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第10話 呪縛
しおりを挟む「どういうことなんですか?」
私の問い掛けに応えることなく、父は椅子に腰かけると机の引き出しから葉巻を取り出した。軽く私を一瞥した後、咥えた葉巻に指先から出した魔法の炎で火を点けた。そしてゆっくりと煙を吐きながら私に座るよう顎で指示する。
「辺境騎士団の全ての武器の付与をグレイン商会で取り扱うことが決まった。おまえは早急に武器の付与魔法を習得するように」
「待ってください! マーカスとの婚約解消はどうなったんですか!?」
「そんなこと出来る訳がなかろう。これはアーゲン殿の我が家への特別なご配慮だ」
「そんな……」
そんなのあまりにも身勝手だ。もう私とマーカスには信頼関係なんてものはない。私達は三年も顔を合わせてすらいないし、彼が私のことをどう思ってるのか全く分からない。そのことはアーゲンさんにも伝わってるはず。それなのにどうして私をマーカスの婚約者に縛り続けるのだろう。
「北方からの魔物の侵入が増えてるようでな。取り急ぎ火属性の付与が必要とのことだ」
「……火属性は私は不得手です。誰か別の方をお願いします」
「残念ながら商会の中ではおまえが一番魔力量が多い。おまえが主力となりこの事業は行う。おい、あいつをここへ」
父に指示され秘書が連れてきたのは見るからに怪しげな人物だった。フードを目深に被っているため顔が全く見えず、男か女かも分からない。手には真っ白な長い杖を携え、もう片方の手にはなにやら魔石が付いたペンダントを持っていた。それを私達に見せながら、何やらぼそぼそと話をしている。あまり聞き慣れない言葉だったが、おそらく父の故郷のザリンガ語だろう。私も多少は話せるが声が小さすぎて話している内容までは分からなかった。
「ああ、そんな説明は必要ない。いいから手早くやってくれ」
父が手をひらひらさせながらそう言うと、その怪しげな人物が私の方へと近付いて来た。そして椅子に座る私の目の前に立つと、手にしたペンダントを私の首にかけようとする。私は思わずのけ反るようにして身を引いた。
「ちょっと待ってください! これは一体なんなのですか!?」
目の前の人物を手で制しながら父を見た。父はやれやれといった表情で億劫そうに口を開いた。
「おまえの魔法属性を火に変えるんだよ。そのペンダントについた魔石はそのためのものだ。多少魔力量は落ちてしまうが左程問題ではない。いいから続けてくれ」
怪しい人物は父の言葉に軽く頷くとペンダントを私の首にかけようと身を屈めた。その時、耳元で優しい女性の声が微かに聞こえた。
「大丈夫。痛みなどはないから安心して」
おそらく私にしか聞こえなかっただろう。少し驚いてフードの中を覗くと、とても綺麗な女性が私に微笑んでいた。そしてじゃらりと軽い金属音を立てて魔石のペンダントは私の胸元へと収まった。
女性は杖を構えながら半歩ほど下がると、細い指先で私の目の前に魔法陣を描き始めた。それは今まで見た事もないような魔法陣だった。とても複雑で、そして美しかった。惚けたようにそれに見とれていると、その魔法陣はゆっくりと私がさげた魔石の中へと消えて行った。
「終わったか?」
父の言葉に女性は再び無言で頷いた。風魔法を使ってみろと父に言われ、試しに小さい魔法を唱えてみる。けれど指先からは吐息程度の風しか出てこなかった。逆にこれまで散々苦労していた火魔法は、まるでおもちゃ遊びをするくらい簡単に操ることが出来た。
だが妙な違和感もあった。魔力が減っているような、抑え込まれているような変な感覚。一度外してみようとペンダントに手をかけようとしたがそれが出来ない。どうやら行動を抑制されているようだった。
「うまくいったようだな。武器専門の魔法付与の部署を作った。おまえは明日からそこで働くように」
そう言いながら父は執務室を出て行った。あのフードの女性もいつの間にか消えていた。ぽつんと一人部屋に取り残されながら、私は鈍く輝くペンダントを見つめていた。
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