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喜劇を枷に2
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天城(あまじょう)霧(きり)は、完璧な人間だ。
学力や運動神経はもちろんの事。企画性、行動力、対人関係においても模範以上の回答を行う。
間違う事は少なく、正しさを理解している。
その上で彼女は趣味人であり、自身の思い描く趣味に邁進的だ。子供である範疇を超え、高校生の範疇を超えた行動力は周りを認めさせる実力も相まって様々な企画や改革に精を打つ。
その趣味の一つである、水族館や水槽に対する関心は子供の頃から変わらない。
海水や淡水の魚などを育成するアクアリウムは、幼き彼女の心を奪いその趣味に邁進する事を決意する程に、鮮やかなモノだったらしい。毎日足蹴も無く近くの水族館を訪れては、知識を蓄え飼育員を唸らす知識量を獲得した。
アクアリウムマニアとも言うべきか。
名称の候補は様々だが、一つだけ目下の問題で確実に言える事がある。
それは、彼女自身。その趣味に他人を巻き込む場合がある事だ。
「実は、贔屓にしている水族館で新しく淡水魚のコーナーが開設されたんだ。という事で、写真家の後輩ちゃんと其処の暇人を誘い来たという訳なのだが__」
ちらりと一瞥し、彼女は手を頬に沿わせる。
「もちろん、井辻君(きみ)は強制参加だ」
「暇人よりもまともな人がいるとは思うけど?」
「森君も誘ったよ。井辻君と同じ顔をしていたのが残念だ」
「それは脅迫をしているからじゃ?」
天城さんが、自身の趣味に他人を巻き込むことは珍しい。
現状、彼女が水族館へと誘う生贄は、昔馴染みである僕ともう一人の友人。演劇部の部長を務める森(もり)治(おさむ)だけだ。中学からの付き合いである我々三人は、中学時代様々な出来事を起こし学内を騒がせた共犯者であり、現在も良好な関係を続けている。
「私が誘っても、お二人は無下に断るだろう?」
「いやいや。いつも通り従うよ。君が怖いので、逆らうという選択肢がある訳ないだろ?」
昔から変わらない関係の最たるものだ。
社会的である我々は、完璧でありながら行動力を持つ天城(あまじょう)霧(きり)の尻に敷かれ溜息と嘆息を溢しながらその無茶に応えてきた。ある時は笑い、ある時は諦め、ある時は諦めながら彼女の功績の道を辿っていった。
天城さんは中心であり、リーダーである。
そして、森(もり)治(おさむ)はブレーキ役だった。
高校になるにつれて、互いに更なる友人や人間関係の多様さに埋もれながらも、僕らは今でもその関係を続けている。
それ故、僕らは腐れ縁という奴だ。
「一月の時もそうだったよ、思えばの話だが。君達は私のいう事を聞いてくれない酷すぎるお友達だ。であるからして、お仕置きが必要だと思うのだが……。今度の文化祭、メイド喫茶というのはどうだろうか?」
「__女装メイドの話は止めてくれ……」
「正解。良く分かったね」
「……まあ、別にいいですがね。僕はカメラが苦手だよ_?」
「女装の話かな?」
「水族館の話だよ!」
題材の為に背景を撮る事はあるが、人を撮影する事は無かった。
故に人を取るのが苦手であり、写真部としては失格である事は身に染みている。
そして人の気も知らずといった風に、彼女は嫌に清々しい笑顔で聞いてくる。
「井辻君は何部なのかな?」
煽りを含めた其れに、此方も煽りを含めて答えた。
後輩君はあきれた顔でこちらを見て居た。
「写真部だろうとカメラが苦手な人は居るよ。物書き以外、何もできない凡人に期待はしないで欲しいって話ですよ。お嬢様」
「では、ボディーガードというのはどうでしょうか?先輩」
