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第四話 思わぬ躓き
⑤水谷は食わせ者の女誑しだった
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「輝くミセス」の編集室へ入った凜乃は辺りを見回したが、水谷の姿は無かった。
一人の女性が彼女に近づいて来た。いつぞや初めてこの部屋で水谷と面会した時に見かけた女性だった。
「あのう、水谷さんはいらっしゃいません?」
「二、三日休んでいますが・・・」
「そうですか。電話してもお出にならないので、ちょっと、お寄りしたんですが・・・」
「野中さんですね」
「はい」
「原稿のことですか?」
「はあ・・・」
「私、編集室の三木と申します。野中さん、私の思い違いだったら謝りますが、もしかして、あなた、水谷さんと言う人を誤解していらっしゃるんじゃないかしら?」
「誤解?」
「水谷さんは編集者としては頭も良いし、確かにきれる人です。でも、女性関係では信用できない人なんです」
「・・・・・」
「出版部で五年もの間あの人に貢いで裏切られ、ノイローゼになって会社を辞めた人が居ます。他にも、二、三人、被害者が居ます」
「でも、奥さんがいらっしゃるんでしょう?ご病気の・・・」
「病気なんかじゃありませんわ。れっきとした奥さんが居ますよ、ぴんぴんして・・・」
「・・・・・」
「あなたには、未だ、そんな素振りを見せなかったかも知れませんが、調子が良いから、つい女の方が錯覚してしまうんでしょうね、きっと・・・」
「わたし、別に・・・」
「あなたはあの人が興味を持つタイプですから」
「まあ、残念。そんなプレイボーイと知ったら、一度くらい誘惑して頂くんでしたわ」
凜乃は動揺する心を隠して、華やかな笑い声を立てた。三木が呆然と彼女を見やった。
翌日の夕方、凜乃は二人の行きつけのスナックへ入って行った。片隅で水谷がビールを飲んで居た。
「逢いたかったよ、君」
「昨日、社の方へ伺いましたの」
「そう・・・このところ働き過ぎでね、少しは休まないと・・・」
「わたし、こんな性格だから、一人でねちねち疑ったり悩んだりするのは嫌いなの。何もかも、はっきりしておきたいの。嘘を吐かれるくらい癪に障ることは無いわ!」
「どうしたって言うんだ?」
水谷が、突然、きつい表情になった。
凜乃は少し怯えて、引き気味になった。
「あなたは私に嘘を吐いているでしょう?」
水谷はビールを飲みながら訊ねた。
「嘘を?どんな?」
「三木さんから何もかも聞きました」
「三木?」
「あなたの奥様、ご病気なんかじゃないんですってね」
水谷はまた冷静に落ち着いてビールを呷った。
「ねえ、何故、返事をなさらないの?」
「返事なんかする必要は無いね」
「どうして?」
「どうせ僕たちは火遊びをしているんだろう?今の君の言い方は、ちょっと、場違いじゃないのか?」
「わたしはもっと、真剣な心算で・・・」
「ほら、君も嘘を吐いている。真剣?ご亭主にバレた時の覚悟まで着けていたと言うんですか?それとも、家庭を捨てて僕と暮らそうとでも言うんですか?」
「あなたは・・・あなたはそんな人だったんですか?」
「僕ですか?アバンチュールを求めていたあなたには、理想の男じゃなかったんですか?僕もあなたの肉体が欲しかったし・・・嘘はそのアクセサリーだし、火遊びの火種の心算だったんですがねぇ」
「あんまりだわ・・・あんまりよ!」
凜乃の頬に涙が溢れ出した。
「馬鹿々々しい愁嘆場は止めて貰いたいなぁ。現代の生活には演出が必要ですよ。君も僕の嘘に調子を合わせてくれているものと思っていましたよ。でなければ、誰が人妻と面倒を起こしたりなんかするもんですか」
凜乃は水谷の言葉を聴きながら、漸く、冷静さを取り戻した。
「解かったわ。もういいわ。帰って頂戴」
「正直のところ、あなたにはまだ未練がありますよ。然し、いざこざは嫌やなんだ。さっきのように眼を吊り上げられると危険で付き合えないよ」
「もういいわよ。さっさと出て言って頂戴」
水谷はレシートを取って立ち上がった。
「僕は、君が今考えているほど、悪党じゃないよ。お互いに家庭は大事に静かにしておきましょう。馴染んだお礼に忠告しておきますが、相手が悪いと、どんな悪い脅迫を受けるかも知れませんよ。僕で良かったんです」
「・・・・・」
凜乃はドキッとした表情で水谷を見た。
「君は少し無防備過ぎるよ。やはり、未だお嬢さんなんだな」
