快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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霜が降る

霜が何時か溶け出す日には

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 ある夏の日の事だ。
 茹だれるような猛暑が続いているというのに、三種の神器たるエアコンの無い自室で本を読んでいた。経済の事だけではなく、もっと色々な知識に偏りなく精通しようと買い漁った本には、著名な先生方の見解やらが詰まっており、つい白熱してしまう。それ故に、体が冷たい物を求めていた。
 冷蔵庫を開けば、めんつゆと間違えぬように白テープに記載された麦茶が出迎えてくれる。親は大事な用とやらで三日ほど家を空けており、家には私と彼女以外広く寂しい日が続いた。

 あの喧騒は相変わらずだが、物理的な空白を埋める様にその快活さは増していた。
 如何やら彼女は語り部である事を好むらしく、その快活さは二人きりの夜にはその常設は賞賛に値する程だ。夏の豆知識から星座の話やら。何処で覚えたのか分からない知識の多さに脱帽するが、一般教養については少し抜けている部分も多かった。

「神様というには短く生きているので。__まあ、仕方が無い事なんですけどね」

 何て、この女はわざとらしく言う。

 多少の氷を入れたグラスが、カランと夏の音を響かせるのを聞きながら額の汗を拭って足を延ばした。
 庭を見れば一層整えられた青葉が、風鈴の音と共にそよ風を運ぶ。しかしてそれは熱風の様で茹だるげの気分は続いていた。鬱陶しい程の青空と入道雲が印象的だった。
 何処か涼しい場所は無いだろうか?
 こういう時、活発な友人は川遊びやらに転じるのだろうが生憎運動神経には自信が無いからそれは除外した。虫の多い森への遠征など、虫刺されと恩恵を比べれば其処までの事ではない。

 __そこで思い出した、涼しい場所を。

 蔵の中は電気が通っていない為、ガスランタンを押し入れから取り出す。中古本を数冊見繕い、そういえば中には椅子が無かった事を思い出したが、まあ、倉庫故に何かあるだろうと楽観視をしながら、重い腰を上げた。
 そう言えば隣人も今日は休みだというのに姿が見えない。
 知り合いを作るのが誰よりも得意そうな人間だから、どこか出かけたりでもしているのだろうか?そんな事を思ひながら、鍵を探すが見つからない。__確か庭を良く管理している彼女は、倉庫代わりの蔵の中も整頓している筈だ。
 かけ忘れたのか、どこかに置き忘れたのか。そう言うタイプでは無いだろうに仕方のない奴だ。
 ともかく鍵を探す訳だが、これがどうにも見つからない。その内に時間は過ぎるので、とりあえず耐えきれない熱をどうにかしようと蔵へと向かう訳だが、其処で鍵が開いているのを見つけた。

 先程の件もあり、泥棒とは思いたくはないが一応警戒しながら中へと入る。

 涼しい風が額の汗を乾かす。
 茹だるげな空間とは違い年中変わらない空間には、一人の先客が居た。

「何故、大層嫌な顔をされているのですか?」
「自分の胸に聞いて見ろ」

 耳が届きません。
 そう言う事ではないと、呆れて声も出ない。

 整理整頓された倉庫の中は、様々な農機具や貯蔵された米袋が詰められていた。
 しかし、広大な敷地面積とは対照的な人数が住む我が家。
 四人程度が食する量はそれほど多くない。時折地域住人とのコミュニケーションの為に催し物をすることはあっても、広々とした倉にはどうしても空きがある。
 何処から持ち出したのか、元々備え付けてあったのか。見覚えのある椅子に腰かけていた彼女はもう一つの椅子を指さし誘う。何かを呼んでいたのか、隠すように後ろへと仕舞う。

「どうぞ、此方へ」

 拒む理由は無い為、俺は素直に従った。

「それにしても珍しいですね。今頃、団扇で仰ぎながら夏を楽しんでいる頃合いかと思いましたが」
「スイカと足を桶に沈めてか?そんなコテコテの夏をどうして披露しなきゃならん」

 暇そうな足をパタパタと仰ぎながら、彼女は言う。
 連日、猛暑が続いている故か。日々の清掃を欠かさない彼女は一息ついたらこの場所に駆け込むらしい。年中変わらぬ気温のこの倉庫は、彼女にとって居心地がいい避暑地になっている様だ。

「天さんは、そう言うのが好きそうですので」
「季節の行事は好むが、実益を取るからな。俺は」
「私も同じですよ。お掃除のついでに実益を取る事にしました」

 実益。というには、あまりに風情は無いが。

「__それにしても暑いですね。神様が溶けてしまいます」
「お前の体は雪達磨か?」
「見た事ありますか?雪達磨」
「程々に小さい奴なら、隣の連中が喜んで作っていたな」

 東北のダルマは、人を超える高さの物があると彼女は付け加える。
 あの雪の量ならどれほど作っても尽きんなと付け足すと、彼女は寂しそうに笑った。

「帰れなくて、寂しいか?」
「いえ。帰ってもしょうがない事は分かっていますので」

 彼女の手には、ハガキが握られていた。
 俺が来るまで読んでいたのは、病院にて入院中の母からの物だったそうだ。彼女の家族は父が旅館を経営しており、二人の兄弟がそれを手伝っていると聞いている。
 彼女の母は彼女の幼少期の頃、肺を患って闘病生活に入ったそうだ。その後は、家族ともども協力し旅館経営を続けていった。
 
 そんな母から、最期に届いた手紙には謝罪の文がしたためられていた。

「お袋さん、亡くなったんだろ?帰るのか?」
「そんなに帰って欲しいですか?」

 自嘲気味に言う彼女に、言葉が詰まる。
 俺は彼女を嫌っていると思っていたが、どうやらどこか違うのだと初めて理解した。

「……冗談だよ」
「知っていますよ。これも冗談です」

 その言葉には覇気がない。
 あの悪辣な意味を込めた笑顔でもない。着飾る程に力が無く、何かが欠けているように見えた。

「私の母は本当の母親ではないんです。今まで育ててくれた感謝をしているし、愛情もあります。__それでも、私は此処で生きる事に決めたんです」
「__愚兄が薦めたから?」
「きっかけはそうですけど、決めたのは私ですから」

 何を以て覚悟としたのか、俺には分からなかった。
 俺は俺が想う程彼女を理解していなかったし、彼女の過去を知っている訳でも無かった。隣人だと思っていた人がこれほど遠い他人だとは思えなかった。雪女のような彼女が、その言葉が嫌いな理由さえも、俺は分からないまま過ごしていたのだから。

 だから、俺に言える事があるとすれば。

「私が居たら、あの町は冷たさで死んでしまいますから」
「そうだな。此処に居るといい。少なくとも、夏の茹だるげが多少は和らぐ」

 何時もの調子を織り交ぜて、その冷たい手を握った。
 身をしめる様な冷たさには、何処か温かみがあったのだろう。

 そうでなければ、握り続ける事は叶わないだろう。

「私は冷房器具ではないですよ?」
「夏に重宝するな」
「冬にはいらなくなりますよ?」
「寒い位がちょうどいいんだ」

 何時か冬は終わり。
 この手は、温かみを取り戻すだろうから。


「__優しいキャラは似合いませんよ。天さんには」


 余計なお世話だと、俺は言いたい。

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