「__じゃあ、サングラスと正装で集合だね」
「そうだな。お嬢様をエスコートするようにお願いだ。美女二人のエスコートだぞ?嬉しさで咽び泣くなよ?」
故に、僕らの間で冗談は尽きない。
それが僕らの関係であり、仲なのだから。
「感激極まって、涙が止らないな」
故に、飛躍的な表現に含まれるのだろう。
何時の間にやら時刻は五時を回り、日差しが傾きかけてきた頃となる。
クーラーの風に当たりながら伸びているハムスターと、その飼い主のような関係である後輩君はチケットを眺めている。
先程、手紙が差し入れていた封筒にはどうやらチケットも同封していたらしい。
明後日の日程と見覚えある水族館の名前が記されていた。天城さんは補給物資とやらを渡した後、少しばかり涼ませてほしいと教員の椅子を一つ借りる。背もたれが付いたそれに、まるで女王の如く恰好を決めながら不敵に笑う天城さん。
僕は、心無い一言を述べる。
「本当に涼みに来たんですね。暇人様」
「ふふん、それはそうですとも。私は頭がいいので、涼ませていただくのさ。私のコネを最大限に利用した私なりの結果で、夏の暑さを快適に過ごさせていただくよ」
天城さんの脳内では、罵倒を受け付けないようだ。
「では、当日。七時頃集合だ。2人とも遅れないでくれよ?」
適当な会話のこなした後、天城さんは話を切り上げ廊下へと進んだ。
同封されていた水族館のチケットは二つ。
残された部員は二人。何も起こる事は無く、互いに目を合わせて僕だけが肩を上げる。
分からない。意味不明といった意味だが、その様子に後輩君は笑みをこぼした。
先輩たちは面白いと、後輩君は笑っていた。
其の言葉に、僕が含まれているのは直ぐに分かった。
僕らは漫才師ではない。天城さんがおかしいのだと声を大にして唱えたいのを我慢し、僕は水槽へ向かう。
多少の魚が泳いでいる其処に、僕は何時ものようにペット用の餌を投入しカバンを肩に掛けた。
校内放送が鳴り、学生諸君は六時の為速やかに下校するようにと教員の声が響く。それに倣うように後輩君も同じように荷物を纏め、ノートパソコンだけを机に戻した。
アクアリウムの側にある我が家に、後輩君を愛するハムスターは帰される。
静けさの中、アクアリウムに際限なく流れる水泡が流れる。
自身の担当である水槽に餌を投入しながら、後輩君はふと尋ねる。
「カメラマンとして雇うという意味なんでしょうかね?」
「あの水族館はご贔屓にしているからね。
大方、生徒主導の学科で紹介するための撮影じゃないかな?彼女。選択科目CM作成だから、この街の水族館をメインとした街哨戒のCM作っているって言ってたし、それに使うのかもね」
「__これは、賄賂という事ですかね?」
備品という話であり、個人的な私物であるというのなら。__まあ、そういう解釈も通るのか?触らぬ神に祟りなしという事で、僕自身は手を付けるつもりはないけれど。
「多分、そうだろうね。僕ら文化祭ではコーヒー挽く予定だし」
今の所、喫茶店で清涼飲料水を出す予定はない。
段ボール箱を日陰の隅に片し、クーラーはそのままで準備室を出る。息苦しい程の熱気が、今までいた空間のありがたさを伝え、暁が沈む光景が窓辺の街を鮮明に映していた。窓を閉めた後輩はソレを早く帰すようにとカギを投げる。
職員室位付き合えと答えると、後輩君は、仕方がないとまんざらでもなさそうに答えた。
「それにしても、__嵐のような人でしたね」
「アレはサイクロンって感じだけどね」
「先輩。同じですよ?」
「目に見える災害って事だよ。後輩君」
「災害_か」
職員室にて、何時も通り仕事に励む教諭に、鍵を渡すついでにクーラーは何時も通り稼働中だと伝えつつ帰路へと向かう。
「後輩君。幻滅した?」
