ナキ症候群

四季の二乗

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その焦がれを手放す方法

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 その日も、例年に洩れない暑さだった。
 あわただしく部活動へと向かう友人を見送り、同じく暇を持て余している噂好きと日常会話に励んでいた。家に帰るのも億劫で、部活動に顔を出すのも面倒くさい。このまま三階から身を乗り出せば楽になるだろうが、明日の新聞で他人に迷惑をかける程暇で死にそうなわけでもない。
 この人生と暇を潰す為の自殺を天秤にかければ未だ少し人生が勝つだろうというだけの話で。

「”鮒蒸し”。この学校の生徒らしいぜ?」
「いや、料理名の話?それとも、あのフナムシ?」
「あの鮒蒸しに決まってんだろ?何言ってんだよ」
「おっけー。虫の方ではなさそうだ」

 こんな感じで、軽口の応酬をしていた。
 だけど、身に覚えのある名称が引っかかった。
 彼が言うフナムシとは、とある有名絵描きの名前だ。何年か前に現れた彼女は、その類まれなる背景の描写と人物像により瞬く間に著名となった。
 先方もその事を理解しているのか。その話題の人物であるフナムシ氏の噂話を続ける。その殆どは単なる出鱈目だったが、先日も言ったこの学校の生徒かもしれないという話は、如何やら確信めいたもののようだった。

「絵描きのだよ。YouTubeとかで活動してるやつ。元々はいろんなサイトで活躍していたらしいんだけど、最近、有名なYouTuberの絵師だったり、企業案件も抱えてるみたいだぜ?」
「VTuberの挿絵とか?」
「そ。三国ちゃんの挿絵とか」

 そんな人間もいたか。
 だが、大げさに語る

「いいかね、直治クンよ。長年鮒蒸しを知っている身としては、アイツは偽物だよ。本当の鮒蒸しではない。彩色センスも画風もまるで違う。模造品にもなれない偽物だ」
「おいおい、嫌に否定するな。おまえ、信者だったのかよ」

 確かに我ながら言葉が強かったが、訂正する気は起きなかった。
 唯、一言付け加える。

「比べるまでも無いって話」
「ま、それは置いといて、そういう話が上がってんだよ。これ、この絵。俺達の制服だろ?」

 彼が提示した絵は、確かに我が校の制服を着た生徒が映っていた。
 丁寧に年月が印字されているその絵は、確かにフナムシの画風に似ている。

「この制服を着た少女。上の先輩が見覚えあるって言っててさ、それを調べたら、如何やらこの学校の生徒だったらしいんだよ」
「ああ、そう」
「んで、その先輩が死んだ日に、”鮒蒸し”の投稿が止まったんだが……」

 彼は俺の目を見る。

「__んだよ」
「いや、何でもないですよ?
 先代が死んで誰かがそれを受け継いだって考えたら、お前の話も眉唾じゃねえなってな」

 その、”誰か”を直治は口にしなかった。

「眉唾でいいよ、面倒くさい」
「ところで陽炎ようえんよ。バックパッカー先輩が呼んでたぜ?」

 カバンを肩に掛ける。
 三階にある教室から、特別棟へと移動するには一階まで階段を降りなければならない。その重労働に嘆息を吐きながら、俺は先方を睨んだ。


「そう言う話を先に言え、バカ」

 俺は、そそくさと教室を離れる。
 その友人は、悪びれも無く手を振っていた。








 その離れは別棟として機能しており、本来は商業関連の授業や工学的な授業で使われる。
 また、放課後になれば文化部の部室としても機能しており、北側の窓からは離れた様に存在する年代の工場が黒い煙を煙突の先から吐き出しているのを眺められる。
 そんな特等席がある第三パソコン室は、どちらかと言えば視聴覚室の機能も添えられており、大きなスクリーンと白いホワイトボードが備えてある。
 
 バックパッカーと呼ばれる二歳上の先輩は、そのホワイトボード近くにある教員の椅子を占領していた。先刻は此方に気付くと、陽気に手を上げて応える。
 という事は、不遜な態度も構わないだろう。

「チョリーッス」
「陽炎。十分遅刻だよ」
「聞かされたのがついさっきだからですよ。一分前に聞かされてこれは頑張ったと思いません?」
「……いや、うん。直治に言った僕が悪かったね」
「で、どうしたんですか?」

 バックパッカー先輩。
 名を、矢隠やがくれ トキは、この部屋を拠点とした”収集部”の代表であり、千年の歴史を持つ社の家系を持った著名人である。
 何処から説明をすればいいか判断に困るが、先ずは著名人たる所以だろう。
 彼は常に大きなカバンを背負っており、それはどちらかと言えば登山用のそれに近い。無論、学校で使う分にはそんなもの必要無いし、普段使いにも困るというのにだ。
 本人曰く、これは収集部としての活動に必要不可欠な物であるという説明がなされたが、余り信ぴょう性は無い。

 そしてもう一つ。収集部の活動だが。

「実は、近所にいい心霊スポットを見つけてね」
「へえ、すごいですね。すごいすごい」
「もっと興味持っててくれてもいいんじゃないかな?」 

 収集部は、曰く付きの逸品を回収し、しかるべき機関に収める部活。__らしい。
 らしいというのは、自分がその活動に関わる事は無く。大概は、各々好きな事で時間を潰す様な活動目的が霞が勝った活動の実態のせいだ。先輩は要りいろな部活に顔をだし、様々な問題を解決しているらしいが、此方は其れに首を挟む事は無かった。
 この時も、心霊スポットの話を切り出された時。
 俺が興味をそがれたのも、それが相まってだった。

