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立て籠り
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翌日出勤すると、朝の会に野地の姿が見当たらない。
「野地さんは」
「……それが……」
川島はばつの悪い顔で、野地の病欠を告げた。昨日パンチパーマに絡まれたことによるショックに違いなかった。
「それってサボりでは?」
三ノ宮はむかついた。変な客くらい客商売ならば誰もが経験のあるところ。野地は多分四十代後半だったと思うが、何を新人のようなことをやっているのか。
「野地さんは今までお客さんの対応をしてこなかった人なので、そこは大目に見てあげて下さい」
「はぁ? あの年でそれはないのでは?」
それなのに年功序列で給料はそれなりのはずだ。納得いかない。
とりあえず川島にプレッシャーをかけるに留め、三ノ宮は仕事をこなした。今日は野地がいないので人数が厳しいにも関わらず、嶋津をはじめとしたパートの面々はなんだか生き生きと働いている。うーん、これは野地がいないほうがいいのではと思わずにはいられない。野地のドタ欠勤は皆を幸せにしてしまった。
野地はその翌日も休み、その翌日は公休だったので結果三連休を取る結果となった。職場の空気は良くなるし、ウィンウィンな展開だったが真面目に働かない同僚がいるだけで三ノ宮は胸がざわつく。もともとないに等しい三ノ宮の野地への評価が完全になくなった状態で、野地が復帰してきた。もっともらしくマスクをしたりして、いかにも病み上がりです風を吹かす。パンチパーマに怒鳴られてメンタルを病んだのはすべての従業員の知るところとなっているのに、今さらなんなのだ。
「野地さん、大丈夫でしたか」
川島が優しい言葉をかけて野地を迎え入れる。猿芝居。野地が来た瞬間、三ノ宮のように皆アドレナリンが放出され、戦闘モードに切り替わっているというのに。
そして野地がまだ傷を負っていることは、より一層寡黙になったことから見てとれた。マスクで表情はわからないわ、喋らないわで目障りこの上ない。午前中の混み出す前の時間は昼の配送分を作らなければならないのに、野地は相変わらず明後日の方を見ながら届いた野菜や冷凍ものをゆっくりゆっくり運んでいる。
「野地さん!」
三ノ宮が思わず怒鳴ると、野地はビクッと体を震わせた。しかし三ノ宮を見るでもなく、目線は野菜のままだ。
「冷蔵庫にしまうだけで何分かかってるんですか! とっとと終わらせて弁当詰めなさい!」
「……」
野地は返事をしたのかすらわからないが、またゆっくりと野菜を運び始めた。嶋津が背後で悪態をつく。構っていられないので三ノ宮は手早く弁当を仕上げる。しかしパッケージの途中で客が入ってしまった。忙しい時間が幕を開けた。三ノ宮は配送の弁当を仕分けしながら野菜炒めをフライパンで火にかけながら電子レンジを作動させる。パートたちは漬物、ごはんの盛り付けなどにせわしなく動く。また次の客、そして次の客。配送の弁当はあと車に積み込むだけでオッケーだ。出発時間までしばしあるので三ノ宮は店舗の仕事を継続する。しばらくして疑問が沸いた。
野地はどこだ。
今日出勤しているはずの野地が見当たらないではないか。
「野地さんは?」
皆が騒ぎ出した時、遅番の友川が出勤してきた。
「友さん、野地さんいた?」
「えっ? ……あっ、でも、トイレが一つ電気ついてたな」
トイレか。それにしても長すぎでは? いつから入っているのかはわからないが、もうすぐ三ノ宮は配達に出発しなければならない。
もどかしい気持ちのまま作業を続けたが、ついに出発時刻まで野地は戻らなかった。
「三ノ宮さん、もう出ないと」
川島が声をかけてきた。野地は戻らない。
「店長、野地さんがいない」
「あっほんとだ。でもまぁとりあえず出て」
「はい」
三ノ宮は仕方なく厨房をあとにした。トイレの前を通ると、男子トイレが確かに使用中である。
