僕は観客として

沢麻

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面談

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 「もう我慢できません。店長、野地さんどうにかしてください」
 ここ数日、複数名の従業員から野地への苦情が続いている。野地のトイレが長い件についてだ。長いときは三十分以上にもなると、タイムまで計られてはなんとかしなければならない。
 しかし。男というのはデリケートな生き物で、すぐに精神的緊張からお腹を壊す奴はけっこういる。川島もそういう経験はあるし、今までの人生でもそういう男は珍しくなかった。今回目くじらを立てているのは嶋津をはじめとするパート女性陣と、三ノ宮と友川の女性社員である。仕方あるまい、女達が怒っていると職場環境が物凄く悪化し、ますます野地がお腹を壊してしまう。ただ注意するだけではなく、辛いことや悩みなどを話せるような面談をしよう。
 「野地さん、ちょっといいかな」
 午後の空いている時間を狙って、川島は野地に声をかけた。店舗の方は三ノ宮が戻っているので大丈夫だろう。
 会議室に二人で入る。野地はうんともすんとも言わず、のっそりついてきて腰をかけた。
 「えーと、野地さん、最近体調は如何ですかね?」
 「……いえ」
 「……?」
 いえ、がどういう意味かわからない。
 「いやあのね、けっこう仕事抜けているじゃない? お腹を壊したりとか、しているのかなって思って。体調悪いなら、僕に言ってくださいよ。何も言わないとね、ほら、色々言う人もいるからさ」
 川島は努めて明るく話した。
 「……」
 「野地さん?」
 野地はいつもの張り付いた薄笑いのまま、頭を微かに上下に動かしている。
 「野地さん、何かあったら、僕に言ってくださいね」
 「……戻りたいです」
 「え?」
 「本社に、戻りたいです」
 野地は言った。あぁ、そうだ。そうだろう。本社からすると厄介者払いだったが、野地からすれば不当な配置なのだ。この間の客のことで、野地はいっそうそう思っているのだ。
 「わかりました。野地さん。一応本社にかけあってみますよ。だけど、うちの店舗にいる間は、少しだけ頑張りましょう! ね」
 野地が少しだけ顔を上げてくれた。川嶋は、このかわいそうな人を自分が守らなくては、という使命感を覚えた。
 
 とはいえいきなり本社に連絡して、というわけにもいかない。川島は週末に、本社勤務の同期の笹部という男を飲みに誘った。とりあえず笹部に話してみよう。
 「なんか川島君、太ったんじゃないか?」
 自分もなかなかのデブの笹部がそんなことを言うので苦笑してしまった。ヘルシー弁当を売りにしているのに、何故か社員はデブが多いのがうちの会社の傾向である。川島は年齢的には相応の肉付きであるが、野地はちょい小太りだし、女の三ノ宮に至ってはプロレスラーのように逞しい。
 「ところで、いきなりだけど野地さんのことなんだけどさ」
 川島は先日の変な客の対応から始まった野地の勤務状況の悪化について、さらっと笹部に話してみた。
 「けっこううちの店舗では女性陣に目の敵にされてるし、働き辛いところがあるみたいなんだよね。本人も、本社に戻りたいって言ってるし、そのへん上層部はどう思ってるんだろう」
 「えっ勘弁してくれよ。野地さんはこっちもいらねえよ」
 「そ、そんな」
 聞くと、三号店に来る前も、野地は似たような状態だったようだ。
 「あの人女の社員と合わないんだよ。嫌われて、陰口言われて、それが上にチクられて面倒なんだよね」
 「うん、ほんとそうだね。でもそれは野地さんだけが辛い思いをすることでもないんじゃないかな」
 「それなら本社に丸投げしようとしないでさ、川島君が助けになってやって三号店でうまくやれるように計らってやれよ」
 「なっ」
 三号店に丸投げしたのは本社ではないか。それに自分は努力している。こんなに野地のことを考えているのに。
 「好きな業務だけだらだらやる、嫌な仕事はしない、なんてさ、社会人としておかしいでしょ。社員なんだから、どんな仕事でもできるように教育しないと。それが店長の仕事! よっ、川島店長!」
 つまり本社は野地を受け入れる気はまったくないということだ。ならばますます自分の責任は重い。問題は野地がトイレに立て籠ることだけではないだろう。野地をやる気にさせるような職場環境の改善。これが取り組むべきことか。
 川島はビールを流しこんだ。
 
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