20 / 28
今も続く快晴といふ空
今も続く快晴といふ空6
しおりを挟む
多くの被写体を写し、私はシャッターを押した。
その度に多くの人を知り、多くの人の”死”を知った。私が撮る人間は半数が死者であり、半数が今も生きている。
私の友人。漣もその一人だった。
私は、人を知る手段としてもカメラを利用していた。言葉を多用することに長けていない私は、それを補うように観察を得意とした。
人が美しく見える背景と同様に。その日との表情。所作。そして動機。それ等は全て、その人を形作る欠片として存在している。
その全てに意味がある。
__私は、友人の死の理由を知らない。
だが、私は彼女の傷を知っている。
__かならず自殺をしない人間ではない事を。
私の姉は探偵だった。
私はソレを受け継がず、未だに何物にも成れずにいる。
妹である私は、探すことを義務としない。
だが、しかし。この一歩を踏み入れるのに。
踏み入れない理由も、ない筈なのだから。
だから、私は。彼女の為に探偵になろうと思ったのだ。
駅前の三階建て。
小さなビルに併設された喫茶店で、待ち人を待つ。
浅井夏樹(あさいなつき)
私の友人である漣の古くからの友人であり、彼女と同じ演劇部に所属している一年生だ。
その演技力は、激情と呼ばれた治先輩が認める程の逸材だと言われている。浅井家は、漣方面で権益を伸ばし村の発展に尽力した名家の一つであり、又、この土地においても様々な融資を行っている商人の家系だ。彼女は直系。いわゆる、お嬢様。
成績優秀ながら、私のような平民に対してもその柔和な笑顔を絶やす事は無い。
「すみません、お待たせしましたか?」
時計は、約束の時間の三十分前を指している。
凛とした彼女はそう答えながら椅子の側へと立つ。
私の許可を待っているのか、名家のお嬢様の立ち振る舞い方という訳か。私は気さくな笑顔を携えて、椅子へ腰かけるように誘導した。
今の私は写真家であり、探偵である。
私の先輩に対する”迷惑”というのは、この話であった。
一日だけ、私は今探偵としてこの場所にいる。
「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」
そう言って、私は注文を勧める。
あまり足を踏み入れたわけではないが、香り高いコーヒーの恥は癖になりそうだと、そんな世間話を踏み入れながら、私は本題を彼女に勧めた。
「では、アイスコーヒーを」
そう注文する彼女。
私は手元にあるアイスコーヒーを撫でながら、彼女の現状について深く反芻する。
浅井さんは、演劇部で活動中のクラスメイトである。
幼い頃から演劇に明け暮れていた漣を深く知る人物であり、親友であった。私以上に絆が深い関係である事に間違いはなく、彼女の常用しているバックにはおそろいのキーホルダーが下げられていたのを思い出す。
「それで、相談事の事ですが」
「はい、__漣さんもご存じかと思いますが_」
数日前、私は彼女の親友であったという浅井さんと知り合った。
友人として同じく招かれた際に、丁寧なあいさつと共に彼女の話で花を咲かせた私達は、こうして顔を合わせる機会を増やしている最中だった。
彼女は、私が探偵事務所を構えている娘である事を知ると、驚きと謙遜を交えながら降り言った話を持ち掛ける。
以前から、私と彼女が共通した趣味を持ち合わせている事は知っており、仲の良い友人というのも相まって。
彼女はその言葉を口にした。
「漣が、自殺をした理由を探してもらいたいんです」
私の友人。屋内(おくない)漣(さざなみ)の自殺理由である。
「自殺理由__ですか」
「副部長様から聞きました。最近、貴方と親しくしていると。だから、私は貴方に心当たりがあると思うのです」
「__残念ですが、僕は貴方よりも詳しいという程ではありません」
私は、その答えにたどり着いていない。
「彼女とは趣味があった友人です。廃墟ガールズなんて大層な名前で活動していた友達に過ぎません。趣味は理由にならない。そして、趣味を共有していたとして、彼女を知っている訳ではない。__ですから、僕は特別な事を聞いたことはありません」
言葉を選ぶように、私はそう繋げた。
「__そうですか」
「__僕の趣味は、写真です」
ガラス越しに広がるどんよりたくもを目の端に捉え、私は自重を含めて話を始めた。
私は彼女を深くは知らない。数年来の友人でも、親友でもない。私が思っている程、彼女は私に興味が無いのかもしれない。
「ええ、漣市でも有名です。あの、貴方が撮られた一枚の青空の写真は私も敬愛しています」
「恥ずかしい限りです。__その上で、私は人物画を特に好みます。
私は、私の親友を撮った事があります。その時、思ったんです。彼女には”傷”がある。彼女に聞いたところ、それは私と同じ傷でした」
「__それは?」
私と同じ、彼女の傷。
自然死でも病気でもなく、自分を殺した人間の成れの果て。
