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第4話 一寸の虫にも五分の魂

⑩一寸の虫にも五分の魂(2)

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 福岡支店長は村木に同情的だった。
「村木課長、よく来てくれたね。単身赴任で色々と大変だろうけど、何かあったら遠慮無く言ってくれ給え」
「はい、有難うございます。これから心機一転、頑張りますので宜しくお願い致します」
仕事に就いては、支店長は明快に指示した。
「今、うちの営業は三課とも陣容が整って上手く回転している。暫くこのままで力を着けて行きたいと思う。従って、君には新規顧客の開拓に専念して貰いたいが、どうだ、やって貰えるかね?」
そうか、開発専門で部下無しの一匹狼か、心機一転の再出発には煩わしさも無くて良いかも知れないな。暫く一介の営業マンとして自由に活動してみるか・・・村木はそう思って快く引き受け、早速に新規顧客を開拓する行動を開始した。
 福岡は東京に比べれば人も風土ものんびりしていた。心をキリキリさせるぎすぎす感が希薄だった。村木は東京でのあの不愉快な一件を傍らに終い込んで仕事に精を出した。
 大きな受注に結びつく成果は容易くは挙がらなかったが、地道に着実に業績を積み重ねて二年後には支店内に開発課が設けられ、村木は新しく出来た課の課長となった。
その年の夏、村木は、日本を代表する世界的企業の九州工場へ数え切れないほど足繁く通った或る日、相手の資材部長から声をかけられた。
「村木さん、あなたを見込んで、折り入って相談があるのですが・・・」
「はい、私でお役に立つことが有りますれば何なりとお申し付け下さい。全力で対処させて頂きます」
「そうですか。おたくの会社ならきっと実現して戴けると確信して申し上げるのですが、但し、実現出来るまでは決して他言無用に願いたいのです。外部は当然ながらおたくの社内にも漏れないようにお約束頂けないと・・・」
「はい、よく承知致しました」
村木はこれから話されるであろう事の重大さに改めて身を引き締めた。
「この工場の工程に、一分間に百個の製品を流す装置が在るのですが、それを、三百個を流せるものに替えたいのです。製品は汎用品ですので生産性が勝負を分けることになります。国内は無論のこと、海外でも勝負出来るコストにしたいのです。それはこの工場の主力製品ですので、これで敗れるということはこの工場が閉鎖に追い込まれることを意味します。この勝ち残りを賭けた勝負に是非ともお力をお貸し頂きたい、とお願いする次第です」
村木は資材部長の理を分けた真剣な真実溢れる物言いに心を揺さ振られた。現在使われている装置は村木の会社が制作したものではなかった。村木は自社の技術と自分を信じて話して貰えたことに心を震わせた。
「決して他言は致しませんから、一度、その装置を見せて頂く訳には参りませんか?」
見学通路から装置を覗いた村木は吃驚した。一分間に百個でもそのスピードは物凄かった。眼にも停まらぬ速さだった。村木は緊張した。果たして実現出来るだろうか?・・・
「近日、改めて技術者を連れて参りますので、もう一度見せて頂けますでしょうか?」
「解りました。やって頂けるなら是非そうして下さい」
後日同行した技術開発者も直ぐには返答出来なかった。
「必ず実現させることを前提に、期間はどの程度の猶予があるのでしょうか?」
「そうですね、長くて半年、出来ることなら三か月以内、と言うところですね」
 
 それから直ぐにプロジェクトが結成された。村木もその一員に加えて貰った。じっと座して待つ気には到底なれなかった。村木は夕刻になると、営業の帰りがけに技術部へ日参した。論理を詰めては図面を描きシュミレイションが行われたが、試作するまでにはなかなか到らなかった。
瞬く間に一カ月が経過した頃に、漸く、最初の試作品が造られた。それは装置のスパーンを従来のものの五分の一に短くしたものだった。だが、結果はもう一つ芳しくなかった。
また最初の論理作りからの練り直しとなった。試行錯誤の繰り返しがまた暫く続いた。
「俺はこんな機械さへ満足に作れない。技術者としては失格だ。今まで何をやって来たのか・・・」
村木と近くの居酒屋で杯を傾けながら、担当技術者がそう言って肩を落とした。
 更に、一月後、今度はコンベア状の流れ作業型ではなく、円形状の回転型のものが製くられた。早速にテストが実施され、それなりに上手く行ったように思われた。
「材質をもっと軽いものにすれば更にスピードが増すんじゃないか?」
それから又、プラスティックや軽金属等を使って、材質選定の為の試行が半月ほど続けられた。
 最初の期限である三か月を目前にして、漸く、これで行けるのではないか、と言える装置が出来上がった。
「御社の工程に据え付けて、実際の作業テストを行って戴きたいのですが、如何でしょうか?」
「試作機が出来たのですか?流石に速い仕上がりですね。結構ですよ、来週にでも早速に試ってみましょう」
結果は上々だった。相手の資材部長も製造部長も高く評価してくれた。自社のプロジェクトメンバーはハイタッチで喜び合った。取り分け担当技術者は殊の外、感無量の様子だった。眼を潤ませて村木とガッチリ握手を交わした。
 
 村木の販売戦略は巧妙だった。
「未だ一号機が出来たばかりです。早速に量産に取り掛かりますが、これから改良したり手直ししたりする部分が出て来るかも知れません。いきなりお買い上げ頂くよりも最初はリース契約でお使い頂く方が宜しいかと存じますが・・・」
そう言って、リース契約を締結したが、工場全体で三十台、月額千八百万円、年商では二億円を超える大型契約となった。
更に、村木はその装置で製造される商品のパッケージングもトータルで受注した。材質を変え、形状を変え、デザインを変えて制作されたパッケージはイメージが一新されて、商品価値が一段と映えて向上した。
 村木はこれらの装置とパッケージを、知的財産を統括管理している本社の知財部を通して特許と実用新案の登録申請を行った。半年後、特許庁から認可が下りて他社が追随し得ない新しい事業が成り立ち、当該商品を製造する世界の工場にもその装置が及んで行って、もはや福岡支店や九州事業部の範疇を越え、全社的事業としての地盤が確立された。
福岡支店は年間最優秀支店の賞を授かり、村木は最も業績の向上に寄与した社員に贈られる年間社長賞を受賞した。
「福岡支店が此処まで大きくなれたのは村木課長、一にも二にも君のお蔭だ。君の頑張りが皆を刺激し鼓舞して、その相乗効果で業績がスパイラル状に飛躍的に向上した。原動力も推進力も君が果たしたのだ」
「いえ、私はこの環境を作って下さった支店長と皆さんに感謝申し上げるのみです。温かいご支援とご協力が有ったからこそ何とか此処までやって来れたのです」
村木はそう言って深く頭を垂れた。支店の中に一際大きな拍手が沸き起った。村木は目頭が熱くなって顔を上げられなかった。
 
 二年後、全社の営業部門を束ねる大川常務によって、村木は大阪支店長に抜擢された。
 大阪でも順調に業績を伸ばした村木は、更に三年後、東京に支店長として呼び戻された。東京を離れてから既に七年の歳月が流れていた。
東京の街は以前の面影すら留めていなかった。人も街も慌しく忙しく動き回って蠢いていた。
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