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魔性上等!俺は咲坂雪菜のすべてを受け入れる。
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「私の部屋で休んでいけば?」
あまりに想定外の咲坂の一言に、思考がすべてフリーズしてしまった。
そして気づけば、さっきあれほど感じていた不安感がどこかへと浮遊してしまっていた。
彼女は俺の返事を聞くより早く、腕をとり、強引に歩を進めていた。
なぜかその時はたくましく見えた咲坂の背中を、俺は追っていた。
道玄坂から代官山までは、徒歩でもそれほどの距離じゃない。
代官山駅に向かう大通りから少し入ったところに、咲坂の住む高級感あふれるアパートがあった。
三階建てアパートには高い外壁扉があり、その入り口にある守衛室では屈強なガードマンが睨みを利かせていた。
外壁の入口は声紋認証のオートロック。すごいセキュリティーシステムだ。
まあ、咲坂は過去にストーカー被害にあった可能性もある訳だから、当然と言えば当然かもしれない。
ここ、芸能人も多く住む一等地じゃないかよ。まあ彼女も芸能人なんだけどな……
彼女の部屋は最上階――つまり、住民の中でも“上の階級”に属しているらしい。
女性の一人暮らしの部屋に入るなんて初めてで、否応なく緊張する。
しかも相手は咲坂。緊張度はアトミック級だ。
分厚いドアが開く音がして、俺はその向こうへ足を踏み入れた。
玄関から少し長めに伸びる廊下。そこには少し原色がきつい、どちらかというと咲坂らしくない雰囲気の絵がところどころに飾ってあるのが目に付いた。
「なんと、絵にも造詣が深こうございましたか」
おどけるように言うと、咲坂はふっと笑う。
「それ、私の好きな画家なんだ」
俺の視線に気づいた咲坂がそう話してくれた。
「へえ」
全く絵に興味のない俺が気のない返事をすると咲坂は続けた。
「深層心理を学ぶなら、こういう絵にも興味持たないとダメだよ?」
「ハハ、どういう理屈だよ?」
軽口を交わしながらも、俺は廊下に漂う独特の空気に妙な落ち着きを覚えていた。
白を基調にした明るい空間に、ところどころ刺さるような原色の絵。彼女自身の心の状態とリンクしているのであろうか……
そして──
俺はリビングに入った瞬間、息をのんだ。
壁一面を覆う本棚が、まるで巨大な意識の断層のように立ちはだかっていた。
そのすべてが心理学書だった。
しかも偏っている――異様なほどに。
ミンデルの和書、洋書、初版、再版、講義録、翻訳未刊のコピーまで。
同じ著者の名が何十冊もが本棚を満たしていた。
咲坂は、俺の視線を追って小さく息をついた。
その一瞬の間に、何かを見透かされたと悟ったのだろう。
「……ね、やっぱちょっと、怖いよね。ここまで揃えてるの」
笑っていた。
けれどその笑みは、どこか試すようでもあり、どこか縋るようでもあった。
“義人なら分かってくれるよね”という静かな期待が、その瞳の奥に見えた。
俺は言葉を探したが、どれも安っぽく感じて口を閉じた。
ただ、ゆっくりと棚の端に手を置く。
――否定なんて、できるわけがない。
これは知識の習得というよりは、もはや祈りに近い。
崩れかけた自己を、必死に支えようとする、心の叫びだ。
「ここが、私の逃げ場みたいなものかな」
咲坂は自嘲気味に笑った。
俺は、この本棚を見てはじめて咲坂に会った“あの講義”のことを思い出していた。
あのときのまなざしは、迫りくる闇を追い払うための戦いだったのだ。
知的好奇心で学ぶ俺には、到底たどり着けない場所。
同じ教室で学んでいるというだけで、安易に同志面していた自分が恥ずかしい。
俺が魔性に取り込まれている、だと?
そんな発想をして不安になっていた自分への怒りが込み上げてきた。
坂田さんのもとを離れた向坂は、一人でその闇と戦い、祈りにも似た努力を積み重ねてきた。
そんな彼女が――俺を頼ったんだぞ?
その事実こそ、どんな理屈よりも意味があるのではないのか?
