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第六章 同級生遼子、ホステスから庭師へ転身
⑤刑務所を出た遼子に仕事は無かった
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だが、刑務所を出た遼子に仕事は無かった。男と刃物沙汰を起こした凶暴な女をホステスとして雇う真面な店は何処にも無かった。夜の世界は思いの外に狭い世界だった。刃傷に及んで警察の世話になった女の噂などどの店にも直ぐに知れ渡っていた。
男と刃傷沙汰を起こしたホステスを売りにしようと目論む店も無くはなかったが、そんな店は売防法の網の目をぎりぎりで掻い潜っているような危うい店だった。半年の間、刑務所で垢を落とした遼子はそこまで堕した阿婆擦れた生き方をする気にはもうなれなかった。
遼子は今日も仕事探しに焙れて自分のマンションに重い足取りで帰って来た。
気持ちは既に萎えて折れかかっていた。夜のホステスの仕事さへ無いのか、私には・・・
部屋に入ると直ぐにグラスにウイスキーを注いでストレートで飲み始めた。中途半端な生酔いでは高校を卒業してからの十年に及ぶ荒れた生活が甦って来て鬱の底に落込んでしまいそうだった。遼子はぐいぐいと呷るように呑んだ。
やがて遼子はうとうととまどろんだ。
暫くして肌寒さに身震いして目覚めた遼子は慌てて起き上がった。当然ながら、部屋には誰も居なかった。遼子は立ち上がってキッチンに行った。少しふらついたが、頭が少々痛むだけで、気分はそんなに悪くは無かった。ただ、身体が重くて節々が痛かった。遼子はキッチンで、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ボトルのまま水を二口、三口飲んだ。喉を滑り落ちる冷たい水がこの上なく美味かった。
遼子はリビングに戻った。
もう何時頃なのか?窓の外には、陽は既に沈んでいたが未だ夕焼けの残照が紅く残っていた。
誰かがピンポーン、ピンポーンと呼び鈴を鳴らしている音がする。
遼子ははっと我に返ったように立ち上がった。ドアの前まで足音を忍ばせて行って覗穴から外を覗くと後藤が立っているのが見えた。ロックを外してドアを開けた遼子の眼の前に大柄で逞しい後藤の姿が在った。
「まあ、後藤君じゃないの、久し振りだわね。あれ以来ね。その節は何かとお世話になってほんとうに有難う」
刑務所を出た日のことを思い起こして、礼と詫びを遼子は改めて言った。
以前と変わらない日焼けした浅黒い顔に微笑を湛えて、後藤は立っている。
「でも、どうしたの、急に?」
「いや、その・・・」
後藤は少し口籠もった。
「その後どうしているかと思って、顔を見がてら、一寸寄ってみただけだよ」
「それじゃ、後藤君、あんな遠い所からわざわざ此処まで来てくれたの?そりゃ、悪かったわねえ。しかし、よく此処が判ったわね」
「うん。俺が身元引受人だということを保護司さんにきちんと話したら、丁寧に教えてくれたよ」
後藤は昔から生真面目なところがある男だった。
「済まなかったわねえ、こんなに遅くに」
「未だ午後七時過ぎだ。そんなに遅い訳じゃないよ」
「車を飛ばして来たのでしょう。一寸入ってお茶でも飲んで行ってよ、ね。お酒を一杯と言う訳にもいかないけどさ」
「いや、俺も仕事を終わって家に帰る途中だからさ、そうもしていられないんだ。お前の元気な顔も見たし、このまま直ぐ帰るよ」
「でも、後藤君と会うのなんて久し振りじゃないの。このまま直ぐに帰るんじゃ、わたし淋しいよ」
「なに、これで元気で居ることが判ったから、また、改めて休みの日に出直して来るよ」
「そんなこと言わないで、立ち話もなんだから、まあ一寸入ってよ、ね」
先にたってスリッパを揃え、中に入った遼子の後ろから、それもそうだな、と後藤が逡巡しながらも従いて入って来た。
「今、お茶を煎れるから、そこに座って少し待っていてよ」
リビングの椅子に後藤を座らせて、遼子はキッチンへ立った。
「後藤君、仕事の方はその後どう?順調に行っているの?」
お茶の用意を整えてリビングに戻った遼子に、後藤が日焼けした顔を一撫でして応えた。
「まあな。まだまだ順調じゃないけど、一応は自前でやっている。親父が死んで跡を継いだ時はどうなることかと不安一杯だったけど、漸く一寸、目鼻が付いて来たよ」
「そう、そりゃ良かった。でもあんた、偉いわね。で、奥さんは?」
「居ないよ。俺は未だ独り身だ」
「まあ、勿体無い。早く奥さんを貰わなきゃ」
「毎日、土と葉っぱに塗れて埃だらけ、それに口喧しい母親は居る、そんな所に嫁に来るような物好きな女は、そう簡単には、居ないよ」
「あっ、お母さんは未だ元気なんだ」
「ああ、未だ六十歳前だから、元気なものだよ」
「そりゃそうと、後藤君、どうせ家へ帰ったら夕飯を食べるんでしょう。車だからお酒は駄目だけど、ご飯なら大丈夫でしょう。私もこれからなのよ、一緒に食べてよ、ね」
今日出かける前に作って置いた手料理を頭に思い浮かべて、遼子は後藤に晩御飯を勧めた。
