ニコチンを死守せよ

沢麻

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隅田その後

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 金がそこを尽きた。俺は家賃と光熱費を二ヶ月滞納し、そのままアパートを追われた。とりあえず売れる家財道具は全部リサイクルショップに売り、残りは実家に着払いで郵送した。実家は他県なので帰るにも交通費がなく、もう少しまとまった金が入るまで日雇いでもなんでもしようと、俺はネカフェ難民となった。
 「えっここ禁煙なの?」
 驚いたのはネカフェのくせに禁煙だったことだ。どうやらそういう条例が制定されたらしく、喫煙できるところのほうが珍しいと言われた。
 手持ち現金は家具を売って手にした一万二千円しかない。なんでもいいから仕事をしなければ。俺は根城にしたネカフェの周りをうろついて、求人広告を探した。もうハロワで仕事が見つかるとは思っていない。何せ住所不定だ。恐らくもうすぐスマホも止まる。急いで、仕事を見つけないと。それにしてもこの辺りは灰皿すらない。どこで煙草を吸えばいいんだ。人通りの少ない路地を見つける度に俺は一本煙草を吸い、そしてまた徘徊した。
 『日雇い募集・誰でもできます』
 こんな貼り紙が電柱にあった。俺はすぐさま書いてあった電話番号に電話した。なんでもいい。せめて手持ちが五万あれば、問題なく実家に帰れる。
 無機質な声音の男が電話に出て、とりあえず事務所に来いと言う。ここから歩いて十五分くらいの場所だったので俺はまた路地を探しながら歩いた。気付いたらもう煙草がなくなりそうだ。金がなくなったので銘柄云々と我が儘を言っていられなくなり、俺はコンビニで一番安い怪しい煙草を買い求め、それからまた歩を進めた。腹が減っていた。でも、煙草以外買う余裕はない。
 やっと見つけた事務所の前で立ち止まると、同じく住所不定無職の風体の男が立ち止まって場所を確かめている。男は振り返り、 「あの、まさか電柱の広告見て?」と俺に話しかけてきた。以前なら絶対に会話することのない部類の男だった。
 「そうだけど」
 「僕もなんだけど、なんか直前で怖じ気づいちゃって」
 「なんで。金が欲しいんだろ? 俺は行くけど」
 「だってここ、やばいと思うよ。相当。やばい商売だよ。住所聞いてピンと来たけど、この辺ってさ……」
 ……そうなのか。最近ネカフェデビューした俺にはそこらへんの事情はわからない。
 「ヤバいってどうヤバいの」
 「……いや、いいや。一緒に行こう。一人より、二人の方が、向こうも変なことさせないかも。ヤバくなったら運命共同体だ、一緒に逃げよう」
 え。そんなこと言われたら俺が今度は怖じ気付く。ヤバいって、ひょっとして腎臓や肝臓売られるとかそういうレベルだったらどうしよう。俺はこの間まで普通にスーツを着て働いていたサラリーマンだったんだ。なんでたかが煙草を吸っただけで、そこまでヤバい橋を渡らねばならない?
 「さぁ、僕は覚悟が決まったよ。行こう、君も」
 男は勝手に覚悟を決めると俺の手を引っ張って、事務所の門を開いた。抵抗しようかと思ったが、もう俺には失うものは何もないと気付いたのでしなかった。否、煙草以外は。
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