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支配者は、微笑みながら牙を向いた。
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「ある人に会う? 俺が?」
「ええ……」
咲坂は緊張の面持ちで頷いた。
「当然このスタジオの関係者だよな? まさかマネージャーのお誘いとかじゃないよな?」
俺は急に咲坂が醸し出した重たい空気を少しでも和ませようと軽口を返して。
「フフ。それは大丈夫」
俺が大げさに慌ててみせたので、咲坂は笑いながら応えた。
「もう話はつけたのか?」
「まあね。その件は心配しないで」
「そうか。で、誰に会うわけ? さすがにそろそろちゃんと情報くれよ?」
咲坂は即答せずに、少しだけ視線を逸らした。
彼女がこれまで状況を語りたがらなかったことを、俺は黙って受け入れてきた。
ここまできて、その理由も理解した。
このスタジオに漂う異様な空気――それは、言葉で説明できる類のものではない。
「とりあえず見ててくれるかな」
そう言った彼女の判断は、今にして思えば納得できる。
百聞は一見にしかず、というやつだ。
実際、この場所の異常さは、言葉での説明では伝わらない。
ここに立ち、息を吸うことでしか感じ取れない異常さがある。
おそらく咲坂は、それだけをまず俺に知ってほしかったのだろう。
しかし、事態はすでに彼女の想定を越えて動き出していた。
今回は、咲坂にとって準備不足すぎたのだ。
咲坂の誤算は、まさに自分の存在そのものを読み違えていたのだ。
――想定外。
それは、彼女が“男を連れてきた”という一点だった。
「あのYUKINAが男を連れてきた」――
それは、この場の全員にとってあまりに衝撃的な事件になってしまった。
普段、感情の欠片すら見せず、完璧な存在として扱われてきた彼女が、一人の男と並んで現れたのだ。
ただの友人を伴ってきた、という言い訳では到底通らなかった。
ましてや咲坂は、勢いで俺を“彼氏”として紹介してしまった。
「なんか思ったよりずっと状況が動き過ぎちゃって、ホントごめんなさい」
咲坂は小さく息を吐いた。
「まあ、俺も野本さんの件では、少し飛ばし過ぎたのもあったからな。自業自得な部分もある」
「ホントそうよ!」
「まあ、そこは勘弁してくれ。ただ、逆に今度は暴走しないために事前情報はなるべくもらえると助かる」
咲坂の怒りが再燃する前に、俺はしっかり譲歩して丁寧にお願いをした。
「そうよね。これから会ってもらうのは──このスタジオの責任者」
そう答えた咲坂の表情に、また緊張感が宿った。
それにしても──
「え? 責任者? 社長ってこと?」
想像の斜め上をいく相手に思考が追いつかない。
「社長がぜひ、義人と会いたいって」
俺と会いたい? どういうこと?
嫌な汗が背中に流れた。
「なぜ、そんなことになった?」
俺は慎重に尋ねた。
「私が男性を連れて来たことに、かなり驚いたみたいで」
「大学生なんだから“友達です”とか上手く説明すれば、どうにかなっただろう?」
「なんというか、私が考える以上に重く捉えられてしまったようで」
やはりそうか。
社長からしても、それは事件クラスの出来事というわけだ。
「分かった。で、その責任者はどういう感じの人なの?」
「義人なら会えばすぐ分かると思う」
「それじゃあ、今までと一緒だろう? ちゃんと情報くれよ?」
「じゃあ、ひとつだけ言っておく。心して会った方がいいと思う」
全身が緊張につつまれる。
「なるほどね。侮れない相手ってことだな?」
「ええ」
咲坂は静かにうなずいた。
俺たちはエレベータで最上階――五階へ上がった。
扉が開くと、空気がまるで変わった。
廊下にはシックなベージュのカーペット。
壁には抽象画が飾られ、静かな間接照明が漂う。
一階の喧騒と熱気が嘘のように、この階だけがまるで別世界だ。
廊下の突き当たりには、重厚な木製の扉。
それだけで、この空間の支配者が誰なのかを雄弁に物語っている。
「あの部屋か?」
「そう」
咲坂の声はわずかに震えていた。
「行くか」
「ええ……」
咲坂は深呼吸をひとつして、扉をノックした。
「どうぞー」
奥から響いたのは――予想外に柔らかい、それでいて不思議と通る声だった。
……女性?
