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第六話 三十路の女ともだち
⑥筆おろしと破瓜
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愈々、バカンスも終わり、今夜限りでホテルを引き払って明日帰ると言う日の朝、理恵は、睡眠不足の所為か、ベッドでうつらうつらしていたが、ドアを叩く小さなノックの音ではっきりと目覚めた。
ドアを開けると早希が立っていた。
「お疲れみたいね」
早希はゆったりしたガウンのようなワンピースを着ていた。彼女が何処と無くきらきらしているのに理恵は気づいた。これまで翳のように彼女にこびり付いていた暗いものが消えていた。口の利き方も生き生きとしている。
「ねえ、何か良いことでもあったの?」
「うん。破瓜をしたら自信のようなものが心にも躰にも湧いて来たの」
「えっ?あなた、バージンだったの?」
「そうよ。これまでずう~っと未経験だったの」
「へーえ、そうだったの?・・・知らなかったなぁ」
「あたし、二十四歳にもなって未だ処女だってことが惨めで恥ずかしかったし重荷だったの。だから、いつもあなたに引け目があったし、羨ましくも妬ましくもあった」
「それがどうして?・・・」
「あなたが筆下ろしをしてあげた慎一君があたしの破瓜をしてくれたの」
「えっ?あなたも彼と寝たの?」
「拙くてぎこちなくておどおどした交わりだったけど、鮮烈で直向きで一途で懸命な行為だったわ。彼の迸る若さと情熱とエネルギーがあたしの躰と心を深奥から突き動かし、揺さ振り上げたの。私は自我を忘れて夢の中を跳んでいた・・・」
早希は思い出したように上気した貌を理恵に向けた。
「あたし、何と言って良いか・・・」
理恵は言いようの無い苦衷の顔をした。
自分が筆下ろしをしてやった若い男と寝て破瓜をした早希に対して、理恵はえぐい女の厭らしさと言いようの無い嫌悪を覚えた。
早希が続けて言った。
「あの子、すっかり元気になったわ。東大受験に失敗したくらいでくよくよしたのは馬鹿みたいだって言っているし・・・」
「当り前じゃないの・・・そんなことが東京からこの橋立まで来なきゃ解らないなんてどうかしているのよ」
「子供の頃から、秀才でエリートコースをすいすい進んで来たから、勉強が出来れば周囲からちやほやされて大事にされるし、それも重荷だったのよね」
理恵は馬鹿々々しくなって、ついつい、きつい言い方になった。
「そんなことは精々、幼稚園の頃に言うものよ。一体、幾つになったって言うの?もう二十歳を過ぎた大人なのよ、彼は」
「良いじゃないの。世の中、受験ばかりじゃ無いって気が付いたんだから・・・」
理恵は舌打ちをするような仕草をした。早希は理恵が何か言い始める前に胸を反らせて言った。
「あたし、男を知らないなんて自分が頼りなくて物凄く嫌だったし、あなたにも負い目とコンプレックスが在ったんだけど、でも、もう一人前なのよ」
「二十歳の男の子とたった一度くらいで、何を言っているのよ」
「一度じゃ無いわ。流石にトリプルの日は無かったけど、ダブルは一度や二度じゃ無いの。歳下の子って、歳上の女が良いみたいね」
「知らないわ、馬鹿々々しい・・・」
理恵は、もう何も言うことは無い、と言う表情で早希の話を聴いていた。
「あの子は女を知って人生の広さを悟ったし、あたしは男に抱かれて結婚への自信を持った・・・」
「結婚?・・・」
「うん、あたし、彼からプロポーズされているの、君と結婚したい、って」
「それで?・・・」
「此処から帰ったら、秋に婚約して、来年の春には結婚したいと思っているの」
翌日の朝、理恵が帰り支度を整えてフロントへ降りて行くと既に早希がロビーで待って居た。驚いたことに慎一も旅支度で早希の隣に腰掛けていた。
早希がにこやかに言った。
「彼もあたしと一緒に今から帰るけど、京都駅でサヨナラよ。彼はその後、北陸へ行くらしいの。後腐れは無いってことよ」
「・・・・・」
「それでお終いよ。だから、彼にとってもあたしにとっても、今日はとても良い旅立ちなのよ」
ホテルの玄関口で突然立ち止まって、理恵が言った。
「あたし、帰るの、止すわ。あなたたち二人で帰ってよ」
えっ?という表情で振り返った早希が訝し気に訊いた。
「どうしたのよ?急に」
理恵はそれには答えず、にっこり笑って片手を上げた。
慎一に促された早希は向き直ってドアの方へ歩いて行った。ロビーを出て行く二人の後姿は颯爽としていた。
タクシーに荷物を積み込むのは慎一が担ったし、運転手に行き先を告げたのは早希だった。朝の光の中に並んでタクシーに乗った二人はどう見ても姉弟であった。