「確かに奇抜な方ではありましたけど、幻滅もしてません。何より、先輩がこんなに楽しそうなのはうれしい限りです。……ホント、ズルいですよね」
我が後輩君も、天城さんの虜の一人らしい。
だが、しかし。何がズルいのかは理解に苦しむ。
アレに数年付き合っている此方の身になって欲しいモノだ。
「君の憧れも、相当だね」
「__そうでしょうか?憧れるのは普通ですよ」
完璧であり。模範的である故に、天城(あまじょう)霧(きり)にあこがれる人間が多いのは当然だろう。欠点が無い人間は存在しないが、そう見える人間は実在する。それゆえに、幻想の様に高く見られる人間も又、存在する。
天城霧は完璧な人間であるが、好奇心という欠点を持っている。
それは、天城さんが持つ最大の弱点であり、最大の良さでもある。
それは、人に対しての信頼だ。天城さんに人間らしさがある証拠でもある。
「それにしても、水族館__ですか」
「行ったことある?青島水族館」
「子供の頃に、は。確か、トンネル型の……。アシカが凄い印象に残ってます」
しみじみと思い出すように後輩君はそう吐いた。
廊下を曲がり、玄関を抜けると暁に彩られる町並みが眼下の先に続いている。
その水族館では水生の哺乳類が特に人気であり、アシカ達が活躍するショーは水族館の目玉でもある。更に、アシカが泳ぐ水槽はトンネルの様に様々な角度からアシカ達の姿を見る事が出来る為、遠方からその光景を移そうとする人々でにぎわう事が多い。
彼女の思い出ある光景は変わりなく、今も鮮明に人々を楽しませている訳だ。
「僕は知らないのですが、__あの水族館、カメラを持ち込むのはどうなのですかね?」
「特に言及はされてない所は大丈夫だよ?大体、撮影禁止の所はその胸の表示はきちんとしてあるしね。深海展示の場所とか特にフラッシュ禁止とかって、普通に書いてある所はあるし」
「……ああ。そういえば、動物園とかでもありますよね?」
写真や動画を取るというのなら和やかな時間帯でない方がいいと、後輩君は笑って言った。
「そうそう。写さないで欲しいとかそういう旨が書いてあるはずだし。まあ、水族館の多くはそんな事ないから大丈夫だよ。__動画は知らないけど」
途切れる事が無い車の往来。
信号が点滅し、染まる夕日に視界が眩む。
それでも言葉は途切れる事は無いが、其の言葉は聞き取り辛い。
「__」
「__?」
「先輩は……」
確かに聞こえたその聲と共に、車道の往来が止まった。
「なに?」
「天城先輩の事、どう思っていますか?」
「どう……とは?」
「もちろん、恋愛的な意味です」
これでは誤魔化す事も出来ない。聞えぬ振りさえできない。
後輩君の言葉は、誤魔化して無くせる物ではないらしい。
「厄介で神出鬼没な隣人__じゃダメ?」
「そう言う話は飽きるほど聞いていますから。それに、先輩、天城先輩の話をする時。まんざらでもなさそうです」
「君の話をする時も大抵同じだと思うよ。本人の前ではそんな話し方はしない」
僕は、誰よりも自分という人間を知っている。
「僕は悪人でも善人でも、それが好む者であるなら語って楽しむよ。それが、小説家という物だ。理想に準じ、理想を美化するのが僕の仕事さ」
「__小説家は、クソだという事ですね」
自分でも認める程には。
屑である事が僕の誇りなのだから。
「せめて夢見がちとでも手直してくれ」
「先輩」
この距離が変わる事は無い。
離れそうで、開きそうで。それでも一定を保った距離。
天城さんとは違い、狭まりも遠のきもしないこの距離を僕らは保っている。
代り映えの無い日常はどうにも変わらないようだ。
「__まあ、ね。今は、友人で腐れ縁だ。でも、恋仲という訳じゃない。一度、思いを伝えた事はあるけどね」
「ふられちゃったんですか?」
