愛の讃歌

相良武有

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第六話、さそり座の彼女、故郷へ帰って高校の先生になる

⑥麗奈、健一を徳島の歴史観光にガイドする

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 翌朝、連泊なのでチェックアウトは、今日は無い。八時に起きて朝風呂に入り朝食を摂った。
約束の十時半少し前に健一はロビーへ降りて、隅の丸テーブルの前に腰掛け、新聞を手に取った。麗奈は徳島市内の郊外から車を運転して迎えに来てくれる。車付きのガイドである。
「おはようございます。相田さん、いらっしゃいます?」
声には出さなかったがそんな表情で麗奈はホテルの玄関を入って来た。
健一は直ぐに腰を上げて彼女を迎えた。
「やあ、ご苦労さん。今日はお世話になります」
「あら、他人行儀なのね」
「それは仕方無いだろう、一年半も逢ってないんだから」
「それもそうね」
二人は笑い合い、一気に一年半の歳月が飛んで行った。
麗奈は眼鏡を架け、少し太ったみたいである。
青いクーペがホテルの屋外駐車場で陽の光を反射して輝いていた。
「変わらないのね、少し威厳が出て来たみたいだけど」
「君も変わらないよ」
助手席に座った。
「何処へ行きます?」
幽かに訛りが混じっている。徳島訛りだろうか?京都にいた時には感じなかったのに・・・
「何処か近くの名所を二つか三つほど・・・彼方此方沢山行かなくて良いよ。君に逢うのが目的だったんだから」
「じゃ、適当に見繕って」
「うん」
「え~と、こっちかな」
カーナビを見ながら走る。運転は上手いものだ。市街地が直ぐに畑地に変わった。空は良く晴れて今日も暑そうだ。
「高校の先生だったよな」
「そう、母校の、ね」
「何を教えているんだっけ?」
「日本史。国立大の入試には歴史が二科目要るから日本史も必要なのよ・・・徳島は貧乏県だから教育に期待をかけるのよ、親は。結構、受験熱は熱いわ」
「なるほど、それで斉木先生の評判は良い訳だ」
健一は冗談めかして麗奈の名字を言った。
「さあ、どうなのかしら・・・良く解らないわ」
麗奈なら十七歳前後の高校生には男の子にも女の子にも人気はあるだろう、以前に比べて少し大人っぽくなっているし・・・
「先ず、何処へ?」
行き先を尋ねると
「ソロモンアーク伝説の在る剣山の麓へGOです」
「何それ?」
「古代イスラエル人が剣山の何処かに秘宝アークを隠し、現在も眠っていると言うことが歴史ファンの間で実しやかに語られているの」
「剣山とイスラエルなんて全く予想外の組合せだね」
「これは単なる噂話にとどまらず、イスラエルの駐日大使だったエリ・コーヘン氏が実際に美馬市を訪れてその類似性を語っているのよ」
 麗奈が車を停めたのは美馬町に在る「倭大国魂神社」だった。
この地を訪れたエリ・コーヘン氏が神社の神紋を「メノラー」によく似ていると言ったとのことだった。
「国玉神社は全国各地に在るけれど、“倭“が付くのは此処だけらしいの」
二人は並んで境内の道を歩み、それぞれ百円玉を投じて古の神に祈った。
 次に麗奈が健一を導いたのは同じ美馬市に在る「磐境神明神社」だった。
此処もエリ・コーヘン氏が訪れた場所で、南北七米、東西二十二米、長方形状に石が積み上げられた祠だったが、稀に見る特異な形状だった。
「大使はこの形や大きさを見て、ユダヤの礼拝所と同じ造りであることに驚愕し、近辺にアークも在る筈だと語ったのよ」
「なるほど、知るほどに謎が深まる処だね」
健一はお道化て日本史の先生に訊ねた。
「次は何処へ廻るのかな?」
「そうね、ここまで来たら、もう一つ、阿波古事記伝説を辿ってみましょう」
「えっ、徳島が古事記の舞台だったと言うの?」
「そう。全国でも例が無いイザナミを社名とする伊射奈美神社がこの美馬に在ることや、同じく阿波忌部氏の直系である三木家が此処に存在して、現在も天皇陛下が即位後に初めて行う大嘗祭に“あたらえ”を献上されていたり、また、神山町やつるぎ町には天岩戸伝説に纏わる神社が在るなど、その由縁は沢山あるのよ」
「なるほど・・・」
「イザナギを社名とする式内社は、淡路伊佐奈伎神社を初めとして七社ありますが、イザナギと対になるイザナミを社名とする式内社はこの美馬市にある二社のみです。イザナギ神社にはイザナミも併せて祀られることも多かったと考えられますが、あえて女神のイザナミを社名とする伊射奈美神社は、特殊な意味をもつものかも知れませんね」
「急に他人行儀な言い方になったね」
健一は「です」「ます」調の話し方に対して言ったのだが、麗奈は答えずに二つの伊射奈美神社へ車を走らせた。
 伊射奈美神社へ参詣した後、二人は車に戻り緩い傾斜を上った。麗奈がカーナビを覗きながら言った。
「もう一つだけ、邪馬台国徳島説を検証するために神山町の高根悲願寺を訪れて、それから徳島市内へ戻りましょう」
「えっ、邪馬台国と言えば、畿内説、九州説、出雲説など数多く有るけど、これも実は阿波だったという説が有るの?」
「徳島には他の地域に無い神社が数多く在ることに由来し、邪馬台国の女王・卑弥呼の居城と言われている神山町の高根悲願寺や、同じ卑弥呼の古墳とも推測されている徳島市の阿波史跡公園内に在る天石門別八倉比売神社などがその論拠となっているのよ」
「へえ、邪馬台国は阿波徳島に在ったかも知れないんだ・・・」
高根悲願寺は標高七百米の山頂に在った。阿波邪馬台国の中心地とされて境内に聳える常夜塔が特に目を引いた。燈台であるこの常夜塔の正面上部には古代中国の文字も記されていた。
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