「貴方は、死体を見た事がありますか?」
「数年前、祖父が死んだ際ですが」
「__僕と彼女もです。然し、私達が見た死体は__。
彼女は、焼死体になった友人の死体を。僕は、姉さんの死体を見ました。
__おそらくですが、彼女が死んだ理由はそれにつながるのではないか。僕はそう考えています」
「何故?」
「静寂の死が与えるのは静寂な虚無感ですが、突然の死が与えるのは台風の目でした。拭き溢れた感情があり、それでも心はどこかに置かれている。その上で、フラッシュバックが続きます。その光景を、記憶から消す事は出来ない」
その上で、無気力な自分を思い出し。前に進もうと決めるには時間は過ぎていく。人生を無駄にした思いもあった。何故、悩みを聞いてやれなかった。自殺をする予兆があったのではないか?周りの人間は、その死の重さを理解していないのではないか?
そんな思いが積もり、自分の価値がなくなっていくように感じる。
「僕は、彼女がその死を焼きつけさせるために死んだのだと思っています。写真家である僕に、カメラのフィルムの様に。その光景を、忘れない様に……だけど。何故、そうしようと思ったのかが理解できない」
彼女が私に思い出させた光景は、正にそれだ。
「彼女が死ぬ理由があるのか。貴方は、どう思いますか?」
私は、浅井さんの表情を確かめる。
真剣な表情で聞いていた彼女は、その言葉を理解するように考え。手を額に付ける。
其処に麩の感情は見られない。不快感という感じでもない。
少しばかり思考した後、彼女は口を開いた。
「彼女が失った友人というのは、私の妹です。
正確には、私の従兄妹に当たります」
そう、彼女は口にした。
彼女がどのように友人が死んだのかを詳しく知る私だが、それが目の前の少女の関係者だとは知らなかった。いや、人間関係を知らない私が知らないのは当たり前だけど。
目の前の彼女は、少し悲しそうに目を伏せる。
それは、友人を失った彼女に向けてか。
_いや。
その、焼死体となった従兄妹も含まれるだろう。
関係ない訳がなく、私は先程の発言が軽率に当たると知った。
彼女はその遺体を見たのか、見なかったのかは知らないが。その状況を知る事はあっただろう。気づかいの欠如を反省し、私は発言に謝罪を行う。
「大丈夫です。もう過ぎた事ですから。
__6年は、立ちましたから。あの子は。誰にも愛想がよくて礼儀を忘れなくて。自分に自信を持てなかったけど。
__尊敬できる人物でした」
「__もしかして。貴方と漣は、その時から演劇を?」
「ええ。私と漣。そして、あの子。先輩が所属していた演劇で、昔からお世話になっていました」
私は、一人の名称を思い出す。
演劇部の中で著名であり、激情の名称で親しまれている知り合いを。
それは、目の前の彼女と同じ知り合いだ。
「森治先輩ですか?__確か」
「”アクアリウム”という劇団です」
アクアリウムは、3年前に解散された劇団だ。
近辺の住民たちから構成されたその劇団は、民間の趣味の範囲とは言いながらも有名どころの俳優を週数ながら生み出している。森先輩は、その頃から頭角を見せた。
そして、その後。我が校の演劇部を取り仕切り、名を上げた事でも知られる事となる。
「__そういえば、文化祭で新しく演劇を始めると聞いています。__それは漣の参加すると聞き及んでいました。」
「ええ。治先輩の友人の方が脚本をしてくださるみたいでした」
「それに、漣も参加をすると」
あの時、彼女は笑っていた。
それが偽物であるとは到底思えない。感情を隠したり偽ったりすることが苦手な少女が、私を気遣い表情を変えるとは思えない。
「__」
何かを、含んだような表情だ。
「実は、__彼女は練習中にキャストを棄権したんです」
その言葉は、私の眉を動かすには十分すぎる話だった。
演劇部の中で、彼女はキャストとして採用され活動を行っていると聞いている。我が校の演劇部はそれなりの規模を誇り、文化部の中でも頭角を現している部活だ。全部員20名以上を誇り、その中でもキャストはそれなりの実力者が務めると聞いている。
激情を中心として、彼らはアマチュア以上の存在である。
「__本番まで、あと数週間ですよね?」
「ええ。治先輩は、彼女をキャストに含めたいとおっしゃぅていて、周りの方も認めていましたが。__ですが彼女は、”実力が足りない”と言って」
「あなたの目から、彼女は実力者でしたか?」
「キャストを務められる実力は、あったと思います。__」
__彼女は、自信過剰な人間ではない。
つまり__。
「それは、周りの先輩を差し置いてもその実力があると?」
「__それは」
「彼女は、才能が無い自分自身に殺意があったのでは?」
私は、彼女の目を見る。
周りの喧騒も、どんよりとした雲も。風景全てに意識を向けず。ただ、彼女の黒い瞳を覗いた。
目の前の友人はどうなのだろうか?
