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南の大陸編
36話 精霊の女王
しおりを挟む城門の物見櫓から、ジェリミス女王は不安気な表情で遠くを見つめていた。離れたこの場所からでも激しい戦闘の様子が見て取れた。
既に夕闇が迫っている。援軍を送りたいが、きっと足手まといにしかならないだろう。そのもどかしさの中、彼女は思わず唇噛んだ。
「ちょっとまずくなってきたねぇ。あいつら負けちゃうかも」
突然聞こえてきた声に、女王はハッと驚き横を向いた。そこには風にたなびく黒髪に、蓮華色の瞳をした美しい女性が立っていた。右手に持った短い杖をくるくる回しながら、女王に向かってにこっと微笑んだ。
「私はラクシュマイア。昔あんたのご先祖様に宿っていた精霊だよ」
一瞬、訳が分からずぽかんとしていた女王だったが、精霊という言葉を聞いて思わず納得してしまった。
「ではあなたがあの陽光魔法の……」
「そうそう! 私があんたら一族にあの魔法を授けたのさっ。ちゃんと約束を守ってくれてありがとね」
その砕けた喋り方に女王は少し戸惑ったが、深々と頭を下げて礼を述べた。
「お礼を言うのはこちらの方です。あの魔法が邪神から我々を護ってくれていた事は重々承知しております」
「まぁまぁ! 堅っ苦しい事はいいよ。それより今はあっちをどうにかしなきゃね」
そう言うとラクシュマイアは杖の先をドゥーカ達がいる辺りにヒョイヒョイと向けた。その杖の先には蓮華色の水晶で出来た蓮の花がキラキラと光っている。
「こっちの世界にはあまり長くいられないんだ。ちょっとだけ体を借りていいかい?」
「か、体っ!? 私の体を、ですか!?」
「そうそう! ちょっとの間、その体に宿らせてもらうよ。あっ、あんたは何もしなくて大丈夫だから心配ご無用」
にこにこと笑うラクシュマイアに、女王はただ頷くしかなかった。
「あっと! もうひとつお願いしたい事があったんだ。ちょっと用意して欲しいものがあってねぇ――」
そのお願い事を聞いて、女王は一人兵士を呼び寄せ指示を出した。目に見えない何かと話す女王の姿に、その兵士は終始困惑の表情を浮かべていた。
アピだけでなくラウタンまでも闇に飲まれてしまった。しかも太陽は沈み、辺りは闇に包まれ始めている。この状況では奴の攻撃が判別しづらい。それにあの戦輪がかなりやっかいな代物だ。
「あの闇にわざと飲まれて二人を助ける事はできないか?」
おれの前で剣を構えているリリアイラが振り向く事なく答える。
「無理だ。闇の空間ではあいつに分がある。しかも太陽が沈んだ今、あいつにとって有利な条件過ぎる」
その言葉通り、先程から何度も攻撃を食らっている。暗闇から突然スタルジャが飛んでくるのだ。その上、おれの魔法では僅かに軌道を逸らすくらいしか出来なかった。
「来たぞ! 右だ!」
リリアイラが剣を振る。おれも瞬時に魔法を唱えた。
「歪め!」
空間を曲げようとするが、闇によって阻害されているのかいつもより効果が薄い。
スタルジャがリリアイラの剣をもすり抜け、おれは肩口を切り裂かれた。
「ぐわぁっ!」
痛みと共に魔力までも吸い取られる。さっきからすでに魔力ポーションを何本も飲んでいる。奴の魔法の出所がどうにかして感知できないか、とおれが思案していると頭上から声が聞こえた。
「女神の陽光」
まるで太陽が顔を出したかのように、眩い光が空から溢れ出した。闇は消え去り、辺り一帯が光で満ちた。空に浮かぶ女性の顔を見ておれは驚いた。
「あれは……ジェリミス女王か!?」
やがてふわりと地上に降りたその姿は、紛れもなくジェリミス女王だった。だがどことなくいつもと雰囲気が違う。手にした杖をぴこぴこ動かしながら女王は笑った。
「やぁやぁ! 随分苦労してそうだったから加勢しにきてやったぞ」
あまりの衝撃におれは口をあんぐり開けた。リリアイラが何かに気付いたのか、女王を指差しながら叫んだ。
「なっ! おまえひょっとしてババアか!? なんでおまえがここにいるんだ!」
女王はわざと科を作るように微笑みながらおどけて言った。
「だから助けに来てやったと言うておるだろ。ほらほら、とっととやっちまうよ」
そう言ってひらひらと手を振るとクリシャンダラの方を見た。煌々と光に照らされた邪神はなぜかわなわなと震えていた。
「……ラクシュマイア! ようやく会えたな!」
「わたしゃ会いたくなかったけどね。私が残した魔法はどうだったかい? 随分困っていたようだったけど」
コロコロと笑いながら喋る姿に怒りを覚えたのか、クリシャンダラの黒い靄がより一層濃くなった。
「黙りやがれぇぇ! くそばばぁぁぁぁーーーー!」
怒りに任せ邪神がスタルジャを放った。
「うるさいねぇ。くそじじいに言われたかないよ」
一瞬消えたスタルジャがラクシュマイアの目の前に突如現れる。あっ、と叫ぶドゥーカを余所にラクシュマイアはそれをひょいっと杖で簡単に叩き落とした。
その瞬間、スタルジャは粉々に砕け散り、ラクシュマイアが持つ杖もパリンと割れた。
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