空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した

三毛猫ジョーラ

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東の大陸編

46話 月光に照らされて

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 初めて彼女を見た時、なんて神秘的で美しい人だろうと思った。新雪のような真っ白な肌に、輝きながらふわりと揺れる銀色の髪。まるでお月様のようだ、と暫く見とれてしまった。

「あなたがジャ・ムーね。私はセナン。これからよろしくね」

「あっ、はい! ジャ・ムー・カレンドラです! よろしくお願いします!」

 
 マイジャナ王立魔術学校の卒業を待たず、私は十六歳の時に国の命を受けてマジャラ・クジャハに臨時で加入する事となった。冒険者としての最高峰であるSランクのパーティー。しかも四大陸ダンジョン特別討伐許可という折り紙付き。

 緊張と実戦経験の乏しさもあり、私は戦闘前から全身を強張こわばらせ、右手と右足を同時に動かして歩くほどだった。

「ちょっとお姉さん大丈夫?」

 心配そうに声を掛けてきたのは爆炎魔術師のアピ・フジャンデラス。私より三つも年下なのにすでに貫禄さえ漂っている。あわあわと私が言い淀んでいると、私よりも早くパーティーに臨時加入していた騎士団長のバンガルドが近寄ってきた。

「すまないな。この子はまだ学生で、ダンジョンにもあまり潜った事がないから緊張してるんだ」
 
「ふーん、そっか。まっお姉さんは後方支援なんだから気楽にね。なんかあったらドゥーカ兄が護ってくれるよ」

 こんな可愛らしい子に励まされてしまった……私は少し気落ちした。でも彼女が言うように、私が緊張して力んでいた事は無駄な骨折りだったとすぐに思い知った。


 マジャラ・クジャハの圧倒的な強さ。騎士団最強ともいわれるバンガルドさえ役に立ってない。いやむしろ下手に突っ込んで行って足を引っ張っている。それに比べマジャラ・クジャハの三人の連携は見事だった。特に前衛のドゥーカさんとセナンさんの動きはまさに阿吽の呼吸。互いに相手を信頼しきっているのがよくわかった。

 流れるように魔物を蹂躙していく二人。そしてセナンさんは戦う姿さえも美しかった。まるで円舞曲ワルツを踊っているかのように軽やかにたおやかに。それでいて風魔法をまとったレイピアの切っ先は容赦なく敵を切り刻む。

 秀麗さの裏に見え隠れする冷酷なまでのその強さに私は目を奪われた。月下の草原で月を憧憬しょうけいする野うさぎのように。


 呆然と立ち尽くす私の足元に突然バンガルドが血まみれの状態で転がってきた。

「そいつを治してやってくれ!」

 ドゥーカさんが空間魔法で飛ばしてきたのだろう。ぎゃあぎゃあと、のた打ち回るバンガルドに私は慌てて手をかざした。

救済レガ!」

 淡い緑色の光がバンガルドの体を包み込む。瞬時に傷口が塞がり流れ出る血は止まっていった。静かになったと思ったら、バンガルドはそのまま気を失ってしまった。

「へぇーやるじゃんお姉さん。そいつなんかより全然優秀」

 様子を見に来たアピちゃんはにんまりと笑うとすぐさま前線へと戻っていった。私は「ほぅ」と軽く息を吐く。そして再び遠くから三人の戦いを見て私はようやく理解した。私が呼ばれたその意味を。

 
 名ばかりとはいえ騎士団長と王立学校の生徒がマジャラ・クジャハに加入しているのだ。もしもこの先、三人が邪神ガヌシャバを倒したとしても王国の面子だけは保つ事ができる。

「この度は我が王国の助力もあり―」

 そうのたまうマイジャナ王の姿が頭に浮かんだ。愚の骨頂ここに極まれり。あまりに浅はかな王国と、それに従うしかない自分の境遇を、この時ほど恨めしく思った事はなかった。


 それでも三人に極力迷惑を掛けぬよう、少しでも力添えできるよう私は死ぬほど頑張った。たまに空回りしてアピちゃんに笑われる事はあったけど。


「ジャ・ムーったらまた腕を上げたじゃない! 支援魔法なんていつ覚えたの?」

 ダンジョンからの帰還中、セナンさんが嬉しそうにそう言ってくれた。すでに憧れを通り越し、畏怖の念すら彼女に抱きつつあった私はすっかり恐縮してしまった。

「い、いえ! まだまだ私なんて足手纏いでしかありません。今日も大事なとこで転んでしまって……」

 ぺこぺこと頭を下げる私に彼女はゆっくりと近付いて来た。そして私の顔を両手で包み込むとじっと見つめてきた。吸い込まれそうな翡翠色の瞳に本当に吸い込まれそうになってしまう。

「よく聞いてジャ・ムー。私達はあなたが足手纏いだなんてこれっぽっちも思った事ない。あなたが後ろにいてくれるからいつも安心して思いっきり戦える。あなたはもう立派なマジャラ・クジャハの一員。だからそんな悲しい事二度と言っちゃダメよ」

 その言葉が深く私の胸の奥に突き刺さった。一人で悩み葛藤していた心のもやがぱあっと晴れたようだった。それまで抑えていた感情が涙と共に溢れ出し、眼鏡が一瞬で曇った。せっかく心の靄はなくなったというのに。

「うっうぅーー! ありがどうございばすぅ! ひっく。ゼナンざぁん、わだし、わだし皆さんのぢからになれでたでじょうかぁぁ? ずこしでもお役にだてでだでじょうかぁ? うわぁーん!」
 
 私はセナンさんの手を握りしめその場に泣き崩れた。その結果、意図せずして私は号泣しながら彼女にすがるような格好になってしまっていた。

「おいおいセナン。あんまり怒って泣かせるなよ」

 その異様な光景を目の当たりにしたドゥーカさんが思わず声を掛けてきた。

「ちょっと待って! これは―」

「馬鹿ねドゥーカ兄。ジャ・ムーは怒られたくらいじゃ泣いたりしないわよ。こう見えて根性あるんだから。これはきっと嬉し涙ね」

「そ、そうよ! 私は日頃の感謝を伝えただけなんだからね!」

 
 思わぬとこでセナンさんに迷惑を掛けてしまった。申し訳ないなと思いつつも私は気が済むまで泣き続けた。憧れたセナンの優しい微笑みに照らされて。



 セナンさんの様子が変わり始めたのは、それから僅か半年後の事だった。









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