演劇部の活動を注視している訳ではないが、1年生でキャストに抜擢された彼女はその実力を持っているのか?
「__貴方は、そう考えているようですね」
彼女は、正しい姿勢を維持しながら嘆息を吐いた。
「一度、彼女に羨ましいと言われたことがあります。
私は趣味の範疇を超えていない。__それに比べ、彼女は違うと思いました。彼女は、憧れの範疇を超えている様に見えました。彼女は、激情を超えたいと思っていたのです」
「__そうですか」
激情。
治先輩を超える役者を目指していた。
「__それでも、私は彼女がそんな理由で死んだとは思えない。__そんな気持ちもあります」
夢を挫折したとは、推理小説に在りそうな展開だけど。彼女の自殺理由に届くとは正直思えない。自殺を見た人間が、夢破れる程度で精神に影響があるのか?そもそも、彼女は年月を過ぎていない。この中途半端な時期で自殺を行う理由としては弱すぎる。
家庭の事情も重なった?
そんな話は聞いていない。そして、親友である彼女は、理由として一番に挙げたのはこの程度の理由だ。
__私といた理由はなぜか?
彼女は私に何を伝えたかった?
私に残そうとした物がそんなモノであるはずがない。
「そうですね。__私も、そう思います」
その程度の理由で、人は死なない。
絶望というのは、ずっと先に存在する。
__思い返す。
彼女のあの表情は、本当に絶望だったか?
彼女は手元のアイスコーヒーに口を付ける。
そして、その眼を合わせる。
「だから、今日はお願いしに来ました。何時か、貴方が彼女の意思に思い至ったら、私にも教えてほしいのです」
「__私は彼女を忘れるかもしれませんよ?」
「貴方は薄情な人間ではない。それに、その傷を忘れる事も無い」
傷。
残る程の裂傷は、火傷の跡は。塞ぐ事も出来ず存在する。
これは、お願いに過ぎない。
「__そうですね。この傷を忘れる事は無さそうです」
それが彼女が居た証となるのなら、この傷を塞ぐ必要もなさそうだ。
きっとこれが彼女を忘れない証になる事を、私は期待していたのでしょう。
「__それと」
「はい?」
「私は、貴方の友達になれるでしょうか?」
少し驚いた私は、それを誤魔化すようにコーヒーを口にした。
苦みが口に含まれ、思考と感情が状況をまとめる。
その言葉の意味を含め、私は結論を付ける。
私は友達が少ないので、少しばかり悩み。
「__ぼくは既にそうだと思っていますよ?」
私は、自分の意思で答える。
代り映えの無い街の路地で、私は趣味を続けた。
新しい友人を写した写真は、被写体の造形や佇まいが良質なのも相まって、満足のいく思い出となったはずだ。私はその日彼女を知り、友人を得た。
この1枚にも意味が持てるはずだと、私は刻む。
思い出の中に有る彼女は、常にほほえみを携えている。
凄惨な記憶を塗り潰す程、その群青は胸を支配する。
茜色の私は、忘れないように思い出すのだ。
カメラは思い出を刻む道具であり、私の思い出は廃れない。
あの日の思いも、今の気持ちも。確かにあった感情を抱きながら。
__私は、今日も生きるのである。
その度に多くの人を知り、多くの人の”死”を知った。私が撮る人間は半数が死者であり、半数が今も生きている。
私の友人。漣もその一人だった。
私は、人を知る手段としてもカメラを利用していた。言葉を多用することに長けていない私は、それを補うように観察を得意とした。
人が美しく見える背景と同様に。その日との表情。所作。そして動機。それ等は全て、その人を形作る欠片として存在している。
その全てに意味がある。
__私は、友人の死の理由を知らない。
だが、私は彼女の傷を知っている。
__かならず自殺をしない人間ではない事を。
私の姉は探偵だった。
私はソレを受け継がず、未だに何物にも成れずにいる。
妹である私は、探すことを義務としない。
だが、しかし。この一歩を踏み入れるのに。
踏み入れない理由も、ない筈なのだから。
だから、私は。彼女の為に探偵になろうと思ったのだ。
駅前の三階建て。
小さなビルに併設された喫茶店で、待ち人を待つ。
浅井夏樹(あさいなつき)
私の友人である漣の古くからの友人であり、彼女と同じ演劇部に所属している一年生だ。