「ああ。当たり前のことだとは僕も思う。彼女は何時だって天才だ。それに対して、僕は語彙力のある一般人だった。あの頃。僕には何もなかった。
余計な事が詰まっただけの本棚だったからね。あの頃は。
彼女がこの学校を変えたように、僕は彼女に変えられた。彼女は僕をつまらないと思っているだろう。僕は彼女の思い通りに変わっただけだんだよ。
僕が小説家として才能を持ったのはその為だ。
僕は、天城さんが認める作品を書いていない。たった一度も。いや、僕の人生、そのほとんどが彼女の作品であると言っても過言ではないんだ」
「先輩は、天城先輩に認められたいのですか?」
「__。僕が書いているのは凡作だけだし。辻褄があっているだけ、認められているのは、代り映えの無い本物には勝さることはない。真似事の贋作だ」
何処までも紅である夕日は、いつの間にか色を失うだろう。
「__先輩の話は、贋作ではありません。僕が好きな物語です。先輩、過剰評価は嫌われますが、自己を認める事が出来ない作家は、浅はかなだけですよ?」
後輩君は、この書籍を唯一理解してくれる人間だ。
だが、僕が書く理由を理解しているかどうかは分からない。
天城さんという理由を、大きく塗りつぶしてくれたのは他でも無い彼女である事に感謝している。
読者が一人でも望むのなら、僕は書き続けなければならないのだろう。
後輩君が認めてくれる限り、僕は作品を作り続けたいと思えるのだから。
「後輩君は厳しいな」
「僕は厳しく先輩を叱りますよ。僕は先輩の作品を愛していますから……。__って言うと、告白のように聞こえますか?」
「心中相手は、君のような理解者がいいのかもね?」
僕は小説家であり、物書きである。
演劇部等に作品を提供するのを趣味とし、仕事として両立している。
僕の書跡が途切れる事は無い。
天城(あまじょう)霧(きり)は、僕が作品を作るきっかけであり。
太宰梓(だざいあずさ)は、作品を続ける理由だった。
僕は、そんな彼女に嘘を付いている。
学力や運動神経はもちろんの事。企画性、行動力、対人関係においても模範以上の回答を行う。
間違う事は少なく、正しさを理解している。
その上で彼女は趣味人であり、自身の思い描く趣味に邁進的だ。子供である範疇を超え、高校生の範疇を超えた行動力は周りを認めさせる実力も相まって様々な企画や改革に精を打つ。
その趣味の一つである、水族館や水槽に対する関心は子供の頃から変わらない。
海水や淡水の魚などを育成するアクアリウムは、幼き彼女の心を奪いその趣味に邁進する事を決意する程に、鮮やかなモノだったらしい。毎日足蹴も無く近くの水族館を訪れては、知識を蓄え飼育員を唸らす知識量を獲得した。
アクアリウムマニアとも言うべきか。
名称の候補は様々だが、一つだけ目下の問題で確実に言える事がある。
それは、彼女自身。その趣味に他人を巻き込む場合がある事だ。
「実は、贔屓にしている水族館で新しく淡水魚のコーナーが開設されたんだ。という事で、写真家の後輩ちゃんと其処の暇人を誘い来たという訳なのだが__」
ちらりと一瞥し、彼女は手を頬に沿わせる。
「もちろん、井辻君(きみ)は強制参加だ」
「暇人よりもまともな人がいるとは思うけど?」
「森君も誘ったよ。井辻君と同じ顔をしていたのが残念だ」
「それは脅迫をしているからじゃ?」
天城さんが、自身の趣味に他人を巻き込むことは珍しい。
現状、彼女が水族館へと誘う生贄は、昔馴染みである僕ともう一人の友人。演劇部の部長を務める森(もり)治(おさむ)だけだ。中学からの付き合いである我々三人は、中学時代様々な出来事を起こし学内を騒がせた共犯者であり、現在も良好な関係を続けている。
「私が誘っても、お二人は無下に断るだろう?」