それをすっ飛ばして、俺があれこれと妄想している場合じゃないだろ。
俺の根拠のない想像なんて、どうでもいい。
俺が惹かれていたのは、魔性なんかじゃない。
……いや、魔性だって構わない。
魔性上等、かかってこいや。
彼女の闇は、何かに取り憑かれたような“異物”ではない。
「生きようとする意志」そのものが形を変えた結果なのだ。
それも、咲坂という人間の一部なら俺が避けては決していけないものだ。
そんなことすら気づけなかった自分が情けない。
彼女は、闇を抱えながらもなお、もがきながら光明を探し続けている。
希望的観測をするなら――こんな俺を、その闇の中の光だと思ってくれたのかもしれない。
なのに俺ときたら、何をひるんでいるんだ。
咲坂の笑顔も、言葉も、全部が走馬灯のように、俺のポンコツな脳内を駆け巡る。
あの純粋で、まっすぐで、どうしようもなく素敵な表情。
その瞳、その言葉。
全部が、俺の無意識の底にある魂を魅了させたのだ。
「咲坂」
「ん?」
「ありがとな……」
その言葉には、自分の全部を詰め込んだつもりだった。
逃げていたのは、俺の方だった。
彼女の闇を、光を、同時に受け止める勇気がなかっただけだ。
「え?……どうしたの急に?」
咲坂はきょとんとしたあと、少しだけはにかんだ。
「まあ、その様子だと義人のことだから、自己解決しちゃった感じ?」
その笑顔を見て、胸の奥がふっと軽くなる。
あの闇も、あの光も、いま目の前にある笑顔に溶けていく気がした。
「ホント、助かった……危うく間違えるところだった」
俺はその言葉を、自分の中でゆっくりとかみしめた。
様子がおかしい俺をずっと心配してくれたに違いない。
その表情が明るいものに変わったことにめざとく気付いた彼女は、ここにきてようやく心からの安堵の表情を見せた。
「ただ、ちょっとだけ意見していいか?」
ことさら明るい調子で、俺は軽く話題を変えた。
「え?? 何よ?」
咲坂も安心したように、すぐ調子を合わせてくる。
「おまえさ、こう簡単に男を部屋に入れるなよ?まあ部屋にいる俺が言うのもなんだけど……ガード甘すぎだろう?」
「そこはご安心を。こう見えて私は鉄壁のガードだから。MISAKIちゃんも言ってなかった?」
「ああ、確かに言ってたけど……いや、そうじゃなくて、現に俺を部屋に入れてるだろ?」
「アハハハ……義人はいいんじゃないの?」
“義人はいい”ってなんだよ?
まさか、俺を男のカテゴリー外に入れてるのか?
「おまえ、そこは“義人は特別だから”って言うところじゃないの?」
「……フフフ、それでもいいよ」
はあ?
……前言撤回。
こ、この女……やっぱ魔性だ。
あまりに想定外の咲坂の一言に、思考がすべてフリーズしてしまった。
そして気づけば、さっきあれほど感じていた不安感がどこかへと浮遊してしまっていた。
彼女は俺の返事を聞くより早く、腕をとり、強引に歩を進めていた。
なぜかその時はたくましく見えた咲坂の背中を、俺は追っていた。
道玄坂から代官山までは、徒歩でもそれほどの距離じゃない。
代官山駅に向かう大通りから少し入ったところに、咲坂の住む高級感あふれるアパートがあった。
三階建てアパートには高い外壁扉があり、その入り口にある守衛室では屈強なガードマンが睨みを利かせていた。
外壁の入口は声紋認証のオートロック。すごいセキュリティーシステムだ。
まあ、咲坂は過去にストーカー被害にあった可能性もある訳だから、当然と言えば当然かもしれない。
ここ、芸能人も多く住む一等地じゃないかよ。まあ彼女も芸能人なんだけどな……
彼女の部屋は最上階――つまり、住民の中でも“上の階級”に属しているらしい。
女性の一人暮らしの部屋に入るなんて初めてで、否応なく緊張する。
しかも相手は咲坂。緊張度はアトミック級だ。
分厚いドアが開く音がして、俺はその向こうへ足を踏み入れた。
玄関から少し長めに伸びる廊下。そこには少し原色がきつい、どちらかというと咲坂らしくない雰囲気の絵がところどころに飾ってあるのが目に付いた。
「なんと、絵にも造詣が深こうございましたか」
おどけるように言うと、咲坂はふっと笑う。
「それ、私の好きな画家なんだ」
俺の視線に気づいた咲坂がそう話してくれた。
「へえ」
全く絵に興味のない俺が気のない返事をすると咲坂は続けた。
「深層心理を学ぶなら、こういう絵にも興味持たないとダメだよ?」
「ハハ、どういう理屈だよ?」
軽口を交わしながらも、俺は廊下に漂う独特の空気に妙な落ち着きを覚えていた。