その演技力は、激情と呼ばれた治先輩が認める程の逸材だと言われている。浅井家は、漣方面で権益を伸ばし村の発展に尽力した名家の一つであり、又、この土地においても様々な融資を行っている商人の家系だ。彼女は直系。いわゆる、お嬢様。
成績優秀ながら、私のような平民に対してもその柔和な笑顔を絶やす事は無い。
「すみません、お待たせしましたか?」
時計は、約束の時間の三十分前を指している。
凛とした彼女はそう答えながら椅子の側へと立つ。
私の許可を待っているのか、名家のお嬢様の立ち振る舞い方という訳か。私は気さくな笑顔を携えて、椅子へ腰かけるように誘導した。
今の私は写真家であり、探偵である。
私の先輩に対する”迷惑”というのは、この話であった。
一日だけ、私は今探偵としてこの場所にいる。
「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」
そう言って、私は注文を勧める。
あまり足を踏み入れたわけではないが、香り高いコーヒーの恥は癖になりそうだと、そんな世間話を踏み入れながら、私は本題を彼女に勧めた。
「では、アイスコーヒーを」
そう注文する彼女。
私は手元にあるアイスコーヒーを撫でながら、彼女の現状について深く反芻する。
浅井さんは、演劇部で活動中のクラスメイトである。
幼い頃から演劇に明け暮れていた漣を深く知る人物であり、親友であった。私以上に絆が深い関係である事に間違いはなく、彼女の常用しているバックにはおそろいのキーホルダーが下げられていたのを思い出す。
「それで、相談事の事ですが」
「はい、__漣さんもご存じかと思いますが_」
数日前、私は彼女の親友であったという浅井さんと知り合った。
友人として同じく招かれた際に、丁寧なあいさつと共に彼女の話で花を咲かせた私達は、こうして顔を合わせる機会を増やしている最中だった。
彼女は、私が探偵事務所を構えている娘である事を知ると、驚きと謙遜を交えながら降り言った話を持ち掛ける。
以前から、私と彼女が共通した趣味を持ち合わせている事は知っており、仲の良い友人というのも相まって。
彼女はその言葉を口にした。
「漣が、自殺をした理由を探してもらいたいんです」
私の友人。屋内(おくない)漣(さざなみ)の自殺理由である。
「自殺理由__ですか」
「副部長様から聞きました。最近、貴方と親しくしていると。だから、私は貴方に心当たりがあると思うのです」
「__残念ですが、僕は貴方よりも詳しいという程ではありません」
私は、その答えにたどり着いていない。
「彼女とは趣味があった友人です。廃墟ガールズなんて大層な名前で活動していた友達に過ぎません。趣味は理由にならない。そして、趣味を共有していたとして、彼女を知っている訳ではない。__ですから、僕は特別な事を聞いたことはありません」
言葉を選ぶように、私はそう繋げた。
「__そうですか」
「__僕の趣味は、写真です」
ガラス越しに広がるどんよりたくもを目の端に捉え、私は自重を含めて話を始めた。
私は彼女を深くは知らない。数年来の友人でも、親友でもない。私が思っている程、彼女は私に興味が無いのかもしれない。
「ええ、漣市でも有名です。あの、貴方が撮られた一枚の青空の写真は私も敬愛しています」
「恥ずかしい限りです。__その上で、私は人物画を特に好みます。
私は、私の親友を撮った事があります。その時、思ったんです。彼女には”傷”がある。彼女に聞いたところ、それは私と同じ傷でした」
「__それは?」
私と同じ、彼女の傷。
自然死でも病気でもなく、自分を殺した人間の成れの果て。
「貴方は、死体を見た事がありますか?」
「数年前、祖父が死んだ際ですが」
「__僕と彼女もです。然し、私達が見た死体は__。
彼女は、焼死体になった友人の死体を。僕は、姉さんの死体を見ました。
__おそらくですが、彼女が死んだ理由はそれにつながるのではないか。僕はそう考えています」
「何故?」
「静寂の死が与えるのは静寂な虚無感ですが、突然の死が与えるのは台風の目でした。拭き溢れた感情があり、それでも心はどこかに置かれている。その上で、フラッシュバックが続きます。その光景を、記憶から消す事は出来ない」