「いやいや。いつも通り従うよ。君が怖いので、逆らうという選択肢がある訳ないだろ?」
昔から変わらない関係の最たるものだ。
社会的である我々は、完璧でありながら行動力を持つ天城(あまじょう)霧(きり)の尻に敷かれ溜息と嘆息を溢しながらその無茶に応えてきた。ある時は笑い、ある時は諦め、ある時は諦めながら彼女の功績の道を辿っていった。
天城さんは中心であり、リーダーである。
そして、森(もり)治(おさむ)はブレーキ役だった。
高校になるにつれて、互いに更なる友人や人間関係の多様さに埋もれながらも、僕らは今でもその関係を続けている。
それ故、僕らは腐れ縁という奴だ。
「一月の時もそうだったよ、思えばの話だが。君達は私のいう事を聞いてくれない酷すぎるお友達だ。であるからして、お仕置きが必要だと思うのだが……。今度の文化祭、メイド喫茶というのはどうだろうか?」
「__女装メイドの話は止めてくれ……」
「正解。良く分かったね」
「……まあ、別にいいですがね。僕はカメラが苦手だよ_?」
「女装の話かな?」
「水族館の話だよ!」
題材の為に背景を撮る事はあるが、人を撮影する事は無かった。
故に人を取るのが苦手であり、写真部としては失格である事は身に染みている。
そして人の気も知らずといった風に、彼女は嫌に清々しい笑顔で聞いてくる。
「井辻君は何部なのかな?」
煽りを含めた其れに、此方も煽りを含めて答えた。
後輩君はあきれた顔でこちらを見て居た。
「写真部だろうとカメラが苦手な人は居るよ。物書き以外、何もできない凡人に期待はしないで欲しいって話ですよ。お嬢様」
「では、ボディーガードというのはどうでしょうか?先輩」
「__じゃあ、サングラスと正装で集合だね」
「そうだな。お嬢様をエスコートするようにお願いだ。美女二人のエスコートだぞ?嬉しさで咽び泣くなよ?」
故に、僕らの間で冗談は尽きない。
それが僕らの関係であり、仲なのだから。
「感激極まって、涙が止らないな」
故に、飛躍的な表現に含まれるのだろう。
何時の間にやら時刻は五時を回り、日差しが傾きかけてきた頃となる。
クーラーの風に当たりながら伸びているハムスターと、その飼い主のような関係である後輩君はチケットを眺めている。
先程、手紙が差し入れていた封筒にはどうやらチケットも同封していたらしい。
明後日の日程と見覚えある水族館の名前が記されていた。天城さんは補給物資とやらを渡した後、少しばかり涼ませてほしいと教員の椅子を一つ借りる。背もたれが付いたそれに、まるで女王の如く恰好を決めながら不敵に笑う天城さん。
僕は、心無い一言を述べる。
「本当に涼みに来たんですね。暇人様」
「ふふん、それはそうですとも。私は頭がいいので、涼ませていただくのさ。私のコネを最大限に利用した私なりの結果で、夏の暑さを快適に過ごさせていただくよ」
天城さんの脳内では、罵倒を受け付けないようだ。
「では、当日。七時頃集合だ。2人とも遅れないでくれよ?」
適当な会話のこなした後、天城さんは話を切り上げ廊下へと進んだ。
同封されていた水族館のチケットは二つ。
残された部員は二人。何も起こる事は無く、互いに目を合わせて僕だけが肩を上げる。
分からない。意味不明といった意味だが、その様子に後輩君は笑みをこぼした。
先輩たちは面白いと、後輩君は笑っていた。
其の言葉に、僕が含まれているのは直ぐに分かった。
僕らは漫才師ではない。天城さんがおかしいのだと声を大にして唱えたいのを我慢し、僕は水槽へ向かう。
多少の魚が泳いでいる其処に、僕は何時ものようにペット用の餌を投入しカバンを肩に掛けた。
校内放送が鳴り、学生諸君は六時の為速やかに下校するようにと教員の声が響く。それに倣うように後輩君も同じように荷物を纏め、ノートパソコンだけを机に戻した。