一瞬、耳を疑った。
この階の重厚な雰囲気から、当然、低く威圧的な男の声を想像していた。
だが、扉越しに届いたその声は、透明で、どこか冷ややかさすら帯びていた。
一瞬で場の温度が変わる。
扉を開けると、部屋の奥には極上のプレジデントチェアに座るひとりの女性。
……若い。
第一印象がそれだった。
しかも、ただ若いだけではない。
眼光が異様に鋭く、光を反射するような瞳を持つ。
大きな瞳に宿る意思の強さが、場の温度を一瞬で支配している。
ボリュームのある明るい髪をハーフアップにまとめ、シルクのブラウスにジャケットという完璧な装い。
脚を組んだその姿勢に、堂々とした美しさがあった。
この人自身が、モデルとしても通用する。
いや――もしかすると、元モデルかもしれない。
どんなに高く見積もっても、二十代後半。
「はじめまして、櫻井義人君。Kスタジオの社長、上條裕子です」
俺の観察をせき止めるように鋭いタイミングで自己紹介をしてきた。
その声は、さきほどよりも低く、静かに落ち着いていた。
名乗りのあと、短い沈黙が流れる。
理由もわからないのに、空気の密度だけがわずかに重くなる。
「いきなりそんなジロジロ見ないでね?」
その笑顔は柔らかいのに、目は笑っていなかった。
この人は確かに美しいが――その印象がすべて迫力という言葉に収束した。
「咲坂の大学の同級生、櫻井義人です。今日は突然お邪魔することになり申し訳ございません」
ようやく俺も言葉を返すことができた。
「フフフ、優等生なご挨拶だこと。どうせYUKINAに無理やり連れてこられたんでしょ? 謝ることないじゃない?」
この社長はどこまで知っているのだ?
少なくとも咲坂が俺を強引にここに連れてきたことは理解しているようだ。
「いえ、無理やりじゃないですから。意気揚々とついてきましたよ」
俺は、おどけた調子で返した。
「あら正直ね?当然、男子ならYUKINAに誘われればホイホイとついてくるわよね。事情も分からず迷惑になるなんて想像もしないでね」
言葉は穏やかだが、棘のある言い回しだった。
やはり今日の訪問は、この上條社長にとって歓迎すべきものではないようだ。
咲坂はさっきから不安げに俺と上條社長のやり取りを見守っている。
「ええ、普段目立たないんで、迷惑かけるほどの影響力もないと思っていました。でもまさかこんな異常な、いや失礼……特殊な環境とは流石に想像が及びませんでしたから」
駆け引きする余裕はない。俺は一気に核心に触れた。
「ほほう、君はこのスタジオが、異常な職場と言いたいんだな?」
上條社長が目を細めた瞬間、その奥で瞳が鋭く光った気がした。
俺はその視線にさらされて、恐怖が沸き起こるほどだった。
いや、マジでこの人怖いんだけど。
「どうでしょうか? 僕は社会経験ないんで“こんなの普通だよ”と言われれば返す言葉もありません」
上條社長の威圧を押し返すように、言葉を絞り出した。
それを聞いた上條は、唇の端をわずかに吊り上げた。
笑っているというより――面白がっているように見えた。
「しらじらしいな? YUKINAが何に苦しんでるのか、君は気づいているのだろう?」
「まあ、普通は気づきますよね?」
即答した。
「ふんっ」
俺の言い方が癪に障ったようだ。でもここは話を進めるしかない。
「Kスタジオにとって咲坂はどんなポジションなんですか?」
「ポジション? それはどういう意味だ?」
上條社長は怪訝な表情で問い返す。
「モデルとして会社への貢献度はどうなのかと」
「なぜそんなことを聞く?」
「いえ……彼女がこの仕事を辞めるとKスタジオ的にはダメージになるのかなと」
そう言うと、隣の咲坂が息を呑んだ。
「アハハハハ……やっぱり君は面白いな?」
俺の質問の意図を理解したようで上條社長は緊張の糸を解いた。
「友人なら誰でもそう思うと思いますけど」
「そうだな、確かにそうかもしれんが。でもそれを社長の私に言うのはいただけないな?」
まあ正論だ。でも俺にはその正論は関係ない。
「僕はまだ学生なんで……会社の事情を考慮するなんて、それこそ出過ぎた話です。僕が意見していいのは、友人としての感想ではないでしょうか?」
「都合のいい時だけ子供を振りかざすか?」
「上條社長からしても、中途半端に大人の振りをする“青い学生”の意見なんて聞きたくもないのではないでしょうか?僕はピュアな学生の意見なら、まだ聞く耳持ってくれると思ったまでです」
「君がピュアな学生だと? すでに野本をやり込めたと聞いたぞ?」
既に知っていたか。誰から聞いた? 咲坂がチクったんじゃないだろうな?
「やり込めたなんて人聞きが悪いですよ。お恥ずかしい話です。まだ感情を抑えられない子供の対応でした」
しらじらしい言い訳をする。
沈黙。
その短い間に、何かを悟ったように上條の表情が変わる。
「ふん、なるほどな。櫻井くんか。YUKINAが意識するのは、なんとなく分かった気がするよ」
上條はそう言って、わずかに微笑んだ。
その一言に、隣の咲坂がほんの少し頬を染め、視線を落とす。
上條の視線が咲坂へ移った。
「YUKINA……これから撮影でしょ?」
「えっ?……ええ、十分後くらいからだと思います」
「ちょっと彼、借りていいかな?」
「は?」
「え?」
俺と咲坂は同時に反応した。
その場の空気が、わずかに凍りついた。
「フフフ、YUKINA、安心しろ。彼と二人で話をするだけだ」
「上條社長、僕を借りるって、どういうことですか?」
「この後、私と二人で食事しないか? ──YUKINA? そんな怖い顔するな。別に彼を誘惑しているわけではないから」
「そ、そんなこと気にしてません!」
「そうなのか?」
上條の視線が、試すように咲坂をなぞる。
咲坂は困ったように、ちらりと俺の方を見た。
――やめろ、その顔は反則だ。
助けを求めるみたいに見るな。
「あはは、若いっていいな」
上條がそう言って、軽く笑った。
どこか人を見透かしたような笑み。
ここで反発しても無駄だ。流れは完全に彼女のペースだ。
「咲坂? ちょっと付き合ってくるよ。きっとその方が話が早い」
「で、でも……」
咲坂は不安げに声を絞った。
「大丈夫だろ、きっと」
「あら、櫻井くん、もう信用してくれたの?」
「最初から信用してますよ」
「全く食えないな、君は」
上條はそう言って、ようやく微笑を崩した。
「ええ……」
咲坂は緊張の面持ちで頷いた。
「当然このスタジオの関係者だよな? まさかマネージャーのお誘いとかじゃないよな?」
俺は急に咲坂が醸し出した重たい空気を少しでも和ませようと軽口を返して。
「フフ。それは大丈夫」
俺が大げさに慌ててみせたので、咲坂は笑いながら応えた。
「もう話はつけたのか?」
「まあね。その件は心配しないで」
「そうか。で、誰に会うわけ? さすがにそろそろちゃんと情報くれよ?」
咲坂は即答せずに、少しだけ視線を逸らした。
彼女がこれまで状況を語りたがらなかったことを、俺は黙って受け入れてきた。
ここまできて、その理由も理解した。
このスタジオに漂う異様な空気――それは、言葉で説明できる類のものではない。
「とりあえず見ててくれるかな」
そう言った彼女の判断は、今にして思えば納得できる。
百聞は一見にしかず、というやつだ。
実際、この場所の異常さは、言葉での説明では伝わらない。
ここに立ち、息を吸うことでしか感じ取れない異常さがある。
おそらく咲坂は、それだけをまず俺に知ってほしかったのだろう。
しかし、事態はすでに彼女の想定を越えて動き出していた。
今回は、咲坂にとって準備不足すぎたのだ。
咲坂の誤算は、まさに自分の存在そのものを読み違えていたのだ。
――想定外。
それは、彼女が“男を連れてきた”という一点だった。
「あのYUKINAが男を連れてきた」――
それは、この場の全員にとってあまりに衝撃的な事件になってしまった。
普段、感情の欠片すら見せず、完璧な存在として扱われてきた彼女が、一人の男と並んで現れたのだ。
ただの友人を伴ってきた、という言い訳では到底通らなかった。
ましてや咲坂は、勢いで俺を“彼氏”として紹介してしまった。
「なんか思ったよりずっと状況が動き過ぎちゃって、ホントごめんなさい」
咲坂は小さく息を吐いた。
「まあ、俺も野本さんの件では、少し飛ばし過ぎたのもあったからな。自業自得な部分もある」
「ホントそうよ!」
「まあ、そこは勘弁してくれ。ただ、逆に今度は暴走しないために事前情報はなるべくもらえると助かる」
咲坂の怒りが再燃する前に、俺はしっかり譲歩して丁寧にお願いをした。
「そうよね。これから会ってもらうのは──このスタジオの責任者」
そう答えた咲坂の表情に、また緊張感が宿った。
それにしても──
「え? 責任者? 社長ってこと?」
想像の斜め上をいく相手に思考が追いつかない。
「社長がぜひ、義人と会いたいって」
俺と会いたい? どういうこと?