その上で、無気力な自分を思い出し。前に進もうと決めるには時間は過ぎていく。人生を無駄にした思いもあった。何故、悩みを聞いてやれなかった。自殺をする予兆があったのではないか?周りの人間は、その死の重さを理解していないのではないか?
そんな思いが積もり、自分の価値がなくなっていくように感じる。
「僕は、彼女がその死を焼きつけさせるために死んだのだと思っています。写真家である僕に、カメラのフィルムの様に。その光景を、忘れない様に……だけど。何故、そうしようと思ったのかが理解できない」
彼女が私に思い出させた光景は、正にそれだ。
「彼女が死ぬ理由があるのか。貴方は、どう思いますか?」
私は、浅井さんの表情を確かめる。
真剣な表情で聞いていた彼女は、その言葉を理解するように考え。手を額に付ける。
其処に麩の感情は見られない。不快感という感じでもない。
少しばかり思考した後、彼女は口を開いた。
「彼女が失った友人というのは、私の妹です。
正確には、私の従兄妹に当たります」
そう、彼女は口にした。
彼女がどのように友人が死んだのかを詳しく知る私だが、それが目の前の少女の関係者だとは知らなかった。いや、人間関係を知らない私が知らないのは当たり前だけど。
目の前の彼女は、少し悲しそうに目を伏せる。
それは、友人を失った彼女に向けてか。
_いや。
その、焼死体となった従兄妹も含まれるだろう。
関係ない訳がなく、私は先程の発言が軽率に当たると知った。
彼女はその遺体を見たのか、見なかったのかは知らないが。その状況を知る事はあっただろう。気づかいの欠如を反省し、私は発言に謝罪を行う。
「大丈夫です。もう過ぎた事ですから。
__6年は、立ちましたから。あの子は。誰にも愛想がよくて礼儀を忘れなくて。自分に自信を持てなかったけど。
__尊敬できる人物でした」
「__もしかして。貴方と漣は、その時から演劇を?」
「ええ。私と漣。そして、あの子。先輩が所属していた演劇で、昔からお世話になっていました」
私は、一人の名称を思い出す。
演劇部の中で著名であり、激情の名称で親しまれている知り合いを。
それは、目の前の彼女と同じ知り合いだ。
「森治先輩ですか?__確か」
「”アクアリウム”という劇団です」
アクアリウムは、3年前に解散された劇団だ。
近辺の住民たちから構成されたその劇団は、民間の趣味の範囲とは言いながらも有名どころの俳優を週数ながら生み出している。森先輩は、その頃から頭角を見せた。
そして、その後。我が校の演劇部を取り仕切り、名を上げた事でも知られる事となる。
「__そういえば、文化祭で新しく演劇を始めると聞いています。__それは漣の参加すると聞き及んでいました。」
「ええ。治先輩の友人の方が脚本をしてくださるみたいでした」
「それに、漣も参加をすると」
あの時、彼女は笑っていた。
それが偽物であるとは到底思えない。感情を隠したり偽ったりすることが苦手な少女が、私を気遣い表情を変えるとは思えない。
「__」
何かを、含んだような表情だ。
「実は、__彼女は練習中にキャストを棄権したんです」
その言葉は、私の眉を動かすには十分すぎる話だった。
演劇部の中で、彼女はキャストとして採用され活動を行っていると聞いている。我が校の演劇部はそれなりの規模を誇り、文化部の中でも頭角を現している部活だ。全部員20名以上を誇り、その中でもキャストはそれなりの実力者が務めると聞いている。
激情を中心として、彼らはアマチュア以上の存在である。
「__本番まで、あと数週間ですよね?」
「ええ。治先輩は、彼女をキャストに含めたいとおっしゃぅていて、周りの方も認めていましたが。__ですが彼女は、”実力が足りない”と言って」
「あなたの目から、彼女は実力者でしたか?」
「キャストを務められる実力は、あったと思います。__」
__彼女は、自信過剰な人間ではない。
つまり__。
「それは、周りの先輩を差し置いてもその実力があると?」
「__それは」
「彼女は、才能が無い自分自身に殺意があったのでは?」
私は、彼女の目を見る。
周りの喧騒も、どんよりとした雲も。風景全てに意識を向けず。ただ、彼女の黒い瞳を覗いた。
目の前の友人はどうなのだろうか?
