馳せる空に、死体は浮かぶ

四季の二乗

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喜劇を枷に3

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 さて、その帰り道。

 後輩君とは長い付き合いであり、何時も通りの分かれ道で明後日の予定を確認した後の事だ。
 何時も通り別れの言葉と共に、別別の帰路へとつき。僕は一人寂しく明け空へと進もうとした。
 不意に衝撃を受けたのは、その時である。
 気が短い冬とは違い、気長である夏の水平線は下る事を知らないようで__
 嫌に五月蠅い蝉時雨を打ち消すように衝撃を感じた僕は、その相手に対して深く怒りを含めて向き直った。暁を背に、見知いった顔を確認すると、僕はさらに不機嫌な顔を見せつけた。
 
「おい、不埒な野郎。何呑気にデートしていやがる」

 知人の名は、森(もり)治(おさむ)。
 演劇部所属の僕の友人である彼は、一年生の頃からその才能を発揮し、今では演劇部の副部長を任される程の指揮能力と実力を持っている。
 真面目な性格である彼は、”激情”と言われるあだ名を持つ。
 台詞回しも得意としながら、その緩急で放たれる感情の爆発は誰にも追随できぬほどに登場人物の様相を垣間見せ、彼が演じる登場人物はどれもが人気を博していた。
 その人間らしい熱に惹かれるものが後を絶たない。

「不埒な訳が無いに決まっているだろ? 何が悲しくって後輩君とそんな関係になる。僕はいつでも清廉潔白だ」

 おっと、その憐れむ目は何かな?
 と思ったけど如何やら違う。その眼は憐れむというよりも呆れているようで、実際に彼はため息交じりに肩を掴んで揺らす。
 それに身を任せるように頭を振る僕だが、彼の意図が良くよく理解できているのでされるままという訳だ。治が嘆息をつく理由は大抵僕が原因であり。僕自身の正直凄く反省している訳で、その上で罰則としてのシェイクを受けている。

「約束も守れ無んものが純粋を語るなと言っている、破廉恥野郎。原稿はどうした?今日中に終らせるという話は聞いたが、後輩と無駄話に花を咲かせるとは聞いていないぞ?」

 演劇部副部長として、外部委託をした原稿が期限通りに出来なければ演劇部諸君の怒りの矛先が僕になるという訳であり。 
 そんな身を案じ、彼は僕に催促と現行の編集を行っているのだが、一向に届かない現行に対してしびれを切らしているようで実効圧力をかけているという事だろう。

「おい、目を逸らすな。こっちを見てもう一回その顔のままで居ろ」

 __はい。

「言いたい事……あるよな?」

 激昂匂わせる彼の目は、此方の皮膚を焼き付けるような鋭い目線で意図を伝える。

「……ないです」
「あるはずだよな? 俺、言ったはずだよな?」
「僕は__何もないかな?」
「俺は在るんだよ、分かっていると思うけどな? 早く終わらせろと昨日時点で言ってたはずだろ? 家で缶詰するか??」

 徹夜コースならば行けると豪語した後だが、正直それで間に合う気がしないのもまた事実だ。
 世の中には諦めなければならない瞬間がある。
 それは、今である。
 彼は僕の原稿がほとんど進んでいない事を知っている。それは当たり前だ。進行状況を一日単位で催促し、その上で電話やら直接の顔合わせで催促を行っている。
 
 ちなみに、後輩ちゃんに伝えた”手を付けていない”というのは全く事実とは異なる。
 正確には、半数程度は終わっておりプロットも完成してはいるものの、その努力と研鑽にたいして気力がないからだ。

 タイトルが浮かばないというのは、事実にそういないが。

「いや、人に見られると作業効率落ちるからね!」
「誠意を見せろって話だ、この野郎。今日中に終らせるように監視してやるから覚悟しておけ?」

 通行人がある程度いる街道の為、多少音量を押さえながら多少の怒りを吐き出した彼は深い深い溜息をもう一度吐き、カバンを肩に掛け帰路へと進む。
 対して僕はすまなそうに彼の肩を叩くのだが、それに対して治の軽い拳が肩を叩くのは、お説教が続くという意味だ。

「部活帰り? もしかして、ずっと後付けてた? ストーカー?」

 僕は、饒舌に話題を逸らす。

「近所付き合いの延長線って所だ。町内会でいろいろと雑用があってな。若い奴は手伝えと言われて、用事を済ませてた。お前とは違って暇人じゃなくてな。缶詰作業に付き合いたかったがそうもいかないんだよ」
「その割には、水族館デートに励むのではないのですかな?治(おさむ)君や」
「……お前なぁ」

