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南の大陸編

25話 狐火

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 相変わらず降り続く土砂降りの雨で私の体はずぶ濡れだった。普段の戦闘なら常に体を乾かしながらでも戦えるけど、流石にこの魔神相手にはちょっときつい。

「ああっもう! 何発食らえば倒れるのよ! 爆ぜ咲く薔薇マカルティバティバ!」

 さっきから魔法は確実に当たっている。もしかしたら急所以外は効かないんじゃないかと思って、それこそ全身くまなく攻撃しているのに全く手応えがない。

「またあれが降ってくるぞい!」

 ラダカンの声が頭にうるさく響く。天を見上げると雷の矢が無数に振ってきていた。ラウタンがいる時とは違い、防御は諦め回避する事に集中する。あいにく速さには自信がある。これくらいの攻撃ならば掠りもしない。

 私が猛攻を仕掛け、それが一頻ひとしきり終わると相手が魔法を放つ。さっきからそれの繰り返しだ。敵も相当魔力量があるのか、魔法が尽きる事がない。それとも、あの弓がもしかしたら何か特殊な力を秘めているのかもしれない。

 私が攻めあぐねているのを感じたのか、ラダカンがいつもの小言を言うような口調である提案をしてきた。

「なかなか埒が明かんのぉ。久し振りに狐火きつねびを使ってみたらどうじゃ?」

 それを聞いて私は思わずむすっと頬を膨らました。

 狐火とは火魔法の一種で、私が使う爆発的な威力で押していく魔法とは違い、じりじりと相手にまとわりつき少しずつ敵を弱らせていく。その見た目も私の派手な……いや華麗な真っ赤な炎ではなく、青白くゆらゆらと燃える、どこか面妖な雰囲気の炎だ。

「えー、私あの魔法嫌いなのよね。倒すのに時間掛かるし、それに地味だし」

「そんな事言っとる場合じゃなかろう。それにもう時間はだいぶ掛かっておるぞ」

 私は心の中で大きな溜息を吐いた。実はラダカンとは過去に何度か狐火の事で揉めた事がある。なんでも前の宿主が狐火を得意としていたらしく、ことある毎に私にも使わせようとした。

 幼い頃はなにも考えずにそれにほいほい従っていたが、ここ数年は私も渋るようになり、最近では全くと言っていい程使っていなかった。私が使うのを嫌がるとラダカンはどことなく不本意そうな、そして少し寂しそうな感じではあったが。

「わかったわよ……どうせ効かないと思うけど」

 私は半ば不貞腐れたように両手の親指、人差し指、中指で三角形を作った。そしてそれを望遠鏡を覗くように目に当て狙いを定める。狐火系統の火魔法は、敵に向かって放つのではなく狙った所に炎を発生させる。相手にぶつけるのではなく、まさに纏わりつかせて焼いていく。

 射出しゃしゅつの速さは考えなくてよくなるため、自ずと火力のみに一点集中でき、狐火の火魔法は最も温度が高い青い炎となるのだ。

狐のかがり火ルバウングン

 私はアジュナが弓を握っていた右手を狙って魔法を唱えた。すると突然、アジュナの右腕から青白い炎がぼっと燃え上がった。しかしアジュナはその様子を見ても狼狽える事なく、腕を足元の水の中に入れそれを消そうとしていた。だがいくら待ってもその炎は消える事はない。

 むしろその炎はどんどん熱を帯び、その威力を増していく。いつしかアジュナの周りの水は沸騰し始め水蒸気が立ち込みだした。

「ガァァァァーーー!!」

 その炎の異様さにようやく気が付いたのか、アジュナはその火を振り払うかのようにぶんぶんと腕を振り回しながら叫び始めた。

「嘘……効いてるじゃない」

 私が驚いてそう呟くと、勝ち誇ったかのようなラダカンの笑い声が聞こえてきた。

「ほっほっほ。やはりあやつは瞬間的に魔法防御をしておったようじゃな。礼などいらぬぞ、アピや」

 私はぐぬぬと歯軋りした。ラダカンの言う通り、あいつに攻撃が当たる瞬間に微妙な魔力の流れは感じていた。ただ何発も当てればいつかは崩せる――それくらい自分の魔法には自信があった。

「ふんっ! 礼もなにも、あの魔法打ったのは私だからね。たまたまラダカンの読みが当たっただけよ」

「まったく可愛げがないのぉ。ほれそろそろ仕留めるぞい」

 アジュナに纏わりついた炎は既に全身へと拡がっていた。自慢の弓を捨て置いて、その青い炎を振り払わんとひたすら藻掻いていた。

「言われなくてもわかってる! 爆ぜ咲く薔薇マカルティバティバ!!」

 それまで鬱憤を晴らすかのように、私は何発も爆炎魔法を打ちまくった。もはや魔神アジュナに防ぐ手立てはない。次々に襲い掛かる爆風と炎に、その肉体は灰と化し木っ端微塵に砕け散った。

 その焼け跡には神弓ガンディバが、あの爆炎をものともせずに無造作に転がっていた。

「ほぉ、こりゃいいのが手に入ったな」

 どこからともなくリリアイラの声が聞こえた。後ろを振り返るとドゥーカ兄がにこにこしながらこっちへ歩いて来ていた。

「終わったみたいだな、アピ。それにしても相変わらず豪快だな」

 辺りを見渡しながらドゥーカ兄が笑いながら言った。その言葉通り、周囲一帯は焼け野原と化し、あちこちで地面が抉れていた。ドゥーカ兄の後に続くようにリリアイラの声がした。

「けっ! さっきの狐火みたいなお淑やかな魔法で戦えばいいんだよ。力で押せばいいってもんじゃねぇぜ」

 対の線を使って私の戦いを見ていたのだろう。いつの間にか私の横に立っていたラダカンもその言葉を聞いて苦笑いを浮かべていた。

「うるさいなぁ。人間には戦いの美学っていうものがあるのよ。ねードゥーカ兄」

 私が飛びつきながらそう言うと、ドゥーカ兄ば少し困った顔をした。

「まぁまぁ。今回はおれもちょっとしくじったし、勝てたから良しとしよう。ところでリリアイラ、あの弓はどうするんだ?」

「あれは工匠の神ヴィシュバルが創ったもんだからな。捨てるのはもったいねぇ。
なんならアピが使ってみるか?」
 
「あんな大きいの使える訳ないでしょ! そもそも私と属性が違うわよ」

「かっ! あれは使い手に合わせて大きさが変わるんだよ。もちろん属性もな」

「えっそうなの!? ちょっと弓使いもかっこいいわね……」

 リリアイラにそう言われ、私はちょっとだけ心が動いた。どうやら魔力も貯めておく事ができるらしい。どうりでアジュナの魔力が尽きなかったわけだ。

 ラダカンは私が使う事に難色を示していたが、とりあえずは保留という形で神弓ガンディバはドゥーカ兄が空間魔法で保管する事となった。


 そして私とドゥーカ兄は魔物の残党を処理し、ようやく土砂降りの戦いが幕を閉じた。





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