演劇部の活動を注視している訳ではないが、1年生でキャストに抜擢された彼女はその実力を持っているのか?
「__貴方は、そう考えているようですね」
彼女は、正しい姿勢を維持しながら嘆息を吐いた。
「一度、彼女に羨ましいと言われたことがあります。
私は趣味の範疇を超えていない。__それに比べ、彼女は違うと思いました。彼女は、憧れの範疇を超えている様に見えました。彼女は、激情を超えたいと思っていたのです」
「__そうですか」
激情。
治先輩を超える役者を目指していた。
「__それでも、私は彼女がそんな理由で死んだとは思えない。__そんな気持ちもあります」
夢を挫折したとは、推理小説に在りそうな展開だけど。彼女の自殺理由に届くとは正直思えない。自殺を見た人間が、夢破れる程度で精神に影響があるのか?そもそも、彼女は年月を過ぎていない。この中途半端な時期で自殺を行う理由としては弱すぎる。
家庭の事情も重なった?
そんな話は聞いていない。そして、親友である彼女は、理由として一番に挙げたのはこの程度の理由だ。
__私といた理由はなぜか?
彼女は私に何を伝えたかった?
私に残そうとした物がそんなモノであるはずがない。
「そうですね。__私も、そう思います」
その程度の理由で、人は死なない。
絶望というのは、ずっと先に存在する。
__思い返す。
彼女のあの表情は、本当に絶望だったか?
彼女は手元のアイスコーヒーに口を付ける。
そして、その眼を合わせる。
「だから、今日はお願いしに来ました。何時か、貴方が彼女の意思に思い至ったら、私にも教えてほしいのです」
「__私は彼女を忘れるかもしれませんよ?」
「貴方は薄情な人間ではない。それに、その傷を忘れる事も無い」
傷。
残る程の裂傷は、火傷の跡は。塞ぐ事も出来ず存在する。
これは、お願いに過ぎない。
「__そうですね。この傷を忘れる事は無さそうです」
それが彼女が居た証となるのなら、この傷を塞ぐ必要もなさそうだ。
きっとこれが彼女を忘れない証になる事を、私は期待していたのでしょう。
「__それと」
「はい?」
「私は、貴方の友達になれるでしょうか?」
少し驚いた私は、それを誤魔化すようにコーヒーを口にした。
苦みが口に含まれ、思考と感情が状況をまとめる。
その言葉の意味を含め、私は結論を付ける。
私は友達が少ないので、少しばかり悩み。
「__ぼくは既にそうだと思っていますよ?」
私は、自分の意思で答える。
代り映えの無い街の路地で、私は趣味を続けた。
新しい友人を写した写真は、被写体の造形や佇まいが良質なのも相まって、満足のいく思い出となったはずだ。私はその日彼女を知り、友人を得た。
この1枚にも意味が持てるはずだと、私は刻む。
思い出の中に有る彼女は、常にほほえみを携えている。
凄惨な記憶を塗り潰す程、その群青は胸を支配する。
茜色の私は、忘れないように思い出すのだ。
カメラは思い出を刻む道具であり、私の思い出は廃れない。
あの日の思いも、今の気持ちも。確かにあった感情を抱きながら。
__私は、今日も生きるのである。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は賑やかになった。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる