馳せる空に、死体は浮かぶ

四季の二乗

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今も続く快晴といふ空

今も続く快晴といふ空6

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 多くの被写体を写し、私はシャッターを押した。
 その度に多くの人を知り、多くの人の”死”を知った。私が撮る人間は半数が死者であり、半数が今も生きている。
 私の友人。漣もその一人だった。
 私は、人を知る手段としてもカメラを利用していた。言葉を多用することに長けていない私は、それを補うように観察を得意とした。
 人が美しく見える背景と同様に。その日との表情。所作。そして動機。それ等は全て、その人を形作る欠片として存在している。
 その全てに意味がある。

 __私は、友人の死の理由を知らない。
 だが、私は彼女の傷を知っている。
 __かならず自殺をしない人間ではない事を。

 私の姉は探偵だった。
 私はソレを受け継がず、未だに何物にも成れずにいる。

 妹である私は、探すことを義務としない。

 だが、しかし。この一歩を踏み入れるのに。
 踏み入れない理由も、ない筈なのだから。

 だから、私は。彼女の為に探偵になろうと思ったのだ。
 
 




 駅前の三階建て。
 小さなビルに併設された喫茶店で、待ち人を待つ。

 浅井夏樹(あさいなつき)
 私の友人である漣の古くからの友人であり、彼女と同じ演劇部に所属している一年生だ。
 その演技力は、激情と呼ばれた治先輩が認める程の逸材だと言われている。浅井家は、漣方面で権益を伸ばし村の発展に尽力した名家の一つであり、又、この土地においても様々な融資を行っている商人の家系だ。彼女は直系。いわゆる、お嬢様。
 成績優秀ながら、私のような平民に対してもその柔和な笑顔を絶やす事は無い。

「すみません、お待たせしましたか?」

 時計は、約束の時間の三十分前を指している。
 凛とした彼女はそう答えながら椅子の側へと立つ。
 私の許可を待っているのか、名家のお嬢様の立ち振る舞い方という訳か。私は気さくな笑顔を携えて、椅子へ腰かけるように誘導した。
 今の私は写真家であり、探偵である。

 私の先輩に対する”迷惑”というのは、この話であった。
 一日だけ、私は今探偵としてこの場所にいる。

「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」

 そう言って、私は注文を勧める。
 あまり足を踏み入れたわけではないが、香り高いコーヒーの恥は癖になりそうだと、そんな世間話を踏み入れながら、私は本題を彼女に勧めた。
 
「では、アイスコーヒーを」

 そう注文する彼女。
 私は手元にあるアイスコーヒーを撫でながら、彼女の現状について深く反芻する。

 浅井さんは、演劇部で活動中のクラスメイトである。
 幼い頃から演劇に明け暮れていた漣を深く知る人物であり、親友であった。私以上に絆が深い関係である事に間違いはなく、彼女の常用しているバックにはおそろいのキーホルダーが下げられていたのを思い出す。
 
「それで、相談事の事ですが」
「はい、__漣さんもご存じかと思いますが_」

 数日前、私は彼女の親友であったという浅井さんと知り合った。
 友人として同じく招かれた際に、丁寧なあいさつと共に彼女の話で花を咲かせた私達は、こうして顔を合わせる機会を増やしている最中だった。
 彼女は、私が探偵事務所を構えている娘である事を知ると、驚きと謙遜を交えながら降り言った話を持ち掛ける。
 以前から、私と彼女が共通した趣味を持ち合わせている事は知っており、仲の良い友人というのも相まって。
 彼女はその言葉を口にした。

「漣が、自殺をした理由を探してもらいたいんです」

 私の友人。屋内(おくない)漣(さざなみ)の自殺理由である。

「自殺理由__ですか」
「副部長様から聞きました。最近、貴方と親しくしていると。だから、私は貴方に心当たりがあると思うのです」
「__残念ですが、僕は貴方よりも詳しいという程ではありません」

 私は、その答えにたどり着いていない。

「彼女とは趣味があった友人です。廃墟ガールズなんて大層な名前で活動していた友達に過ぎません。趣味は理由にならない。そして、趣味を共有していたとして、彼女を知っている訳ではない。__ですから、僕は特別な事を聞いたことはありません」

 言葉を選ぶように、私はそう繋げた。

「__そうですか」
「__僕の趣味は、写真です」

 ガラス越しに広がるどんよりたくもを目の端に捉え、私は自重を含めて話を始めた。
 私は彼女を深くは知らない。数年来の友人でも、親友でもない。私が思っている程、彼女は私に興味が無いのかもしれない。

「ええ、漣市でも有名です。あの、貴方が撮られた一枚の青空の写真は私も敬愛しています」
「恥ずかしい限りです。__その上で、私は人物画を特に好みます。
 私は、私の親友を撮った事があります。その時、思ったんです。彼女には”傷”がある。彼女に聞いたところ、それは私と同じ傷でした」
「__それは?」

 私と同じ、彼女の傷。
 自然死でも病気でもなく、自分を殺した人間の成れの果て。

「貴方は、死体を見た事がありますか?」
「数年前、祖父が死んだ際ですが」
「__僕と彼女もです。然し、私達が見た死体は__。
 彼女は、焼死体になった友人の死体を。僕は、姉さんの死体を見ました。
 __おそらくですが、彼女が死んだ理由はそれにつながるのではないか。僕はそう考えています」
「何故?」
「静寂の死が与えるのは静寂な虚無感ですが、突然の死が与えるのは台風の目でした。拭き溢れた感情があり、それでも心はどこかに置かれている。その上で、フラッシュバックが続きます。その光景を、記憶から消す事は出来ない」

 その上で、無気力な自分を思い出し。前に進もうと決めるには時間は過ぎていく。人生を無駄にした思いもあった。何故、悩みを聞いてやれなかった。自殺をする予兆があったのではないか?周りの人間は、その死の重さを理解していないのではないか?
 そんな思いが積もり、自分の価値がなくなっていくように感じる。

「僕は、彼女がその死を焼きつけさせるために死んだのだと思っています。写真家である僕に、カメラのフィルムの様に。その光景を、忘れない様に……だけど。何故、そうしようと思ったのかが理解できない」

 彼女が私に思い出させた光景は、正にそれだ。

「彼女が死ぬ理由があるのか。貴方は、どう思いますか?」


 私は、浅井さんの表情を確かめる。
 真剣な表情で聞いていた彼女は、その言葉を理解するように考え。手を額に付ける。
 其処に麩の感情は見られない。不快感という感じでもない。

 少しばかり思考した後、彼女は口を開いた。


「彼女が失った友人というのは、私の妹です。
 正確には、私の従兄妹に当たります」

 そう、彼女は口にした。
 彼女がどのように友人が死んだのかを詳しく知る私だが、それが目の前の少女の関係者だとは知らなかった。いや、人間関係を知らない私が知らないのは当たり前だけど。
 目の前の彼女は、少し悲しそうに目を伏せる。

 それは、友人を失った彼女に向けてか。
 _いや。
 その、焼死体となった従兄妹も含まれるだろう。

 関係ない訳がなく、私は先程の発言が軽率に当たると知った。
 彼女はその遺体を見たのか、見なかったのかは知らないが。その状況を知る事はあっただろう。気づかいの欠如を反省し、私は発言に謝罪を行う。

「大丈夫です。もう過ぎた事ですから。
 __6年は、立ちましたから。あの子は。誰にも愛想がよくて礼儀を忘れなくて。自分に自信を持てなかったけど。
 __尊敬できる人物でした」
「__もしかして。貴方と漣は、その時から演劇を?」
「ええ。私と漣。そして、あの子。先輩が所属していた演劇で、昔からお世話になっていました」

 私は、一人の名称を思い出す。
 演劇部の中で著名であり、激情の名称で親しまれている知り合いを。
 それは、目の前の彼女と同じ知り合いだ。

「森治先輩ですか?__確か」
「”アクアリウム”という劇団です」

 アクアリウムは、3年前に解散された劇団だ。
 近辺の住民たちから構成されたその劇団は、民間の趣味の範囲とは言いながらも有名どころの俳優を週数ながら生み出している。森先輩は、その頃から頭角を見せた。
 そして、その後。我が校の演劇部を取り仕切り、名を上げた事でも知られる事となる。

「__そういえば、文化祭で新しく演劇を始めると聞いています。__それは漣の参加すると聞き及んでいました。」
「ええ。治先輩の友人の方が脚本をしてくださるみたいでした」
「それに、漣も参加をすると」
 
