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南の大陸編
38話 闇を引き裂いて
しおりを挟むそれは本当に夜が明けたようだった。いつもより多くリリンが魔力を込めているのか、ロンガの中で見るマタハリよりも格段に強い光を放っている。
クリシャンダラが遠くのマタハリを手で庇を作りながら睨んでいる。相当厄介に感じているのだろう。おそらくあれは闇を照らしているだけではないようだ。
クリシャンダラが影を纏い、そして消えた。その行き先は間違いなくマタハリ。おれも瞬時に転移する。
「転移」
一瞬で変わる景色。マタハリが放つ真っ白な光の中、クリシャンダラはすでに魔法を打つ体勢を取っていた。
「黒闇の暴食――」
邪神の体から闇が溢れ出す。だがそれは光に溶かされていくかのように急速に萎んでいった。
「ギャアアアアアアアアーー!!!」
クリシャンダラが空中で悶え苦しみながら魔法を打ちまくっている。だがその闇も瞬時にマタハリの光に掻き消されていった。いつの間にリリアイラがかおれの横に来ていた。
「こりゃまるで陽光魔法みてぇだな。もしかしてこの日照石はババアが作ったのか?」
「わからん。マタハリは遥か昔に天女から授かったと聞いた事はあるが……」
「はっ! ババアが天女かよ。笑わせやがる」
「いずれにせよ邪神にはかなり効いてる。リリン! 熱くはないか!?」
おれはマタハリの真上にいるリリンに一声掛けた。リリンはすでにマタハリに乗り、直接手を当てながら魔力を流し込んでいた。
「ちっとも熱くないのですよー兄さま! 心配ごむようですー」
確かに近くにいてもマタハリの光は不思議と熱を感じない。櫓を引いている兵士やトケッタ達も平気なようだった。しかしクリシャンダラだけは違った。まるで陽の光に焼かれるように、今や体からは煙が噴き出していた。色々な魔法を滅多矢鱈に打ちまくっていた。
そんな時ふと、クリシャンダラの近くでぽっかり黒い穴が開いているのが目に留まる。おれはその穴へと躊躇なく飛び込んだ。 穴の中は静かな空間で暗闇がどこまでも広がっていた。
「狭間の世界のようだな」
後を追いかけてきたのかリリアイラの声が背後から聞こえる。確かにここは大転移の時に通る狭間の世界にどこか似た雰囲気だった。果てしなく続く闇の空間。辺りを見渡して見ると、遠くに淡い光が僅かに見えた。近づいてみると、それは妖精の灯の光だった。ラウタンが傷ついたアピを必死に治していた。
「ラウタン! 無事か!?」
「その声はドゥーカさん? 僕は無事です。アピさんがひどい怪我で……」
淡い光に照らされたアピの姿は血塗れでぐったりとしていた。おれは急いで霊薬を取り出し飲ませた。傷が塞がり、顔にも生気が戻って来た。やがてアピがゆっくりと目を開け、伸びをした。
「ふぁあー良く寝たーってあれ? なんで真っ暗なの!?」
「ぐっすり寝れたみたいだな」
「えっドゥーカ兄? ちょっとレディの寝室に勝手に!」
魔法を打たれそうになり、おれは思わずアピの手を掴んだ。
「待て待て! どう見てもベッドの上じゃないだろ。とりあえず明かりをくれ」
「なによ……」とぶつぶつ言いながらアピが火魔法で辺りを照らす。おれとラウタンとパンバル。そして真っ暗な空間を見てようやく思い出したようだ。
「あっ! あのクソッタレ邪神! どこにいんの!?」
「まぁちょっと落ち着け。まだここは闇空間の中だ」
おれは二人に今の状況を掻い摘んで説明した。すっかり全回復したアピは怒りが収まらないようで、さっさとここから出るぞと息巻いた。
「ちゃちゃっと転移魔法で出れないの? ドゥーカ兄」
「それがさっきから転移魔法が阻害されてる感じでな。入って来た穴も閉じてるようだし……」
「もうっ! リリアイラはなんとかできないの!?」
「けっ! こいつはちょっとくらい弱らしておいた方がよかったな」
「なによ! 空間魔法を司る精霊様ともあろうお方がどうにも出来ないとかなっさけないわねぇー」
アピのあからさまな煽りに、リリアイラは――見事に乗っかった。
「なっ! これくらい余裕に決まってるだろっ! おまえらは下がってろ」
おれ達が少し下がるとリリアイラは剣を構え、魔法を詠唱した。
「Nirguna」
闇の空間が、まるで影が伸びていくように剣先へと吸い込まれていく。暫くすると暗闇が引き伸ばされたように、うっすらと明かりがぼやっと見えてきた。もしやあれは外の空間だろうか。その瞬間リリアイラが叫んだ。
「おまえら! あそこにありったけの魔法を打ち込め!」
その言葉を合図に、おれ達は魔法を一斉に放った。それはまさに集中砲火。斬撃が、爆炎が、そして無数の水の矢が、僅かに見えたその歪に降り注ぐ。
やがてメキメキと音を立て闇空間に亀裂が入っていった。
「切り裂け!!」
渾身の魔力を込めておれは魔法を放った。それは闇を引き裂いて暗闇の世界を瓦解させた。まるで投げ出されたかのように、目の前の景色が一気に変わる。そこはマタハリが光を照らす元の世界だった。
「ねさまー! よくぞご無事で!」
すぐさま魔法で宙を飛ぶアピをリリンが見つける。そんなリリンにアピは笑顔で手を振っていた。おれはラウタンを掴んで転移しようとしたが、どうやらその必要はなかったようだ。
「泡沫」
ラウタンはしゃぼん玉のような膜でパンバルごと体を包みゆっくりと落下していた。真下にいた兵士達は慌てているが。
闇空間から脱出してきたおれ達を見て、クリシャンダラが驚愕の表情を浮かべていた。あれからずっと暴れまわっていたのか、それともマタハリの力か。邪神は明らかに弱体化している。
「一気に片を付けるぞ! アピ!」
「言われなくてもっ! 爆ぜ咲く薔薇!!」
乱射乱撃雨霰。おれ達三人の攻撃だけでなく、櫓を引いていた兵士達も弓や魔法で、そしてトケッタ達までもがクリシャンダラへ向かって攻撃を仕掛けていた。
その一つ一つに、長きに渡って邪神に苦しめられてきた人々の思いが、そして討伐への願いが込められているようだった。
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第38話を読んで頂きありがとうございます。
本編中に出た「乱射乱撃雨霰」という言葉は日露戦争中に流行った琵琶歌の一節だそうです。おそらくこっちの言葉だと知ってる方も多いと思います。
今作品を最初からずっと読み続けて頂いている読者の皆様には感謝感激雨あられでございます。改めまして厚く御礼申し上げます。
引き続きこの物語を最後までお付き合い頂けると幸いです。
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