ハルホール

沢麻

文字の大きさ
13 / 17

俺と穴を開けること⑤

しおりを挟む
 俺は夕希のことと、穴を開けるということについて考えながら、見知らぬ土地を探索した。美代さんが来なかったおかげで、俺の行動範囲が広くなった。そうだな、いつまでも部屋にこもっていては、俺の世界はあの部屋だけになる。いつまでも公園で止まっていたら、俺の世界はそこで終わり。美代さん、俺はきっと新しい世界に踏み出さなきゃいけない段階にきている。
 初めて見る景色で、少し俺の気持ちは明るくなった。しかし、それはすぐにトーンダウンした。すれ違う皆が、俺の口元を見ている気がしたのだ。見ていたとしてもマスク。そりゃいかにも世間からはみ出した風貌の若者がマスクをしていたら、目を引くだろう。透視能力があるわけない。俺の下唇は見えていない。でも、見られている気分になった。
 あいつだよ、あいつ。安ピンアナル野郎。通報するか? 野放しにしていたらやばいことになる。
 そんな風に思われている気がした。くそ。そういえば人通りが多くなってきた。皆エコバッグとやらを提げている。ついに俺はスーパーを発見したのだ。
 俺は店内に入り、従業員に古本屋の場所を尋ねた。従業員の顔が歪む。俺を無職で暇だから立ち読みに行くんだろうという目で見ている気がした。だいたい俺はスーパーが似合わない。
 「古本屋……ちょっと思い付かないすね」
 「まじすか」
 俺は思い付くチェーン店をいくつか挙げたが、従業員はぴんと来ないようだった。
 近くにあるのではないのか?
 俺は義理で飲み物を購入し、スーパーを出た。手がかりを失ってしまった。でも、美代さんが言っていたスーパーは多分あそこだろう。今度美代さんの買い物に付き合ってやろうか、なんて考えるくらいの余裕が何故かできた。しかしまたすぐ下唇のことを思い出して、沈んだが。
 どうしようか。今日はここで帰ろうか。公園を出発したときほど心配ではなくなっていた。明日になればまた会えるだろう。そしたら話題もできる。俺、美代さんを探しに行ったんですよ。スーパーまでは行ったけど、そっから迷っちゃった。笑い話になるな。
 踵を返した時、俺の目の前にブラックタイガーがいた。なんでここに? こんなところまで、お前のテリトリー?
 ブラックタイガーは黙って一点を見つめていた。俺の方ではない。目線を辿ると、古い二階建てアパートにパトカーが数台止まって、人だかりができている。
 まずい!
 俺は反射的に逆方向に逃げようとしたら、人にぶつかった。
 「いたっ」
 「あ、ごめんなさい」
 見ると美代さんと同年代の女性だった。転ばせてしまった。かつての俺ならそのまま走り去ったが、それが出来ず、ばあさんに手を貸した。
 「大丈夫ですか?」
 「いたたたた。気をつけてよ」
 「すいませんでした」
 「ったく今日は散々だわ。上の階の奴は死ぬわ、いつまでも警察は居るわ、買い物で転ぶわで。まだいるのかいあいつら」
 ばあさんはパトカーがあるアパートのほうを見た。警察官が出入りしているのは、二階の部屋だった。
 アパートの二階。まさか。
 「おうち、あそこですか? 何があったんですか?」
 「だから上の階のゴミばあさんが死んでたんだよ。ゴミを溜め込むから迷惑してて、うちら住人が交代で文句言ってたんだけど、返事がないのに電気がついてておかしいから大家を呼んだら中で死んでたんだよ」
 「……まさか死んだのって美代さんっておばあさんですか?」
 「なんだいあんた、知り合いかい。あのクソババアの」
 クソババア? いや、そんなことはどうでもいい。あの美代さんなのか? 死んだって。死んだってどういうことだ。
 「ま、孫です」
 俺は咄嗟に無理がある嘘を吐いた。それをきいて、ばあさんは大声で笑った。
 「ハァー? そんなわけないだろ。そりゃ人違いだ。死んだ美代さんは独身の天涯孤独で、子供なんていないんだから、孫がいるわけがない。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...