アクアリウムの側にある我が家に、後輩君を愛するハムスターは帰される。
静けさの中、アクアリウムに際限なく流れる水泡が流れる。
自身の担当である水槽に餌を投入しながら、後輩君はふと尋ねる。
「カメラマンとして雇うという意味なんでしょうかね?」
「あの水族館はご贔屓にしているからね。
大方、生徒主導の学科で紹介するための撮影じゃないかな?彼女。選択科目CM作成だから、この街の水族館をメインとした街哨戒のCM作っているって言ってたし、それに使うのかもね」
「__これは、賄賂という事ですかね?」
備品という話であり、個人的な私物であるというのなら。__まあ、そういう解釈も通るのか?触らぬ神に祟りなしという事で、僕自身は手を付けるつもりはないけれど。
「多分、そうだろうね。僕ら文化祭ではコーヒー挽く予定だし」
今の所、喫茶店で清涼飲料水を出す予定はない。
段ボール箱を日陰の隅に片し、クーラーはそのままで準備室を出る。息苦しい程の熱気が、今までいた空間のありがたさを伝え、暁が沈む光景が窓辺の街を鮮明に映していた。窓を閉めた後輩はソレを早く帰すようにとカギを投げる。
職員室位付き合えと答えると、後輩君は、仕方がないとまんざらでもなさそうに答えた。
「それにしても、__嵐のような人でしたね」
「アレはサイクロンって感じだけどね」
「先輩。同じですよ?」
「目に見える災害って事だよ。後輩君」
「災害_か」
職員室にて、何時も通り仕事に励む教諭に、鍵を渡すついでにクーラーは何時も通り稼働中だと伝えつつ帰路へと向かう。
「後輩君。幻滅した?」
「確かに奇抜な方ではありましたけど、幻滅もしてません。何より、先輩がこんなに楽しそうなのはうれしい限りです。……ホント、ズルいですよね」
我が後輩君も、天城さんの虜の一人らしい。
だが、しかし。何がズルいのかは理解に苦しむ。
アレに数年付き合っている此方の身になって欲しいモノだ。
「君の憧れも、相当だね」
「__そうでしょうか?憧れるのは普通ですよ」
完璧であり。模範的である故に、天城(あまじょう)霧(きり)にあこがれる人間が多いのは当然だろう。欠点が無い人間は存在しないが、そう見える人間は実在する。それゆえに、幻想の様に高く見られる人間も又、存在する。
天城霧は完璧な人間であるが、好奇心という欠点を持っている。
それは、天城さんが持つ最大の弱点であり、最大の良さでもある。
それは、人に対しての信頼だ。天城さんに人間らしさがある証拠でもある。
「それにしても、水族館__ですか」
「行ったことある?青島水族館」
「子供の頃に、は。確か、トンネル型の……。アシカが凄い印象に残ってます」
しみじみと思い出すように後輩君はそう吐いた。
廊下を曲がり、玄関を抜けると暁に彩られる町並みが眼下の先に続いている。
その水族館では水生の哺乳類が特に人気であり、アシカ達が活躍するショーは水族館の目玉でもある。更に、アシカが泳ぐ水槽はトンネルの様に様々な角度からアシカ達の姿を見る事が出来る為、遠方からその光景を移そうとする人々でにぎわう事が多い。
彼女の思い出ある光景は変わりなく、今も鮮明に人々を楽しませている訳だ。
「僕は知らないのですが、__あの水族館、カメラを持ち込むのはどうなのですかね?」
「特に言及はされてない所は大丈夫だよ?大体、撮影禁止の所はその胸の表示はきちんとしてあるしね。深海展示の場所とか特にフラッシュ禁止とかって、普通に書いてある所はあるし」
「……ああ。そういえば、動物園とかでもありますよね?」
写真や動画を取るというのなら和やかな時間帯でない方がいいと、後輩君は笑って言った。
「そうそう。写さないで欲しいとかそういう旨が書いてあるはずだし。まあ、水族館の多くはそんな事ないから大丈夫だよ。__動画は知らないけど」
