5 / 11
面談
しおりを挟む
「もう我慢できません。店長、野地さんどうにかしてください」
ここ数日、複数名の従業員から野地への苦情が続いている。野地のトイレが長い件についてだ。長いときは三十分以上にもなると、タイムまで計られてはなんとかしなければならない。
しかし。男というのはデリケートな生き物で、すぐに精神的緊張からお腹を壊す奴はけっこういる。川島もそういう経験はあるし、今までの人生でもそういう男は珍しくなかった。今回目くじらを立てているのは嶋津をはじめとするパート女性陣と、三ノ宮と友川の女性社員である。仕方あるまい、女達が怒っていると職場環境が物凄く悪化し、ますます野地がお腹を壊してしまう。ただ注意するだけではなく、辛いことや悩みなどを話せるような面談をしよう。
「野地さん、ちょっといいかな」
午後の空いている時間を狙って、川島は野地に声をかけた。店舗の方は三ノ宮が戻っているので大丈夫だろう。
会議室に二人で入る。野地はうんともすんとも言わず、のっそりついてきて腰をかけた。
「えーと、野地さん、最近体調は如何ですかね?」
「……いえ」
「……?」
いえ、がどういう意味かわからない。
「いやあのね、けっこう仕事抜けているじゃない? お腹を壊したりとか、しているのかなって思って。体調悪いなら、僕に言ってくださいよ。何も言わないとね、ほら、色々言う人もいるからさ」
川島は努めて明るく話した。
「……」
「野地さん?」
野地はいつもの張り付いた薄笑いのまま、頭を微かに上下に動かしている。
「野地さん、何かあったら、僕に言ってくださいね」
「……戻りたいです」
「え?」
「本社に、戻りたいです」
野地は言った。あぁ、そうだ。そうだろう。本社からすると厄介者払いだったが、野地からすれば不当な配置なのだ。この間の客のことで、野地はいっそうそう思っているのだ。
「わかりました。野地さん。一応本社にかけあってみますよ。だけど、うちの店舗にいる間は、少しだけ頑張りましょう! ね」
野地が少しだけ顔を上げてくれた。川嶋は、このかわいそうな人を自分が守らなくては、という使命感を覚えた。
とはいえいきなり本社に連絡して、というわけにもいかない。川島は週末に、本社勤務の同期の笹部という男を飲みに誘った。とりあえず笹部に話してみよう。
「なんか川島君、太ったんじゃないか?」
自分もなかなかのデブの笹部がそんなことを言うので苦笑してしまった。ヘルシー弁当を売りにしているのに、何故か社員はデブが多いのがうちの会社の傾向である。川島は年齢的には相応の肉付きであるが、野地はちょい小太りだし、女の三ノ宮に至ってはプロレスラーのように逞しい。
「ところで、いきなりだけど野地さんのことなんだけどさ」
川島は先日の変な客の対応から始まった野地の勤務状況の悪化について、さらっと笹部に話してみた。
「けっこううちの店舗では女性陣に目の敵にされてるし、働き辛いところがあるみたいなんだよね。本人も、本社に戻りたいって言ってるし、そのへん上層部はどう思ってるんだろう」
「えっ勘弁してくれよ。野地さんはこっちもいらねえよ」
「そ、そんな」
聞くと、三号店に来る前も、野地は似たような状態だったようだ。
「あの人女の社員と合わないんだよ。嫌われて、陰口言われて、それが上にチクられて面倒なんだよね」
「うん、ほんとそうだね。でもそれは野地さんだけが辛い思いをすることでもないんじゃないかな」
「それなら本社に丸投げしようとしないでさ、川島君が助けになってやって三号店でうまくやれるように計らってやれよ」
「なっ」
三号店に丸投げしたのは本社ではないか。それに自分は努力している。こんなに野地のことを考えているのに。
「好きな業務だけだらだらやる、嫌な仕事はしない、なんてさ、社会人としておかしいでしょ。社員なんだから、どんな仕事でもできるように教育しないと。それが店長の仕事! よっ、川島店長!」
つまり本社は野地を受け入れる気はまったくないということだ。ならばますます自分の責任は重い。問題は野地がトイレに立て籠ることだけではないだろう。野地をやる気にさせるような職場環境の改善。これが取り組むべきことか。
川島はビールを流しこんだ。