くそ。男子トイレだと手も足も出ない。中でサボっているんだ。
「配達に行きますー!!」
三ノ宮はわざと聞こえるように大声で叫んだ。男子トイレの様子は、変わらなかった。
「野地さんは」
「……それが……」
川島はばつの悪い顔で、野地の病欠を告げた。昨日パンチパーマに絡まれたことによるショックに違いなかった。
「それってサボりでは?」
三ノ宮はむかついた。変な客くらい客商売ならば誰もが経験のあるところ。野地は多分四十代後半だったと思うが、何を新人のようなことをやっているのか。
「野地さんは今までお客さんの対応をしてこなかった人なので、そこは大目に見てあげて下さい」
「はぁ? あの年でそれはないのでは?」
それなのに年功序列で給料はそれなりのはずだ。納得いかない。
とりあえず川島にプレッシャーをかけるに留め、三ノ宮は仕事をこなした。今日は野地がいないので人数が厳しいにも関わらず、嶋津をはじめとしたパートの面々はなんだか生き生きと働いている。うーん、これは野地がいないほうがいいのではと思わずにはいられない。野地のドタ欠勤は皆を幸せにしてしまった。
野地はその翌日も休み、その翌日は公休だったので結果三連休を取る結果となった。職場の空気は良くなるし、ウィンウィンな展開だったが真面目に働かない同僚がいるだけで三ノ宮は胸がざわつく。もともとないに等しい三ノ宮の野地への評価が完全になくなった状態で、野地が復帰してきた。もっともらしくマスクをしたりして、いかにも病み上がりです風を吹かす。パンチパーマに怒鳴られてメンタルを病んだのはすべての従業員の知るところとなっているのに、今さらなんなのだ。
「野地さん、大丈夫でしたか」
川島が優しい言葉をかけて野地を迎え入れる。猿芝居。野地が来た瞬間、三ノ宮のように皆アドレナリンが放出され、戦闘モードに切り替わっているというのに。
そして野地がまだ傷を負っていることは、より一層寡黙になったことから見てとれた。マスクで表情はわからないわ、喋らないわで目障りこの上ない。午前中の混み出す前の時間は昼の配送分を作らなければならないのに、野地は相変わらず明後日の方を見ながら届いた野菜や冷凍ものをゆっくりゆっくり運んでいる。
「野地さん!」
三ノ宮が思わず怒鳴ると、野地はビクッと体を震わせた。しかし三ノ宮を見るでもなく、目線は野菜のままだ。
「冷蔵庫にしまうだけで何分かかってるんですか! とっとと終わらせて弁当詰めなさい!」
「……」
野地は返事をしたのかすらわからないが、またゆっくりと野菜を運び始めた。嶋津が背後で悪態をつく。構っていられないので三ノ宮は手早く弁当を仕上げる。しかしパッケージの途中で客が入ってしまった。忙しい時間が幕を開けた。三ノ宮は配送の弁当を仕分けしながら野菜炒めをフライパンで火にかけながら電子レンジを作動させる。パートたちは漬物、ごはんの盛り付けなどにせわしなく動く。また次の客、そして次の客。配送の弁当はあと車に積み込むだけでオッケーだ。出発時間までしばしあるので三ノ宮は店舗の仕事を継続する。しばらくして疑問が沸いた。
野地はどこだ。
今日出勤しているはずの野地が見当たらないではないか。
「野地さんは?」
皆が騒ぎ出した時、遅番の友川が出勤してきた。
「友さん、野地さんいた?」
「えっ? ……あっ、でも、トイレが一つ電気ついてたな」
トイレか。それにしても長すぎでは? いつから入っているのかはわからないが、もうすぐ三ノ宮は配達に出発しなければならない。
もどかしい気持ちのまま作業を続けたが、ついに出発時刻まで野地は戻らなかった。
「三ノ宮さん、もう出ないと」
川島が声をかけてきた。野地は戻らない。
「店長、野地さんがいない」
「あっほんとだ。でもまぁとりあえず出て」
「はい」
三ノ宮は仕方なく厨房をあとにした。トイレの前を通ると、男子トイレが確かに使用中である。
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