嫌な汗が背中に流れた。
「なぜ、そんなことになった?」
俺は慎重に尋ねた。
「私が男性を連れて来たことに、かなり驚いたみたいで」
「大学生なんだから“友達です”とか上手く説明すれば、どうにかなっただろう?」
「なんというか、私が考える以上に重く捉えられてしまったようで」
やはりそうか。
社長からしても、それは事件クラスの出来事というわけだ。
「分かった。で、その責任者はどういう感じの人なの?」
「義人なら会えばすぐ分かると思う」
「それじゃあ、今までと一緒だろう? ちゃんと情報くれよ?」
「じゃあ、ひとつだけ言っておく。心して会った方がいいと思う」
全身が緊張につつまれる。
「なるほどね。侮れない相手ってことだな?」
「ええ」
咲坂は静かにうなずいた。
俺たちはエレベータで最上階――五階へ上がった。
扉が開くと、空気がまるで変わった。
廊下にはシックなベージュのカーペット。
壁には抽象画が飾られ、静かな間接照明が漂う。
一階の喧騒と熱気が嘘のように、この階だけがまるで別世界だ。
廊下の突き当たりには、重厚な木製の扉。
それだけで、この空間の支配者が誰なのかを雄弁に物語っている。
「あの部屋か?」
「そう」
咲坂の声はわずかに震えていた。
「行くか」
「ええ……」
咲坂は深呼吸をひとつして、扉をノックした。
「どうぞー」
奥から響いたのは――予想外に柔らかい、それでいて不思議と通る声だった。
……女性?
一瞬、耳を疑った。
この階の重厚な雰囲気から、当然、低く威圧的な男の声を想像していた。
だが、扉越しに届いたその声は、透明で、どこか冷ややかさすら帯びていた。
一瞬で場の温度が変わる。
扉を開けると、部屋の奥には極上のプレジデントチェアに座るひとりの女性。
……若い。
第一印象がそれだった。
しかも、ただ若いだけではない。
眼光が異様に鋭く、光を反射するような瞳を持つ。
大きな瞳に宿る意思の強さが、場の温度を一瞬で支配している。
ボリュームのある明るい髪をハーフアップにまとめ、シルクのブラウスにジャケットという完璧な装い。
脚を組んだその姿勢に、堂々とした美しさがあった。
この人自身が、モデルとしても通用する。
いや――もしかすると、元モデルかもしれない。
どんなに高く見積もっても、二十代後半。
「はじめまして、櫻井義人君。Kスタジオの社長、上條裕子です」
俺の観察をせき止めるように鋭いタイミングで自己紹介をしてきた。
その声は、さきほどよりも低く、静かに落ち着いていた。
名乗りのあと、短い沈黙が流れる。
理由もわからないのに、空気の密度だけがわずかに重くなる。
「いきなりそんなジロジロ見ないでね?」
その笑顔は柔らかいのに、目は笑っていなかった。
この人は確かに美しいが――その印象がすべて迫力という言葉に収束した。
「咲坂の大学の同級生、櫻井義人です。今日は突然お邪魔することになり申し訳ございません」
ようやく俺も言葉を返すことができた。
「フフフ、優等生なご挨拶だこと。どうせYUKINAに無理やり連れてこられたんでしょ? 謝ることないじゃない?」
この社長はどこまで知っているのだ?
