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西の大陸編
5話 ブラフマ
しおりを挟む※残酷な描写、痛みの描写がございます。苦手な方はご注意ください。
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おれは目を閉じ、死を待った。
もう戦う意味さえなくなった気がした。セナンが夢を語る時、おれも同じように楽しかった。
彼女の目標がおれの目指す先でもあった。共に戦い、共に進む。
彼女がいたからおれは強くなれた。彼女がいればどこまでも進んで行けた。
あの場で彼女の話を聞く道もあったかもしれない。でもおれは逃げ出す事を選んだ。
セナンの隣にはもう立てない……
嫉妬と憎悪。失望と絶望。それがあまりにも大きく膨らみ、おれはそれに耐える事が出来なかった。
「最期が地の底とは。今のおれにはぴったりだ」
黒い炎が轟音と共に迫り来る。ジリジリと皮膚が焼け、焦げた臭いが漂い始めた。
「Brahma」
周囲の音が消えリリアイラの声が頭に響いた。突如ドンっと背中から何かが飛び込んできたような衝撃が走った。直後、胸の真ん中辺りで爆発が起きた。と同時に体全体が燃えるような熱を帯び、意識がどこかへ飛ばされた。
パッと目を開けるとそこは無音で真っ白な世界だった。どこか転移魔法の時に入り込む『深淵なる狭間』に似ていた。
「おまえにはまだ死なれちゃ困る」
どこからかリリアイラの声がした。だが姿は見えない。
「ドゥーカ。ここはおまえの根源の世界だ。おれは今おまえの根源と同一化している」
「根源とはなんだ?」
「おまえの意識、心、命。まあ呼び方はどうでもいい。ドゥーカという個の中心だ」
「ますますわからんが……」
「とにかくあまり時間はない。長くいるとおれもここから出られなくなる。ガヌシャバをさっさと消すぞ」
その瞬間、さっきと同じ場所におれは立っていた。ただ周りの全ての物が静止している。目の前にある巨大な黒炎も空中で固まっているかのように止まっていた。
ふと手が黒く変色しているのに気付いた。袖を捲《めく》ってみる。どうやら全身が真っ黒になっているようだった。
「おまえの意志でも動けるが、それだと面倒だ。おれが動くから何もするな」
自分が考えているように、リリアイラの考えが伝わった。宿《やど》ってる状態とは違い、まさに同一化しているようだった。体が勝手に動き黒炎に向かって手をかざす。すると周りの世界が一斉に動き出した。
「Nirguna」
これはリリアイラしか使えない魔法だ。目の前の巨大な黒炎が手に吸い込まれ、どんどん縮んでいく。おれは初めてこの魔法の力がわかった。これは全てのものを吸収する事ができる。物質、現象、魔法だろうが魔物だろうがありとあらゆるものを取り込んでしまう。
以前、リリアイラから聞いたことがあった。宙の果てには全てを飲み込み無に帰す黒く大きな空洞があると。これはまさにそれではないだろうか。そうおれが考えていると、リリアイラの思考が伝播してきた。
「そこまでじゃねえよ。邪神本体はこれじゃ吸えねぇ」
おれの思考も同時に伝わるのだろう。安易な考えがリリアイラには筒抜けだった。
やがて黒炎は跡形もなく消え失せた。体中がパンパンに膨れ破裂してしまいそうな感覚に陥る。
「取り込んだままだとドゥーカの体が持たない。吐き出すぞ!」
口からずるりと脱け出るように巨大な炎が吹き出した。しかし、さき程のどす黒い色とは違い、その巨大な炎は白く煌々と光輝いていた。
「陽光魔法に反転してやったぞ! ありがたく受け取れ! ガヌシャバ!」
またリリアイラの思考が共有された。陽光魔法とは暗黒魔法の対極の力。邪神はこの魔法に滅法弱いみたいだ。
「ブモォォォオオオオオ!」
ガヌシャバは咄嗟に身を翻そうとしたが躱せはしなかった。白い炎が胴体の半分と片足を一瞬で燃やし尽くす。夥しい血が吹き上がり瞬時に蒸発していく。
「止めはおまえに任せる、ドゥーカ」
ふっと舵を渡されたような感覚がした。自分の意志で体を動かす。
「転移!」
魔法の質が普段とは全く違った。湧き出るように魔力が溢れている。刹那よりも早くおれはガヌシャバの直上に転移した。ガヌシャバは体を傾けながらも口を大きく開き、しぶとく攻撃を仕掛けようとしていた。
「砕け散れ!」
足裏に魔力を込め、ガヌシャバめがけて右足を振り下ろしその顔を踏みつけた。一瞬で水が氷と化すように、ガヌシャバが空間ごと硬直する。そして瞬く間に粉々に砕け飛び散った。
跡には瓦礫と化したガヌシャバの亡骸が堆く残っていた。
「終わったな。ブラフマを解くぞ」
リリアイラの言葉が脳へと直接伝わる。ああ、これがブラフマというやつだったのかと思ったその時、体中に引き裂かれるような激痛が走った。
「ぐうぉぉおおおおおおおーーー!!」
気づけばあの白い空間にいた。体中から血が吹き出し足元は血の海となっている。肉から皮が、骨から肉が引き剥がされているような痛みがおれを襲う。
「すまんが少し耐えろ。それは全て幻覚だ」
ブチブチという音まで聞こえる。おれはリリアイラの言葉が俄には信じ難かった。
「ぐぅぅぅぬぉぉぉーー!! 早くしてくれっ!!」
内臓までも背中から引きずり出されるような痛み。もはや正気を失いそうになる。頭そして上半身、右腕がベリッと剥がれた感覚。リリアイラは右腕でおれの背中を押しながら両足を引っこ抜いた。
体の血が全部抜け、体温が氷点下まで下がったようだった。ほんの僅かな時間が永遠のように感じられる。意識が吹っ飛びそうになる寸前、リリアイラの言葉が聞こえた。
「まずい……左腕が抜けん」
リリアイラに殺意を覚えたその瞬間、ふっと魂が抜けるかのようにおれの意識は闇へと消えた。
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