ここ数日、複数名の従業員から野地への苦情が続いている。野地のトイレが長い件についてだ。長いときは三十分以上にもなると、タイムまで計られてはなんとかしなければならない。
しかし。男というのはデリケートな生き物で、すぐに精神的緊張からお腹を壊す奴はけっこういる。川島もそういう経験はあるし、今までの人生でもそういう男は珍しくなかった。今回目くじらを立てているのは嶋津をはじめとするパート女性陣と、三ノ宮と友川の女性社員である。仕方あるまい、女達が怒っていると職場環境が物凄く悪化し、ますます野地がお腹を壊してしまう。ただ注意するだけではなく、辛いことや悩みなどを話せるような面談をしよう。
「野地さん、ちょっといいかな」
午後の空いている時間を狙って、川島は野地に声をかけた。店舗の方は三ノ宮が戻っているので大丈夫だろう。
会議室に二人で入る。野地はうんともすんとも言わず、のっそりついてきて腰をかけた。
「えーと、野地さん、最近体調は如何ですかね?」
「……いえ」
「……?」
いえ、がどういう意味かわからない。
「いやあのね、けっこう仕事抜けているじゃない? お腹を壊したりとか、しているのかなって思って。体調悪いなら、僕に言ってくださいよ。何も言わないとね、ほら、色々言う人もいるからさ」
川島は努めて明るく話した。
「……」
「野地さん?」
野地はいつもの張り付いた薄笑いのまま、頭を微かに上下に動かしている。
「野地さん、何かあったら、僕に言ってくださいね」
「……戻りたいです」
「え?」
「本社に、戻りたいです」
野地は言った。あぁ、そうだ。そうだろう。本社からすると厄介者払いだったが、野地からすれば不当な配置なのだ。この間の客のことで、野地はいっそうそう思っているのだ。
「わかりました。野地さん。一応本社にかけあってみますよ。だけど、うちの店舗にいる間は、少しだけ頑張りましょう! ね」
野地が少しだけ顔を上げてくれた。川嶋は、このかわいそうな人を自分が守らなくては、という使命感を覚えた。
とはいえいきなり本社に連絡して、というわけにもいかない。川島は週末に、本社勤務の同期の笹部という男を飲みに誘った。とりあえず笹部に話してみよう。
「なんか川島君、太ったんじゃないか?」
自分もなかなかのデブの笹部がそんなことを言うので苦笑してしまった。ヘルシー弁当を売りにしているのに、何故か社員はデブが多いのがうちの会社の傾向である。川島は年齢的には相応の肉付きであるが、野地はちょい小太りだし、女の三ノ宮に至ってはプロレスラーのように逞しい。
「ところで、いきなりだけど野地さんのことなんだけどさ」
川島は先日の変な客の対応から始まった野地の勤務状況の悪化について、さらっと笹部に話してみた。
「けっこううちの店舗では女性陣に目の敵にされてるし、働き辛いところがあるみたいなんだよね。本人も、本社に戻りたいって言ってるし、そのへん上層部はどう思ってるんだろう」
「えっ勘弁してくれよ。野地さんはこっちもいらねえよ」
「そ、そんな」
聞くと、三号店に来る前も、野地は似たような状態だったようだ。
「あの人女の社員と合わないんだよ。嫌われて、陰口言われて、それが上にチクられて面倒なんだよね」
「うん、ほんとそうだね。でもそれは野地さんだけが辛い思いをすることでもないんじゃないかな」
「それなら本社に丸投げしようとしないでさ、川島君が助けになってやって三号店でうまくやれるように計らってやれよ」
「なっ」
三号店に丸投げしたのは本社ではないか。それに自分は努力している。こんなに野地のことを考えているのに。
「好きな業務だけだらだらやる、嫌な仕事はしない、なんてさ、社会人としておかしいでしょ。社員なんだから、どんな仕事でもできるように教育しないと。それが店長の仕事! よっ、川島店長!」
つまり本社は野地を受け入れる気はまったくないということだ。ならばますます自分の責任は重い。問題は野地がトイレに立て籠ることだけではないだろう。野地をやる気にさせるような職場環境の改善。これが取り組むべきことか。
川島はビールを流しこんだ。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる