僕は観客として

沢麻

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変な客

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 野地は注文会計ができない、というわけではないと思う。ただ注文会計は、出来上がった弁当を素早くパックし、割り箸やおしぼりなどを素早くセットし、笑顔で客に渡すという野地にとってはハードルの高い作業なのである。適材適所は大事だと思う。しかし野地にとっての適所とは、一体どこなのだろう。それは店長である自分が考えてやらなければならないと、川島は強く思った。
 「店長、ちょっといいでしょうか」
 会議後、三ノ宮が呼び止めてきた。先程の野地への対応についての文句だろうと予想される。三ノ宮は気性が荒く、スタッフに疎まれている。しかし有能な人材であるので意見を無視するわけにもいかない。
 「野地さんのことなんですけど」
 「あ、さっきの」
 「指導不足ですよ」
 「えっ」
 「接遇や、揃えの方も、明らかな実力不足でできないじゃないですか。調理はまぁ百歩譲って正確ですが、何しろ遅い。仕込みもパートさんに頼んだ方が倍できる。それって問題では。社員なんだから、いくら籍が本社とはいえ店長が指導するべきでしょう」
 三ノ宮は凄んだ。三ノ宮は体格が良く、女子プロレスラーのような風貌であり、気が立っているときは普通の人間なら恐ろしくて近寄れない。身長も川島と同じ百七十弱というところか、目線が同じである。
 「もっともですが、彼のパーソナリティーもありますので、そこを考慮しながら考えていきます」
 「考えてばかりじゃなくて行動していただかないと」
 「いえわかってますから」
 川島もとても店長という立場がなければ相対できない人物だな、とつくづく思う。気が荒いだけではなく熱血で真面目で頑固である。
 川島は色々思考していたら図らずとも三ノ宮としばし睨み合う格好になり、慌てて正気に戻った。
 「三ノ宮さんにはご苦労をおかけしています。きちんと僕が対応しますので、野地さんのことはお任せ下さい」
 「また口ばっかりじゃないでしょうね」
 そこへ店舗からパートで一番新しい池田が走ってきた。
 「店長、大変です。変な客が」
 「えっ!」
 川島と三ノ宮は慌てて店舗に戻った。カウンターを見ると、何故か野地がそこにいて、パンチパーマの客に絡まれている。どうしてそこに!
 「お客様、何か」
 川島は落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら駆け寄った。野地は固まっている。
 「なんだお前が店長か」
 「店長の川島でございます。何か粗相がございましたでしょうか?」
 パンチパーマは弁当に髪の毛が入っていたというのと、会計にいたパートの態度が悪いというのを怒りながら説明した。
 「このお客さん、野地さんのこと、店長だと勘違いして……」
 背後で嶋津が囁いた。なるほど。ちらっと見えた厨房に、それなりの年代の男がいたものだから白羽の矢が立ったというわけか。それで反応の悪い野地に一層イライラしてくだを巻いていたのだ。
 「すぐに新しい弁当を用意致します! 大変申し訳ありませんでした!」
 もうすでに後ろには代わりの弁当が拵えており、川島は秒でそれを丁寧に袋に入れ、パンチパーマに差し出した。
 「てめぇ、勘定はしねえぞ。なめくさりやがって。二度と来ねぇ」
 パンチパーマは捨て台詞を吐き、大股で去っていった。ええ、お願いだからもう二度と来ないで下さいと川島は心の中で手を合わせた。
 「ところで髪の毛は確認したわけ?」
 川島は嶋津を振り返る。嶋津は回収した弁当を持ってきたが、割と長めの髪の毛が混入していた。髪の長い嶋津はペロッと舌を出す。あんたかい。
 「いつまでそこにいるの! 夕方の配達詰めなさい!」
 三ノ宮の怒声で皆我に返る。すると野地が亀レベルのスピードでのそっと厨房に向かって歩き始めた。顔は固まったままである。
 「の、野地さん……?」
 無反応だ。
 「野地さんねぇ、けっこう言われちゃって……」
 嶋津が解説した。なんてことだ。これで絶対注文会計はやらないだろう。更にそのあと三ノ宮に怒鳴られるというおまけ付き。これから野地の今後について考えなければと思った矢先に、また選択肢が狭められてしまった。なんてついてないんだ。
 
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