理恵は思っていた。
十年にも及ぶ早希との交友だけど、女って真実に解らないものだわ・・・
彼女はさばさばした表情で、見送る従業員たちに手を振ってホテルを後にした。
ドアを開けると早希が立っていた。
「お疲れみたいね」
早希はゆったりしたガウンのようなワンピースを着ていた。彼女が何処と無くきらきらしているのに理恵は気づいた。これまで翳のように彼女にこびり付いていた暗いものが消えていた。口の利き方も生き生きとしている。
「ねえ、何か良いことでもあったの?」
「うん。破瓜をしたら自信のようなものが心にも躰にも湧いて来たの」
「えっ?あなた、バージンだったの?」
「そうよ。これまでずう~っと未経験だったの」
「へーえ、そうだったの?・・・知らなかったなぁ」
「あたし、二十四歳にもなって未だ処女だってことが惨めで恥ずかしかったし重荷だったの。だから、いつもあなたに引け目があったし、羨ましくも妬ましくもあった」
「それがどうして?・・・」
「あなたが筆下ろしをしてあげた慎一君があたしの破瓜をしてくれたの」
「えっ?あなたも彼と寝たの?」
「拙くてぎこちなくておどおどした交わりだったけど、鮮烈で直向きで一途で懸命な行為だったわ。彼の迸る若さと情熱とエネルギーがあたしの躰と心を深奥から突き動かし、揺さ振り上げたの。私は自我を忘れて夢の中を跳んでいた・・・」
早希は思い出したように上気した貌を理恵に向けた。
「あたし、何と言って良いか・・・」
理恵は言いようの無い苦衷の顔をした。
自分が筆下ろしをしてやった若い男と寝て破瓜をした早希に対して、理恵はえぐい女の厭らしさと言いようの無い嫌悪を覚えた。
早希が続けて言った。
「あの子、すっかり元気になったわ。東大受験に失敗したくらいでくよくよしたのは馬鹿みたいだって言っているし・・・」
「当り前じゃないの・・・そんなことが東京からこの橋立まで来なきゃ解らないなんてどうかしているのよ」
「子供の頃から、秀才でエリートコースをすいすい進んで来たから、勉強が出来れば周囲からちやほやされて大事にされるし、それも重荷だったのよね」
理恵は馬鹿々々しくなって、ついつい、きつい言い方になった。
「そんなことは精々、幼稚園の頃に言うものよ。一体、幾つになったって言うの?もう二十歳を過ぎた大人なのよ、彼は」
「良いじゃないの。世の中、受験ばかりじゃ無いって気が付いたんだから・・・」
理恵は舌打ちをするような仕草をした。早希は理恵が何か言い始める前に胸を反らせて言った。
「あたし、男を知らないなんて自分が頼りなくて物凄く嫌だったし、あなたにも負い目とコンプレックスが在ったんだけど、でも、もう一人前なのよ」
「二十歳の男の子とたった一度くらいで、何を言っているのよ」
「一度じゃ無いわ。流石にトリプルの日は無かったけど、ダブルは一度や二度じゃ無いの。歳下の子って、歳上の女が良いみたいね」
「知らないわ、馬鹿々々しい・・・」
理恵は、もう何も言うことは無い、と言う表情で早希の話を聴いていた。
「あの子は女を知って人生の広さを悟ったし、あたしは男に抱かれて結婚への自信を持った・・・」
「結婚?・・・」
「うん、あたし、彼からプロポーズされているの、君と結婚したい、って」
「それで?・・・」
「此処から帰ったら、秋に婚約して、来年の春には結婚したいと思っているの」
翌日の朝、理恵が帰り支度を整えてフロントへ降りて行くと既に早希がロビーで待って居た。驚いたことに慎一も旅支度で早希の隣に腰掛けていた。
早希がにこやかに言った。
「彼もあたしと一緒に今から帰るけど、京都駅でサヨナラよ。彼はその後、北陸へ行くらしいの。後腐れは無いってことよ」
「・・・・・」
「それでお終いよ。だから、彼にとってもあたしにとっても、今日はとても良い旅立ちなのよ」
ホテルの玄関口で突然立ち止まって、理恵が言った。
「あたし、帰るの、止すわ。あなたたち二人で帰ってよ」
えっ?という表情で振り返った早希が訝し気に訊いた。
「どうしたのよ?急に」
理恵はそれには答えず、にっこり笑って片手を上げた。
慎一に促された早希は向き直ってドアの方へ歩いて行った。ロビーを出て行く二人の後姿は颯爽としていた。
タクシーに荷物を積み込むのは慎一が担ったし、運転手に行き先を告げたのは早希だった。朝の光の中に並んでタクシーに乗った二人はどう見ても姉弟であった。
理恵は思っていた。
十年にも及ぶ早希との交友だけど、女って真実に解らないものだわ・・・
彼女はさばさばした表情で、見送る従業員たちに手を振ってホテルを後にした。
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