 呆れた表情で、彼はこちらに顔を向ける。
 天城(あまじょう)さんは治に対して、その実力を認めているのは先ほど綴った通りだが、治自身も彼女の感性と実力を認めている。
 しかし、真面目な性格である治は彼女の性格が苦手な様で、彼女からの無茶ぶりに応えるもののその評価は辛口だ。

「あんな魔人と付き合うくらいなら、俺は首を差し出すと言っている筈だが?」

 このような解釈を垂れる程、彼は彼女を苦手としている。

「いや、治君なら逆に首輪をつけて飼いならせるでしょ」
「……無理だろ? 魔人だぞ? 飼いならせるわけがない」
「僕が言うのも何だけど、ペット扱いは雑草が生えるね」
「それこそ、アイツに付き合う奴がペットだろうがな」

 それなら、僕らは昔から飼い犬という事となるな。
 と、本人の前で言う訳でもなく。そんな話を腹の内に仕舞い、話を続ける。

「どうせお前も誘われたんだろ? アイツの事だ。VIPのお嬢様をご所望だとか言い始めるだろうからな」
「それ、言ったの後輩君。天城(あまじょう)さんはサディストだからね。それ位じゃあ妥協しない」
「お前の後輩も中々だな。__つか、本当に何を言われたんだ」

 意味の無い嘘を織り交ぜて、僕は怪しげにこう答えた。

「秘密だよ。治君」

 治は何を答えるでもなく、少し考えに耽る様に手を口元に当てた。
 どうやら何かしらを考えているようだが、見当もつかない僕はスマホを取り出し既読のチェックに勤しもうとした。早ければ後輩君が家に付き、明日の予定に対して聞いてくるかもしれない。
 だが、それは隣人に止められる。
 曰く、歩きスマホは重罪だそうだ。

「で、お前の後輩も来るのか?」
「__何でそう思うの?」

 ついでに言われた言葉に、僕は驚きのあまり聞き返す。
 僕は彼女の話に後輩君の話を織り交ぜておらず、そういった類の話もしていない。一瞬、天城さんが話たのかとも思ったが。其れなら考える時間に辻褄が合わない。
 ……それ以外を考慮していた。という可能性も捨てきれないが。

「暇つぶしの様な選択科目に夢中だと聞いてな。その付き添いにカメラのプロを雇って撮影に勤しむってのはアイツのやりそうな事だ。得意不得意を割り当てるのはアイツの最も得意としている特技だ。
 あいつもカメラにハマった時期があるし、それなりに数はこなしているが、本物には勝てないし写真写りがいい方を選ぶ。技術の価値ってのを分かっている。本物の技術には時間を要すって事だ」
「__成程。まあ、僕の後輩君は特別だからな」

 __どうやら、人を見る目が高い彼は彼女を深く理解していたようだ。

 住宅街を進み、商店街へと入る。
 並ぶ店のほとんどのシャッターが締められ、古びたアーケードが街の年期を教えるように色が剥がれた街の中心。其れでも人通りだけは途切れず、疎らに進み続ける波の一部となりながら。
 珍しい事に、その毒は吐かれた。

「いつもの自己批判はしないのか?」

 自己工程能力が少ない僕は、これに対してこう答える。

「それをすると、君は怒るだろう?」

 それは他人を僕が褒める時に、必ず自分はどうであるかを付ける僕自身の話だ。
 僕は自分自身の能力を正当に理解しており、その上で努力している人間と天才に並ぶことが無い事を理解している。
 その上での答えに、彼は満足していないようだ。

「当たり前だ。自分を謙遜するならともかく、自分を陥れる言い方は気に食わん」
「僕は天才ではないし、才能も無い。僕は書き続ける奴隷でいい」

 これが僕のポリシーであるが。治はソレを否定する。

「それが僕の考えである事は変わらないよ。君が、どんなに見繕ってもね」

 他人の考えに口を挟む方がおこがましい。
 そう吐く事も出来ない自分に嫌気が募り。
 分かってくれない友人に、嫌気がさす。

「__お前が認めない限り、変わらんだろ。所詮他人事だと決めつけるんだからな」

 それが、他人事に変わりない事を彼は理解しない。
 と、暗い話ばかりを続けるのは僕の趣味に反している。故に、僕は何時も通りの表情に戻りながら話題の修正に勤しむことにした。

