空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

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南の大陸編

39話 旅立ちの雨

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 一斉攻撃が一旦止むと、クリシャンダラは空中に留まったまま両手で体を抱え、身を固くしていた。魔法や矢による傷が無数についている。しかしその傷は徐々に治っているかのようだった。

「くそっ! やはり奴は不死身なのか!」

 ドゥーカが思わず叫んだ。だがその時、ひとりの兵士が闇雲に放った矢がクリシャンダラの足の裏を掠めた。

「ヌウォォォォォォォォーーーー!!」

 クリシャンダラが大声を上げて地面へと落下した。足の裏を手で押さえながら悶え苦しんでいた。それを見たドゥーカがハッと気づいた。

「ラウタン! 弱点は足の裏だ! 足の裏を狙え!」

 地上にいたラウタンが透かさず弓を引いた。二本の矢が同時に放たれた。それはまるで吸い込まれていくように。転げまわるクリシャンダラの両足の裏を正確に射抜いた。

「ギャァァァァァーーーー!!!」

 断末魔のような叫び声と共に血飛沫が上がる。クリシャンダラはのけ反るように体を一瞬硬直させた後、ぐったりと大の字に横たわり天を仰いだ。

砕け散れデオ・ワハジャクラ!!」

 クリシャンダラの体の中心目掛けおれの踵が振り下ろされる。邪神の肉体はメキメキと音を立て砕け散った。粉々になった破片はやがて黒い靄となり風に流され消えていった。



 僅かに生まれた静寂が歓声へと変わる。兵士達が、そして魔術師達が喜びの声を天に轟かせていた。リリンは日照石マタハリの上でピョンピョン飛び跳ねている。
ラウタンはホッとした顔でパンバルを労っていた。アピがおれの元へとやってくる。
その顔はどこか清々しく、達成感に満ちた顔をしていた。

「終わったね。ドゥーカ兄」

 おれは笑顔でそれに応え、アピの頭をワシャワシャと撫でてやった。いつもなら文句を言われるとこだが、今日ばかりは笑ってくれた。
 

 あの戦いの最中、城門へと戻ったジェリミス女王はそのまま気を失い、目覚めたのは翌朝だった。ラクシュマイアはすでに精霊世界に戻っており、女王自身は精霊が宿っていた時の記憶はなかったようだ。邪神討伐の吉報を聞くと、安心してしまったのか、それから丸一日眠っていたそうだ。




 それから三日ほど、おれ達は休息を取り体を休めた。今日は王城へと出向き、女王に謁見する事になっている。

 フジャンデラス家の家紋が入ったカパルの一団が湿地帯を駆けていく。おれがいつものように窓から顔を出すと、少し離れた位置でラウタンがパンバルに跨り並走していた。おれが手を振ろうとすると、リリンが隙間からぎゅうっと身を乗り出してきた。

「ラウタン殿ー! パンバルちゃーん!」

 リリンが手を振ると、ラウタンが笑いながら手を振り返す。ぶんぶんと大きく振るリリンの小さな手がおれの顔を叩いた。

「ちょっとリリン。はしたないわよ」

「はーい、さま」

 アピにたしなめられリリンがおとなしく椅子に座る。おれは相変わらず窓から顔を出し爽やかな風を思う存分満喫していた。

「アピもたまにはどうだ? 雨も降ってないから濡れることもないぞ」

「もう! ドゥーカ兄がやるからリリンが真似しちゃうんじゃない。それにしても本当に嘘みたいに雨が降らなくなったわね。これってやっぱり邪神を倒したから?」

 おれは顔を引っ込め椅子に座る。アピの問い掛けにはリリアイラが答えた。

「おそらくそうだろうな。大方、クリシャンダラが呪いかなにか掛けてたんだろう」

「生まれた時からずっと雨だったから、なんか変な感じ。そのうちこの湿地帯もなくなるのかなぁ」

 おれは再び窓の外を眺めた。どこまでも続く緑の湿地帯をラウタンを乗せたパンバルが楽しそうに走っていた。




 未だ戦いの痕跡が残る場内を歩き、おれ達は女王の間へと足を運んだ。玉座に座るジェリミス女王の顔はとても晴れやかだった。

「此度の邪神討伐、誠に見事であった。シュラセーナ王国を代表して邪を滅する者マジャラ・クジャハに最大級の感謝を――」

 女王は立ち上がり頭を下げた。おれ達三人もそれに対し頭を下げ礼を返す。女王は微笑みながら言葉を続けた。

「ドゥーカ。二つ目の約束も守ってくれたな。ありがとう」

「今回は王国軍のみならず、女王自身にも助けられた。礼を言うのはこちらの方だよ」

「この後はどうする予定だ?」

「次は東の大陸を目指そうと思う。途中、飛び鳥に寄るつもりだ」

 おれがそう答えると女王は再びにこりと微笑み、どこか砕けた雰囲気になった。

「ドゥーカ達ならきっと全ての邪神を倒すと信じてる。それまで待ってるよ。まだ三つ目の約束が残ってるからね」

 女王はにやりと笑うと、突然おれに近づき腕を絡めてきた。おれは慌ててそれを引きはがそうとする。

「み、三つ目って! 契約は二つのはずだろ!」

 女王は離れようとせず、ぐいぐい体を密着させる。隣にいたアピがそれ見ながらいたずらっぽく笑っていた。

「大丈夫よ姫様。全部片付いたら必ずドゥーカ兄は連れて帰るから」

「うんお願いねアピ! 鎖で縛りつけてでも持って帰ってきて」

「持って帰るって……」

 おれが冷や汗を流しながらそう呟くと、リリアイラが隣で頭を横に振りながら溜息をこぼしていた。






 それから数日後、おれ達は東の大陸へ向かうため港へとやってきた。今回は王国軍の軍艦船を特別に使わせてもらう事になった。「雨と水の大地」と呼ばれた南の大陸であるが、今日もすっきりと晴れ渡る空が広がっている。

「はぁ……また船かーやぁだなぁ」

 アピがそう呟きながら肩を落とした。おれは慰めるように彼女の肩をぽんぽんと叩く。

「まぁこればっかりは仕方ない。ところでラウタンは船旅は初めてか?」

「はい! 船に乗るのも、大陸を出るのも初めてです。ちょっとわくわくしてます」

 アピとは対照的にラウタンは目をきらきらと輝かせていた。旅にはもちろんパンバルも一緒だ。

 
 汽笛が鳴らされ乗船の時間となった。見送りに来ていたドゥパ様とリリンがアピとの別れの抱擁をしていた。ちなみにラハール領主はまだ療養中だ。

さま。またお土産話たくさん聞かせてくださいね」

「気をつけていってらっしゃいね。アピちゃん」

「いってきます。母様、リリン」

 三人に涙などなかった。きっと戻ると信じているのだろう。



 おれ達が乗り込むと、再び汽笛が鳴らされ船は出向の時を迎えた。巨大な軍艦船がゆっくりと岸を離れていく。港ではリリンが大きく手を振っている。

 その時、まるで別れを惜しむかのように突然雨が降り始めた。普段、濡れる事を嫌がるアピが気にする様子もなく手を振り返す。その姿を見て、おれとラウタンは目を合わせくすりと笑った。

 
 その雨は、緑の大地が水平線の向こうへ消えてなくなるまで降り続いていた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 第39話を読んで頂きありがとうございます。

 これで南の大陸編は終了となります。次話は「南の大陸編」の登場人物紹介と魔物魔人の解説。その後は「飛び島」「東の大陸」と続きます。




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