少なくとも咲坂が俺を強引にここに連れてきたことは理解しているようだ。
「いえ、無理やりじゃないですから。意気揚々とついてきましたよ」
俺は、おどけた調子で返した。
「あら正直ね?当然、男子ならYUKINAに誘われればホイホイとついてくるわよね。事情も分からず迷惑になるなんて想像もしないでね」
言葉は穏やかだが、棘のある言い回しだった。
やはり今日の訪問は、この上條社長にとって歓迎すべきものではないようだ。
咲坂はさっきから不安げに俺と上條社長のやり取りを見守っている。
「ええ、普段目立たないんで、迷惑かけるほどの影響力もないと思っていました。でもまさかこんな異常な、いや失礼……特殊な環境とは流石に想像が及びませんでしたから」
駆け引きする余裕はない。俺は一気に核心に触れた。
「ほほう、君はこのスタジオが、異常な職場と言いたいんだな?」
上條社長が目を細めた瞬間、その奥で瞳が鋭く光った気がした。
俺はその視線にさらされて、恐怖が沸き起こるほどだった。
いや、マジでこの人怖いんだけど。
「どうでしょうか? 僕は社会経験ないんで“こんなの普通だよ”と言われれば返す言葉もありません」
上條社長の威圧を押し返すように、言葉を絞り出した。
それを聞いた上條は、唇の端をわずかに吊り上げた。
笑っているというより――面白がっているように見えた。
「しらじらしいな? YUKINAが何に苦しんでるのか、君は気づいているのだろう?」
「まあ、普通は気づきますよね?」
即答した。
「ふんっ」
俺の言い方が癪に障ったようだ。でもここは話を進めるしかない。
「Kスタジオにとって咲坂はどんなポジションなんですか?」
「ポジション? それはどういう意味だ?」
上條社長は怪訝な表情で問い返す。
「モデルとして会社への貢献度はどうなのかと」
「なぜそんなことを聞く?」
「いえ……彼女がこの仕事を辞めるとKスタジオ的にはダメージになるのかなと」
そう言うと、隣の咲坂が息を呑んだ。
「アハハハハ……やっぱり君は面白いな?」
俺の質問の意図を理解したようで上條社長は緊張の糸を解いた。
「友人なら誰でもそう思うと思いますけど」
「そうだな、確かにそうかもしれんが。でもそれを社長の私に言うのはいただけないな?」
まあ正論だ。でも俺にはその正論は関係ない。
「僕はまだ学生なんで……会社の事情を考慮するなんて、それこそ出過ぎた話です。僕が意見していいのは、友人としての感想ではないでしょうか?」
「都合のいい時だけ子供を振りかざすか?」
「上條社長からしても、中途半端に大人の振りをする“青い学生”の意見なんて聞きたくもないのではないでしょうか?僕はピュアな学生の意見なら、まだ聞く耳持ってくれると思ったまでです」
「君がピュアな学生だと? すでに野本をやり込めたと聞いたぞ?」
既に知っていたか。誰から聞いた? 咲坂がチクったんじゃないだろうな?
「やり込めたなんて人聞きが悪いですよ。お恥ずかしい話です。まだ感情を抑えられない子供の対応でした」
しらじらしい言い訳をする。
沈黙。
その短い間に、何かを悟ったように上條の表情が変わる。
「ふん、なるほどな。櫻井くんか。YUKINAが意識するのは、なんとなく分かった気がするよ」
上條はそう言って、わずかに微笑んだ。
その一言に、隣の咲坂がほんの少し頬を染め、視線を落とす。
上條の視線が咲坂へ移った。
「YUKINA……これから撮影でしょ?」
「えっ?……ええ、十分後くらいからだと思います」
「ちょっと彼、借りていいかな?」
「は?」
「え?」
俺と咲坂は同時に反応した。
その場の空気が、わずかに凍りついた。
「フフフ、YUKINA、安心しろ。彼と二人で話をするだけだ」
「上條社長、僕を借りるって、どういうことですか?」
「この後、私と二人で食事しないか? ──YUKINA? そんな怖い顔するな。別に彼を誘惑しているわけではないから」
「そ、そんなこと気にしてません!」
「そうなのか?」
上條の視線が、試すように咲坂をなぞる。
咲坂は困ったように、ちらりと俺の方を見た。
――やめろ、その顔は反則だ。
助けを求めるみたいに見るな。
「あはは、若いっていいな」
上條がそう言って、軽く笑った。
どこか人を見透かしたような笑み。
ここで反発しても無駄だ。流れは完全に彼女のペースだ。
「咲坂? ちょっと付き合ってくるよ。きっとその方が話が早い」
「で、でも……」
咲坂は不安げに声を絞った。
「大丈夫だろ、きっと」
「あら、櫻井くん、もう信用してくれたの?」
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