白を基調にした明るい空間に、ところどころ刺さるような原色の絵。彼女自身の心の状態とリンクしているのであろうか……
そして──
俺はリビングに入った瞬間、息をのんだ。
壁一面を覆う本棚が、まるで巨大な意識の断層のように立ちはだかっていた。
そのすべてが心理学書だった。
しかも偏っている――異様なほどに。
ミンデルの和書、洋書、初版、再版、講義録、翻訳未刊のコピーまで。
同じ著者の名が何十冊もが本棚を満たしていた。
咲坂は、俺の視線を追って小さく息をついた。
その一瞬の間に、何かを見透かされたと悟ったのだろう。
「……ね、やっぱちょっと、怖いよね。ここまで揃えてるの」
笑っていた。
けれどその笑みは、どこか試すようでもあり、どこか縋るようでもあった。
“義人なら分かってくれるよね”という静かな期待が、その瞳の奥に見えた。
俺は言葉を探したが、どれも安っぽく感じて口を閉じた。
ただ、ゆっくりと棚の端に手を置く。
――否定なんて、できるわけがない。
これは知識の習得というよりは、もはや祈りに近い。
崩れかけた自己を、必死に支えようとする、心の叫びだ。
「ここが、私の逃げ場みたいなものかな」
咲坂は自嘲気味に笑った。
俺は、この本棚を見てはじめて咲坂に会った“あの講義”のことを思い出していた。
あのときのまなざしは、迫りくる闇を追い払うための戦いだったのだ。
知的好奇心で学ぶ俺には、到底たどり着けない場所。
同じ教室で学んでいるというだけで、安易に同志面していた自分が恥ずかしい。
俺が魔性に取り込まれている、だと?
そんな発想をして不安になっていた自分への怒りが込み上げてきた。
坂田さんのもとを離れた向坂は、一人でその闇と戦い、祈りにも似た努力を積み重ねてきた。
そんな彼女が――俺を頼ったんだぞ?
その事実こそ、どんな理屈よりも意味があるのではないのか?
それをすっ飛ばして、俺があれこれと妄想している場合じゃないだろ。
俺の根拠のない想像なんて、どうでもいい。
俺が惹かれていたのは、魔性なんかじゃない。
……いや、魔性だって構わない。
魔性上等、かかってこいや。
彼女の闇は、何かに取り憑かれたような“異物”ではない。
「生きようとする意志」そのものが形を変えた結果なのだ。
それも、咲坂という人間の一部なら俺が避けては決していけないものだ。
そんなことすら気づけなかった自分が情けない。
彼女は、闇を抱えながらもなお、もがきながら光明を探し続けている。
希望的観測をするなら――こんな俺を、その闇の中の光だと思ってくれたのかもしれない。
なのに俺ときたら、何をひるんでいるんだ。
咲坂の笑顔も、言葉も、全部が走馬灯のように、俺のポンコツな脳内を駆け巡る。
あの純粋で、まっすぐで、どうしようもなく素敵な表情。
その瞳、その言葉。
全部が、俺の無意識の底にある魂を魅了させたのだ。
「咲坂」
「ん?」
「ありがとな……」
その言葉には、自分の全部を詰め込んだつもりだった。
逃げていたのは、俺の方だった。
彼女の闇を、光を、同時に受け止める勇気がなかっただけだ。
「え?……どうしたの急に?」
咲坂はきょとんとしたあと、少しだけはにかんだ。
「まあ、その様子だと義人のことだから、自己解決しちゃった感じ?」
その笑顔を見て、胸の奥がふっと軽くなる。
あの闇も、あの光も、いま目の前にある笑顔に溶けていく気がした。
「ホント、助かった……危うく間違えるところだった」
俺はその言葉を、自分の中でゆっくりとかみしめた。
様子がおかしい俺をずっと心配してくれたに違いない。
その表情が明るいものに変わったことにめざとく気付いた彼女は、ここにきてようやく心からの安堵の表情を見せた。
「ただ、ちょっとだけ意見していいか?」
ことさら明るい調子で、俺は軽く話題を変えた。
「え?? 何よ?」
咲坂も安心したように、すぐ調子を合わせてくる。
「おまえさ、こう簡単に男を部屋に入れるなよ?まあ部屋にいる俺が言うのもなんだけど……ガード甘すぎだろう?」
「そこはご安心を。こう見えて私は鉄壁のガードだから。MISAKIちゃんも言ってなかった?」
「ああ、確かに言ってたけど……いや、そうじゃなくて、現に俺を部屋に入れてるだろ?」
「アハハハ……義人はいいんじゃないの?」
“義人はいい”ってなんだよ?
まさか、俺を男のカテゴリー外に入れてるのか?
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はあ?
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