「まあ、それよりもさ。という訳で後輩君も来るんだけど、当日のスケジュールとか詳しく聞いてなくてね。集合は何時もの駅前でいいのか、それとも別な用事も挟むのか。出来れば彼女に聞いてもらいたいんだけど」
「それくらい聞けるだろ?何でいちいち俺に挟む?」
「僕は臆病で人見知りなのを知っているだろ、親友さんや。後、諸々の予定があるのなら何時ものグループに張り付けてほしいな」
「まるで、担当者だな」

 困ったようには到底見えない。

「君は俳優と同じくらい、企画立案に精通しているよね」
「まあ、いい。アイツからも言われている事だからな」
「さすが僕の親友。頼りにしているよ」
「……お前らは何時も他人任せだな」

 そんな事は無い。
 僕は文節を綴る事だけが得意とすることで、企画性や計画性よりも興味本位を貫いてしまう。それは天城さんにも言える事であり、僕らは対外自身の事以外を考えるのに向いていない。
 いや、厳密に言えば天城さんは出来るのだが、それが趣味の反中の話になるとやる気を見せない。
 故に、何時も通り彼の管轄となる訳だ。
 他人任せ万歳等と、不埒なモノ言いを心の中で語りながら信号を渡った。

 アーケード街は終幕を見せ、友人とのたわいない話もそろそろ終わりが見える。

「そう言えば、井辻。こういう物を知っているか?」
「何?」
「漣付近での噂話だがな。噂話があるようだ」
「噂話?」
「曰く、感情を失うらしい」

 感情を失う。
 分かれ道付近で、彼が語った噂話はそういった話であった。

「……なんか、天城さんが好きそうな話題だね」

 漣市は隣町に存在する海辺の町であり、中々の人口と天城さんが通い続ける水族館が印象的な観光都市だ。
 山岳地帯を切り取ったように、高台の街からは街の夜景と広々とした海が見渡せ、その風景写真により観光客が数十万単位で訪れる。

「漣周辺のみささやかれている噂話だ。今度の遠征に関係ない話ではあるまい」
「噂調査でも行われると?」
「仕事と趣味を両立出来るのはアイツの特権だからな」
「それは、……足がおぼつか無くなりそうだ」

 人混みの喧騒と発達した交通機関。
 複雑な路地への道への挑戦。
 そういった事を喜々揚々と行う天城(あまじょう)さんとは対照的に、自堕落で窮屈な生活を好みとしている僕にとっては、長距離を歩くという行為自体が拷問に等しい。水族館だけならともかくとして、そういった噂話の調査だとかを言われたのなら、僕は確実にミイラとして成り立つだろう。

「__お前は、感情を一つ失るのなら何がいい?」

 珍しく友人は、その話題に対して馬鹿馬鹿しいの一言を付けずに、もしもの話を続ける。

「感情ね。……喜怒哀楽のうちの一つ?」
「それ以外に何かあるのなら言ってみろ?」
「いやさ。妬みとか、それに含まれない奴ってどうなるのかなって」
「お前に妬みなんてあるのか?初耳だな」
「喜怒哀楽と妬みを習得していない人間なんている訳ないだろ?」
「少なくとも悩みは習得していなさそうだ。お前は特に」
「そういう治君は、特に悩みは無さそうだね」

 互にそんな事を言い合いながら、僕は少しばかり考える。
 感情とは何か、感情の定義だとかは置いといて。自分が失う感情を選ぶとするなら。

「感情、ね__」

 感情を失う。
 もちろん、そんな経験は無いし、これはもしもの話で現実としてそれを認めている訳ではない。もしも、そうなった場合。失うとしてどれが最善であるか応えるとするなら__か。
 そう言う話であるのに変わりはない。
 これはいわば、何を失っていたとしても自分を保てるかという意味にもとらえられるのかもしれない。……まあ、そんな事は本気で考えている訳ではないけど。
 もしも何かの感情を失い、僕である一部が欠けたなら。
 もし失ったとしても、僕が僕である事が可能な感情は。
 
「じゃあ。友愛で」

 冗談交じりに吐いた言葉に、治は強い衝撃で答えた。
 ワザとらしく痛みを吐いて、友人として抗議をする。

 __たぶん、これだけは失わないだろう。
 隣にいる友人が、友人として振舞っている限り。僕が僕として治との記録を更新し続ける限り。僕と彼の関係は相変わらず変わらない。それは十数年共にした友人だからだ。
 激情の天才を知っていて、その上で僕は治を知っている。

 毒を持ちつつ持たれつつ。この関係に、間違いは必要なのだから。
 
「変わらないだろうね。僕は、多分」


 僕は心の底から、そう吐くのであった。





 

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