翻る社旗の下で

相良武有

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第四章 矜持

第54話 英二、再就職活動を始める

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 婚約を解消し会社を退職した英二は再就職の活動を始めた。だが、職探しは思った以上に厳しく難渋した。
会社から送られて来た離職票と雇用保険被保険者証を持ってハローワークに求職手続きに出向いた英二は、求職者の数の多さに驚いた。二階の求職者受付係へ行き着くまでに一時間余り待たされた。一階の入口まで長蛇の列が続いていた。そして、漸く求職手続きを終えて一階の紹介窓口へ向かった英二が眼にしたのはフロアから溢れるばかりの求職者の群だった。此処でも又、一時間有余を待機に費やさなければならなかった。その間、何か適職を見つけようとあれこれ求人票を当って見たが、有るのはパートやアルバイト、臨時や派遣等の有期・非正規の仕事ばかりで正社員の求人は殆ど無かった。偶に有っても建設や土木或いは車両や運搬等の肉体労働で英二にはマッチしなかった。
 人材斡旋会社や人材銀行にも登録して、足繁く通ってみたが、思うに任せなかった。営業歴四年足らず、本社勤務二年程度の英二は、スペシャリストでもゼネラリストでもなく、管理者候補としてもキャリア不足であった。稀に人材銀行から紹介された仕事もあったが、書類選考で篩いにかけられるか一次の面接で落とされた。

 英二には六年間のビジネスマン生活を通じて培われた仕事についての一つの思いが有った。
仕事も会社も詰まるところは「人」であろう。人の考え、人の行動、人の器、人の大きさ、それらが仕事を動かし会社を牽引するのである。そして、これは何も仕事に限ったことではない。政治も経済も文化も社会も帰するところは「人」であり、「人」で決まるものである。幾らシステムや制度を整備してもそれだけでは何も動かない、それを動かすのは「人」なのである。
本来、人の採用というものは、その人間の持っている才能を掘り出し、それが発揮されれば生まれるであろう付加価値に対して値段をつける、つまりは希少性を買うものである。人物を品定めしながら加算式に値段をつける。自分が成長出来なくなるのが怖い、目先の百万円アップよりも十年後の自分に賭けるという意気込みを持った人材を買う、それが採用というものであろう。
この考えは、英二が社長の娘と婚約しそれが破綻したその過程で、英二の胸により鮮明に浮かび上がり、宿ったものであった。
 英二は、応募者の思い・情熱・希望・夢・ロマン・気概等を一顧だにせず端から切り捨てて、綺麗に作文された履歴書や職務経歴書だけで篩いにかける書類選考や模範解答或いは期待解答で返答するしか無い質疑応答の面接というものに大きな違和感を覚えた。
大学を出て二、三年の若い人事担当者が慇懃に横柄に抽象論を述べて講釈を垂れる集団面接で、英二は質問してみたことが有った。
「この会社が求めておられる人材像について具体的に説明して頂けますか?」
「と言いますと?」
「例えば、自主・自発・自立でストップが掛かるまで突っ走る人材と、協調と和とチームワークを最優先する人材と、どちらを求められるのか?とか・・・」
若い担当者は助けを求めるように人事課長の方に視線を向けた。
「それは当然、その両方を兼ね備えた人材ということになるでしょうね」
五人の被面接者の一人が叫ぶように言った。
「グローバル化で世界が同時に不況に陥り、何処の国の社会にも停滞感が沈殿している現在、日本の会社ではリストラの加速で幹部は企業への忠誠心を失い、成果主義の中で自らの組織への責任感を失って、部下にエネルギーを注ぐことを避けています。部下も又、自分はどう生きるか、どう仕事に立向かうかという根源的な問いを考えなくなり、悩むこと自体を忘れてしまっています。こういう時こそモチベーションの高い自走出来る人材が必要なんじゃないでしょうか?管理主義の弊害に蝕まれ、個人は優秀であっても組織として力を発揮出来ない、そういう構図に風穴を開けるのは気概を持った個人の力ではないでしょうか」
直ぐに人事部長が立ち上がって議論を引取った。
「我社が求める人材に皆さんがマッチするかどうかは、我々が判断します、今此処で議論すべき問題ではありません。君、次へ進み給え」
 英二はその時、こんなことを確認する為に俺は此処へ来ているのか、こんなことは人材を採用するに当っては自明のことであるだろうに、と気持が沈んだ。
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