「そう言えば、腹ペコだな」
「そうよ、仕事の帰えりに寄ってくれたんだもの。今直ぐ支度するからね」
ご飯は電器炊飯器に入っているし、料理は電子レンジで温めればよい、十分もあれば用意出来るだろう、と遼子は再びキッチンへ立った。何だか気持ちが少し明るく和んで来ていた。
男と刃傷沙汰を起こしたホステスを売りにしようと目論む店も無くはなかったが、そんな店は売防法の網の目をぎりぎりで掻い潜っているような危うい店だった。半年の間、刑務所で垢を落とした遼子はそこまで堕した阿婆擦れた生き方をする気にはもうなれなかった。
遼子は今日も仕事探しに焙れて自分のマンションに重い足取りで帰って来た。
気持ちは既に萎えて折れかかっていた。夜のホステスの仕事さへ無いのか、私には・・・
部屋に入ると直ぐにグラスにウイスキーを注いでストレートで飲み始めた。中途半端な生酔いでは高校を卒業してからの十年に及ぶ荒れた生活が甦って来て鬱の底に落込んでしまいそうだった。遼子はぐいぐいと呷るように呑んだ。
やがて遼子はうとうととまどろんだ。
暫くして肌寒さに身震いして目覚めた遼子は慌てて起き上がった。当然ながら、部屋には誰も居なかった。遼子は立ち上がってキッチンに行った。少しふらついたが、頭が少々痛むだけで、気分はそんなに悪くは無かった。ただ、身体が重くて節々が痛かった。遼子はキッチンで、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ボトルのまま水を二口、三口飲んだ。喉を滑り落ちる冷たい水がこの上なく美味かった。
遼子はリビングに戻った。
もう何時頃なのか?窓の外には、陽は既に沈んでいたが未だ夕焼けの残照が紅く残っていた。
誰かがピンポーン、ピンポーンと呼び鈴を鳴らしている音がする。
遼子ははっと我に返ったように立ち上がった。ドアの前まで足音を忍ばせて行って覗穴から外を覗くと後藤が立っているのが見えた。ロックを外してドアを開けた遼子の眼の前に大柄で逞しい後藤の姿が在った。
「まあ、後藤君じゃないの、久し振りだわね。あれ以来ね。その節は何かとお世話になってほんとうに有難う」
刑務所を出た日のことを思い起こして、礼と詫びを遼子は改めて言った。
以前と変わらない日焼けした浅黒い顔に微笑を湛えて、後藤は立っている。
「でも、どうしたの、急に?」
「いや、その・・・」
後藤は少し口籠もった。
「その後どうしているかと思って、顔を見がてら、一寸寄ってみただけだよ」
「それじゃ、後藤君、あんな遠い所からわざわざ此処まで来てくれたの?そりゃ、悪かったわねえ。しかし、よく此処が判ったわね」
「うん。俺が身元引受人だということを保護司さんにきちんと話したら、丁寧に教えてくれたよ」
後藤は昔から生真面目なところがある男だった。
「済まなかったわねえ、こんなに遅くに」
「未だ午後七時過ぎだ。そんなに遅い訳じゃないよ」
「車を飛ばして来たのでしょう。一寸入ってお茶でも飲んで行ってよ、ね。お酒を一杯と言う訳にもいかないけどさ」
「いや、俺も仕事を終わって家に帰る途中だからさ、そうもしていられないんだ。お前の元気な顔も見たし、このまま直ぐ帰るよ」
「でも、後藤君と会うのなんて久し振りじゃないの。このまま直ぐに帰るんじゃ、わたし淋しいよ」
「なに、これで元気で居ることが判ったから、また、改めて休みの日に出直して来るよ」
「そんなこと言わないで、立ち話もなんだから、まあ一寸入ってよ、ね」
先にたってスリッパを揃え、中に入った遼子の後ろから、それもそうだな、と後藤が逡巡しながらも従いて入って来た。
「今、お茶を煎れるから、そこに座って少し待っていてよ」
リビングの椅子に後藤を座らせて、遼子はキッチンへ立った。
「後藤君、仕事の方はその後どう?順調に行っているの?」
お茶の用意を整えてリビングに戻った遼子に、後藤が日焼けした顔を一撫でして応えた。
「まあな。まだまだ順調じゃないけど、一応は自前でやっている。親父が死んで跡を継いだ時はどうなることかと不安一杯だったけど、漸く一寸、目鼻が付いて来たよ」
「そう、そりゃ良かった。でもあんた、偉いわね。で、奥さんは?」
「居ないよ。俺は未だ独り身だ」
「まあ、勿体無い。早く奥さんを貰わなきゃ」
「毎日、土と葉っぱに塗れて埃だらけ、それに口喧しい母親は居る、そんな所に嫁に来るような物好きな女は、そう簡単には、居ないよ」
「あっ、お母さんは未だ元気なんだ」
「ああ、未だ六十歳前だから、元気なものだよ」
「そりゃそうと、後藤君、どうせ家へ帰ったら夕飯を食べるんでしょう。車だからお酒は駄目だけど、ご飯なら大丈夫でしょう。私もこれからなのよ、一緒に食べてよ、ね」
今日出かける前に作って置いた手料理を頭に思い浮かべて、遼子は後藤に晩御飯を勧めた。
「そう言えば、腹ペコだな」
「そうよ、仕事の帰えりに寄ってくれたんだもの。今直ぐ支度するからね」
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