水谷は握手を求めるように片手を突き出したが、凜乃はそっぽを向いた。彼は肩を竦め、手を引っ込めて店を出て行った。凜乃はじっと前方の壁を見詰め続けた。
一人の女性が彼女に近づいて来た。いつぞや初めてこの部屋で水谷と面会した時に見かけた女性だった。
「あのう、水谷さんはいらっしゃいません?」
「二、三日休んでいますが・・・」
「そうですか。電話してもお出にならないので、ちょっと、お寄りしたんですが・・・」
「野中さんですね」
「はい」
「原稿のことですか?」
「はあ・・・」
「私、編集室の三木と申します。野中さん、私の思い違いだったら謝りますが、もしかして、あなた、水谷さんと言う人を誤解していらっしゃるんじゃないかしら?」
「誤解?」
「水谷さんは編集者としては頭も良いし、確かにきれる人です。でも、女性関係では信用できない人なんです」
「・・・・・」
「出版部で五年もの間あの人に貢いで裏切られ、ノイローゼになって会社を辞めた人が居ます。他にも、二、三人、被害者が居ます」
「でも、奥さんがいらっしゃるんでしょう?ご病気の・・・」
「病気なんかじゃありませんわ。れっきとした奥さんが居ますよ、ぴんぴんして・・・」
「・・・・・」
「あなたには、未だ、そんな素振りを見せなかったかも知れませんが、調子が良いから、つい女の方が錯覚してしまうんでしょうね、きっと・・・」
「わたし、別に・・・」
「あなたはあの人が興味を持つタイプですから」
「まあ、残念。そんなプレイボーイと知ったら、一度くらい誘惑して頂くんでしたわ」
凜乃は動揺する心を隠して、華やかな笑い声を立てた。三木が呆然と彼女を見やった。
翌日の夕方、凜乃は二人の行きつけのスナックへ入って行った。片隅で水谷がビールを飲んで居た。
「逢いたかったよ、君」
「昨日、社の方へ伺いましたの」
「そう・・・このところ働き過ぎでね、少しは休まないと・・・」
「わたし、こんな性格だから、一人でねちねち疑ったり悩んだりするのは嫌いなの。何もかも、はっきりしておきたいの。嘘を吐かれるくらい癪に障ることは無いわ!」
「どうしたって言うんだ?」
水谷が、突然、きつい表情になった。
凜乃は少し怯えて、引き気味になった。
「あなたは私に嘘を吐いているでしょう?」
水谷はビールを飲みながら訊ねた。
「嘘を?どんな?」
「三木さんから何もかも聞きました」
「三木?」
「あなたの奥様、ご病気なんかじゃないんですってね」
水谷はまた冷静に落ち着いてビールを呷った。
「ねえ、何故、返事をなさらないの?」
「返事なんかする必要は無いね」
「どうして?」
「どうせ僕たちは火遊びをしているんだろう?今の君の言い方は、ちょっと、場違いじゃないのか?」
「わたしはもっと、真剣な心算で・・・」
「ほら、君も嘘を吐いている。真剣?ご亭主にバレた時の覚悟まで着けていたと言うんですか?それとも、家庭を捨てて僕と暮らそうとでも言うんですか?」
「あなたは・・・あなたはそんな人だったんですか?」
「僕ですか?アバンチュールを求めていたあなたには、理想の男じゃなかったんですか?僕もあなたの肉体が欲しかったし・・・嘘はそのアクセサリーだし、火遊びの火種の心算だったんですがねぇ」
「あんまりだわ・・・あんまりよ!」
凜乃の頬に涙が溢れ出した。
「馬鹿々々しい愁嘆場は止めて貰いたいなぁ。現代の生活には演出が必要ですよ。君も僕の嘘に調子を合わせてくれているものと思っていましたよ。でなければ、誰が人妻と面倒を起こしたりなんかするもんですか」
凜乃は水谷の言葉を聴きながら、漸く、冷静さを取り戻した。
「解かったわ。もういいわ。帰って頂戴」
「正直のところ、あなたにはまだ未練がありますよ。然し、いざこざは嫌やなんだ。さっきのように眼を吊り上げられると危険で付き合えないよ」
「もういいわよ。さっさと出て言って頂戴」
水谷はレシートを取って立ち上がった。
「僕は、君が今考えているほど、悪党じゃないよ。お互いに家庭は大事に静かにしておきましょう。馴染んだお礼に忠告しておきますが、相手が悪いと、どんな悪い脅迫を受けるかも知れませんよ。僕で良かったんです」
「・・・・・」
凜乃はドキッとした表情で水谷を見た。
「君は少し無防備過ぎるよ。やはり、未だお嬢さんなんだな」
水谷は握手を求めるように片手を突き出したが、凜乃はそっぽを向いた。彼は肩を竦め、手を引っ込めて店を出て行った。凜乃はじっと前方の壁を見詰め続けた。
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