ニコチンを死守せよ

沢麻

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島その後

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 「えっ、店を畳む?」
 常連客に言うと、皆が不安そうな顔を向けてくる。今すぐにではなく、三ヶ月後に俺は「しま」を閉めることにした。実は受動喫煙禁止条例が来春施行されることが決まり、店は全面禁煙を余儀なくされるのだった。
 引き際が肝心だ。今の客たちは喫煙を目的としているものが大多数だ。店が禁煙になったら食べに来てくれるとは思えない。ならばこの喫煙できる店、というイメージはいったん終わりにする必要がある。そして閉店までの三ヶ月で客を掻き込む。その後は場所を変えて、スタイルを変えて新たに店を出すか、あるいは雇われになるか、どちらかを選ぶことになる。幸いまだ黒字だ。自分へのダメージを最小限にとどめ、この場を去るのだ。
 客は減っているものの、まだまだここいら一帯の喫煙所の役割を担っているため、ひっきりなしにカレーやコーヒーを運ぶ。やっと一息吐いて、自分も一服をしていると目の前のカウンターの客が声をかけてきた。
 「店閉めるんだな」
 「あ、ええ。そうなんですよ」
 閉店については、入り口と店内に掲示してある。
 「二、三ヶ月前かな、一緒にこの店に来た友人がね、癌になって、今見舞いの帰りなんだ」
 客はしんみり言った。向かいの大学病院に入院しているのだろう。見舞い客はよく「しま」に来る。
 「へぇ、そりゃ大変ですね。手術したんですか?」
 「あぁ、肺をね。三分の二だか取ったって」
 肺癌か。ここに来たということは、その友人も喫煙者だったと想像する。
 「元気になってくれればいいですね」
 俺は当たり障りないことを言った。客は寂しそうに笑った。肺癌なら退院後にここに来ることもない。そしてそのうち、ここはなくなる。そんなことを思って、この客はしんみりしているのだ。
 最近客とする会話はこんなのばかりだった。最後のかきいれ時と思って張り切っていたが、やはり寂しさは拭えないものだった。思えば俺の人生の約半分はここで過ごした。「しま」は俺の人生そのものだった。自分への金銭的ダメージのことばかり考えて店を畳むことにしたが、俺が店を畳むことによって路頭に迷う喫煙者はごまんといるのだ。俺は客商売なのに、結局自分のことばかり考えていたってことか。
 「また、閉店までに是非食べにきて下さいよ」
 「ああ、また見舞いの帰りにな。……俺も健康診断でもするかなと思ってる。マスターも、した方がいいよ」
 「そうですね。俺はもし癌になるなら胃癌か肺癌かな。香辛料と煙草でね」
 「俺もそのへんだ、きっと」
 客はチキンカレーを少し残して、帰って行った。
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