途切れる事が無い車の往来。
信号が点滅し、染まる夕日に視界が眩む。
それでも言葉は途切れる事は無いが、其の言葉は聞き取り辛い。
「__」
「__?」
「先輩は……」
確かに聞こえたその聲と共に、車道の往来が止まった。
「なに?」
「天城先輩の事、どう思っていますか?」
「どう……とは?」
「もちろん、恋愛的な意味です」
これでは誤魔化す事も出来ない。聞えぬ振りさえできない。
後輩君の言葉は、誤魔化して無くせる物ではないらしい。
「厄介で神出鬼没な隣人__じゃダメ?」
「そう言う話は飽きるほど聞いていますから。それに、先輩、天城先輩の話をする時。まんざらでもなさそうです」
「君の話をする時も大抵同じだと思うよ。本人の前ではそんな話し方はしない」
僕は、誰よりも自分という人間を知っている。
「僕は悪人でも善人でも、それが好む者であるなら語って楽しむよ。それが、小説家という物だ。理想に準じ、理想を美化するのが僕の仕事さ」
「__小説家は、クソだという事ですね」
自分でも認める程には。
屑である事が僕の誇りなのだから。
「せめて夢見がちとでも手直してくれ」
「先輩」
この距離が変わる事は無い。
離れそうで、開きそうで。それでも一定を保った距離。
天城さんとは違い、狭まりも遠のきもしないこの距離を僕らは保っている。
代り映えの無い日常はどうにも変わらないようだ。
「__まあ、ね。今は、友人で腐れ縁だ。でも、恋仲という訳じゃない。一度、思いを伝えた事はあるけどね」
「ふられちゃったんですか?」
「ああ。当たり前のことだとは僕も思う。彼女は何時だって天才だ。それに対して、僕は語彙力のある一般人だった。あの頃。僕には何もなかった。
余計な事が詰まっただけの本棚だったからね。あの頃は。
彼女がこの学校を変えたように、僕は彼女に変えられた。彼女は僕をつまらないと思っているだろう。僕は彼女の思い通りに変わっただけだんだよ。
僕が小説家として才能を持ったのはその為だ。
僕は、天城さんが認める作品を書いていない。たった一度も。いや、僕の人生、そのほとんどが彼女の作品であると言っても過言ではないんだ」
「先輩は、天城先輩に認められたいのですか?」
「__。僕が書いているのは凡作だけだし。辻褄があっているだけ、認められているのは、代り映えの無い本物には勝さることはない。真似事の贋作だ」
何処までも紅である夕日は、いつの間にか色を失うだろう。
「__先輩の話は、贋作ではありません。僕が好きな物語です。先輩、過剰評価は嫌われますが、自己を認める事が出来ない作家は、浅はかなだけですよ?」
後輩君は、この書籍を唯一理解してくれる人間だ。
だが、僕が書く理由を理解しているかどうかは分からない。
天城さんという理由を、大きく塗りつぶしてくれたのは他でも無い彼女である事に感謝している。
読者が一人でも望むのなら、僕は書き続けなければならないのだろう。
後輩君が認めてくれる限り、僕は作品を作り続けたいと思えるのだから。
「後輩君は厳しいな」
「僕は厳しく先輩を叱りますよ。僕は先輩の作品を愛していますから……。__って言うと、告白のように聞こえますか?」
「心中相手は、君のような理解者がいいのかもね?」
僕は小説家であり、物書きである。
演劇部等に作品を提供するのを趣味とし、仕事として両立している。
僕の書跡が途切れる事は無い。
天城(あまじょう)霧(きり)は、僕が作品を作るきっかけであり。
太宰梓(だざいあずさ)は、作品を続ける理由だった。
僕は、そんな彼女に嘘を付いている。
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