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相良武有

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第六章 同級生遼子、ホステスから庭師へ転身

⑥「お前、庭師をやってみないか?」

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「あのな、実は今日、一寸話があって此処へ寄ったんだが・・・」
後藤が改めて話を切り出す口調で言った。
「お前、庭師をやってみないか?」
「えっ、何よ、急に・・・私が植木屋になるの?」
「うん。お前が警察沙汰を起こしたと訊いた時から考えていたんだが、此の儘水商売を続けていても先は見えないし、そうかと言ってOLや店員の仕事も無理だろうし、一層、思い切って女庭師になったらどうかと思ってさ。それなら俺も十分力になれるし、な」
「でも、この歳で今から始めてもモノに成るかどうか・・・それに自分の生活もあるし・・・」
「うちの店の見習員になれば少しだけど見習員給料は払える。夜のホステスのような派手な暮らしは止めて、慎ましやかにやれば、生活は何とかなるんじゃないか。庭師の方は専門学校や職業訓練校に通って、俺の処で実習を積めば、二、三年で独立出来ると思うよ。専門学校や職業訓練校へは費用をうちの店が出して派遣する」
後藤は熱心に遼子に庭師になることを勧めた。
 庭というのは、一度作れば終わりではなく、庭が無くなるか庭師が引退するまでずっと続く。草木はどんどん成長するので、伸び過ぎた枝葉を切ったり栄養のある土を足したりしなければならない。その家の住人が歳をとると、歩き易くする為に庭のでこぼこを減らしたり、石を取り除いたり置き直したりする必要もある。
 又、出来た庭はその瞬間から住人と一緒に生活を始める。小さい子供の成長と共に樹木も生長して行く、年月の経過と共に子供の成長と樹木の生長が重なって行く。その意味でも経年美化の庭造りは大きな遣り甲斐が有る。
 更に、地域の素材を使用したり棚田風の石積みをしたりして、その土地らしい風景を造り出すことも重要であるし、塀・通路・車庫・庭という構成要素がバラバラにならないようにして、周囲の景色と馴染みを持たせなければならない。庭造りは信念や拘りを持ち、常に学ぶ姿勢を持ってベストを尽くすことが求められる。
 それに、造園の仕事は緑を活用して住む人の日々の生活を楽しくし、癒される空間を造ることである。環境やエコが重要視される現在、緑に関わる仕事は非常に重要であり、造園はその上に尚、お客様のオンリーワンを創造する仕事である。お客様の要望・予算・敷地等の条件によって、出来上がるものは同じものは無い。限られた条件の中で工夫を凝らしてお客様に満足して頂ける物を造ること、その造る喜びをお客様と共に味わうことは至福の喜びである。
後藤の真情溢れる熱い語りかけに遼子の心は、チャレンジしてみようかな、と大きく動かされた。
 
 二日後、遼子は繁華街の本通りを東に歩いてメインストリートに出た。そして、コンビニの角を曲がってその先の小川に懸かる橋に向かった。夜の勤めをしていた時には、偶に、店から近くのスーパーや豆腐店などへ足らない物の買い足しに出ることはあったが、日盛りの昼前の街を歩くことは滅多に無かった。遼子は降り注ぐ陽光をまぶしく感じながら歩いた。
 メインストリートには多くの人が行き来していたのに、一歩曲がった脇の通りは閑散としていて、遼子が歩いて行く道の前方には、二人ばかりの小さな人影が動いているだけであった。建売りの戸建住宅や小さなマンションが立ち並ぶ街の何処かに豆腐屋が居るらしく、トーフ、トーフのラッパが微かに聞こえて来た。
 通りを横切って川の袂に出た所で、目の前をすいと掠め過ぎたものがあった。それはあっという間に白く濁った春の空へ駆け上がり、射差しを受けてきらりと腹を返すと、今度は矢のように水面に降りて来た。
あっ、つばめだわ・・・
遼子は立ち止まって、水面すれすれに川下の方へ姿を消すつばめを見送った。今年初めて見るつばめだった。今年どころか、もう何年もつばめなど見たことは無かったように思う。
遼子は浮き立つ心を抱えて後藤の店へ急いだ。
 
 後藤の店は遼子が思っていたより遥かに立派だった。建物は四階建てのビルだったし、玄関入口には「有限会社後藤造園」の看板が架かっていた。後藤が遼子に語った言葉とは違って、事業は工事から維持管理までかなり手広く展開しているようであった。
約束の定刻に店にやって来た遼子を後藤が大きく手を挙げて事務所に迎え入れた。
 簡単な説明と打合せの後、百聞は一見に如かず、と早速に専門学校への入学手続きを執ってくれた。
「あのね、今日の昼過ぎにね」
遼子は後藤に話しかけた。頭上を飛び過ぎたつばめの姿が頭に思い浮かんでいた。
「先程、此処へ来る途中で、つばめを見たのよ。あれ、今年初めて見たような気がするわ」
「つばめ?そうか、初つばめか。初つばめは何か良いことがある前兆だと言うからな。まあ、これからしっかり頑張ってくれよ、な」
後藤は遼子を励まして言った。
「明日から学校が始まるまでの間は、毎日店に出て来て資料に眼を通して呉れれば良いよ」
こうして、これまでの同級生の間柄ではなく、「小泉君」「社長」の関係が始まり、遼子は初めて堅気の仕事をする普通の人生を生きるスタートを切ることになった。
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