 あの時、彼女は笑っていた。
 それが偽物であるとは到底思えない。感情を隠したり偽ったりすることが苦手な少女が、私を気遣い表情を変えるとは思えない。

「__」

 何かを、含んだような表情だ。

「実は、__彼女は練習中にキャストを棄権したんです」

 その言葉は、私の眉を動かすには十分すぎる話だった。
 演劇部の中で、彼女はキャストとして採用され活動を行っていると聞いている。我が校の演劇部はそれなりの規模を誇り、文化部の中でも頭角を現している部活だ。全部員20名以上を誇り、その中でもキャストはそれなりの実力者が務めると聞いている。
 激情を中心として、彼らはアマチュア以上の存在である。

「__本番まで、あと数週間ですよね?」
「ええ。治先輩は、彼女をキャストに含めたいとおっしゃぅていて、周りの方も認めていましたが。__ですが彼女は、”実力が足りない”と言って」
「あなたの目から、彼女は実力者でしたか?」
「キャストを務められる実力は、あったと思います。__」

 __彼女は、自信過剰な人間ではない。
 つまり__。

「それは、周りの先輩を差し置いてもその実力があると?」
「__それは」
「彼女は、才能が無い自分自身に殺意があったのでは?」

 私は、彼女の目を見る。
 周りの喧騒も、どんよりとした雲も。風景全てに意識を向けず。ただ、彼女の黒い瞳を覗いた。
 目の前の友人はどうなのだろうか?
 演劇部の活動を注視している訳ではないが、1年生でキャストに抜擢された彼女はその実力を持っているのか?

「__貴方は、そう考えているようですね」

 彼女は、正しい姿勢を維持しながら嘆息を吐いた。

「一度、彼女に羨ましいと言われたことがあります。
 私は趣味の範疇を超えていない。__それに比べ、彼女は違うと思いました。彼女は、憧れの範疇を超えている様に見えました。彼女は、激情を超えたいと思っていたのです」
「__そうですか」

 激情。
 治先輩を超える役者を目指していた。
 
「__それでも、私は彼女がそんな理由で死んだとは思えない。__そんな気持ちもあります」

 夢を挫折したとは、推理小説に在りそうな展開だけど。彼女の自殺理由に届くとは正直思えない。自殺を見た人間が、夢破れる程度で精神に影響があるのか?そもそも、彼女は年月を過ぎていない。この中途半端な時期で自殺を行う理由としては弱すぎる。
 家庭の事情も重なった?
 そんな話は聞いていない。そして、親友である彼女は、理由として一番に挙げたのはこの程度の理由だ。
 __私といた理由はなぜか?
 彼女は私に何を伝えたかった?

 私に残そうとした物がそんなモノであるはずがない。

「そうですね。__私も、そう思います」

 その程度の理由で、人は死なない。
 絶望というのは、ずっと先に存在する。

 __思い返す。

 彼女のあの表情は、本当に絶望だったか?
 
 彼女は手元のアイスコーヒーに口を付ける。
 そして、その眼を合わせる。

「だから、今日はお願いしに来ました。何時か、貴方が彼女の意思に思い至ったら、私にも教えてほしいのです」
「__私は彼女を忘れるかもしれませんよ?」
「貴方は薄情な人間ではない。それに、その傷を忘れる事も無い」

 傷。
 残る程の裂傷は、火傷の跡は。塞ぐ事も出来ず存在する。
 これは、お願いに過ぎない。

「__そうですね。この傷を忘れる事は無さそうです」

 それが彼女が居た証となるのなら、この傷を塞ぐ必要もなさそうだ。
 きっとこれが彼女を忘れない証になる事を、私は期待していたのでしょう。

「__それと」
「はい?」
「私は、貴方の友達になれるでしょうか?」

 少し驚いた私は、それを誤魔化すようにコーヒーを口にした。
 苦みが口に含まれ、思考と感情が状況をまとめる。

 その言葉の意味を含め、私は結論を付ける。
 私は友達が少ないので、少しばかり悩み。

「__ぼくは既にそうだと思っていますよ?」

 私は、自分の意思で答える。




 代り映えの無い街の路地で、私は趣味を続けた。
 新しい友人を写した写真は、被写体の造形や佇まいが良質なのも相まって、満足のいく思い出となったはずだ。私はその日彼女を知り、友人を得た。
 この1枚にも意味が持てるはずだと、私は刻む。

 思い出の中に有る彼女は、常にほほえみを携えている。
 凄惨な記憶を塗り潰す程、その群青は胸を支配する。

 茜色の私は、忘れないように思い出すのだ。

 カメラは思い出を刻む道具であり、私の思い出は廃れない。
 あの日の思いも、今の気持ちも。確かにあった感情を抱きながら。


 __私は、今日も生きるのである。


 


 


 
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