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第三話 ラガーマン、達哉
②級友、明子との再会
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達哉の親しい仲間たちの中に、原口明子と言う大柄の可愛い女生徒が居た。
高校生になったある日、ラグビーの練習を終えた達哉とバレーボールの部活を終えた明子が校門の前で一緒になった。
「よッ!原口、元気にやっているか?」
「あら、達哉君、しばらくね」
久し振りに見る明子の顔を達哉はしげしげと眺めた。
高校生になって相変わらずバレーボールに熱中している明子は、身体の線が急に美しくなった。長身で大柄でなかなかの美形となった明子は、男子生徒のマドンナのひとりとなった。達哉も、彼女の少し成熟した女臭さに仄かな憧れを抱いたものである。
「お前、随分綺麗になったな。ファンが一杯増えているぞ」
達哉は顔を合わすと直ぐに彼女をからかった。
明子も負けずに言い返した。
「達哉君こそ、女の子の憧れの的よ。背が高くて、快活で、格好良くて、ラグビーの選手なんかに勿体無いって、もっぱらの評判よ。何でテニスや野球ではなくてラグビーなの?」
「お前には解らねえよ。男は変わるんだ、内なるものを求めてな」
達哉は中学生時代の投石のことを未だに引き摺っていた。どうすれば真正な自己存在感を自分自身の中に獲ち得られるのか?納得感は未だ無かった。
高校を卒業後、達哉はラグビーの名門である今の大学へ引っ張られて進学し、女子短大でバレーボールをやらなかった明子は卒業して直ぐ、成人式を迎えた二十歳で嫁に行った。
今年の春、二人は高校の同窓会で顔を合わせた。
「結婚して、既に子供も生まれたそうだな。おめでとう!」
達哉は明るく祝福した。
「うん。ありがとう」
明子は快活に答えた。
「幸せか?」
「うん、とっても」
明子の仄かな微笑は幸福そのものであった。
「バレーボールはもうやらないのか?」
「うん。乳飲み子も居るし、家のこともあれこれしなければならないし、若い主婦って結構忙しいのよ。ま、子供が小学校へ上がったら地元のママさんチームにでも入ろうか、とは思っているけどね」
へえー、と達哉は思った。女っていうのは夫や子供や家庭や、そんな自分以外の他者との相対的な関係の中に実在感や充実感を見ることが出来るんだ、と彼は不思議な気がしたが、口には出さなかった。
こいつはバレーボールを何の為にやって来たのだろう?
こいつは随分と綺麗になったが、でもそれだけか、変わらなさ過ぎるじゃないか、と達哉は思った。
「達哉君はどうなのよ?恋人は出来たの?」
「そんなもの居ねえよ。相変わらずラグビー漬けの毎日だよ」
彼は、その内に明子も、笑う時には一片の知性も感じられない「おばちゃん笑い」をするようになるだろうし、嘗ての新鮮な羞恥心も失われてしまうだろうと、少し暗い気持で思った。
結局二人は、高校卒業後はお互いに違う時間を生きて来たのだった。
あの頃は二人とも常に今が沸騰していたが、したい事と出来る事、するべき事とが一致しないもどかしさや空しさを消し去れない中で、二人とも、自分独りで、時間を、或いは、自分のネットワークを、大人や社会との接点を編んで来たし、それぞれの価値観を各自の中に形成して来て、とっくの前からすっかり別の時間の中に居たのであった。
達哉は今、そのことをほろ苦い思いを持って思い返した。
俺は「いま」という時間を大事にしようと思いつめてやって来た。ここで何かをしなければもう全部終わってしまう・・・そういう、切羽詰った感情がせり出して来ていたことは確かであった。
高校生になったある日、ラグビーの練習を終えた達哉とバレーボールの部活を終えた明子が校門の前で一緒になった。
「よッ!原口、元気にやっているか?」
「あら、達哉君、しばらくね」
久し振りに見る明子の顔を達哉はしげしげと眺めた。
高校生になって相変わらずバレーボールに熱中している明子は、身体の線が急に美しくなった。長身で大柄でなかなかの美形となった明子は、男子生徒のマドンナのひとりとなった。達哉も、彼女の少し成熟した女臭さに仄かな憧れを抱いたものである。
「お前、随分綺麗になったな。ファンが一杯増えているぞ」
達哉は顔を合わすと直ぐに彼女をからかった。
明子も負けずに言い返した。
「達哉君こそ、女の子の憧れの的よ。背が高くて、快活で、格好良くて、ラグビーの選手なんかに勿体無いって、もっぱらの評判よ。何でテニスや野球ではなくてラグビーなの?」
「お前には解らねえよ。男は変わるんだ、内なるものを求めてな」
達哉は中学生時代の投石のことを未だに引き摺っていた。どうすれば真正な自己存在感を自分自身の中に獲ち得られるのか?納得感は未だ無かった。
高校を卒業後、達哉はラグビーの名門である今の大学へ引っ張られて進学し、女子短大でバレーボールをやらなかった明子は卒業して直ぐ、成人式を迎えた二十歳で嫁に行った。
今年の春、二人は高校の同窓会で顔を合わせた。
「結婚して、既に子供も生まれたそうだな。おめでとう!」
達哉は明るく祝福した。
「うん。ありがとう」
明子は快活に答えた。
「幸せか?」
「うん、とっても」
明子の仄かな微笑は幸福そのものであった。
「バレーボールはもうやらないのか?」
「うん。乳飲み子も居るし、家のこともあれこれしなければならないし、若い主婦って結構忙しいのよ。ま、子供が小学校へ上がったら地元のママさんチームにでも入ろうか、とは思っているけどね」
へえー、と達哉は思った。女っていうのは夫や子供や家庭や、そんな自分以外の他者との相対的な関係の中に実在感や充実感を見ることが出来るんだ、と彼は不思議な気がしたが、口には出さなかった。
こいつはバレーボールを何の為にやって来たのだろう?
こいつは随分と綺麗になったが、でもそれだけか、変わらなさ過ぎるじゃないか、と達哉は思った。
「達哉君はどうなのよ?恋人は出来たの?」
「そんなもの居ねえよ。相変わらずラグビー漬けの毎日だよ」
彼は、その内に明子も、笑う時には一片の知性も感じられない「おばちゃん笑い」をするようになるだろうし、嘗ての新鮮な羞恥心も失われてしまうだろうと、少し暗い気持で思った。
結局二人は、高校卒業後はお互いに違う時間を生きて来たのだった。
あの頃は二人とも常に今が沸騰していたが、したい事と出来る事、するべき事とが一致しないもどかしさや空しさを消し去れない中で、二人とも、自分独りで、時間を、或いは、自分のネットワークを、大人や社会との接点を編んで来たし、それぞれの価値観を各自の中に形成して来て、とっくの前からすっかり別の時間の中に居たのであった。
達哉は今、そのことをほろ苦い思いを持って思い返した。
俺は「いま」という時間を大事にしようと思いつめてやって来た。ここで何かをしなければもう全部終わってしまう・・・そういう、切羽詰った感情がせり出して来ていたことは確かであった。
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