翻る社旗の下で

相良武有

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第四章 矜持

第47話 高校の卓球部でも二人は一緒だった

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 英二は公立のM高校に進学し卓球部に入部したが、M高校はこの街では有名な進学校であった。毎年国立K大学へ現役で十名以上、浪人組を合わせると五十名弱が合格する有名校であれば、英二も勉学に勤しまざるを得なかったし、卓球との両立は並大抵のことではなかった。それでも三年間卓球を続けたが、戦績は英二自身もチームも芳しいものではなかった。ただ、部員の結束は固かったし仲間意識も強かった、お互いの信頼は厚かった。
仲間の誰かが同級生や下級生の異性を好きになったりすると、皆で取り持ってやったし、女子部員が気の進まない男子生徒に言い寄られたりした時には、男子部員が相談に乗って、護ってやった。
 
 あれは昼食も終わって午後の授業が始まる少し前の、生徒食堂での出来事だった。
長身の屈強なサッカー部員の一人が、英二に突っ掛って来た。
「卓球部員どもの気に食わない点は、な。女生徒に人気が有り過ぎること、やたらと女子部員が多過ぎること、その人気にあやかって調子に乗り過ぎていること、あんな小さな台でちょこまか動き回って何が面白いのだ?陰気で暗い運動だぜ、あんなものはスポーツじゃ無えよ」
「喧しい、黙れ!」 
ムカッと来た英二が言い返した。
「何言って居やがる、この女たらしの、軟派野郎が!」
その時、傍にいた卓球部員の一人が立ち上がってものも言わず、そのサッカー部員の顎に痛烈な右のパンチを一発喰らわした。
忽ちその場は修羅場と化した。二人はサッカー部員達の誰彼構わず殴りかかった。テーブルが引っくり返り、女生徒達が叫び、拳固が交錯した。
サッカー部員や野球部員達ほど屈強頑健ではない卓球部員達が、自分の仲間が「女誑し」と罵られたという唯それだけの理由で、強豪サッカー部を向こうにまわして闘ってくれたのだった。肩と肩をぶつけ合い、食事の出し口であるカウンターを背にして、力の限りパンチを振るい続けてくれた。授業終了後、部室へ行って、ユニフォームに着替えている他の卓球部員達にそのことを話すと、連中もまた血相を変えて立ち上がり、今からサッカー部の部室に殴り込みをかけてやろう、と言い出した。それから笑いが部室内に満ち、喚声が響き渡った。
 卓球部のみんなが戦いの意義を信じていた。
フォア・ザ・チーム、自分のことは二の次・三の次、一人はみんなの為に、みんなは一人の為に、そして、悔いの残らぬように全力を出して戦い尽すだけ・・・その単純明快な目標に疑いを抱く者は誰一人として居なかった。
この時には一週間の部活停止を喰ったが、文句を言う者は誰も居なかった。
 英二の周りにはいつも人が集まり、仲間達が彼を取り囲んだ。英二の居る所だけ空気の色が違うようだった。男の子も女の子も彼に惹きつけられた。
 
 英二は三年生になって、人を包み込む包容力と真摯な人柄から、部員達に推されて顧問の先生から主将に任じられた。そして、四月の新学期に、裕美が入部して来た。二年前と同じ状況が再び出現した。
尤も、二人はそれまでも、朝の登校時に顔を合わせることはしばしばあった。自転車通学の英二が、徒歩で中学校へ通う裕美に、追い越しざまに声をかけて、二人は挨拶を交わした。
「おはよう、元気で頑張っているか?」
「あっ、おはようございます。はい、頑張ってやっています」
「じゃあな」
笑顔で手を上げて去って行く英二の後姿を、裕美は眩しく見詰めた。裕美の心はその日一日中弾んでいるようであった。これが私の初恋だろうか、裕美は夢見る想いで思った。
 新入部員の自己紹介や部活に関する注意事項の説明など一通りの入部手続きが終わった後、裕美が英二のところへやって来た。
「先輩、またお世話になります。宜しくご指導をお願います」
「うん、此方こそ宜しく頼むわ。それにしても大きくなったな。私服なら道で出逢っても判らんかも知れんな」
中学校の制服姿では思いもつかなかった若い女性の裕美が目の前に居た。胸の膨らみが大きくなり腰の辺りにも肉がついて、英二はどぎまぎした感情を覚えた。
「まあお互い、しっかりやろう」
「はい、宜しくお願いします」
一礼して女子の練習台の方へ去って行く裕美を英二は眩しく見やった。
 然し、裕美の卓球の技術は上がっていなかった。中学一年生で新人戦に優勝した時から殆ど伸びていなかった。英二が中学を卒業した後は、裕美は心に穴が開いた思いで気持の張りを失い、毎日惰性で卓球を続けていた。二年生からの戦績はベスト八位に入るのがやっとの状態だった。
高校に入って再び英二と一緒に卓球が出来ることを大いに喜んだ裕美であったが、高校と中学とでは状況が全く違っていた。
他校の上級生には全日本級の選手やそれを目指すレベルの選手が大勢居て、裕美には全く歯が立たない感じであった。全日本を目指すなどという大層なことを考えて卓球を始めた訳でもなく、ひと時たりともそんなことは夢にも思わなかった裕美にとっては、依って立つ原点が違っている気がした。
それに、市内有数の進学校であったM高校の校風や雰囲気も影響した。制服も無い極めてリベラルな校風ではあったが、やはり勉学第一、成績の優秀な者が生徒の間ではスターであった。中学時代の三年間、部活中心で中途半端にしか勉学に励まなかった裕美には、ここでも違和感がつきまとった。
卓球の戦績は、一年生の新人戦で、三回戦で敗れて三十二位以内に入るのがやっとであった。
 
 英二は部活と勉学を上手く両立させて、成績はいつも上位にランクされていたし、受験勉強にも熱心に取組んだ。
翌年、英二は現役で隣県の市立大学経済学部に合格した。
卓球部には入らなかった。代わりに自宅近くの若葉卓球クラブに入会した。全日本級の選手を育てるAクラスではなく、初心者用のCクラスでもない、好きな時にやりたいだけ自由にやれる趣味と健康のBクラスに入った。中学生や大学生、社会人など多様なメンバーの楽しいクラスであった。そして、時折、母校を訪れ、自らもラケットを握って後輩たちの部活を励ました。裕美とはよく一緒に連れ立って帰宅した。中学校の時と同じように、英二が裕美を送り届ける形であった。裕美は次第に身体の線が美しくなって、女らしさが増して行ったし、英二も長身痩躯の好青年の風貌を呈して来た。
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