうなっては、メルビレイの魔力を利用した持久戦は続けられない。アーキダハラにトドメを刺してもらう前に少しでも奴の魔力を削っておこうと思ったが、どうやらそんな悠長なことは言っていられないらしいぞ。
メルビレイ数百匹分の魔力を、まさかこんな単純な一手で覆してしまうなど、誰が想像できようものか。
いや、誰もできはしない。この海域にある海水を全て自分の淡水に塗り替えようなど、普通であれば魔力が絶対的に足りないのだ。そんな戦術が実行できるはずはない。ならば、その可能性を考慮しなくて当然だろう。まさか、俺がドゥフの実力を見誤っていたとは。
「フハハ、何故俺は貴様らなどに押されていたのだ。このヴァダパーダ=ドゥフ、数百年の時を生きてなお、俺に勝利した者など片手ほどもいないわ! ただの木っ端ロブスターなど、水中において真に最強であるこの俺に敵うはずがない! 貴様らは若すぎる!」
やはりか、やはりここに来てもまだ、成長の度合いが足りていないのか。
タイタンロブスターに限らず、長い時を生きる生物は皆、年長者の方が強いものなのだ。それは、覆しようのない事実である。
特にタイタンロブスターにおいては、半年に一度脱皮を行い力を手に入れる性質上、若輩者が年長者に敵う道理はない。如何に精強な戦士であっても、隠居暮らしの老人に負けるのが、タイタンロブスターという生き物なのだ。
「もし俺が、父のように1000年の時を生きるタイタンロブスターであったのなら。または、魔法の才能を脱皮ではなく努力で手に入れる精霊種であったのなら……! いや、考えても仕方がない。今は、自分にできることをやるのみだ」
この世界は、とりわけ魔獣や精霊の社会は、年長者が支配するものだ。いつ死ぬのかも定まらない年長者が、いつも人間やそれら弱い生物から搾取して生きている。支配者たろうとするのならば、時を待つ以外に術はないのだ。
しかし、俺にそれはできない。未だなお人間としての感覚を捨てきれない俺には、百年千年という時はあまりに長い。しかし、その時を無視して、俺は絶対の支配者である大英雄アグロムニーを超えようというのだ。ならば、普通になどしていられない!
頭を使え。俺にはそれしかできないのだ。単純に強くなろうなど、そんな時間は残されていない。
強さに近道などないと良く言うけれど、ならば地球に住む人類はどうして支配者たりえるのか。彼らが知恵を磨き、強さに近道という正解を導き出したからだ。
「では行こう。近道はもう、この場所に用意してある。覚悟は決めた!」
判断は早かった。俺は即座に、自らの右腕を切り落としたのだ。
タイタンロブスターにおける右腕とはすなわち、我々の象徴とも呼べるこの大鋏のことである。最大の武器でありながら、また最強の囮でもあるのだ。
俺の大鋏には、他のタイタンロブスターよりも遥かに大量の魔力が含まれている。また、魔法細胞も規格外に多い。切り取った大鋏からは、体液とともに膨大な魔力が溢れだしていた。
「なあ、知ってるか? 恒温動物であるメルビレイの血は、そのにおいでウスカリーニェって最速のサメを呼び寄せるんだ。それも、軍団レベルでな。……ところでこの海にはもう一種類、軍団を作り出す生き物がいるんだぜ? ……ペアーっつうイカなんだけどな」
高笑いを続けるドゥフに向かって俺が言い放つと、ちょうど良いタイミングで上方が輝きだした。ペアーというイカは強力ながら、天敵も多い生き物だ。だから、日中は身体を薄く発光させ、太陽に擬態している。目の悪いウスカリーニェに、これは見破れない。
「ちょっと迷ってたんだぜ、コイツら呼び出すのはさぁ。なんたって、メルビレイの時と違って今度は明確な敵がいない。奴らにとってはな。確実にお前を狙い撃ちしてくれる保証なんてどこにもないんだ。だけど、このままお前に一人勝ちされるよりはいい」
ペアーという生き物を呼び寄せるのは、ウスカリーニェよりもずっと難しい。
彼らは強大な魔力に惹かれて集まるものだが、これが淡水であってはならないし、海水であっても既に魔法として変換されたものには興味を示さない。
彼らが魔力に集まるという性質は、あくまでも体内に保持している状態に尽きるのだ。
しかし俺は、体内にある魔力を隠すすべを身に着けた。一度これを使ってしまうと、存外元に戻すのは難しいものなのだ。だから、より簡単な方法を選択した。簡単な方法というのはそう、大鋏を切り落とすことだな。
それに、この時期ペアーの群れは、本来ならばもっと遠方に行って産卵の準備をする。コイツらが未だにこんな場所で留まっているのは、前に俺が掃討したとき巣に帰っていった分と、メルビレイ襲撃で警戒していた分だ。ここまでの好条件が組み合わさっていなければ、ペアーの群れなど呼び出せはしない。
「貴様ァ! まさかこの土壇場で、共倒れを狙うつもりか!? 絶対に許さんぞ。貴様はこの俺が殺してやる。ただのイカなど、俺の敵ではないわ! いくら数がいようとも、我が濁流魔法の物量に敵うものか!」
ドゥフはそう言い放ち、ペアーの大群に向けて水圧の砲弾を放つ。
濁流魔法を水系でも物量に長けた魔法で、ペアーの大群を容易く押しのけて見せる。しかし先程までと違い四方八方上方下方から迫る攻撃に、無駄な消費も多い。
「ニーズベステニー、俺は充分に休むことができた。集中力も復活している。また奴を直接戦闘ができるぞ。このイカたちに乗じて、こちらも反撃に出よう」
「いんや、もうちょい待ってくれ。まだ下準備が終わってないんだ。このペアーたちは戦力としてじゃなく、殺すために呼び込んだのさ。まあ、分かるだろ? さっきのと同じさ。それに、もう使わない魔力はさっさと消費しないともったいない。電流魔法を使う」
俺の言葉の意味を瞬時に理解したのだろう。アーキダハラは自分の身体を空間魔法の盾で覆う。この水中で電流魔法を使うというのは、つまり全体攻撃を意味するのだ。
ちなみにウチョニーは何もしていない。彼女には電流など意味がないのだ。強力な水生魔獣は、皆独自に電流を無効化する術を持っている。
「何をするかと思えば、今更電流魔法とはな! 完全な純水を作り出せる俺に、電流魔法など無意味だ。そんなものが通用するか!」
「ああ、地上なら意味ないだろうな。だけどよ、海中で電流を放つと面白いことが起こるんだぜ。……水酸化ナトリウム。純水に溶けだし電離を促進する物質だ。コイツ自体もかなりの危険性があるが……お前にとっては前者の方が危険か?」
バタバタと黒焦げになり死んでいくペアーの大群。海水の電離は進み、酸素と水素が泡を立てている。そして発生した水酸化ナトリウムは、電離が進んでいない淡水の方へ。つまり、ドゥフの方へと流れていく。
ドゥフは次々と純水を作り出して対応しているが、はて、俺の電流魔法はかなり強力だ。水中では絶対的威力を発揮する魔法だからな。ムドラストに徹底的に仕込まれた。
その甲斐あって、早くもドゥフを追い詰めている。奴には電流など通用しないはずなのに。
「おっといけない。電気系の魔力は今後使う用事がないが、さて、炎系と土系も使う用事がないな。消費しておかないと、もったいないぞ」
充分に電離が進んだところで俺は岩の天井を作り出し、さらに炎系魔法をがむしゃらに放つ。炎によって酸素と水素が急激な反応を生み出し、その圧力は岩の天井によって跳ね返った。
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