「不法侵入とか嫌いなの知ってますよね?」
「ああ、大丈夫大丈夫。そこ、うちの神社が所有する邸宅なんだけどね。如何やらネットでは、有名な心霊スポットとして認知されているらしいんだ」
「矢ケ暮先輩のですか?」
「まあ、親戚筋だから大体似たようなものだよ」

 何故この部活を選んだのかと言えば、自分の時間が取れるからだった。
 タブレットを取り出し、ペンを回しながら人物画を修正する。そんな時間を作るには、何かをしなければならない部活と言うのは都合が悪い。そこで目を付けたのがこの部活。活動目的は明瞭だというのに、自由時間に縛られないこの空間が好きだ。
 だから、今更魑魅魍魎を探そうと言われても。

「で、その家屋なんだけど。元々は町の図書館的立ち位置の場所でね。住宅地にあるんだけど、中々厳かな一軒家でさ。雑草が荒れ放題やらそもそもの管理不足でそんな事をするにはいい雰囲気なんだよ。
 それに一か月前の事件も相まって、如何やら無視できなくなっているようでね」
「一か月前の事件?」
「その家を探索していたらしい動画投稿者が、忽然と疾走したんだ」
「ああ、陸上選手になったと」
「その疾走じゃなくって、失踪。居なくなっちゃうほう」

 先輩の話によれば、その動画投稿者はそういった霊障の噂の場所へと赴き、探検を行ういわゆるホラー系動画投稿者だそうで、施設の許可を取らず様々なトラブルを侵していたらしい。
 それも祟ったのか、空き家に住み込んだ霊障のせいか。知人友人にその邸宅へと行先を告げた後、忽然と姿を消したという。
 そもそも、その邸宅が霊障として認知されたのはその邸宅が遺棄されて二十年後の話であり、邸宅に人が葦を踏み入れなくなった原因は霊障には関係ないそうだ。
 市立図書館の建設と共に機能を終え、緩やかに死んでいった邸宅である。その土地が管理されなかった人間への恨みを積もらせても、それはきっと失踪という結末には繋がらないだろう。
 怪談話に必要である逸話と言う味付けが、その館には決定的に欠けているのだ。

「そう言うのって自業自得で済むんじゃないですか?大体、普通に不法侵入でしょ」
「そうはいっても、その土地は神社が管理している土地だ。いろんな噂が立ったら、家にも影響があるかもしれない。普通に警察沙汰だから、その空き家で捜索にもなったしね。だけども、痕跡が無かった。全く無かったわけじゃない。彼らは生い茂る雑草をかき分け玄関先まで足を運んだのは分かっていた。
 だけどもね、其処で痕跡は消えていたんだ。彼らが持っていたスマホを残して」

 自業自得。
 と、完結するには具体的な提言が何もない。
 この話はいわば、失踪した人間が管理していた土地から出てしまったので、捜索を手伝ってほしいという話だ。
 それにしては、素人同然である俺を誘ったのも。どうにか拭えない違和感も解決してはいないが。否定するには多少の恩義がある身としては薄情な言動は避けたい。
 が。

「……バイトなら手伝いませんよ」
「それじゃ、バイトで無ければ手伝ってくれるかい?」

 それが、恩義を返すには十分な理由じゃないか。
 そんな事を、言われた気がした。

「内部を調査するだけなら、先輩だけでいいじゃないですか」
「最近猛暑が続いているでしょ?幼気な後輩を涼ませるのも先輩の務めだと思ってね」

 その言葉に違和感があった。
 最初の会話。先輩は心霊スポットを話題に上げた。
 会話の切り出しとして冗談交じりの言葉だと思ったが、如何やら少し違う事に今更気付いた。先輩は、人が消えた邸宅に対して解決するとは言っていない。
 それはそうだろう。
 行方不明者の捜索とはいっても、警察が引き継いでいるのだから先輩が独自に調査をしたとしてもそれ以上は見込めない。玄関の先を警察が調査していないとはあり得ないし、その上で失踪として扱われている。

「__先輩。解決する気あるんですか?」
「無いよ。言ったでしょ?心霊スポットを見つけたって。僕は仕事で行くけど、君は怪談を楽しむといい。ぶっちゃけ目的はそれよ。一緒に心霊スポット回わろうよって話」

 要は、肝試しと言う奴だ。
 先輩は肝を冷やしたいらしい。肝臓でも洗濯すればいいなんて言ってやりたいが、事この先輩に対してはブラックジョークも褒め言葉になりかねない。

「いや、神社関係者が言うような言葉じゃないでしょ?」
「関係者であっても、無関係だからね。僕は」

 毎年夏祭りの主催を務める人間が、何を言うか。
 八月にも手が届きそうな七月の末。
 住宅地を見下ろす後者は、夏の熱気を吐き出し涼しい風を窓際から取り込んでいた。湿度を多分に含めた風はそれでも日当たりの暑さを和らげる。

 旧式でもパソコンはあるのだから、エアコン位付けてもいいだろうに。
 そんな愚痴が、届く訳もない。


「よろしく。陽炎」

 
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